健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて の商品レビュー
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分析は鋭いが,著者も認めるようにスケッチに留まり,結論がぼやっとしている。まぁ,「ディスカッション」のとっかかりと言うことだろう。 資本主義・社会契約・個人主義が根本にあるが,社会契約というのが何を意味するのかがイマイチクリアではないように思う。 現代日本における自由を考えるテー...
分析は鋭いが,著者も認めるようにスケッチに留まり,結論がぼやっとしている。まぁ,「ディスカッション」のとっかかりと言うことだろう。 資本主義・社会契約・個人主義が根本にあるが,社会契約というのが何を意味するのかがイマイチクリアではないように思う。 現代日本における自由を考えるテーマを与えてくれる。
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本書では、日本社会を「健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会」とし、その社会の在り方を肯定はしつつも、人のあり様が社会に規定されていること、そして、その社会の枠に入ることのハードルが時代とともに高くなっていること、枠に入ることが難しい人が増えていることを指摘しています。 私は日本...
本書では、日本社会を「健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会」とし、その社会の在り方を肯定はしつつも、人のあり様が社会に規定されていること、そして、その社会の枠に入ることのハードルが時代とともに高くなっていること、枠に入ることが難しい人が増えていることを指摘しています。 私は日本以外の先進国と後進国、それぞれにおいて数年暮らした経験があります。その中で感じたことは、自分自身の中に内面化されている習慣、秩序、価値観はなんて脆いのだろう、ということです。他国に行った当初は、日本のように街が秩序だっていないこと、その国に暮らす人が自分のことしか考えていない振る舞いをしているように思えること、それらにイラつき、怒りを覚えました。けれど、そこでしばらく生活すると、それが自分にとって当たり前になり、今度は日本に帰国した際、日本のカッチリとした枠にはまれず、居心地の悪さを感じ、日本人は何故こんなにも心が狭いのか、と感じました。それは、自分が暮らす社会の規律、習慣、そこで暮らす人々の価値観に容易に染められていることを意味していて、自分というものが何て脆い存在なのかを自覚した時でもありました。 私が私であることは、暮らすまち、資本主義、個人主義などの社会システムと、そのまちに暮らす他者の影響を大きく受けたものであること、そしてそれにうまく入り込める人がいる中で、うまく入り込めずに苦しい人も多くいること、そして、その人たちに対しても受け入れる寛容な自分であることを意識しながら生きていこう、と再認識させられた本でした。
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この方向の議論をまとめてくださっている本。空間を使って人の行動を統制するところ、福祉とも関係が深い。結局、自由な選択が不自由を感じさせ、一見寛容な社会の中で、苛立ちが亢進する。選択や契約に関係のないものは、雑音であり、迷惑であるとなってしまう。
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秩序が最適化された日本でどのような振る舞い、行動で生活しなくてはならないのか。昭和の時代と令和の時代(平成)と比較して描かれていた。 行き過ぎた取り締まりは、反感を生むだろうし、行き過ぎた清潔は、不潔とする人がターゲットにならざるを得ない。 しかし個人主義を尊重する余り、それ...
秩序が最適化された日本でどのような振る舞い、行動で生活しなくてはならないのか。昭和の時代と令和の時代(平成)と比較して描かれていた。 行き過ぎた取り締まりは、反感を生むだろうし、行き過ぎた清潔は、不潔とする人がターゲットにならざるを得ない。 しかし個人主義を尊重する余り、それが返って不自由になっているのであれば、改めて社会のあらゆる前提を問い、それぞれが思慮を深める必要があるなと思いました。
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『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』というタイトル通りの内容。 現役の精神科医である筆者が、現代社会の生きにくさについて語った本である。 いまの日本は昭和の時代から比べれば、医療福祉、都市設計に至るまで、キッチリと整理の行き届いた社会となっている。 発達...
『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』というタイトル通りの内容。 現役の精神科医である筆者が、現代社会の生きにくさについて語った本である。 いまの日本は昭和の時代から比べれば、医療福祉、都市設計に至るまで、キッチリと整理の行き届いた社会となっている。 発達障害など、現代の日本で暮らしていく上でサポートが必要なところには極力助けの手が差し伸べられるような制度も充実してきている。 しかしながら、それは裏を返せば、これまで「そういう人もいるよね」という社会の一員だった人々を、サポートがなければ「一般的な」社会生活が送れない人々へと追いやったとも言えるし、サポートが必要だとみなされていない、いわゆる境界性知能を持つような人々が取り残されてしまう現状も生み出しているのではないかと言う事だ。 地域共同体としての社会のありかたから、急激に近代国家へと変化した日本では、資本主義原理をありとあらゆるものに適応し、全てをリスクで考える。 それは、結婚や出産、子育てをもリスクの1つとして考えるということであり、我々はとっくにこの考え方を内面化してしまっている。 では、昭和の時代に戻るのが良いのかと言えば、絶対にそんなことはない。 「サポートを受ける存在」とされた人も、かつては受けられなかったサポートを受けられているという事実は存在し、かつてのような曖昧な地域社会の中で、やみくもにプライベートを暴かれたり、暴力やハラスメントによって、生活が脅かされるリスクも格段に下がっている。 それでも、この本を読みながら、これまで自分では喉元まで出かかっていたけれど何となく言語化できなかった息苦しさ、生きづらさのようなものをどんどん説明されている感じがして、終始頷きながら、私はこの本を読み進めた。 この資本主義社会をハードランディングさせることは不可能だし、すべきでないとも思う。 今のこの社会に適応し、その思想と共生しつつも、「本当に正しいのだろうか」という視点を忘れずに生きていきたいと思う。
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きれいになった結果生きづらくなったという話の本 わかるんだけどなんか冗長で読みにくかった 医療、精神科、健康、子育て、不審者、可愛さ、清潔社会、コミュニケーション、あたりについて良くなった結果として行きにくくもなっているよねということを話している。 それは資本主義だったり個人主...
きれいになった結果生きづらくなったという話の本 わかるんだけどなんか冗長で読みにくかった 医療、精神科、健康、子育て、不審者、可愛さ、清潔社会、コミュニケーション、あたりについて良くなった結果として行きにくくもなっているよねということを話している。 それは資本主義だったり個人主義だったりを元にある程度上から下まで社会合意をもって勧めてきたものでもあるので新しい社会とも呼べる。
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タイトル通りの本。健康的で清潔で、道徳的な秩序のある社会の不自由さについて考察した一冊。 社会のあらゆる場所が洗練化、効率化、経済化、契約化され、人類は大きな自由を手にした。その一方で、かつては存在しなかった不自由さ、生き辛さが浮かび上がっている。人類が長い時間かけて達成してき...
タイトル通りの本。健康的で清潔で、道徳的な秩序のある社会の不自由さについて考察した一冊。 社会のあらゆる場所が洗練化、効率化、経済化、契約化され、人類は大きな自由を手にした。その一方で、かつては存在しなかった不自由さ、生き辛さが浮かび上がっている。人類が長い時間かけて達成してきたことが、なぜ不自由さ、生き辛さを生んでしまうのか? うすらぼんやり思ってたことを丁寧に言語化してくれた一冊。現在の社会環境で生きる人間への要求レベルはかつてないほど高くなってしまった。ただ、もっと簡潔に書けなかったのかなと思う。それは「健康的で清潔で、道徳的な秩序のある社会」に異議や疑問を投げかけることが難しいからだろう。あまりに正義として正しいと思われるからだろう。 もっと野蛮な書き方をしたら伝わりやすくなる気もする。しかし著者は野蛮な書き方を避けているのではないか?もしかして、この本自体が「健康的で清潔で、道徳的な秩序のある社会」に囚われているのではないか? 同じようなことを感じ、考えているので、言いたいことはなんとなくわかる。しかし言語化が難しい。「健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会」への反発を持つ、人間の理性的でも論理的でも倫理的でもない愚かさや汚さ、つまり動物的な側面を言語化するのが難しいのかもしれない。この本でも芯を捉えようとしているのだが、カスっている感じがする。当たっても外野フライ。何もホームランが欲しい訳じゃない。野手の足元を抜ける1・2塁間、あるいは3遊間のヒットを打てない。それは今の社会でカジュアルでオルタナティブな生き方が見つけられない様子とも似ている。カジュアルではないオルタナティブな生き方ならいくつかあるだろう。陰謀論に走るのはその一つかもしれない。
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日頃薄々感じていたことを言い当てられたようでドキッとしたタイトル。かつてないほど便利で快適で自由になったはずのこの社会で、私たちが感じてしまう疎外感や窮屈さ、息苦しさの正体は何なのか。 かつては喫煙も体罰もハラスメントも、ホームレスの存在も普通だった。それらが規制されるようになっ...
日頃薄々感じていたことを言い当てられたようでドキッとしたタイトル。かつてないほど便利で快適で自由になったはずのこの社会で、私たちが感じてしまう疎外感や窮屈さ、息苦しさの正体は何なのか。 かつては喫煙も体罰もハラスメントも、ホームレスの存在も普通だった。それらが規制されるようになったのは間違いなく良いことだ。しかしその反面「まともな人間」の基準は上がり続け、有形無形の社会規範から一歩でも踏み出すことは許されなくなっている。私たちは昔より幸せになれたのだろうか?
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
清潔で道徳的、自由な生活を送っているはずの現在社会は、資本主義・個人主義・社会契約の3つの仕組みの中でがんじがらめに縛られ、その社会にふさわしい人間であることを義務付けられていてどんどん息苦しいものになっている、という内容。目新しい議論ではなく、昨今様々なところで指摘されている問題について著者の視点からまとめて問題提起にとどめているという感じ。 社会の分断という論点ではもっと話し合うしかないという意見だったけど、世界的に見れば移民問題やBLM、コロナなどを経てきてそういった穏当な解決がかなう段階にとどまっているのかはかなり疑問ではある。日本においても分断が緩和するようなビジョンってなかなか想像しにくい。 終わりには私たちが置かれている構造を意識しつつ、「舌を出して」その中で生きていくことで少しでも抗えたら…というような話があって、それってできたらいいけど一番難しいよなあとしみじみ思った。最近は思想信条によって見えている世界が全く違っている気がする。この本で、現代で一番生きやすくなったのは小柄な女性ではないかという話をしていたが、これも読む人によっては激怒して否定するだろう。たぶん著者も分かっていてわざと書いているだろうとすら思った(笑)。同じ地平に立つということが、どれほど難しいことか…。
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