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私の夢はスイスで安楽死 の商品レビュー

3.9

18件のお客様レビュー

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2025/09/04

本書は、くらんけさんがスイスで「介助自殺」にトライするという内容。 わかりやすくするため、あえて「介助自殺」ではなく、「安楽死」という言葉をタイトルに使っている。 なお、「安楽死」は医師が死の措置を行うことで、「介助自殺」は医師の管理のもと希望する者が自ら薬を摂取し自殺すること...

本書は、くらんけさんがスイスで「介助自殺」にトライするという内容。 わかりやすくするため、あえて「介助自殺」ではなく、「安楽死」という言葉をタイトルに使っている。 なお、「安楽死」は医師が死の措置を行うことで、「介助自殺」は医師の管理のもと希望する者が自ら薬を摂取し自殺すること。 くらんけさんは、死の権利を認められてスイスまで行き結局自殺できず帰国するのだが、本書では、CIDPという難病と闘った結論として、なぜ自ら死を選んだのかが詳しく語られている。 ー 命は尊い。 しかしそれは自分らしく生きられてこそ。 日本では、死ぬ権利は保証されていない。 しかし、 ー 死ぬ権利を持つことで結果的に死ななくて済む人だってたくさんいる だとすれば、安楽死をタブー視するのではなく、しっかり議論することが求められている。 そして、医療は誰のためにあるのか。 読んでいて、考えさせられることが多かった。

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2025/08/18

スイスでの安楽死(自殺幇助)を直前で辞めた、薬を数滴口に含んだところまでした人の体験談。実際に決行した人にはその最期の瞬間て聞けないわけだから、くらんけさんの安楽死直前までの体験を知れるのは貴重だ。 欧米諸国と日本との様々な価値観の違い、文化の違いはあれど、やはり日本人が安楽死を...

スイスでの安楽死(自殺幇助)を直前で辞めた、薬を数滴口に含んだところまでした人の体験談。実際に決行した人にはその最期の瞬間て聞けないわけだから、くらんけさんの安楽死直前までの体験を知れるのは貴重だ。 欧米諸国と日本との様々な価値観の違い、文化の違いはあれど、やはり日本人が安楽死を考える時、家族に対して申し訳ないというような感情が大きい。自分の命は自分だけのものではないということ。悪い意味で言えば、家族の存在が足を引っ張る、という事。生きることは尊いけど、くらんけさんのようなケースを思うと、死ぬことも尊いのだと思う。 生きてる間は自分らしくありたいし、それが難しくなってきたら生きる意味がわからなくなってしまうかもしれない。死についての話題はもっと前向きにしていい話だと改めて思わされた。家族や友人ともっと議論していきます。 くらんけさんはAbemaプライムにも出演されてました。

Posted byブクログ

2025/06/22

誰のための治療かということを考えさせられた。 日常のほんの些細なことでもネガティブな気持ちになるのに、安楽死というものは非常にハードルが高いことも分かった。個人的には当事者の意見が慮られるべきだと思った。

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2025/04/20

図書館でふと目にとまった本。 CIDPという難病を幼少期から患い、今後回復の見込みもなく辛い治療が続く中で「これ以上生きていたく無い」という気持ちになり、スイスでの安楽死を選択した女性の著書。 自分のことだけを考えるのであれば安楽死一択だけど、遺される家族のことを考えると最後の最...

図書館でふと目にとまった本。 CIDPという難病を幼少期から患い、今後回復の見込みもなく辛い治療が続く中で「これ以上生きていたく無い」という気持ちになり、スイスでの安楽死を選択した女性の著書。 自分のことだけを考えるのであれば安楽死一択だけど、遺される家族のことを考えると最後の最後踏み切れなかった著者やその家族の複雑な胸中を思う… 自分だったら、、と考えることも難しいけれど、医療は患者の意思を中心に据えたものであるべきという著者の思いには100%賛同する。ただ見送る家族の立場として考えると、自分の意思で命を終わらせるのを黙って応援できるかといえば絶対に簡単にはいかないであろうことは容易に想像できる。一番辛いのは患者だし尊重されるべきだけど、「自分の命は自分だけのものでは無い」という著者の気付きの通り、家族などの思いがその命と絡み合っている限り難しい問題だなと思った。

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2025/03/09

結果的に生きることを選択され、『読者として』は、よかったとしたい。 『家族として』は、我が子の自殺を看過できず、いかなるかたちでも生きていてほしいことも理解できる。一方で『本人として』は、死に切れなかったものの病状は改善せずこれからも誰かの介助が必要であるなどの不安が消えたわけで...

結果的に生きることを選択され、『読者として』は、よかったとしたい。 『家族として』は、我が子の自殺を看過できず、いかなるかたちでも生きていてほしいことも理解できる。一方で『本人として』は、死に切れなかったものの病状は改善せずこれからも誰かの介助が必要であるなどの不安が消えたわけではないこと。 『医師として』(実際、私たちの日常業務を思い起こして)は、治療が仕事であり、従えない患者(客)のことは面倒を見たくないこと。 正解はなく、かと言って個人の意思100%でもない。理解はできるが当事者になるとどうすべきかを考える契機にはなる本。こう言った題材の書籍はこれまでもたくさんあるかもしれないが、『国民として』は常に考えたいね。

Posted byブクログ

2024/12/12

ご本人の意志ではなく両親や医療従事者のことを考えて治療に取り組んでいる様子がいたたまれない気持ちになった。また病院側の対応など患者の立場も考えさせられた。死ぬ権利について書いてあったが、ワガママと死ぬ権利の違いはとても難しいと思う。

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2024/07/21

神経難病でスイスでの安楽死をぎりぎりまで体験された著者。安楽死を考える上で必読の本だと感じた。 同じく神経難病当事者の私にとって、体験された辛さ、介護を受ける側の辛さが手に取るように分かる。繰り返される辛い状況に、「安楽死という選択肢があるんだ」という事実でかなり気持ちが楽にな...

神経難病でスイスでの安楽死をぎりぎりまで体験された著者。安楽死を考える上で必読の本だと感じた。 同じく神経難病当事者の私にとって、体験された辛さ、介護を受ける側の辛さが手に取るように分かる。繰り返される辛い状況に、「安楽死という選択肢があるんだ」という事実でかなり気持ちが楽になったのも同じで、くらんけさんの言うように、そのことで「結果的に死ななくて済む」1人かもしれない。 くらんけさんが今回安楽死を延期したきっかけはご両親の思い。本の最後にはご両親それぞれの思いが書かれ、娘さんの安楽死で大変葛藤されていることが分かる。これらにより、「自分の命は自分だけのものじゃない」という言葉を思い出した。安楽死を選ぶとしたら、その前にしっかりと家族と向き合い、残された家族が幸せに生きられるよう準備する必要があるなと学んだ。

Posted byブクログ

2024/06/16
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

【死ぬ権利を選ぶとは】 著者が死を選ぶ覚悟をきめる背景が伝えられていますが、 小さい頃からのお話では、 親しい友人も恋人も持てなかったことや、 学校の先生からの差別的な扱いを感じ続けていたこと、 そして、 医療関係者とのやり取りの難しさ、 医師と患者の権力関係が綴られていて、 疎外感や孤独感が伝わってくる部分も多々ありました。 もしも誰か友人や心を許せる人がいたら、 医療現場でも違った対応の下で違った関係性が築かれていたら、 生きることへの考え方は、かわっていたのかな、と少し思ってしまったり。 本書の終わりの方で示されていた、「命は救っても、人は救わない医療者」とは何なのか、という問題提起。 ただの一読者が何もいうことはできませんが、 社会構造が、個々人の生きる意味を奪うものであってはならないとあらためて思いました。 ・・・ 著者は、10万人に一人という稀な難病、慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)の所持者。 日本では患者が5000人ぐらいとのことで、市場規模も小さく、感知する治療法は見つかってない中、緩和、進行を遅らせる治療がなされているという。 高校時に24時間テレビのドラマでこの病気が描かれ、その後難病認定となったらしい。 多くは50代など大人になってから発症する中、著者は6歳で発症。 そして、10歳には選択肢としてあった治療方法を使い尽くしていた。治療法ほぼ効かない状態で、車イス生活となる。 死を意識し始めたのは、皆が進路決定を迫られる高校時。 大学受験のあとで浪人後の生活は、手術、トラウマ、パニック障害、転院、治療地獄、担当医不祥事、、、と、 安楽死の選択肢を現実なものにする。 自発的死亡が法律で認められているスイスの安楽死ツーリズムを知り、実施団体を選んで申請したのは28歳の時。 本書に載せられていた申請文書では、 「人生とは耐え忍ぶものではないはずです。」という言葉と共に、著者のこれまでと今の状況が冷静に綴られていました。 この申請に必要だったメディカルレポートの入手には、後にALS嘱託殺人事件に関わっていた医師に作成してもらっていたことなどから、この事件についても自身との関係性や意見が述べられていました。 2019年10月、スイスの団体から承認の連絡が届き、ついに「死ぬ権利」を得た著者。 コロナの緊急事態による移動制限を経て、 2021年8月に、父の同伴でスイスに立ちます。 死ぬとの決断も終え、薬を口にした著者ですが、薬を吸い込むまで至らなかった。 ... 「今日のことはポジティブにとらえなさい」 団体の医師が、死を取り止めた直後の著者にいった言葉。 著者はこの時死をためらい、断念しましたが、生きることに肯定的になったとは程遠かった。「きっと今日死ななかったことを後悔する日がいつか絶対来ると思う」と言います。 今ここで死ぬことはやめたとしても、 病気は悪化し続けるし、 親も歳を取りつづける。 現実に苦しみ続けることが分かっているから覚悟した死であったことに変わりはない、 そして実際に帰国後に生活でもその現実が伝えられていました。 父親と母親のメッセージも強烈でした。 母「何のための治療だったのか、今は何もわからない。」 八方ふさがりのような状況にいる人に死ぬ権利があるのか、 死を選ぶ権利問う概念自体、個人主義で日本にはなじまない、と言えるのか、 一般人には簡単に答えが出せそうにない問いですが、 八方ふさがりの環境設定に加担しないようにするためにも、 とても貴重なお話でした。

Posted byブクログ

2023/08/23

自己責任論が蔓延る社会では何をするにも息苦しいが、引き換えに与えられた権利で獲得できる自由がある。 ならば私たちは、自分の生き方くらい、最期まで自分で決められるはずだ。 ーエピローグより 著者は6歳の頃から難病で闘病生活に苦しみ、今でも安楽死について、自分の尊厳について考え続け...

自己責任論が蔓延る社会では何をするにも息苦しいが、引き換えに与えられた権利で獲得できる自由がある。 ならば私たちは、自分の生き方くらい、最期まで自分で決められるはずだ。 ーエピローグより 著者は6歳の頃から難病で闘病生活に苦しみ、今でも安楽死について、自分の尊厳について考え続けている。 ブクログの紹介文にもある通り、彼女は学校でも病院でも尊厳を無視され、でも生きるために頑張る良い子を演じてきた。病気や病状の違いはあれど、縋るところが限られている難病患者の、病院で医師らの顔色を伺わなければならない息苦しさは容易に想像できて苦しかった。両親に介護されなければ生きていけないが、その両親もまた年老いていくことへの焦りや申し訳なさも。 緩やかに死を意識し始め、スイスにまで渡り安楽死を願うのも無理はない。最終的に彼女を思いとどまらせたのは家族を残していくことについてだったが…安楽死について知識を深め、考えることの必要性を強く感じるエッセイだった。また人の生きることの尊厳についても考えさせられた。彼女の聡明さと意志の強さも強く感じられた。 興味のある人はぜひ読んでみてほしい。

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2023/06/10

ブクログの新刊案内で発見した『私の夢はスイスで安楽死 難病に侵された私が死に救いを求めた三十年』(くらんけ)。 タイトルが衝撃的で「何だこれは」と気になったこの本に書かれていた内容もまた衝撃的。 読んでいる間、静かにいろいろ考えてたし、今も考えてはいる。 著者が難病にかかり...

ブクログの新刊案内で発見した『私の夢はスイスで安楽死 難病に侵された私が死に救いを求めた三十年』(くらんけ)。 タイトルが衝撃的で「何だこれは」と気になったこの本に書かれていた内容もまた衝撃的。 読んでいる間、静かにいろいろ考えてたし、今も考えてはいる。 著者が難病にかかり、辛い経験をし安楽死を考えて行動にうつそうとした事実を知り、 「こんな人達がいるし、こんな事があったのだな」と受け止めるだけに留まってる状態。

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