地球、この複雑なる惑星に暮らすこと の商品レビュー
養老先生とヤマザキマリさんの対談本。ヤマザキさんの多彩な才能と養老先生の深い考察が光る内容でした。対談本としてはよく練れた作品と思います
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地球とはただの「住処」ではない。養老孟司とヤマザキマリの対話はこの惑星に「暮らす」とは何かを根源から問いかける。自然と人間のあいだに境界線を引くことの無意味さ。虫も菌も異文化も他者も複雑であるがゆえに豊かだとふたりは語る。便利さを追い求める現代の生活はときにこの星の複雑さを「面倒...
地球とはただの「住処」ではない。養老孟司とヤマザキマリの対話はこの惑星に「暮らす」とは何かを根源から問いかける。自然と人間のあいだに境界線を引くことの無意味さ。虫も菌も異文化も他者も複雑であるがゆえに豊かだとふたりは語る。便利さを追い求める現代の生活はときにこの星の複雑さを「面倒」と感じてしまう。しかしその面倒こそが私たちを育て考えさせる。地球に生きるとは理解できないものと共にあること。共感ではなく共存の覚悟が求められる。単純化された世界より複雑で手間のかかる日常のほうがずっと人間らしいのかもしれない。
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養老孟司さんとヤマザキマリさんの対談集。 前半は虫の話が中心で、できるなら虫は避けたいと思っている自分にはヒットはしなかったものの、専門家でもないのに(?)ヤマザキさんの虫の知識には驚くばかり。 後半は、身近な話題をもとに、欧米と日本の違いを宗教感、文化的習慣なども交えながら語...
養老孟司さんとヤマザキマリさんの対談集。 前半は虫の話が中心で、できるなら虫は避けたいと思っている自分にはヒットはしなかったものの、専門家でもないのに(?)ヤマザキさんの虫の知識には驚くばかり。 後半は、身近な話題をもとに、欧米と日本の違いを宗教感、文化的習慣なども交えながら語り合っているが、これがまた深い! お二人とも見識が広くて、紹介される本や映画も読んでみたい、観てみたいというものが多かった。
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面白そうな話をしそうな人が実際に面白い話をしている。 それを喫茶店なり飲み屋なりで、ごく近い席で聞き耳立て楽しませてもらってる。 対談集を手に取ると、いつも大体そんな感じ。そして紹介される著書が興味深いのでエア積読が増える。 昆虫好きな二人が、昆虫について、昆虫から広がる話につ...
面白そうな話をしそうな人が実際に面白い話をしている。 それを喫茶店なり飲み屋なりで、ごく近い席で聞き耳立て楽しませてもらってる。 対談集を手に取ると、いつも大体そんな感じ。そして紹介される著書が興味深いのでエア積読が増える。 昆虫好きな二人が、昆虫について、昆虫から広がる話について、しばらく話し続けます。虫があまり得意でないなら少し辛抱が要るかも。でも中盤からはほとんど虫は出てきません。 他の動物について、人間の歴史、文化、知性、民族性、死生観、政治経済、環境問題について。それはもう多岐に渡って話してます。 どのトピックも、うんうん、なるほどと頷けるところだらけ。とりわけ、 『だって自分は死んだって本当に困らないから。そうでしょう?若い人は自分が死ぬと、意外に困ると思ってるんですよ。年寄りでも言うでしょう、私が死んだらみんなが困る、いまはまだ死ねない、と。でもいちばん困らないのは自分ですよ。だって次の日から自分はもういないんだから。逆に言うと、それをひっくり返すと簡単なことで、人間の人生って、ひょっとすると世のため人のためなんですよ。自分のためじゃない。だから人の死は自分に関係あるけど自分の死は自分に関係ない、死は「一人称(私)」でなくて「二人称(あなた)」なんです。』(p.139) が最近の私にとってのパワーセンテンスでした。 昨日までそこにいた人がいなくなったら、物理的、機能的に困ることはある。もちろん感情的にも。それだけではなく、いなくなったその人の生き様、死に様を知り考え、自分の人生観、死生観が更新される。それは、とても重い呼びかけとなる。
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面白かった。虫の話から政治思想、社会の話まで。 ヤマザキマリさんはパワーの余っているヒトらしい。日本は窮屈でしょうね。 虫がいつから苦手になったのかなあ、と改めて思った。
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特に日本人は誰かに言語化してほしい、納得。直接伝えるのが苦手で、意見を言うと協調性がない、強いと思われる。誰かに整理してもらうことで自分の考えを昇華させる。でも目の前の問題は解決できてないかも。
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2018年5月から2021年10月にかけて8回行われた対談集。 半分は虫の話。そこから人間の話になる。 ヤマザキマリさん、虫に詳しいから養老孟司さんと話がかみ合う。 お二人とも虫が好きなんですね。 このご両人は、頻繁に本も出している。 書かれている内容は重複していることも多い。...
2018年5月から2021年10月にかけて8回行われた対談集。 半分は虫の話。そこから人間の話になる。 ヤマザキマリさん、虫に詳しいから養老孟司さんと話がかみ合う。 お二人とも虫が好きなんですね。 このご両人は、頻繁に本も出している。 書かれている内容は重複していることも多い。 同じようなことを感じている人はおそらくたくさんいて、そんな人たちが読んでいるのでしょう。 言語化された思いを自分の脳に焼き付けるのに役立っている。 みんな心当たりがあって、当たり前のことだと思っていることを言っているだけだから、読者から文句や批判を受けにくい。 読者は、思っていることを上手く言葉で表してくれると「そうそう」「それが言いたかった」となる。 言語化する能力がなく、発言することができないから、自分の代わりに言ってくれる人を書籍やメディアの中で探している。 思い込み思い続けてきたことを、肯定して貰わないと気が済まない人が多い。 人間は見たいものしか見たがらない。 そもそも共感できない発言は、聞き流しがちで心に刺さらないから、「そうだ」と感じる言葉しか残らない。 普段考えたことがないことをサラッと文章化されて、好奇心のスイッチを押される言葉も随分あった。 「宇宙人は地球に来ていて人を操っている。実は猫は宇宙人なのだ。」 「死ぬってことを考えないと、人生が浅くなっちゃう。」 「死刑制度と安楽死は似ている。どちらも人の死に手を貸すことになるから当事者にはなりたくない。」 対談期間中に起きたコロナの話題も出てきた。 以下のような発言が頭に残った。 コロナ感染症の流行は、気候変動や資本主義と絡み合っているように感じる。資本主義の限界と気候変動のリスクを痛感した。(マリ) 日本は経済成長の鈍化で結果的に温暖化のブレーキをかけている。 斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』は、答えとしていいんじゃないかな。(養老) 実現するためには、物欲に囚われない精神を当たり前のものにしなければならない。(マリ) mRNAワクチンは遺伝子をいじる初めてのワクチンで、世界的に極めて大人数にやっている。 短期的には副反応以外の被害は無いが、長期的にはサリドマイドみたいに絶対なにかあるはず。(養老)
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元々虫好きなヤマザキ氏が箱根の養老氏の昆虫館?を訪ねた事から始まった、養老孟司氏とヤマザキマリ氏の対談集。 虫嫌いの私としたらちょい距離を置いて、と思ったが確かに導入部や例えで昆虫は出てくるものの、大半は2人の全方位にわたる博識の一端を垣間見せてくれる対話で、深く深く同意しながら...
元々虫好きなヤマザキ氏が箱根の養老氏の昆虫館?を訪ねた事から始まった、養老孟司氏とヤマザキマリ氏の対談集。 虫嫌いの私としたらちょい距離を置いて、と思ったが確かに導入部や例えで昆虫は出てくるものの、大半は2人の全方位にわたる博識の一端を垣間見せてくれる対話で、深く深く同意しながら読み終えた。
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博識なお二人の対談。読み応えがあった。 割にさらっと読める感覚もある。 と言いながらじっくり用語を調べながら読んだが。。 目標をたてるというよりながされるように生きる。 それも素敵だし自然に近いと確かに思う。 ただ、楽に生きたいと思うが故に数学に逃げ、機械に逃げ、システムエンジ...
博識なお二人の対談。読み応えがあった。 割にさらっと読める感覚もある。 と言いながらじっくり用語を調べながら読んだが。。 目標をたてるというよりながされるように生きる。 それも素敵だし自然に近いと確かに思う。 ただ、楽に生きたいと思うが故に数学に逃げ、機械に逃げ、システムエンジニアになった自分からしたら耳が少し痛い… なにを楽と捉えるか次第でもあるが。 家族至上主義なイタリアと、社会性、同調性などの方が重視される日本。考えてみたらそれらはかなり差があって、遺伝子的に組み込まれてるのかなとも感じる。 他にもなるほど、と感じるエピソードが多かった。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
自分の人生を計画したい人があまりにも多すぎると。そうではなく、人生はひとりでに「なる」のだということ。 自己とははじめからあるものではなく、生きて行くうちにひとりでにできていくものなのだ。それをやる前からそれをすれば何を得られるのか、それは自分のためには必要かなど考えてしまうのは、現代病の一種だなと思う。 自分の知りたいことだけを知りたい、ジャンルに括りたがって、自分のなかで簡潔に完結させたがる。予定調和な人生を望む・・。私含め現代人に当てはまることが多くて、どきっとさせられた。仕事だけでなく生活でも効率化を求めるあまり、人生も効率で考えるようになってしまっているのかな・・。 自分の人生も思考も、計画的にレベルアップさせたいというような。 さらに刺さったのは、日本人は「何か自分のかわりに言ってくれる人を書籍やメディアの中でいつも探している」ということ。日本人は人の活字化された言葉の中に答えを探す民族で、出版文化が発達しているのもその影響では、と。けれどそれは自分の思考を放棄していること、その責任を持ちたくないということに繋がる。読書は好きだけれど、自分で考えず好きな言葉をただ追っているだけの読書をしているのは、とんでもなく怠惰なことなのだと気付けた。 読書の目的も、もうちょっと考え直さないとだな。 もっと自分自身で考えて、自分の言葉で生きていかなければ、所詮は借り物の思考、借り物の言葉で生きることになり、魅力的な人間にはなれないなと思った。
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