未完の天才 南方熊楠 の商品レビュー
読みやすかったです。水木しげる著の猫楠に次いで、南方熊楠に関する本を読みましたが、熊楠を何をしてきて、何を成し遂げなかったのか、分かった気がします。 彼のスタンスは、知を追求する人間として、幸せだと思います。 コンプリートすることや、立場、権力を持つこと、そこに知的な幸福はない...
読みやすかったです。水木しげる著の猫楠に次いで、南方熊楠に関する本を読みましたが、熊楠を何をしてきて、何を成し遂げなかったのか、分かった気がします。 彼のスタンスは、知を追求する人間として、幸せだと思います。 コンプリートすることや、立場、権力を持つこと、そこに知的な幸福はないでしょう。 その時、その場で、学び続ける事を選択し続けたのだと思います。おそらく、死の間際まで。 1人の人間として、職業としてではなく、権威やお金のためではなく、彼のように学び続ける先に、知的な幸福があることと思います。それは、誰にでもできるし、アマチュアでもできるんだと思います。
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とかくブッ飛んだエピソードで語られがちな天才・南方熊楠の人物像とその人生に関する伝記。表題にある「未完」の文字は、本書の終盤でちょろっと触れられるが――多少「取ってつけた感」が否めない――、この不世出の博物学者による学問的企図のなかには志半ばで終わったままになっているものも少なく...
とかくブッ飛んだエピソードで語られがちな天才・南方熊楠の人物像とその人生に関する伝記。表題にある「未完」の文字は、本書の終盤でちょろっと触れられるが――多少「取ってつけた感」が否めない――、この不世出の博物学者による学問的企図のなかには志半ばで終わったままになっているものも少なくないことに由来する(作者としては、熊楠は敢えてそうしたのだ、という見解)。とはいえ、本作で詳しく論じられている熊楠の業績や個性は、やはり傑出したものであり、決して「中途半端」なものではないことを一言添えておきたい。 個人的に面白かったのは以下の2点。一つ目は、南方熊楠自身は、なんと実はシティ・ボーイであり、尚且つ「南方家」の人間ではないという事実。熊楠といえば、勝手なイメージで「大自然の中で生まれ育った」と思われがちだが、実際は徳川御三家・紀州藩の城下町で彼は育った。そして更に、紀州藩の侍医の家系であった「南方」家には後継ぎがおらず、仕方なく頭脳明晰で有望な熊楠の実父が「養子」の形で当家に婿入りしたものの、本来の南方家の人間である妻がすぐに死去し、後妻として迎えられたのが熊楠の実母だった。つまり、父母ふたりとも、正式には「南方家」の人間ではなく、当然その二人から産まれた熊楠も同様。 もう一つ興味深かった記述は、熊楠がイギリス滞在中それから日本に帰国してからも、せっせと寄稿していた学術誌やジャーナルの内容が仔細に紹介されている箇所。今や世界的に有名な科学誌『ネイチャー』の寄稿論文はもとより、読者参加型であった学術誌(実際はそこまでアカデミックでもない)『ノーツ・アンド・クエリーズ』での質疑応答のやり取りまでもが、本書では解説・紹介されており、この部分が読んでて非常に楽しかった。後者のジャーナルは、当時の好事家・アマチュア達同士での意見交換の場というか、みんなで情報を交換し合う――そこには、多少の虚栄心が入り混じった衒学趣味もあったろうが――談論風発の場としても機能していた様子が窺われて、シンプルにその知的環境や雰囲気が羨ましく感じられた。学問分野が、今日のように極めて専門的かつ「タコツボ型(by丸山眞男)」になってしまう以前の、未だ総合的かつ間口の広い形を成していた頃を偲ばせるエピソードである。 新書としては、一部、かなり丹念に調査された内容になっている(前述した「投稿論文」のくだり)が、全般的には、「南方熊楠」の入門書として非常にキレイにまとめられている。語り口も難しすぎず、程良く学術的な言葉遣いになっていて、好印象。
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「キノコも夢も理想的で、もしかしたら、終わらないからこそ、熊楠はこれらを研究対象として選んだのかもしれない。そして未完であることによって、最後まで熊楠は充実した日々を送れたのであった。そこには、研究の完成はない。しかし、引退もなかった。それは研究者、いや人間なら誰もが夢見るような...
「キノコも夢も理想的で、もしかしたら、終わらないからこそ、熊楠はこれらを研究対象として選んだのかもしれない。そして未完であることによって、最後まで熊楠は充実した日々を送れたのであった。そこには、研究の完成はない。しかし、引退もなかった。それは研究者、いや人間なら誰もが夢見るような、幸せな人生ではないだろうか。」という結びがとても印象的。熊楠は、自分の知りたいをどこまでも追求した方なのだなー。
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「南方熊楠」昔から興味があり、どんな人物なのか知りたくて読んだ。 まず、未完・・・すべてが未完とのこと。 ただ知りたいという知識欲だけで生きてきた人のようだ。
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南方熊楠を通して、学問って何だろう、探求とは何だろうということ全体を問い直す一冊。 南方熊楠を面白天才おじさんととらえるのではなく、彼の自尊心を満たしたものやセルフイメージという側面からも見ているのが面白かった。 あと著者が柳田邦男を若干ディスってるのも面白かった。
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著者のこれまでの著作では、熊楠の行っていた学問に対し著者が抱く不満や、自らが日々取り組んでいる学問との差異が強調されることが多かった。このたびの著書でもその差異が扱われているが、しかしそれが熊楠への不満としてではなく、なぜそのような姿勢で熊楠が学問し続けたのかを解き明かす方向へと...
著者のこれまでの著作では、熊楠の行っていた学問に対し著者が抱く不満や、自らが日々取り組んでいる学問との差異が強調されることが多かった。このたびの著書でもその差異が扱われているが、しかしそれが熊楠への不満としてではなく、なぜそのような姿勢で熊楠が学問し続けたのかを解き明かす方向へと向いている。同時代の牧野富太郎や柳田國男と熊楠のすれ違いにも触れつつ、熊楠が扱った数々のテーマはどれも方法論が当時未確立であったことや、網羅・コンプリートしづらいものであったこと、それゆえ、いつまでも結論が出せず、答えが出ない研究であったこと、熊楠にとって学問とは結論を出すためのものではなく、書き(描き)写すことによって自身の中に巨大なデータベースを作り上げることであり、それ自体を楽しんでいたのではないか、と、熊楠の胸の内を押し量っている。
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日本の天才の代名詞とも呼ぶべき南方熊楠が、実際のところどのような功績を残したと考えるべきなのか。 その生い立ちから遡り、当時の時代性の制限の下、何をどのように研究し続けたのかは今持ってなお研究が進められていることに関心を抱く。天才と称される諸人物の中でも熊楠独自の特性が垣間見ら...
日本の天才の代名詞とも呼ぶべき南方熊楠が、実際のところどのような功績を残したと考えるべきなのか。 その生い立ちから遡り、当時の時代性の制限の下、何をどのように研究し続けたのかは今持ってなお研究が進められていることに関心を抱く。天才と称される諸人物の中でも熊楠独自の特性が垣間見られ、彼への「未完」という形容に納得しながらも、伝記として描き下ろされた際の興趣に心惹かれる。 「縛られた巨人」という平成初期の伝記らしきものは、章立てからすると本著との差異がありそうにも思うが、時代間の南方熊楠像の変遷を辿る試みに繋がりそうではある。
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