あいたくてききたくて旅にでる の商品レビュー
民話の話。怪異譚とかじゃなくて昔話とか。 数年に一冊出会えるかどうかの傑作 民話って、それだけじゃなくて語り手、語り手の環境、ひいては聞き手のこと含めて完成する世界観でそこには人間の本質が仄暗さが後ろで絶えず流れてるんですよ・・・それは過去から現在、未来へ繋がってる。
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子どもの頃何気なく見聞きしていた民話、 一人一人の語り手たちの生きてきた厳しい人生や、お話の背景にあった事実を踏まえて読むと、まったく違う意味が見えてくる。印象深いエピソードがたくさんあった。 語り手の古老たちに向き合う小野和子さんの真摯さ、民話採集に向ける一途な情熱に心を打たれ...
子どもの頃何気なく見聞きしていた民話、 一人一人の語り手たちの生きてきた厳しい人生や、お話の背景にあった事実を踏まえて読むと、まったく違う意味が見えてくる。印象深いエピソードがたくさんあった。 語り手の古老たちに向き合う小野和子さんの真摯さ、民話採集に向ける一途な情熱に心を打たれた。 戦時中に遠方の戦地から家族のもとに自らの死を知らせたという兵士たちの話を読んで、東日本大震災後に数多く同じような話があったことを思い出さずにいられなかった。
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2020年刊行。民話を訪ね歩き、民話とは何かを問い続けた著者の思考の軌跡が、民話という言葉がもつ定型な物語というイメージを裏切る。民話とは何かと問うということは、民話が生まれた背景まで思考を広げ、民話が長い歳月の中で形を変え、一つの物語になっていく過程を想像することである。その姿...
2020年刊行。民話を訪ね歩き、民話とは何かを問い続けた著者の思考の軌跡が、民話という言葉がもつ定型な物語というイメージを裏切る。民話とは何かと問うということは、民話が生まれた背景まで思考を広げ、民話が長い歳月の中で形を変え、一つの物語になっていく過程を想像することである。その姿勢に読み手である私も、著者同様心揺さぶられる。 文字組や装丁が美しく、本書の雰囲気によく合っていた。
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50年にわたって宮城県内の集落を訪ねては民話を聞いて回った主婦の記録。 ものすごいです。童話になる前の本当の民話というものが、どれだけ当時の人々に根付いたものなのかというのを思い知らされる。温かいし残酷で生も死もすぐそこにただある。現代人にとってイメージしかできない遠いものが民話...
50年にわたって宮城県内の集落を訪ねては民話を聞いて回った主婦の記録。 ものすごいです。童話になる前の本当の民話というものが、どれだけ当時の人々に根付いたものなのかというのを思い知らされる。温かいし残酷で生も死もすぐそこにただある。現代人にとってイメージしかできない遠いものが民話の中ではとんでもなく生々しい。それらを考察する作者の鋭さがまったくすごくて、何度もハッとさせられました。 学術的な意味での勝ちもかなりのものとは思うけど、そういうことを別にしても凄まじい記録として読む価値があります。恐れ入りました。
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世の中には、ほんとにすごい人がいることを知りました。 https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202503060000/
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
タイトルからは旅の話であると、朝日新聞で紹介されたときには思っていた。しかし、宮城に残された民話を聞きに行くという旅であった。単に集めた民話を掲載しているだけではなくて、どのように民話を聞けたか、そして自分はどのように思ったかまで書かれているので、これからフィールドワークを研究しようと思っている学生が読むととても役立とと思われる。
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50年間民話を集め歩いた女性が民話とその考察を書いた本。 著者にとって民話を集め歩くというのがまさしくライフワークだったんだなぁ。 1つのことをライフワークとして続け、それを1冊の本として残せる人生って素敵。 カロの話、クロカゲの話、猿の嫁ご、正雄さんの豆粉の話、道子さんの豆粉...
50年間民話を集め歩いた女性が民話とその考察を書いた本。 著者にとって民話を集め歩くというのがまさしくライフワークだったんだなぁ。 1つのことをライフワークとして続け、それを1冊の本として残せる人生って素敵。 カロの話、クロカゲの話、猿の嫁ご、正雄さんの豆粉の話、道子さんの豆粉の話が好き。
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ただの民話集ではなくて、民話を聞くことへの覚悟の本。 カバーを外すと、石が据えられている。 軽くはないはずだ。
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東北の村々を訪ね人々の話を聴く。民話に内在する時代背景や意味を筆者なりに考察しており、それがとても示唆深い。 とても丁寧に作られた本で、編集者の愛を感じられる本だった。
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山の中の集落へ歩いて行って、人と人との関係を築いて、「おはなし」を聞かせてもらう。 いわゆる民俗学の「フィールドワーク」ということなら、違うセオリーがあるのかもしれないけれど、そうした切り口とはちょっと違う彼女のアプローチだからこそ、切り拓くことができたものがあったのだろうと思う...
山の中の集落へ歩いて行って、人と人との関係を築いて、「おはなし」を聞かせてもらう。 いわゆる民俗学の「フィールドワーク」ということなら、違うセオリーがあるのかもしれないけれど、そうした切り口とはちょっと違う彼女のアプローチだからこそ、切り拓くことができたものがあったのだろうと思う。 さまざまな先人の文献等も踏まえた上で、それでもその場所の空気や、人の歩んできた歴史のようなものを肌で感じ取ってきたことを伝える彼女の文章は、良い意味で生々しく、学問の材料としてだけの素材にはない説得力がある。 似た話、似た歌詞が、違う集落に残っているのは、物語歌、バラッドの世界でもよく見られることだけれど、そうした全体を見渡した時の傾向や相違等だけを論じるのではなく、聞いたひとつひとつ、語ってくれたひとりひとりについて足あとを留めようとするような語り口が印象的だった。 中でも印象的だったのは、教職でも研究者でもないある母親がくれた感想をキッカケに読み解かれる「山なし取り」の解釈。 単なる教訓話ではない、もっとどろどろした、時には人の心の暗いところに踏み込むような力があるのが、民話の特徴であり、魅力なのではないかと思う。 北の、山の言葉で「本当にあったことなんだよ」と念押しされながら語られる物語はそれぞれに、何らかの必然性があるのだろう、という気がする。 ちょっと怖くて目を逸らしたいのに、どうしても目を離せなくなるような惹き付ける力。 多分、筆者の小野和子さんもそういう魅力に憑かれて歩き続けたのではないかとふと思った。 語り継ぐということ、唄い継ぐということ。 人間ならではのその営みは、どちらもよく似ている。 そこに、ヒトだからこその何か、逃れられない業のようなものと一緒に、それらを少しでもうまくやり過ごしていくための知恵が振りかけられているのが、こういう文化なのかもしれない。 面白い。
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