「空気」の研究 の商品レビュー
あるある、と思ったのは以下の部分。 「日本における多数決は「議場・飲み屋・二重方式」とでもいうべき「二空気支配方法」をとり、議場の多数決と飲み屋の多数決を合計し、決議人員を二倍ということにして、その多数で決定すればおそらく最も正しい多数決ができるのではないかと思う」 人って場所に...
あるある、と思ったのは以下の部分。 「日本における多数決は「議場・飲み屋・二重方式」とでもいうべき「二空気支配方法」をとり、議場の多数決と飲み屋の多数決を合計し、決議人員を二倍ということにして、その多数で決定すればおそらく最も正しい多数決ができるのではないかと思う」 人って場所によって言うことが違うから困っちゃう。と言っても自分もそうなのだとは思うが。せめて、「あいつは人にいい顔することしか考えてない」と言われないように、行動が一貫するように心がけよう。
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著者は大正生まれで、この内容は1977年の連載なのに、今でも通ずるものだった。「空気を読む」と「水を差す」 忖度という空気とそれを一瞬で壊す水、さらに通常性という水にまた帰る。 日本ではただの人にすぎない天皇を神格化した時代があり、霊を信仰する文化があり、事実を言葉にすると非国民...
著者は大正生まれで、この内容は1977年の連載なのに、今でも通ずるものだった。「空気を読む」と「水を差す」 忖度という空気とそれを一瞬で壊す水、さらに通常性という水にまた帰る。 日本ではただの人にすぎない天皇を神格化した時代があり、霊を信仰する文化があり、事実を言葉にすると非国民となる。空気・水が浸透、醸成する国。 事実を相互に隠し合うことの中に真実がある。納得しかない。 13冊目読了。
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「思考すること」と「自分の軸」の大切さ。 生きていく上で、「空気を読む」ことは重要ではあるものの、同時に嫌気がさすこともある。職場では特に、空気を読む機会が多く、その空気に屈する機会も多々ある。言いたい意見も空気を読んで発言しないとか、そもそも自由に言えるような空気じゃないとか...
「思考すること」と「自分の軸」の大切さ。 生きていく上で、「空気を読む」ことは重要ではあるものの、同時に嫌気がさすこともある。職場では特に、空気を読む機会が多く、その空気に屈する機会も多々ある。言いたい意見も空気を読んで発言しないとか、そもそも自由に言えるような空気じゃないとか、そんな空気を何度も味わった。そもそも空気ってなんだろうと思い、この本を読んでみた。 空気とは ・感情移入の絶対感 ・こうあるべきであるという絶対感 によって生まれる。 感情移入の絶対感とは、例えば上司が「俺がいいと思うからお前らもそう思うよな」とか「こんなのできて当たり前だよな」といった個人の感覚によるものを出してしまうことによって発生する空気 こうあるべきである空気とは、みんながやってるんだからやるべきとか、社会人はこうあるべき、この階級ならこうあるべき、といったような同調圧力のような空気である。 そして、そういった空気は狭い人間関係の場所に特に発生しやすい。 空気に対抗するのは「水」であり、抗えないような空気にたいして、最もらしい反対意見を述べてみたりすることだ。まさに「水を差す」といった言葉はそのままである。しかし、その水は 「状況倫理」という、あの空気間ではああするしか無かったといったような圧倒的な空気感によって淘汰されることも多々ある。 更には、その「水」がさらなる空気や同調圧力を生むことにもなる。 そういった空気に対抗するためには 思考して、常に自分の軸を持ち根本に立ち返る事が重要である。 そうすることで空気に流されることもなく、自分をはっきりと主張する事が可能になる
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これは日本文化論として、大事な分析だと思う。空気は確実に存在し、時間が立つと雲散霧消してしまう。海や空、米軍の強さを知りぬいた海軍エリートがなぜ戦艦大和をして、沖縄特攻に向かわせたか。 コロナ禍の日本でもこの「空気」が未だに続いている。
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全体を支配する空気。 水に流すの意味。 色々と考えることの多かった本でした。 ただ、書かれた時代の事柄を例にした部分が多過ぎて話が分かりにくい部分がある。 本書を最後まで読むのには、そこを上手く理解して(流して?)読み進められるかどうかに係っている。
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日本人である私たちが自然と触れ合っていた、その時勢で流れる雰囲気や世論としての「空気」を論評しており、自分の日々の行動もその「空気」に左右されていることを振り返られる本。日本人の特性を多様な視点で説かれていて、『確かにそうやな〜!』と思い起こされつつ、「空気」にどう向き合うか、そ...
日本人である私たちが自然と触れ合っていた、その時勢で流れる雰囲気や世論としての「空気」を論評しており、自分の日々の行動もその「空気」に左右されていることを振り返られる本。日本人の特性を多様な視点で説かれていて、『確かにそうやな〜!』と思い起こされつつ、「空気」にどう向き合うか、その「空気」を読むか、「水」をさすかなど、冷静に判断したい。
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よく「空気が読めないやつ」、とか「そういう空気だった」、とかいう「空気」について、わかりやすい例を上げながら解説されていて面白かった。とはいえ「水」のあたりからだんだん頭がついていけなくなってしまったので、手元に置いてときたま何度も読みたい。
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そもそも研究対象が「空気」なので仕方ないのだろうが、論拠が著者の思考によるものが多く、表現も抽象的な部分があり所々自分には「ちょっと何言ってるかわからない」感じだったものの、全体的には言われてみればそうだなと思わせる内容であった。 日本を悲惨な敗戦へと至らせ、戦後も日本人を様々な...
そもそも研究対象が「空気」なので仕方ないのだろうが、論拠が著者の思考によるものが多く、表現も抽象的な部分があり所々自分には「ちょっと何言ってるかわからない」感じだったものの、全体的には言われてみればそうだなと思わせる内容であった。 日本を悲惨な敗戦へと至らせ、戦後も日本人を様々な場面で支配している「空気」を見抜き、研究対象としたこと自体とても画期的なことだったのだなと思った。
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2022年1月 表現に古さはあるが、現代の問題でもある「空気」についての考察は鋭い。 情況のせいにして、そういう空気だったという言い訳は現代社会でも恐ろしく通用しているように感じている。同じ情況であってもそれをする人としない人、止める人がいることを無視している。 しかしこの本は「...
2022年1月 表現に古さはあるが、現代の問題でもある「空気」についての考察は鋭い。 情況のせいにして、そういう空気だったという言い訳は現代社会でも恐ろしく通用しているように感じている。同じ情況であってもそれをする人としない人、止める人がいることを無視している。 しかしこの本は「〇〇という事実はあったがそういう情況だったからしょうがない」というのを情況=空気と言っているわけではないようだ。 「父と子の隠し合い」があり、敵なのか味方なのかお前はどちら側なのかという発想の中、「そういう情況だったから〇〇ということがあったとしてもしょうがない、でも〇〇という事実はない」という矛盾する論理展開を許してしまう。 わたしの中で、前提として、絶対化されている存在がある。それが何で何からきているのか自分でもわからない。最近わたしの親世代の時代の「空気」に興味を持っている。わたしの中で勝手に絶対的なものとして考えているものの根拠が親世代の「空気」なのかもしれないと。
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目に見えないが私たちの回りを満たす空気と水。その不可思議な力を説き起こしています。正直よく分からないところも多くありましたが、雰囲気は伝わったと思います。後々になって、「あっ、これか」という気付きにつながりそうな予感です。
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