健康禍 の商品レビュー
ネットは言うまでもなく、新聞、テレビに雑誌、ありとあらゆるメディアに健康に関する情報があふれている。書店に行けば、「〜したければ◯◯しなさい」「〜すれば◯◯は治る」といった惹句が躍る。それらは、研究機関や医療機関などのアカデミアからの情報から、眉にツバをつけたくなるような商業主義...
ネットは言うまでもなく、新聞、テレビに雑誌、ありとあらゆるメディアに健康に関する情報があふれている。書店に行けば、「〜したければ◯◯しなさい」「〜すれば◯◯は治る」といった惹句が躍る。それらは、研究機関や医療機関などのアカデミアからの情報から、眉にツバをつけたくなるような商業主義的な情報まで玉石混交である。 本書は、いわゆる「健康至上主義」に物申すものだ。エビデンスがいかにいい加減かを、これでもかと積み上げていく。健康至上主義は、簡単に「健康ではない人」の責任追及論になりかねない。あなたが健康ではないのは、病や障害を負ったのは、あなたの日々の生活のせいでしょうといった次第だ。本書はそこをラディカルに攻め立てる。 しかし、いかんせん本書の原著は1994年の刊行である。この30年余りの間に医学は大きく進歩した。本書に書かれている内容(エビデンスがないというエビデンス)がどこまで正しいのか、私には判断できる知識がない。その意味で本書のデータを論拠にして話をするのは危険だなとも思う。ただ考え方は参考になった。
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
統計によってしか関知できない効果のために、多くの人が薬を飲み続ける。 健康主義と対比するものが聖書や古典。 昔から道徳家の教える健康的な生活は変わっていない。 健康革命という言葉には、暗に健康でなくなった老人は早く死ぬべきだという主張が含まれている。 医学に意思決定を委ねない。 エビデンスに基づく医療は製薬企業の陰謀論。 医学とはもともと偽医学が始まり。今の代替療法も同じようなもの。
Posted by
"健康主義の目的とは「国民の健康」という建前になっていて、暗にすべての人をもっと幸福にすると期待させる。しかし、「健康を最大化する」試みと「苦痛を最小化する」試みの間には千里の隔たりがある。カール・ポパーが『開かれた社会とその敵』で指摘したように、すべての幸福の最大化の...
"健康主義の目的とは「国民の健康」という建前になっていて、暗にすべての人をもっと幸福にすると期待させる。しかし、「健康を最大化する」試みと「苦痛を最小化する」試みの間には千里の隔たりがある。カール・ポパーが『開かれた社会とその敵』で指摘したように、すべての幸福の最大化の道は必ずや全体主義へと通ずるのである。"
Posted by
- 1
