愛 の商品レビュー
本書の直接的な感想からは少し外れるが、本書を読んで思い浮かべたことが2点ある 1点目は人工知能(AI)と結婚式を挙げたという女性。これは真の愛なのか。これは「自己不全」「自己不安」を(血の通った他者から)承認されなかったために、ナルシシズムに自己を肯定してくれる(ように見える)A...
本書の直接的な感想からは少し外れるが、本書を読んで思い浮かべたことが2点ある 1点目は人工知能(AI)と結婚式を挙げたという女性。これは真の愛なのか。これは「自己不全」「自己不安」を(血の通った他者から)承認されなかったために、ナルシシズムに自己を肯定してくれる(ように見える)AIによって補完したに過ぎない。本人はAIがなければ生きていられないと感じるかもしれないが、AIが彼女を失ったとしても当然だがAIはなんの感傷も受けない。 2点目は最近の出来事、いわゆる「推し」の元アイドルが結婚を発表した時に、自死を予期させる投稿をTwitterにしたこと。これは真の愛ではなく完全に「愛着」から「執着」に転げ落ちた例である。要はこの人物は「推し」ではなく「推しを愛する自分」にナルシスティックに執着したのだ。
Posted by
苫野一徳さん「愛」読了。「愛って何?」「愛はいかにして可能か?」を哲学的に思考した本。これが正解か否か、私にはわかりませんが、大変参考になりました。ふむふむ。
Posted by
ある作品の理解を深めるために読み始めた。 最初は難しくて自分に理解できるものなのか不安になったが,読み進めていくと意外と理解できるようになっていった。 自分の意志で払う自己犠牲はとても美しいと感じた。
Posted by
発行された当時、興味はあったものの、まだ40歳にもならない著者から愛について教わりたくもない、との思いがあって手を出さずにいた。しかし、やはり哲学で愛はどう扱われて来たのか、本質観取で愛はどう解釈されるのか、そういうことが知りたくて、図書館で借りて読んでみた。途中言い回しが難しく...
発行された当時、興味はあったものの、まだ40歳にもならない著者から愛について教わりたくもない、との思いがあって手を出さずにいた。しかし、やはり哲学で愛はどう扱われて来たのか、本質観取で愛はどう解釈されるのか、そういうことが知りたくて、図書館で借りて読んでみた。途中言い回しが難しくて付いていけなくなったこともあったが、繰り返し登場する「存在意味の合一」と「絶対分離的尊重」については何となく腑に落ちたような気がする。もちろん人に説明できるほどではなく、そこが歯がゆいのだが。恋は何らかの勘違いから不意にやって来るという感覚がある。愛には意志がはたらいていると言われるがイメージしづらい。胸が熱くなったり、切ない思いが感じられたりするのは恋か。愛の受け手としては、どこか温かくて、全身全霊で受け入れられているという感覚がある。子どもが小さなころ、口をつけたペットボトルを共有することができた。しかし、子どもが大人になったいま、相手にいやがられるのではないかと懸念される。留学先のアメリカの高校でこういうことがあった。男女のカップルの男が噛んでいたガムが女に手渡され、女はそれを口に入れた。これは特殊な例かもしれない。が、二人の身体は溶け合って、境界線がなくなっている。かなり低いレベルの愛かもしれないが、愛はそういうところを許容するような気がする。相手の排せつ物を処理することができるかどうか。これは職業としてならば、そこに愛はないだろう。親の介護などは義務感でやっている場合もあるかもしれないから必ずしも愛は必要ないか。いまは合一について考えている。分離についてはどうか。相手を尊重できているか。自分の所有物のように思っていないか。自分の子どもたちについて考えている。小中学生くらいまでは自分のコントロール下に置こうとしていたかもしれない。そこへの反発から現在がある。30年連れ添ってきた妻との関係はどうか。肉体が溶け合うような感覚は残念ながらなくなってしまっているが、同じ空間・時間を共有したいという思いはいまも強い。ただ相手の仕事のことなどを考えると束縛することはできない。最近、教え子の子どもを教えるという機会に恵まれた。温かいものを感じている。孫に対する愛に近いのかもしれない。まだまだ孫ができる気配はないのだが。いま並行して村上春樹著「国境の南、太陽の西」を再読している。そこで主人公が出会う女性との関係を愛と呼べるかどうか、考えながら読んでいる。「スプートニクの恋人」「アフターダーク」「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を続けて読もうと企んでいる。プラトン「饗宴」、スタンダール「恋愛論」(なぜか本書の参考図書に挙がっていない)、谷崎潤一郎「恋愛及び色情」(こちらは平野啓一郎の示唆による)を読もうと思って注文もした。もう少し続けて愛について考えてみる。
Posted by
愛とは。「存在意味の合一」と「絶対分離的尊重」の弁証法。これこそ、真の愛と。そして、真の愛には、「自己犠牲的献身」がある。ここから、愛を考えていく。そして、愛するには理由がいる、愛したなら、その理由や条件を置き去りにできる。日常で、この本を元に、これは愛かと考えさせてくれきっかけ...
愛とは。「存在意味の合一」と「絶対分離的尊重」の弁証法。これこそ、真の愛と。そして、真の愛には、「自己犠牲的献身」がある。ここから、愛を考えていく。そして、愛するには理由がいる、愛したなら、その理由や条件を置き去りにできる。日常で、この本を元に、これは愛かと考えさせてくれきっかけにしたい。
Posted by
○真の愛とは →「存在意味の合一」(「この人と一緒になりたい」「支配したい」という情念であると同時に生命的なもの)と「絶対分離的尊重」(「この人の存在をずっと感じて生きていたい」「この人の行く末を共に見ていきたい」という文化的、社会的、人間的な理念)の弁証法 →その先にある自己犠...
○真の愛とは →「存在意味の合一」(「この人と一緒になりたい」「支配したい」という情念であると同時に生命的なもの)と「絶対分離的尊重」(「この人の存在をずっと感じて生きていたい」「この人の行く末を共に見ていきたい」という文化的、社会的、人間的な理念)の弁証法 →その先にある自己犠牲的献身 ○「真の愛に条件はない」 →「誰にでも条件なく湧き上がるもの(という意味での人類愛)」ではない →愛とは「意志するものである」 →この人がこの人であるがゆえに「無条件で愛する」と「意志するもの」 ○真の愛は可能か 客観視、承認が必要 性欲を切り離した「愛」というものの言語化 「過度なルサンチマンからは愛が生まれない」
Posted by
愛とは何か?それはいかにして可能か、という問いはまさに今自分自身が考えるべき問いだ。 読み終えたときに、その瞬間の自分なりの答えのようなものを求めて読み進めた。 内容は、すごく哲学的でわかりにくい。 だからこそ、そこに包含される意味合いは読み手によって変わり、同じ読み手であ...
愛とは何か?それはいかにして可能か、という問いはまさに今自分自身が考えるべき問いだ。 読み終えたときに、その瞬間の自分なりの答えのようなものを求めて読み進めた。 内容は、すごく哲学的でわかりにくい。 だからこそ、そこに包含される意味合いは読み手によって変わり、同じ読み手であってもその読むタイミングによって変わるのではないかと感じた。 正直、今はよくわからない部分が多かった。 愛というテーマについて考えるには、とても良い本だと思うから折をみて読み返したい。
Posted by
自分が語っていた愛をより解像度高く言語化している 未だ自分の恋愛関係は合一感情→存在意味の合一まで育て上げられていないのだと理解した。 絶対分離的尊重には自由と責任を理解するだけの人格的な発達が必要 弁証法の考え方っていいねなんかパズルみたいで面白い
Posted by
2002年に『幸せについて本気出して考えてみた』という楽曲をポルノグラフィティがリリースしているが、本書はまさに’愛について本気出して考えてみた’と言うべき一冊。 言葉のニュアンスの上では「愛」と「恋愛」は何となく違うものかな?ぐらいのボンヤリとした感覚はあっても、その違いを言...
2002年に『幸せについて本気出して考えてみた』という楽曲をポルノグラフィティがリリースしているが、本書はまさに’愛について本気出して考えてみた’と言うべき一冊。 言葉のニュアンスの上では「愛」と「恋愛」は何となく違うものかな?ぐらいのボンヤリとした感覚はあっても、その違いを言葉で説明出来る日本人が果たしてどのくらいいるだろう。 日常において氾濫する「愛」について、哲学の視点から鋭く整然と簡潔に考察が述べられている。 実生活において’君の言っていることは愛ではなくて愛着、いやむしろ執着だよ’なんて指摘する場面はまず無いであろうが、知っているのといないのとでは例えば愛をテーマにした物語に触れた時、音楽や絵画に触れた時に作者の’真意により近い’受け止め方が出来るのではないだろうか。 本書中で心に残ったフレーズは結構あるが第三章の 「恋に落ちた時の胸の高鳴り、それは、わたしがこのわたし自身の憧れを知り、そしてその憧れを、この世界に見つけてしまった驚きであり喜びなのだ。」(p115) という一節はとみに好き。 第五章、 「わたしの存在がそのままにおいて承認されること。」(p204)、「親、保護者、教師などの一つの存在意義は、ここにこそある」(p205) という部分も大いに頷ける。 自分が自分を愛せる為にも、はたまた他者を愛せる為にも、本書を通じて一度は’愛について本気出して考えてみる’のも如何だろうか。 エーリッヒ・フロム『愛するということ』も書籍化されているならば読んでみたい。 1刷 2022.3.1
Posted by
少しずつしか読み進められなかった。私にとってタイミングが合っていなかったのだろう。愛(特に性愛)を他者の言葉でしたり顔で語る季節は遠くに過ぎ去ってしまい,今はもう愛を自分の枠組みの中で収めてしまっている。基本は自己の拡張であり,対象を自分の一部であるかのように大切にする行動を導く...
少しずつしか読み進められなかった。私にとってタイミングが合っていなかったのだろう。愛(特に性愛)を他者の言葉でしたり顔で語る季節は遠くに過ぎ去ってしまい,今はもう愛を自分の枠組みの中で収めてしまっている。基本は自己の拡張であり,対象を自分の一部であるかのように大切にする行動を導くものが愛だろう。自分が自分を大切にできないなら愛することは難しい行為。自分を大切にするためには大切にしてもらう体験,つまり愛された経験が必要だろう。愛が普遍的なものであるならば,社会装置としての愛概念ではなく,生物学的な基盤があると思う。誰かを何かを愛しているか?誰かに愛されているか?どちらの問いにも確信を持って答えられないし,答えられる時がこれから訪れるという確信もない。しかし,自分にとっての愛は何かを考えることは,生き方に大きな影響を及ぼしそうだ。愛に基づく仕事,愛に基づく人間関係,愛に基づく趣味,・・・一種の孤高の職人をイメージさせる。
Posted by
- 1
- 2
