〈叱る依存〉がとまらない の商品レビュー
SNSの誹謗中傷や炎上騒動を見かけるたび、「厳しい世の中になったなあ」と思いつつ、ついつい注目してしまう。「悪を懲らしめる」勧善懲悪のストーリーは古来から人気コンテンツですが、これは人の中にある処罰欲求が反映されているからーー本書の指摘に冒頭からハッとさせられました。 本書にお...
SNSの誹謗中傷や炎上騒動を見かけるたび、「厳しい世の中になったなあ」と思いつつ、ついつい注目してしまう。「悪を懲らしめる」勧善懲悪のストーリーは古来から人気コンテンツですが、これは人の中にある処罰欲求が反映されているからーー本書の指摘に冒頭からハッとさせられました。 本書において、子供のしつけ、ミスをした部下への教育、マナーの悪い人へのバッシング...これらは「叱る」に分類されます。 ここで定義される「叱る」とは、「言葉を用いてネガティブな感情体験を与え、相手をコントロールしようとする行為」です。 危険なのは、「怒鳴ったわけでもないし、相手のため、周りのためを思って」という自己正当化です。これらは単に叱る側の感情の違いに過ぎず、相手に罰を与えるという点では大差ありません。本来は個人的な「処罰欲求」であるものを、「相手のため・社会のため」という大義名分にすり替えて正当化してしまう。これは脳のバグが引き起こす典型的なパターンです。 さらに深刻なには、叱られる相手与える弊害です。脳科学的な視点から見れば、「叱る」ことは学習性無力感やトラウマ、マルトリートメント(不適切な関わり)を招くだけで、決して学びや成長には繋がらないことを本書では強調しています。まさに「百害あって一理なし」なのです。 「苦しまないと成長しない」という根性論は誤りで、学びは「冒険システム(欲求・報酬系)」によって引き起こされるものだといいます。実践的対処法として重要なのは権力の行使ではなく対等なコミュニケーションであり、正解を押し付けないことです。 とはいえ、どこからが処罰欲求なのか境界線はあいまいです。集団の秩序を維持する上で、「罰より支援」という理想論が現実的なのかどうか、難しさもあります。しかし、炎上やバッシングがあたりまえの世の中から、健全な社会を取り戻すためには、「あなたのためを思って」という無自覚な正義感に陥っていないか、立ち止まって考えることが重要だと思いました。
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保育者が日々のいろいろを考える時によんで欲しい本 教育・保育論集で図書館が紹介した本です。 ーーーーーーーーーーー 駅前キャンパス ーーーーーーーーーーー 〈叱る依存〉がとまらない https://fclib.opac.jp/opac/Holding_list?rgtn=3019...
保育者が日々のいろいろを考える時によんで欲しい本 教育・保育論集で図書館が紹介した本です。 ーーーーーーーーーーー 駅前キャンパス ーーーーーーーーーーー 〈叱る依存〉がとまらない https://fclib.opac.jp/opac/Holding_list?rgtn=3019567 ーーーーーーーーーーー 福島学院大学リポジトリ ーーーーーーーーーーー 教育・保育論集 第29集https://fgu.repo.nii.ac.jp/records/2000075
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もっと広まれ! ……と思う一方、この本に書いてあることが理解できない人は、一体なぜなのか……?という点が疑問。かつての自分もそうだったけれど…。
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私のことを怒鳴り続けた過去の上司はこの依存にハマって、私の人格まで否定してきたりしてきたのかなと思ったりした。 子育てに役立つかなと思って読んだけれど、その過去のことを思い出してしんどくなってしまった。 最後の数ページが役立ったかな。
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「叱る」に依存していないか、叱るとは何かを考えさせられる本でした。 叱るということには、本当は意味がないこと。叱る以前に、回避する事ができれば、叱る事は減らす事ができるという点に納得しました。 育児をしていて、理論的に説明されていて、難しい所もあったけど、テンポよく読めて良かった...
「叱る」に依存していないか、叱るとは何かを考えさせられる本でした。 叱るということには、本当は意味がないこと。叱る以前に、回避する事ができれば、叱る事は減らす事ができるという点に納得しました。 育児をしていて、理論的に説明されていて、難しい所もあったけど、テンポよく読めて良かったです。 叱ることに悩む人は何かしら権力がある人、とてもそう思います。 幼少期や、学校環境では、権力支配が起きやすいこともまた事実。 将来子供達が直面する悩みもあると思うけれど、悩んだ時にヒントを示すことができるように読んで良かったです。
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叱る事、罰を与える事がなぜ日本では正当化または美化されているのか、 また、叱る事が問題解決になっていない例が 根拠に基づいて説明されている。 また、成長を促す方法についても具体的に説明されていて非常に勉強になった。 まず、叱る行為は叱る側の欲求を満たすだけの行為であり、 問題...
叱る事、罰を与える事がなぜ日本では正当化または美化されているのか、 また、叱る事が問題解決になっていない例が 根拠に基づいて説明されている。 また、成長を促す方法についても具体的に説明されていて非常に勉強になった。 まず、叱る行為は叱る側の欲求を満たすだけの行為であり、 問題解決のためには 叱る前に、未然に防ぐ事が必要。 叱る前に、あるべき姿を説明することや 叱られる原因が わざとなのか、未学習なのかを見極める大切さも よく理解できた。 具体的には、 これをしないで欲しい、こうして欲しいと論理的に説明し、伝えることを心がけると 自然と叱るという行為が減る。 つぎに、成長を期待するならば 本人に選択•決定させること。 指図された通りにやるのではなく、 自分で選択し、決めて進めていくこと。 必要な我慢は、 他人からの圧力に耐える我慢でなく 目的達成のための我慢。 私は子供を産んでから現在までずっと 子育てに悩んでいる。 カウンセラーには、真面目に向き合っている証拠だと言われたが いつも正解を求めてしまう。 どうしたらいいのか、何が正しくてどれが悪いのかを。 叱る、叱らないの選択もそうだ。 怒るのは良くない、叱るのは良い。 叱るのは良くない、褒めるのが良い… さて、どれが正しいのかと判断基準がなかった。 判断基準は何なのかを考えると、 一つは命を守ること。 道路を飛び出したなら当然叱る。 でも事前に、飛び出さないでねと伝える必要がある、という事だ。 もう一つは人生を謳歌すること。 仕事でも勉強でも遊びでも、一生懸命になってほしい。自分で選択して決定し、目的達成することで人生が豊かになる。 この本を読んで改めてそう認識する事ができた。
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素晴らしすぎる本。科学的に、そして驚くほど身に覚えのある実例とともに、叱る依存から脱却する道を示してくれる。アドラーが言うように、人間は原因があって叱るのではなく、叱りたいから叱るのであるということを理解せず永遠と正当化し続けてしまう人にはぜひ読んで欲しい。興味深かったのは、そん...
素晴らしすぎる本。科学的に、そして驚くほど身に覚えのある実例とともに、叱る依存から脱却する道を示してくれる。アドラーが言うように、人間は原因があって叱るのではなく、叱りたいから叱るのであるということを理解せず永遠と正当化し続けてしまう人にはぜひ読んで欲しい。興味深かったのは、そんなに叱ることを忌避している人間においても注意深く内省しない限り、「私は厳しく育てられたから強くなれた。感謝している」というような発想になりがちであること。これには生存者バイアスと呼ばれる認識の偏りが影響しており、「脱落したものや淘汰されたものを評価することなく、生き残ったものだけを評価する思い込み」にやられてしまいます。しかし忘れてはならないのは、そのような生存者になれなかった多くの人たちの存在です。うまくいった一部の成功者たちの声が社会には広く拡散されてしまいますから叱る依存の正当化につながる言説がこの社会にはたくさんあるのでしょう。最後にうれしかった一節は、わたしが普段から疑問に思っていた「普通にやれば」「常識的に考えて」「当たり前に」といった言葉とともに、無意識で叱る側が望んでいる未来を一方的に、かつ自らの説明責任をごまかしながら権力を行使することへの言及です。みんなに通用する「当たり前」などありえないほどに、人間は多様で個性的な存在だからです。とはいえ絶対に忘れたくない姿勢は「叱る人を叱る人」にはなりたくないなという点です。NARUTOでも一大テーマであったように、復讐の輪廻はだれかが強い心で断ち切らねばなりません。万人におすすめできる素晴らしい本でした。
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私は叱る事で心地よくなることは全くなく、かえって苦痛でしかない。できれば叱るに近い行為をしたく無い。どうしたら叱らなくても済むように相手に行動してもらうかを考えていた。 15年程前の我が社の体質は、怒って注意をしている事が仕事をしている事の証しのような風潮が蔓延していた。あちこち...
私は叱る事で心地よくなることは全くなく、かえって苦痛でしかない。できれば叱るに近い行為をしたく無い。どうしたら叱らなくても済むように相手に行動してもらうかを考えていた。 15年程前の我が社の体質は、怒って注意をしている事が仕事をしている事の証しのような風潮が蔓延していた。あちこちで怒号が起きている事があった。私はそれを聴いているだけで苦痛であった。その事が反面教師となって今の自分になっている。 しかしながら言っても言ってもできない社員を抱えて、しかも何とか仕事をしてもらわないと困る状況になっていない。しっかりと納得させれば共有できる部下が多く、それでも駄目なら諦めて排除する事ができた環境であった。叱らなければならない切羽詰まった状況というのがあるのだろうか?
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叱る行為には依存性があり、エスカレートしていく。 児童虐待、DV、パワハラ、加熱するバッシング、誰しも当事者になり得る可能性があるほど身近な問題。それが叱るという行為。人は叱りたい欲求とどう向き合えば良いかに答えを出す一冊。 まず驚きなのは、叱る側の脳には報酬系回路がはたらき、...
叱る行為には依存性があり、エスカレートしていく。 児童虐待、DV、パワハラ、加熱するバッシング、誰しも当事者になり得る可能性があるほど身近な問題。それが叱るという行為。人は叱りたい欲求とどう向き合えば良いかに答えを出す一冊。 まず驚きなのは、叱る側の脳には報酬系回路がはたらき、叱る行為には依存性があるという事実。誰しも叱りたくない。それなのに叱ってしまうから叱ったあとは自己嫌悪に陥ると思っていたが実はそうではなかった。ちなみに本書では叱ることとを「言葉を用いてネガティブな体験(恐怖不安苦痛悲しみなど)を与えることで相手の行動や認識の変化を引き起こし、思うようにコントロールしようとする行為」と定義する。 日本社会では叱ることを過大評価している風潮がある。厳しく躾けないと子供は善悪の判断がつかない、苦しみを乗り越えてこそ一人前に成長できるなど、叱ることを良しとする価値観であふれている。 しかし、叱られる側の脳内回路を解明すると、必ずしも成長に繋がっていないことがわかる。なぜなら叱られる側は闘争か逃走かの状況に陥っており、ほとんどの場合は闘争できないから逃走する。逃げるのではなくその場をなんとかおさめることで頭がいっぱいになる。つまり謝る、反省したふりをする、である。 しかし、これらはあくまで思考停止の状態で行った行為だからまた同じことを繰り返すのがほとんど。そして、また叱られ、何度か同じことを繰り返してやがてやらなくなる。 そして、叱る側の視点で見ると、冷静に言って聞かせるよりも叱る方が即効性がある(ように見える)ため、何度も同じ手を使ってしまう。 やがて、エスカレートし、体罰、虐待、パワハラに繋がる。 まず、私たちは叱ることには本当の意味はないこと、相手の行動を変えることに成功したように見えるがそれは見せかけだけであることを学ぶべき。そして、社会全体にその考えを浸透させ、社会全体で叱るを手放していくべき。 叱ること、怒鳴ることはダメだと書いてある育児本はごまんとあるが、倫理的ではなく脳科学的、合理的な見地から否定されている本書はとても納得のいく理論だった。 子育てをしている以上、叱るをゼロにはできないが依存性があることを肝に銘じてほどほどにしようと思った。
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この本の直前に川上未映子『黄色い家』を読んでいたので、主人公の花ちゃんが「まさにこれだ」ってなった。
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