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日本語からの哲学 の商品レビュー

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6件のお客様レビュー

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2025/09/13

「です・ます体」で執筆した論文の掲載を拒否された著者が、日本語における「である体」と「です・ます体」のちがいについて哲学的な考察を展開している本です。 論文では客観的な書きかたである「である体」を用いることが望ましく、敬意をふくむ「です・ます体」はふさわしくないという、ひろくい...

「です・ます体」で執筆した論文の掲載を拒否された著者が、日本語における「である体」と「です・ます体」のちがいについて哲学的な考察を展開している本です。 論文では客観的な書きかたである「である体」を用いることが望ましく、敬意をふくむ「です・ます体」はふさわしくないという、ひろくいきわたっている理解を、著者は批判的に検討し、その誤りを指摘します。そのうえで、「です・ます体」は、たとえ明示されていなくても、二人称との関係のなかで成立する書きかたであり、これに対して「である体」が二人称との関係を消し去るような語りかただということが指摘されます。さらに著者は、こうした書きかたにもとづく認証的世界の構造がもたらす哲学的な考察へと踏み込み、とくにブーバーの論じた「我と汝」にかんする問題にあらたな視点から光をあてています。また、正義の倫理学とケアの倫理学の差異に通じる問題へと、考察を進めていく可能性にも言及されています。 著者はカント哲学の概念を用いて、文体による世界の把握のしかたのちがいは「統制的原理」として機能すると主張していますが、こうした観点から個人的に興味深く思われるのは、森有正の思想との比較です。森は、日本語による世界把握では二人称との関係を離れることがむずかしいことを批判的な立場から指摘し、「経験」の構成的原理としてその問題を論じているように思われるからです。 なお、わたくし自身はここでは「です・ます体」を採用しているのですが、そのきっかけになったのは、アダルト作品のレヴューを書くときに「である体」だと「サマ」にならないと気づいたことでした。なかには「である体」で独特のねちっこさを表現するすぐれた書き手もいるのですが、「です・ます体」を採用することでマニアックな「キモさ」を容易に演出することができるのは大きなメリットで、以来作品レヴューなどでは一貫して「です・ます体」を用いています。

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2025/08/04

紹介されていた本。 なぜ〈です・ます〉調で論文を書いてはいけないのか? 面白い問い。 確かに常体と言いながら、常ではないしな。 論文における、書き手と読み手の立ち位置の違い。 一人称でありながら、三人称として書けること。 他者性が排されていることが、論文という質の書物には必...

紹介されていた本。 なぜ〈です・ます〉調で論文を書いてはいけないのか? 面白い問い。 確かに常体と言いながら、常ではないしな。 論文における、書き手と読み手の立ち位置の違い。 一人称でありながら、三人称として書けること。 他者性が排されていることが、論文という質の書物には必要であること。 これは個人的な考えだけど、〈である〉調の日記的側面にも注目したい。 自分自身が思索する時に、結局は言語を用いなければいけないこと。 その思索をアウトプットした結果が、日記であったり、論文であったりする。 どちらにしても、相手の存在に語りかける立ち位置と異なるのは共通なのだけど。 では、日記ー随筆ー評論を架橋するものとは何か。 もうちょっとぐるぐる考えたくなる。良い問いだ。

Posted byブクログ

2025/08/02

メモ→ https://x.com/nobushiromasaki/status/1951493020744032715?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw

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2023/08/17

敬体と常体の違いにあらためて意識を向け直すことができたが、何かに利用できるかどうかは微妙なところだ。

Posted byブクログ

2023/01/06

このブクログで読書メモを記すようになってかなり経ちますが、実は文章の語尾をどうするかって秘かに悩んで来たテーマなのです。何気なく〈です・ます〉で書き始めたのですが、途中で何回も〈だ・である〉の方がいいのかなと思っていました。その理由は新聞・雑誌・WEB、目にする書評は、ほぼすべて...

このブクログで読書メモを記すようになってかなり経ちますが、実は文章の語尾をどうするかって秘かに悩んで来たテーマなのです。何気なく〈です・ます〉で書き始めたのですが、途中で何回も〈だ・である〉の方がいいのかなと思っていました。その理由は新聞・雑誌・WEB、目にする書評は、ほぼすべて〈だ・である体〉だから。何度かその語尾にしようとしたしたのですが、そうすると書けなくなっちゃう。自分が書いているのは書評じゃなくて読書メモだからなんか断定する力強い文体だと気恥ずかしいのかも、と自己分析したりしてきました。結局、ずっと〈です・ます〉です。今回、この本を読んで、そうしてきた理由がわかったような気がしました。ブクログ以前、自分のノートにメモしていた時と違って、誰かに読まれるかもしれない、という自意識が自然と〈です・ます体〉をチョイスさせていたのかもしれない…本書でいうところでの二人称複数に向けて書いていたのです、きっと。自分のためだけにメモしていたつもりだったのですが、ブクログって場を意識していたのが、自分でも自分でもビックリです。「結びに代えて」に引用されているスピノザの「我々は身体が何をなしうるのかを知らない」から繋げた「言語は何をなしうるか知らない」を実感しました。文体があるから考えることができる、原理をつかめる、世界を感じる…まさに「日本語からの哲学」体験でした。

Posted byブクログ

2022/11/09

新聞広告で見て、これはおもしろそうだと思い、運よく図書館にあったので借りて来たが・・ 難しくて手が出ませんでした。日頃から、「です・ます」と「だ」調の語感の違いを感じていただけに、いつか腰を据えて読んでみたい。 2022.9.30初版 図書館

Posted byブクログ