日本語の発音はどう変わってきたか の商品レビュー
日本語音韻史についてざっと流れを知りたくて通読。新書ながら、言語学、国語学、音声学の素養がないと、かなり難解だと思う。しかし、古代から近世までの日本語音声の変化の流れを追うことができて良かった。 新書として、もう少し読者に優しい書き方はできなかったものか。また、音声学的な記述が...
日本語音韻史についてざっと流れを知りたくて通読。新書ながら、言語学、国語学、音声学の素養がないと、かなり難解だと思う。しかし、古代から近世までの日本語音声の変化の流れを追うことができて良かった。 新書として、もう少し読者に優しい書き方はできなかったものか。また、音声学的な記述が不正確というか、音声記号がIPAに従っていないなど、音を扱っているのに音価が分からず混乱する箇所も多かった。
Posted by
これもとっくに読んだのだけど。 YouTube番組『ゆる言語学ラジオ』で以前言及されていた本。とても興味深い内容だったが、専門的な知識がないので、少々難しかったな。
Posted by
高校のころ、古典の授業中にこんな話を聞いた。昔、『母には二たびあひたれども父には一度もあはず』という謎々があった。答えは『くちびる』で、このことから昔は母は『ファファ』のように発音していたことがわかるということ。この話を聞いて、発音も変化するのだと思い、新鮮だった。 書店で帯に『...
高校のころ、古典の授業中にこんな話を聞いた。昔、『母には二たびあひたれども父には一度もあはず』という謎々があった。答えは『くちびる』で、このことから昔は母は『ファファ』のように発音していたことがわかるということ。この話を聞いて、発音も変化するのだと思い、新鮮だった。 書店で帯に『羽柴秀吉はファシバフィデヨシだった!』と書いてあるこの新書を迷わず手にした。 いろいろと新しいことを知ることができたので満足。でも、実際の音は読んで想像するだけでは、どうにもならないなぁ。以下は少し長くなるが、特に興味をもったこと。 万葉仮名の使い方を調べてみると、奈良時代には『い、え、お』の音が二つあり、母音が合わせて八つあったことが分かる。そもそも万葉仮名から、音が推測できることが凄い。その頃の語は1音節か2音節だったものが、情報量の増加に伴い多音節化が進み、微妙な音の使い分けが必要なくなり、平安時代になるころには5母音になっていった。 先ほどのハ行については、奈良時代はp音で、平安時代にf音に近い音になり、18世紀前半頃には現在のh音になった。途中平安時代の後期に、語中や語尾のf音は かは→かわ、かひ→かゐ のようにw音化も起こった。サ行も奈良時代はts音だったが、平安後期までにs音になった。『し』については、室町時代にsh音に変化した。平安時代には、音便による短縮化、い・ゐ、え・ゑ、お・を の合流が起こった。 平安時代にできたひらがなは文芸作品に使われて、書写が繰り返された。連綿体は書写に打ってつけだった。当時の和歌や日記、物語は総ひらがなで書かれていたが、発音通りに文字にすればよかった。しかし定家の時代(鎌倉時代)になると、音声変化のため綴りに乱れが生じて、作品を読むことができなくなっていた。定家はかな綴りの規範を作った(定家仮名遣)。漢字かな混じり文を進め、意味の纏りを意識して文を綴った(我々が普通に読む古典のスタイルを初めた)のも彼だ。 ところが江戸時代に入ると、定家の仮名遣いは平安初期の仮名遣いと一致しないことに契沖が気付いた。契沖は万葉集などに基づく仮名遣いをつくり、次第に受け入れられた。これがいわゆる、歴史的仮名遣いのもとになった。
Posted by
「ゆる言語学ラジオ」で興味を持った内容なのだが、この本を読んだんだなと思われる形跡があった。 「情報総量が増大すれば、語の数を増やさなければならない。奈良時代という社会変動期に漢文が大きな役割を果たして、漢語が増えたことが推測される」 「大きな社会変動が言語変化を引き起こすこと...
「ゆる言語学ラジオ」で興味を持った内容なのだが、この本を読んだんだなと思われる形跡があった。 「情報総量が増大すれば、語の数を増やさなければならない。奈良時代という社会変動期に漢文が大きな役割を果たして、漢語が増えたことが推測される」 「大きな社会変動が言語変化を引き起こすことは、室町時代と明治時代に実例がある」 「このうち、片仮名は、漢文訓読の際の訓点の一つであったから、はじめはこれで文章を綴るということがなかった。いわば片仮名は、漢文を読み下すための符号であるから、美的鑑賞の対象ではありえず、片仮名は今も書道の教程では存在感が薄い。片仮名は、使う人の個性を消し、聞きなれない外国の人名地名や「サラサラ」「ドスン」などの擬態語擬音語(オノマトペ)に使われるのは、この符号的特徴を保持しているためである」 「しかし、平安時代の古写本によれば、地の文と会話文は区分けされていない。その必要がなかったからかもしれない。なぜなら、彼らは自らの発音のとおり、話すとおりに物語や日記を書いたからである」
Posted by
なぜ接続の「は」は「wa」と発音のか。なぜや行とわ行にはイ段とオ段がないのか。なぜ「じ」と「ぢ」はどちらも「zi」と発音するのか。 日頃、私たちが何気なく使っている日本語。その音の響きには、古代から連綿と続く歴史があります。本書『日本語の発音はどう変わってきたか』(釘貫亨著)...
なぜ接続の「は」は「wa」と発音のか。なぜや行とわ行にはイ段とオ段がないのか。なぜ「じ」と「ぢ」はどちらも「zi」と発音するのか。 日頃、私たちが何気なく使っている日本語。その音の響きには、古代から連綿と続く歴史があります。本書『日本語の発音はどう変わってきたか』(釘貫亨著)は、そんな日本語の音、特に音韻がどのように変化してきたのかを、わかりやすく解説してくれる一冊です。 驚くべきことに、奈良時代には「笹の葉サラサラ」は「ツァツァノパツァラツァラ」と発音されていたそうです。そこから時代を経て、「ササノファサラサラ」「ササノハサラサラ」へと変化したそうです。現代の我々からすると、古代の日本語はまるで外国語のように感じられます。本書は、こうした日本語の音の歴史的変化を、音響学や音韻論の観点から、丁寧に解き明かしてくれます。 日本語の音の歴史は日本と日本人の歴史と密接に関係しています。しかし、日本語を母語とする私たちは、普段意識することなく日本語を使用しているため、その奥深い歴史や仕組みについて意外と知らないことが多いのではないでしょうか。本書は、私たちが当たり前のように使っている日本語のルーツを改めて教えてくれる、知的好奇心を刺激する一冊です。 本書を読み進めれば、冒頭に挙げた音に関する素朴な疑問も氷解するはずです。
Posted by
本書をおすすめしたい人のリストです。 ・日本語の変遷に関心のある人 ・音声学を学習中、学習経験のある人 ・日本語学を学習中、学習経験のある人 ・言語学を学習中、学習経験のある人
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
万葉仮名を手掛かりに太古の日本語の発音を探る。 例えば、「山」の和語(=つまり、訓み方)が何か? 「山」と中国由来の漢字のだけでは、それは分からない。 そこで万葉仮名の登場。仮名書きの「夜麻」とある。「やま」と呼んだのでは?と推測できる。ただ「夜麻」だけでは「よま」などとも読める。そこで、『万葉集』の中から「夜麻」以外に、「山」を表している表現を、「也麻」、「野万」、「八万」と、いくつも探し出して古代語の「やま」の存在を確定させていく。 ものすごく気の遠くなるような作業だ。 「八世紀後半に成立した『万葉集』は、四千数百首もの和歌を収める古代語の宝庫であり、これによって私たちは奈良時代の言葉を体系的に再建できるのである。」 大伴家持ら先人の偉業に感謝である。 さらには、中国音韻学を活用し、唐の時代の音(唐代音)を活用する。その音は、その時代の漢詩が時代を代表するものであり、李白、杜甫、白楽天の詩を、当時のように作り、真似て、読むことが後の世にも重んじられたから。だから、その発音が今も残るという説明だ。 漢字の読み方に、発音記号を使わずに、多数の漢字を相互に組み合わせるように規定させる「反切」という手法があり、それを使って理解できるという。これもまた気の遠くなるような作業だ。 然様に、本書では、なぜ昔の発音が分かるか、いかにして調べていったのかが具に説明されており、その苦労を知るだけでも、どっと疲れてしまうような内容だった。 古代日本語にhの音が存在しなかったことから、 「ハ行子音は、奈良時代にはP音であった。これが平安時代はじめにPから破裂性がやや退化してfの音に近い「ファ・フィ」のような音声になった。」 という話も展開されていく。 時代が下ると、『日葡辞典』をはじめ、海外のキリシタンがものした資料で、「Fato(鳩)」、「Ficari(光)」といった記載から、 「ハ行子音は、fで表記されるのも、当時のハ行音が両唇摩擦音であったことを推測される。」 と、実にありとあらゆる文献にあたって、ようやく推論が、より確からしくなっていく凄みがあった。
Posted by
新書にして230ページほどの分量だが、8世紀から18世紀の千年以上にわたる日本語の音声変化をたどる好著。当然ながら、変化をたどるためには聞いたこともない当時の音声を「再建」する必要がある。その材料となるのが、奈良時代の万葉仮名であり、室町時代のキリシタン文献だった。万葉仮名につい...
新書にして230ページほどの分量だが、8世紀から18世紀の千年以上にわたる日本語の音声変化をたどる好著。当然ながら、変化をたどるためには聞いたこともない当時の音声を「再建」する必要がある。その材料となるのが、奈良時代の万葉仮名であり、室町時代のキリシタン文献だった。万葉仮名については漢語音韻学に基づいて精緻な研究が行われ、上代特殊仮名遣、8つの母音の存在、甲類音と乙類音の区別、音節結合の法則などが明らかにされる。こうした複雑な音声や法則は、もともと単語の音節が少なかったことによるものだ。社会情勢の変化は言語情報の必要性を増加させるが、初期の段階では少ない音節に多くの音声を盛り込むことでこれに対応していた。しかし、更に情報が増えると少ない音節では対応しきれなくなり、単語の音節そのものが増えてくる。すると複雑な音声や法則により単語を弁別する必要性が薄れ、母音は減少、甲類音・乙類音の区別は相対化し、音節結合の法則も崩れていった。このような観点から、日本語の音声が具体的にどのような変化を経てきたのか、その変化を先人たちがどのように対自化してきたかを描く。どの言語にも同様の変化は見られると思うが、ひらがなの発明、ひらがなと漢字の混合文体など日本語の特殊性を考察する上でも必須の情報が詰まっている。
Posted by
かねてより「昔の日本語はこんな発音でした」みたいな記事を読むたびに、どうやってそんなことを調べられるのだろうかと不思議に思っていた。本書によりおおむね疑問氷解。スッキリしました 日本語は五十音図の母音と子音がクロスした発音であると思ってふだん疑うこともないが、たとえばタ行などは...
かねてより「昔の日本語はこんな発音でした」みたいな記事を読むたびに、どうやってそんなことを調べられるのだろうかと不思議に思っていた。本書によりおおむね疑問氷解。スッキリしました 日本語は五十音図の母音と子音がクロスした発音であると思ってふだん疑うこともないが、たとえばタ行などは、同じt音で揃えると実はタ・ティ・トゥ・テ・トになる。そんな身近すぎて逆に意識できていないことが見えてくる快感もあった
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
題は「日本語の発音」だが、広範囲な言語学研究の成果の一部として日本語発音変遷を描いた、重厚な背景を持つ本。 第一章の奈良時代の日本語の発音で言えば、万葉仮名から「上代特殊仮名遣い」を再発見した橋本進吉の話は知っていたが、語根内の「音節結合規則」を発見して有坂秀世の話は全く知らなかった。そしてこの規則が、語と語根の範囲を示す、現代でのアクセントに類するものであることなど全く知らなかった。 次いで第二章、平安時代では、語が長くなることにより文節が生じ、そして文節を示すために音便が生じたとのこと。また奈良時代までは連続母音を避ける傾向だったが、語の接続が増えてゆき連続母音が許容されるようにもなったと。そして仮名文字の出現により、発音と文字との一致、そして(漢字で書く面倒が減ったことで)散文という文学が発生したと。 またハ行の発音変遷も面白い。奈良時代のp音から中世近世のf音、そして18世紀前半ごろからのh音への変化。 第三章、鎌倉時代では巨人藤原定家によるルネサンス。仮名遣いの乱れの指摘だけではなく、漢字かな混じり文を一般的にしたのも定家だとは知らなかった。漢字を組み込むことにより単語が明確になるわけで、逆に言えば平安時代に書かれたかなのみの文章が、鎌倉時代には既に読みづらくなっていたことを示しているようだ。ただ、定家が写本をつくるときに本文改変をしているのは、現代人からすればとても気にかかる。 第四章、室町時代にはポルトガル人宣教師により、当時の発音がローマ字音写されて「日葡辞書」として現代に伝わったことで、当時の発音が明確に判明する。ハ行がf音だったこと、そしていわゆる四つ仮名「じぢずづ」の区別の存在。ダ行にまだ鼻濁音が残っていたために、すんなりと合流しなかったとか。ちなみにいわゆるズーズー弁ではこの四つ仮名の区別が無いとの余談も入る。またオ段長音オーがもともとau(開音:逢坂(あふさか)京(きやう)など)とeu/ou(合音:今日(けふ)蝶(てふ)/法(ほふ)など)とだったのが合流した(「オ段長音の開合の別」)のは江戸初期らしく、日葡辞書の頃は合流前なので区別されて記録されているのだとか。 第五章、江戸時代の話の前に、漢字の音読みに呉音漢音唐音の区別の話が出てくる。ここは「日本語の発音」であっても中国での漢字発音の話と、日本国内での発音変化の話(ハ行の発音変化など)が両方絡んでくるのでとてもややこしい。しかも日本語は音節末尾が(「ん」を除いて)必ず母音で終わる(開音節)が、中国語での漢字発音は子音で終わる閉音節も存在するため、閉音節の漢字発音を開音節で取り込むときに音がズレてしまうこともさらにややこしさに拍車をかける。中国の入声(漢字発音が-k/-t/-pで終わる)や鼻音(-ŋ/-n/-m)に関する話もあり、日本国内での変化前の発音は地名などに残存しているところが面白い。 第六章、江戸時代には「近世ルネサンス」が生じ、例として契沖による万葉集研究(および定家仮名遣いの訂正)、本居宣長による古事記研究が挙げられている。このルネサンスの根本が、上流階級による中世歌学の「みやび(都会的洗練)」継承への対抗として新興知識層が上代古典に注目した、との話に驚いた。都会以外の文化の根拠とするものが「やまとごころ」「やまとだましひ」などの民族主義から生じてくると。ただ、契沖による定家仮名遣いの理論的修正は残念ながら権威により完全無視され、評価されたのは70年後の楫取魚彦「古言梯」までかかったのだとか。そして契沖の仮名遣いを更に修正したのが本居宣長。宣長の時代まで下ると、漢字かな混じり文の書物が一般大衆にまで広まり、そのために漢字の音読み表記が著者たちの勝手な類推などで不安定化した。ここで宣長が(中国語に基づく発音だった)漢字と日本語とを分離して、理論的に発音分析することで日本語発音を整理することができた(ただしその裏には彼の排外的思想が蠢いているわけだが)。また宣長の頃には契沖の頃から更に発音変化が生じて、ア行が全て平安時代と同じく単独母音に戻っていたことも幸運したらしい。 なお契沖や宣長は五十音図に基づいて発音研究を行っている。余談として、アカサタナの順は円仁「在唐記」にある梵音の順序によるものだそうで。 第六章末尾で近代が取り上げられる。歴史的仮名遣いが「中世仮名遣いを否定して十八世紀に確立した」ものであり「口語体は、東京語を基盤としてそれに歴史的仮名遣いが乗るおかしな代物」として歴史的仮名遣い論者を切り捨てているのも興味深い。 知らない話がとてもたくさんあり、読んでいて興奮する本でした。この本も図書館で借りた本なのだが、ぜひ手元に置いておきたい。
Posted by
