明治のナイチンゲール 大関和物語 の商品レビュー
現在放送されている『風、薫る』の原案。 読んでみて時代がゆえのつらさもあれば、このころから現代まで悪い意味であまり変化が感じられないところもあり、二重の意味でつらかった。 医師(当然ながらこの頃は男性)に看護師としての意見を下に見られたり、そもそも看護師という職業はそもそも「カネ...
現在放送されている『風、薫る』の原案。 読んでみて時代がゆえのつらさもあれば、このころから現代まで悪い意味であまり変化が感じられないところもあり、二重の意味でつらかった。 医師(当然ながらこの頃は男性)に看護師としての意見を下に見られたり、そもそも看護師という職業はそもそも「カネのために汚い仕事も厭わず、命まで差し出す賤業」とまで言われ、明確な職業差別を受ける職業であったことを知り、医者はそうではないのに、看護師の担う役割が治療ではなく看病やケアというかたちとしてわかりづらいものだったことは無関係ではないだろうなと思う またこの当時、ちょうど廃娼運動の時期だったこともあり、こういうときから性産業へ従事する人たち、当時は特に女性への眼差しも制度もとても冷たかったし、これはいまもだなあと思う 当時の廃娼運動はもともと娼妓として働く人たちの生活の保障が何もされていないこと、その世界から抜けたくても抜けられるような手立てがなく、また抜けたとしても生活のすべがないから、また戻ってしまうことなどを防ぐためであったが、同時に廃娼運動をしている人のなかにも淫婦呼ばわりするなど差別的な意識を抱えた人がいることがわかる。 ドラマはそのまま原案をドラマ化しているわけではないため、登場人物の要素を組み合わせていたり、本の内容通りではないこともあるけれど、これからの展開が楽しみなので最後まで見たい
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「風、薫る」の原案になったと知り読んだ。 伝記っぽく描かれているが、第三者目線で和と雅の人生を追っていくような感じで読んでいて面白かった。史実に基づいて書かれているが、感情などは創作で補足されているため理解しやすかった。 20歳以上上の人の正妻として迎えられることだけでも驚き。そ...
「風、薫る」の原案になったと知り読んだ。 伝記っぽく描かれているが、第三者目線で和と雅の人生を追っていくような感じで読んでいて面白かった。史実に基づいて書かれているが、感情などは創作で補足されているため理解しやすかった。 20歳以上上の人の正妻として迎えられることだけでも驚き。その上妾関係を解消することを条件に和と結婚するはずが実際は妾関係を解消してなかったという衝撃エピソードがたくさんあり、当時の女性の生活のしづらさがよくわかった。 性格が正反対の和と雅が日本初のトレインド・ナースとして日本の医療を切り開いていったという歴史が知れて良かった。 朝ドラはこの本とは全く違い、大幅に創作されていると知りちょっとショックかもなと思う
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令和8年4月からの朝ドラ「風薫る」の原案となった小説、伝記。著者の田中氏はプロローグで高らかに発する。 かつては「賤業」とみなされていた看護職。家老の家に生まれながら、この「賤業」に就き、生涯をかけて「看護婦」の技能と工場と制度化に勤めたのが、大関和である。和は離婚して二人の...
令和8年4月からの朝ドラ「風薫る」の原案となった小説、伝記。著者の田中氏はプロローグで高らかに発する。 かつては「賤業」とみなされていた看護職。家老の家に生まれながら、この「賤業」に就き、生涯をかけて「看護婦」の技能と工場と制度化に勤めたのが、大関和である。和は離婚して二人の子を育てる母親でもあった。和とともに看護婦となり、彼女を支え続けた鈴木雅もまた、二人の子を持つ「寡婦」であった。 これは近代日本において、看護婦という職業の礎を築いた二人のシングルマザーの物語である。 小説のような読み心地で、知らなかったエピソードがたくさんちりばめられ、臨場感をもって和の人生がうかびあがる。・・となるとこまごましたエピソードの裏をとりたくなってしまう。巻末にはたくさんの参考文献が載っている。 維新前後のところは、 藩主増裕の死後、家老の職を辞した父弾右衛門は「今日より家禄(二百石)はいうに及ばず、家も邸も返上し、明日からは乞食するかもしれぬが、大関弾右衛門の娘と生まれし不幸と思いあきらめよ」(『基督者列伝』) 弾右衛門は帰農しようとしたが、藩に遺留され、一旦は家知事として残った。その後、縁戚を頼って家族とともに上京。商売に手を出すもの「士族の商法」で失敗し、病気がちとなる。家で和たち兄弟に四書を講義し、「いかなるときも学問を怠るな」と教えた。 和の東京の実家は「神田五軒町」(現千代田区外神田)と呼ばれる、かつて黒羽藩主の上屋敷をふくめ、五軒の大名屋敷が並んでいたところ。 生活の糧は? 母親の哲が裁縫を教えることで生計を立てていた、とある。離婚後の和は、鄭家の女中募集に採用され、和の留守中、子供二人は母の哲が面倒をみる。鄭家の次男永慶は大蔵省へ出仕している。アメリカ留学の経験もある永慶にこれからは英語が必要といわれ、知人の植村正度の英語塾を紹介される。 和の弟の衛は栃木県の職員の仕事を得、縁談もまとまったため、一家で黒羽に戻るつもりだったが、和が東京で職を得たことで、母哲と妹こくはそのまま留まる。 桜井女学校では、卒業後看護婦として働くことを約束すれば、学費は免除される。 参考文献の『基督者列伝』は国会図書館デジタルライブラリーで読めてしまった。 2023.5.10初版 図書館
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こんな立派な人がいたから今日があるのだなぁと思った。感謝しかない。 特に、和の盟友・鈴木雅が看護婦の地位向上のために冷静に、しかし内なる情熱を持って仕事に尽力していた姿が素晴らしかった。 キリスト教と看護の歴史が密接に関わっていることがよく分かった。 当時の女性の地位の低さ、吉...
こんな立派な人がいたから今日があるのだなぁと思った。感謝しかない。 特に、和の盟友・鈴木雅が看護婦の地位向上のために冷静に、しかし内なる情熱を持って仕事に尽力していた姿が素晴らしかった。 キリスト教と看護の歴史が密接に関わっていることがよく分かった。 当時の女性の地位の低さ、吉原の悲惨さ、防疫の壮絶さもよく分かった。誰も行きだからないような場所に「こんなところだからこそ行くべき」と迷いなく飛び出した和はやはりすごいなぁと思う。キリスト教の自己犠牲精神について行けないところもあるが、こういうところを尊敬する。 ナイチンゲールや荻野吟子の本も読んでみたい。
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伝記的な文体だが、登場人物の人となりもよく感じられ、とてもおもしろく読めた。 江戸から明治に大きく時代がかわり、女性の社会進出の最初の一歩のひとつとして看護婦という職業が確立していく様子がよくわかる。逆に言うと、それまでの世の中で女性の社会的地位が非常に低く虐げられてきたというこ...
伝記的な文体だが、登場人物の人となりもよく感じられ、とてもおもしろく読めた。 江戸から明治に大きく時代がかわり、女性の社会進出の最初の一歩のひとつとして看護婦という職業が確立していく様子がよくわかる。逆に言うと、それまでの世の中で女性の社会的地位が非常に低く虐げられてきたということも強く感じられ心苦しくなるシーンも多い。 主人公大関和と、看護婦という職業の確立を派出看護婦(現在の訪問看護に少し近い)という形態を生み出し、看護婦の職業倫理と教育をしっかり謳った鈴木雅のタッグがとても良い。感情で突っ走りがちな性格の和と、冷静に鋭くブレーキを掛け引き戻す雅と、看護婦という職業への誇りが共通にあることが根底に感じられつつ、一種ボケとツッコミのようになってもいる。主観を押し通す主人公的な和と、客観を貫き通すバディの雅という構造、物語としてもよくできているし、読んでいて楽しい。 それでいてふたりとも、看護婦を必要としている環境では、全身全霊をもって病人の看護に邁進し、そこには一片の迷いもない、その姿が本当に心からかっこいい。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
p8 栃木県大田原市 黒羽藩 家老 大関弾右衛門の次女 p12 縁談の相手 故黒羽藩 士族 柴田豊之進 40歳 陸軍少尉 退官 妾がいた 試用期間 五反の嫁田 男児出産 六郎 M13 女児出産 心 離縁 p29 和(ちか)の実家 神田五軒町(千代田区外神田) 黒羽藩主の上屋敷があった 鄭家の主永寧 長崎で唐通事 次男の永慶 京都のフランス語学校、アメリカのyale 和の仕事 永慶、寿子夫妻の身の回りの世話 寿子 おやつ パンベルデシュ=フレンチトースト p41 有志共立東京病院(現慈恵) M15 海軍軍医の長 高木兼寛が設立 イギリスのセント・トーマス病院学校(現キングス・カレッジ・ロンドン)にはナイチンゲール看護学校が併設 p56 リディアバラ アメリカンミッションホーム 共立女学校 現 横山共立学園 ジェームズカーティスヘボン バラ塾 築地へ移転 明治学院へ ヘボン塾から女子生徒を引き継いだのが、フェリスセミナリー フェリス女学院 桜井女学校 現女子学院 p68 桜井女学校付属看護婦養成所に入学 M20 マリアトゥルー 校長 矢島楫子 p77 築地の 海岸女学校 現青山学院 p82 ナイチンゲールのnotes on nursingを翻訳 p91 ナイチンゲール They're a lady, be independent. Stand up by your own foot. p110 大関和 よく泣いた 泣キチン蛙 p124 ナイチンゲール 医療の対象は、病める臓器、病める人体ではなく、病める人間、悩める人間である p143 M23 高田女学校寄宿舎の舎監となる 高田女学校は、大森隆碩ら教育熱心な地元の名士たちが、マリアトゥルーに協力を要請して設立 p153 第一病院で一緒にはたらいた瀬尾原始 瀬尾の父 知命堂という医院を開業 そこを継ぐ 原始が教鞭をとったことのある第三高等中学校医学部(現在岡山大学医学部)の卒業生が赴任 和 知命堂の看護婦長 p176 regardless to any work, it is only in the field to be able to learn in practice どんな仕事をするにせよ、実際に学ぶことができるのは現場においてのみである ナイチンゲール 赤痢の集団感染の防疫をした 知命堂病院は、新潟県の看護婦養成の一大拠点となった p207 和の教え子 防疫に力 我郡幸いに高田知命堂において技芸を習得せる看護婦田代たい子のあるあり、繊弱の身をもって各地に巡回し、看護者に実地に就て伝染病取り扱いを伝習す 宮川矢平 刈羽郡の赤痢に就て https://www.nurse.or.jp/nursing/home/publication/pdf/research/01-012.pdf 東の慈恵、西の同志社
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弛まない努力、集めた取材源、多数の文献等きっと伝えたい使命感のようなものが著者の根底にあったのではないか、大関和、鈴木雅、多数の看護婦に寄り添う眼差しが優しく、何気に著者に敬服してしまう。 看護婦の先達、先駆者として初めて知る大関和と鈴木雅、無私で弱者救済の境地で精神性に重きをお...
弛まない努力、集めた取材源、多数の文献等きっと伝えたい使命感のようなものが著者の根底にあったのではないか、大関和、鈴木雅、多数の看護婦に寄り添う眼差しが優しく、何気に著者に敬服してしまう。 看護婦の先達、先駆者として初めて知る大関和と鈴木雅、無私で弱者救済の境地で精神性に重きをおく和、経済的合理性を主張する雅、どちらも看護婦の地位向上に欠かせない要素。 一家言物言う嫁、天は自ら助くるものを助くる生き様。 思いがけない邂逅2点、1つは昔読んだ渡辺淳一著の花埋みの荻野吟子、もう1つは富士見町教会、古い壁と人気のない入口が独特の雰囲気を静かに醸し出していた当時の教会が懐かしく思い出される。
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図書館の新刊コーナーにあったので何気無く借りたがとても面白くほとんど一気に読みました。 男社会の中で女が事業を立ち上げ発言をしていく勇気は並大抵ではなかった。常に慈愛と奉仕の精神で生き抜いた人々がいたことを改めて知ることが出来た。
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本書は明治期に看護婦の黎明期として活躍した大関和の伝記であり、日本の医療と看護を歴史的時代背景の中で広く捉え、看護婦養成制度の基礎などを学ぶ事ができる書籍である。明治に入って「金のために汚い仕事も厭(いと)わず、時には命まで差しだす賤業(せんぎょう)」と見下され、看病婦や莫連(...
本書は明治期に看護婦の黎明期として活躍した大関和の伝記であり、日本の医療と看護を歴史的時代背景の中で広く捉え、看護婦養成制度の基礎などを学ぶ事ができる書籍である。明治に入って「金のために汚い仕事も厭(いと)わず、時には命まで差しだす賤業(せんぎょう)」と見下され、看病婦や莫連(ばくれん・すれっからし)、時には姦互婦(かんごふと当て字)して、派出先で売春を行っていると蔑(さげす)まれた看護婦たち。 大関和は、幕末の喧騒(けんそう)に翻弄(ほんろう)されつつも嫁いで2子を授かるが、妾との関係を清算しきれない夫に三行半を突きつけて離別する。当時としては、許されない女性からの離縁であったが、家父長制、男尊女卑、一夫多妻制など、当時の女性蔑視に対する嫌悪感が大関和の根底にあるように思える。生活のために、鹿鳴館で働き、英語を学び、キリストの洗礼を受け、窮民救済活動などにも参加する。明治20年(1878年)桜井看護学校に入り、学んだ英語を活用して級友とナイチンゲールなどの書籍を翻訳し、看護の知識、技術を習得する。座学と実習の充実した2年間を過ごして卒業し、日本にトレンド・ナースの草分けとなる。病院外科病棟の看病婦取締(婦長)として、手腕を発揮するが、医師達との軋轢で失職。人脈もあり越後高田の「知命堂病院」で大関和を理解する医師に恵まれ、後進の育成を旺盛に進め、地域の疫病であったコレラや赤痢などの感染対策でも手腕を発揮する。家族との離別の生活に終止符を打ち、帰京。東京看護婦会に関わり、今でいう訪問看護の先駆けともいえる派出看護婦として、複数の書籍も執筆し、後進の育成や看護婦の資格や地位向上も取り組む。人の命を奪い合う日清・日ロの両戦役で、人のいのちを救う看護婦の地位が確立される。生涯をかけて看護婦として実践で活躍し、生活困窮層への炊き出しや医療支援なども行い、女郎として売られた女性にも積極的に関わり、女性の更生施設、今でいう女性のシェルターにも主体的にかかわり、女性の独り立ちを支援する。大関和を中心とした家族愛やシスターフッドの歴史を学ぶ書籍としても、非常に勉強になる1刷となった。
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看護婦が「賤業」とされた明治時代。離婚して二人の子を育てながら、生涯をかけてその制度化と技能の向上に努めた大関和の生涯を描く
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