私たちはどう学んでいるのか の商品レビュー
練習による上達、発達、ひらめきといった無意識的な認知的変化は「創発」によって起こっている。 創発というアプローチで、上記の上達、発達、ひらめきの3つの認知的変化のメカニズムを説明している認知科学の本。 全然異なるように思えるこれら3つの現象は、「創発」の概念を用いると共通す...
練習による上達、発達、ひらめきといった無意識的な認知的変化は「創発」によって起こっている。 創発というアプローチで、上記の上達、発達、ひらめきの3つの認知的変化のメカニズムを説明している認知科学の本。 全然異なるように思えるこれら3つの現象は、「創発」の概念を用いると共通する説明が可能である、としている。 ここでの「創発」とは、何か新しいものを作り出すことだが、「発見」や「発明」との違いは以下2点。 - 還元不可能:創発されたものはそれを作り出すための要素の性質からは説明できない=還元できない。 - 意図の不在:人の明確な意図なしに生み出される。 こういう創発的な過程こそが認知的変化とのこと。 とまあこれだけだとなんか小難しいが、実際読むと順序立てて丁寧に説明してくれているので分かりやすい。 練習による上達、発達、ひらめき、それぞれについて実験とその分析が出てくるのだが、これが非常に面白い。結論としては、どれも「多様なリソース(冗長性)」「揺らぎ」「環境」によって創発が起こって成る認知的変化だ、となるのだが、そこに至る分析過程が結構ワクワクした。 あと、ひらめきの章に出てくる以下の表現(抜粋)が印象に残っている。 人間が意識できていることは思考のごくごく一部なのだと改めて思った。 > 意識の知らない間に、寡黙で働き者の無意識的な学習のシステムが働き、(中略)意識の方はボンクラだから、それにまったく気づけない。そして無意識システムが学習を重ね、相当程度までよい配置のパターンを作り出す。すると、意識システムもさすがにそれに気づく。そして「わかった」と叫んで、成功を横取りしているのだ。
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「創発」とは環境に依存して行われるもので、個人に能力が備わっていつでも発揮できるというような能力観は間違っているという話。 上達、発達、ひらめきの共通点や、ひらめきの裏で無意識や失敗の多様性などが重要であることが述べられている。 まえがきや章のまとめが難しいので、よくわからなかっ...
「創発」とは環境に依存して行われるもので、個人に能力が備わっていつでも発揮できるというような能力観は間違っているという話。 上達、発達、ひらめきの共通点や、ひらめきの裏で無意識や失敗の多様性などが重要であることが述べられている。 まえがきや章のまとめが難しいので、よくわからなかったら一度読んでから戻ってくると良い。 次に読むべき本が章ごとにコメント付きで紹介されていているのが良い。
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第一章の「能力という虚構」というタイトルからして面白い。 ちくまプリマー新書という体裁に油断していると、知的にどんどん引っ張っていかれる。 知識はモノじゃなくてコト。環境と経験が混ぜ合わさって、その場で立ち現れるもの。 言葉を「粗雑な伝達メディア」と論じていることにもおかし...
第一章の「能力という虚構」というタイトルからして面白い。 ちくまプリマー新書という体裁に油断していると、知的にどんどん引っ張っていかれる。 知識はモノじゃなくてコト。環境と経験が混ぜ合わさって、その場で立ち現れるもの。 言葉を「粗雑な伝達メディア」と論じていることにもおかしみを感じる。私がずっと「言語化」という言葉に抱いていた違和感が刺激された。 思考力、判断力、非認知能力……ラベルを貼って測れるものにしようとする動きへの、静かで鋭い問いかけ。「学び・教育をなめている」と著者が書いてから30年以上経ってもなお同じことを書かねばならなかった、という一節には考えさせられる。 「ひらめいた時の驚きは、実は自分の無意識的な心の働きに対してのものなのだ」の一文は思わず栞にしたくなった。
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何かに熟達するには非常な鍛錬が必要。究極はその積み重ねたものがすべて無かったかのように無意識の方に転送されて空っぽみたいな感じなのかしら、と思いました。
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物事を熟達するのは伸長と停滞があるとは漠然と感じていたが、その進捗の過程もうねりが存在するということは、なるほどねーと、繰り返し行う事で脳のシナプス結合が強化され一流の技が身につくかと思っていた。けど、そこにはノイズもありながらなんた。 学習するという事、情報と認知リソースから知...
物事を熟達するのは伸長と停滞があるとは漠然と感じていたが、その進捗の過程もうねりが存在するということは、なるほどねーと、繰り返し行う事で脳のシナプス結合が強化され一流の技が身につくかと思っていた。けど、そこにはノイズもありながらなんた。 学習するという事、情報と認知リソースから知識を構築し、そこから課題創出されたものに展開していく。 応用が効くとはそこ本質理解が必要だ。
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学びとは、ただ与えられたものをこなせば良いということではない。 与えられたものが、有識者にとって練り上げられたものであっても、それは単なる立方体の一側面を見たにしかすぎない。 一側面しか見ていないのだから、そこから多面を推測することが容易ではないことがわかる。 そして、この...
学びとは、ただ与えられたものをこなせば良いということではない。 与えられたものが、有識者にとって練り上げられたものであっても、それは単なる立方体の一側面を見たにしかすぎない。 一側面しか見ていないのだから、そこから多面を推測することが容易ではないことがわかる。 そして、この立方体を伝達する術はない(いまのところ)。 つまり、本書でいっていることは、そういうことだと思う。 結局、私たちに必要なのは探求心や知識欲だし、そういった欲望に向かわせる動機である。 そして、学校とはそういった動機付けを促す場であってほしいし、教師自身も常に探求の人であってほしい。 人は、欲望に向かって勝手に学ぶものだ。
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巷でよく聞く〇〇力、とかなんちゃらスキルっていうのは表面だけを見ていてあれでは意味がない、とバーンと言い切っている面白い本。 答えがある前提の教育って、基本はうまくいかないよね、強いて言えば徒弟制度がいいかなあ、という結論で、むむむ、という感想ではある。 面白い視点ではあって...
巷でよく聞く〇〇力、とかなんちゃらスキルっていうのは表面だけを見ていてあれでは意味がない、とバーンと言い切っている面白い本。 答えがある前提の教育って、基本はうまくいかないよね、強いて言えば徒弟制度がいいかなあ、という結論で、むむむ、という感想ではある。 面白い視点ではあって、私たちは五感で学んでいて、学んでいると思っていること以外も学んでいるんだ、とそう理解できると、自分の学習の仕方を変えるきっかけにはなるように思う。
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はじめにで、「文部科学省を中心とする〜(中略)〜、『学び、教育をなめている』としか思えない」といきなり喧嘩腰なのが、まず面白かった。笑 従来の教えるタイプの教育ではなく創発をうながすことが、これからのVUCAと言われる時代を生きるために必要であることはとても共感できた。 自分が...
はじめにで、「文部科学省を中心とする〜(中略)〜、『学び、教育をなめている』としか思えない」といきなり喧嘩腰なのが、まず面白かった。笑 従来の教えるタイプの教育ではなく創発をうながすことが、これからのVUCAと言われる時代を生きるために必要であることはとても共感できた。 自分がこれまで受けてきた(学校職場含めて)教育で、意味なかったなと思うもの、自分の血肉になってると思うもの。振り返ると、目的を理解し自分で試行錯誤して納得して答えに辿り着いたのかがポイントだったように思う。 真似っこであれば、賢い猿でもできるのだ。
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認知科学の分野で「プロジェクション」の概念を見出した鈴木さんのご本。こちらの本にも少しだけ言及がありました。早逝ご惜しまれます。しけしやはりちくまプリマー新社にハズレはないなあ。
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人間が学習して何かができるようになるとき、人の中で何が起こっているのかを、認知科学の知見からまとめた本。分かりやすくて、とても良かった。 何かができるようになるためには、知識を得るだけではなく、体が学習するという身体性が重要なのが興味深い。また、上達やひらめきが、無意識下の揺ら...
人間が学習して何かができるようになるとき、人の中で何が起こっているのかを、認知科学の知見からまとめた本。分かりやすくて、とても良かった。 何かができるようになるためには、知識を得るだけではなく、体が学習するという身体性が重要なのが興味深い。また、上達やひらめきが、無意識下の揺らぎに起因しているというのも納得。 これを前提に自身の学習戦略の参考にしたいところ。 以下、面白かった点のメモ。 ●知識は構築される 知識は伝わらない。なぜなら、知識は人が自らの持つ認知リソース、環境の提供するリソースの中で創発するものだからだ。 知識は「モノ」のように捉えてはならず、絶えずその場で作り出されている「コト」として捉えなければならない。だからコトバで伝えることは困難なのだ。 ●上達する 練習による上達にはうねりがあり、直線的に上達が進むわけではなく、複雑なうねりが存在する。このうねりは、そこで用いられる複数のリソースが、微細に異なる環境の中で相互作用する中で創発する。そしてうねりは次の飛躍のための土台となる。 ●ひらめく ひらめきは突然訪れるかのように語られることが多い。しかしひらめきは練習による変化、発達による変化と同じ、つまり多様で冗長な認知リソースとその合間の競合による揺らぎが、それが実行されるの環境と一体となり創発される。そしてその過程の大半は無意識に沈む。たがら、ひらめいた時の驚きは、実は自分の無意識的な心の働きに対してのものである。
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