ルポ「命の選別」 の商品レビュー
要なしの人間なんているわけはないと 神様はいつも僕に言うけど 本当のところは口をつぐんで 誰も言おうとしないけど… 読み終わってから、THE BOOMの「気球に乗って」の歌詞が何度も頭の中でリフレインしている。 障害者施設「津久井やまゆり園」の大量殺戮事件。 犯人は「障害者は...
要なしの人間なんているわけはないと 神様はいつも僕に言うけど 本当のところは口をつぐんで 誰も言おうとしないけど… 読み終わってから、THE BOOMの「気球に乗って」の歌詞が何度も頭の中でリフレインしている。 障害者施設「津久井やまゆり園」の大量殺戮事件。 犯人は「障害者は不幸を作ることしかできない」と言った。 およそ常識からかけ離れたその言動に、ついつい犯人のことを狂人だから、と線をひきたくなる。 しかし、LGBTの人を「生産性がない」と公然と差別する政治家(国民の代表者だ!)まで出現してしまうとそんなことも言っていられなくなる。 「優生思想」は狂信的なヒトラー支持者みたいな特別な人だけでなく、誰もが持ち合わすものなのではないか?あなたもそうではないのか? そんな問いをこの本は投げかけてくる。 出生前診断、ゲノム編集、受精卵診断、 NIMBY(Not In My Back Yardの略語で「施設の必要性は認めるが、自らの居住地域には建てないでくれ」と主張する住民エゴ)、障害児の社会的入院、「地域移行」理念以前の障害者入所施設の実態、そしてコロナ禍の「命の選別」など、取り扱う分野は幅広い。 弱者はただただ切り捨てればよいのか? 多様性を認めない社会は、結局は自らの、広く言えば人類全体の首を絞めることになるのではないか? 我々は今どんなに健康でも、老いれば身体の機能低下や病気の出現で障害を負うようになる。 つまりは、長生きすれば将来必ず弱者の立場になるのだ。その時、社会がどんな形であってほしいか。 そして、コロナ禍で不要不急の外出を制限され、ソーシャルディスタンスを求められる、強いストレスを感じている。でも、このしんどさを、実は障害者は常に感じているのだ。 だから、コロナ禍の今こそ、誰もが新たな差別の対象となるディストピアへ向かうのか、それとも、分かり合える社会を築くのか、その分岐点にある、という。 とても考えさせられた。 ちなみに、この本は日本経済新聞の書評で知った。 昨日(2/13)の日経に「コロナ禍で読書SNSが人気」という記事が載っていて、ブクログが紹介されていた。利用者が異例の伸びなのだと言う。 コロナ禍で読書人口が増えている、と言うことなのだろう。読書は人の内面を豊かにする。 豊かな内面の人間が集まれば豊かな社会が生まれる。 なんだか少しだけ明るい将来が垣間見えた気がして、勇気づけられた記事だった。
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まず圧倒的な取材力と熱量を感じた。これだけの内容を2人だけでカバーしているのは単純にすごい。筆者たちは冒頭で、『「論」ではなく「事実」を地道に積み重ねることで、社会の通奏低音を明らかにするとともに、誰も幸せにすることのない優生社会化を問い直す糸口を探りたい』と志高く宣言する。容易...
まず圧倒的な取材力と熱量を感じた。これだけの内容を2人だけでカバーしているのは単純にすごい。筆者たちは冒頭で、『「論」ではなく「事実」を地道に積み重ねることで、社会の通奏低音を明らかにするとともに、誰も幸せにすることのない優生社会化を問い直す糸口を探りたい』と志高く宣言する。容易なことではないはずだが、まさにジャーリストが担うべき仕事であり、見事にそれを達成している。 生命倫理の分野で「リベラル優生学」や「新優生学」という言葉が登場して久しい。筆者たちはそうした知見は踏まえながらも難解な専門用語で誤魔化さず、ビジネス化の現場や学会の利権争いに踏み込み、時には「善良な」市民にも問いをぶつけ、それがどういうメカニズムで進んでいるのかを冷静に綴っていく。 一つの章だけで新書一冊ほどの情報量が詰め込まれている。序盤はテンポ良く進み、ゴッドハンドや黒幕のカーテン屋などの描写も印象的。途中の章で読みにくくなったり、気分が重くなるのは否めないが、それだけ「事実」にこだわる執拗な取材であることや、著者たちが「われわれの問題」であると訴えたいことも伝わってくる。それぞれの章は違うテーマを扱っていて、独立しても読めるが、少しずつ相互に絡み合っていて、全体を通すと現代社会の歪みが立体的に浮かび上がってくる。圧巻は、ゲノム編集の発展と日本医学会による優生学の検証を対比させながら、物語に仕立てた4章。なぜ日本だけ障害者らへの強制不妊が21世紀目前まで続いていたのか、その反省や教訓は先端技術による遺伝子操作にどう生かされるのか。これらの問いに現代の生命科学の問題が集約されている。2020年のベスト3に入る労作であり、地味だがもっと読まれるべき良書であろう。
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【新聞協会賞を受賞した傑作ルポルタージュ】出生前診断を利用した「検査ビジネス」の急成長。障害児の治療拒否。「やまゆり園」事件の闇。優生思想の現状を検証する。
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