このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる/ハプワース16、1924年 の商品レビュー
初サリンジャー 初金原瑞人翻訳作品。 作品名が気になって手に取った。 海外の作品は名前が混乱しがちではあるが、読みやすかった。最後の章だけ読みにくかった。 きちんと理解できたのかはわからないし、共感できたわけではないが、心がざわつく読みごごちだった。
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サリンジャーの始まりと終わり。特に、終わりのシーモアには仰天。 やっぱりサリンジャーはスゴイ! しかし、読み終えてぐらぐらするようなこれをどう言えばいいのか、やっぱりうまくは言えない。 https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/dia...
サリンジャーの始まりと終わり。特に、終わりのシーモアには仰天。 やっぱりサリンジャーはスゴイ! しかし、読み終えてぐらぐらするようなこれをどう言えばいいのか、やっぱりうまくは言えない。 https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202405050001/
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素晴らしい本がいつの間にか出版されていた。あの、サリンジャーの本として刊行されていない短編をより合わせたもので、キャッチャーインザライのホールデンやグラース家の物語の断片が収録されている。短編で読むホールデンもすごく心が締め付けられた。その後、キャッチャーインザライという長編小説...
素晴らしい本がいつの間にか出版されていた。あの、サリンジャーの本として刊行されていない短編をより合わせたもので、キャッチャーインザライのホールデンやグラース家の物語の断片が収録されている。短編で読むホールデンもすごく心が締め付けられた。その後、キャッチャーインザライという長編小説に収斂していく物語ではあるが、一場面一場面が輝いていた。そして、ホールデンは大人になったら軍隊に入って行方不明になってしまうんだね。サリンジャーの中では死すべき主人公として設定されていたようであまりに悲しい。8遍は楽しく読んだが、ハプワースだけはどうしても読めたもんじゃなかった。こんな支離滅裂な手紙、とてもじゃないけど最初から最後まで読み通すことはわたしにはできなかった。一応、大工よ〜ももう一度読もうと思っているけれど、後期のサリンジャーの筆致が精彩を失っていく過程を見るのは辛い。
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サリンジャー「ハプワース16、1924年」shinchosha.co.jp/book/591006/ サリンジャーを数十年ぶりに読んだらやっぱり好きだった。サリンジャーを読むと、NYCの街で感じる瑞々しさと心許なささと同じ気持ちになる。ほのぼの話のようでもどこかに不穏さがある世界...
サリンジャー「ハプワース16、1924年」shinchosha.co.jp/book/591006/ サリンジャーを数十年ぶりに読んだらやっぱり好きだった。サリンジャーを読むと、NYCの街で感じる瑞々しさと心許なささと同じ気持ちになる。ほのぼの話のようでもどこかに不穏さがある世界よ。訳文は別に前のままでもいいかな、わたしは
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キャッチャーインザライの原型ととれる短編が9つ。ホールデンだけでなく、ホールデンの兄やその友人のベイブが主人公だったりするけれど、基本の性格やストーリーはあまり変化はない。とにかく妹を褒め称えるために妹以外の森羅万象を貶す20代男性のお話ばかり。ただ戦争時の心情描写はあまり他で...
キャッチャーインザライの原型ととれる短編が9つ。ホールデンだけでなく、ホールデンの兄やその友人のベイブが主人公だったりするけれど、基本の性格やストーリーはあまり変化はない。とにかく妹を褒め称えるために妹以外の森羅万象を貶す20代男性のお話ばかり。ただ戦争時の心情描写はあまり他ではみれないものばかりでリアルさを感じられる。
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訳者あとがきにあるように、非常に完成度の高い短篇が並んでいる。私がサリンジャーを好きな理由はある種の歪なポップさにあるので、こんなに洗練された小説も書くのかと少し驚いた。 サリンジャーらしいユニークな表現はありつつも、戦争が日常に影を落とす人々の営みは、儚くて脆い。台詞にはならな...
訳者あとがきにあるように、非常に完成度の高い短篇が並んでいる。私がサリンジャーを好きな理由はある種の歪なポップさにあるので、こんなに洗練された小説も書くのかと少し驚いた。 サリンジャーらしいユニークな表現はありつつも、戦争が日常に影を落とす人々の営みは、儚くて脆い。台詞にはならない通低音としての虚しさがやりきれず、涙なしには読めなかった(特に「最後の休暇の最後の日」は胸が締め付けられるようだった)。 「ハプワース16、1924年」は、ファンにとっては嬉しい書籍化と思われるが、少し散漫な印象だった。
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サリンジャー最高。 金原さんの訳も最初は野崎さんとのギャップでつまったけど素晴らしい。 サリンジャー感がすばらしく出てたように思う。 ずっと読みたかった短編を読めてよかった。 若者の絶望感と高揚感と世間への失望とが理想的に表現されていてやっぱりサリンジャー好き。 一通り読ん...
サリンジャー最高。 金原さんの訳も最初は野崎さんとのギャップでつまったけど素晴らしい。 サリンジャー感がすばらしく出てたように思う。 ずっと読みたかった短編を読めてよかった。 若者の絶望感と高揚感と世間への失望とが理想的に表現されていてやっぱりサリンジャー好き。 一通り読んだけど、全集系も攻めていきたいな。
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短編は粒揃いだし、作者の才気が溢れてる。書くのが上手すぎる。ハプワースは、ちょっと前の自分だったらもっと好きになれてたかもしれないけど、今はあんまり入り込めなかったなぁ。途中途中好きな箇所はあったけど、全体を通してあの調子なのは読んでてちょっとイラッとしちゃう。 シーモア、嫌...
短編は粒揃いだし、作者の才気が溢れてる。書くのが上手すぎる。ハプワースは、ちょっと前の自分だったらもっと好きになれてたかもしれないけど、今はあんまり入り込めなかったなぁ。途中途中好きな箇所はあったけど、全体を通してあの調子なのは読んでてちょっとイラッとしちゃう。 シーモア、嫌いじゃないけど大好きにはなれない。
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この人もあれよ、まあまあいいかなーとか思ってると、周りの人間が声高々に「すっごく好きハマってる」とか言いがちで、しかも友人の中でも純粋に自分が好きな人物が言いがちで、改めて「いいですよこれ」と発信しずらい作家なのであった。正直若い頃読んだ感じと一緒かなー。全く嫌みなく、気持ち悪い...
この人もあれよ、まあまあいいかなーとか思ってると、周りの人間が声高々に「すっごく好きハマってる」とか言いがちで、しかも友人の中でも純粋に自分が好きな人物が言いがちで、改めて「いいですよこれ」と発信しずらい作家なのであった。正直若い頃読んだ感じと一緒かなー。全く嫌みなく、気持ち悪い所なく、わかるわかるーっていう内容。疲れないのに読書しました感もある。特別な知識なく頭疲れることなく、読む人に優しい。読書でしか発見出来ない気持ち良さってあって、なんで皆それを味わおうとしないのかねー。勿体無いよねー。
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『ニューヨークに住んでるのも、五番アヴェニュー行きのバスも、マディソン・アヴェニュー行きのバスも、まん中の出口から下りるのも、七十二番ストリートの、天井にちゃちな雲の絵が描いてある映画館も、ジョージ・ハリソンみたいなやつに紹介されるのも、外出するときにいちいちエレベーターで下りな...
『ニューヨークに住んでるのも、五番アヴェニュー行きのバスも、マディソン・アヴェニュー行きのバスも、まん中の出口から下りるのも、七十二番ストリートの、天井にちゃちな雲の絵が描いてある映画館も、ジョージ・ハリソンみたいなやつに紹介されるのも、外出するときにいちいちエレベーターで下りなくちゃいけないのも、ブルックスでいつも仮縫いをしてる連中も、なにもかも大嫌いなんだ』―『マディソン・アヴェニューのはずれでのささいな抵抗』 サリンジャーを読むのは、いつもひりひりとした体験だ。それは翻訳者のあとがきにもあるようにサリンジャーが対象としているのが若者であるからという理由に加えて、線路から逸脱した列車の行く先が容易に想像できるからでもある。そこにはどうしたって死の影がちらつく。 世の中に向かって振り上げた拳を自分が受け止める番になった時、ひょっとしたら人は誰でも自らの信条をそっと心の奥に仕舞い込み、声高に何かを批判する事を慎むようになる過程を通過しているのかも知れない。それを通過儀礼と呼ぶなら、その儀礼的要素に我慢がならない人がいることも容易に想像できる。サリンジャーもまたそんな我慢がならない人の一人であったのだろうと改めて思う。 少し文脈は異なるが、コナン・ドイルがあの有名な主人公を滝壺に沈めてしまったように、サリンジャーもまた、自身の分身とも解釈できる登場人物たちをことごとく死に追いやる。しかも作品が発表順に書かれているのだとすれば、それは最初から計画されていたこと。つまり、サリンジャーは、若者に向けたこのメッセージがひたすらにまっすぐ進んで行ったらどうなるのかも解っていたということだ。例えばジェームス・ディーンが若者の不安定な真理を描いた作品でスターになった後、小作人から石油王に成り上がる映画の撮影直後に亡くなってしまうように。脱線した列車を走らせ続けることは出来ない。 『地上最後の哀れな卑怯者さえ、言葉では言い表せないくらい勇敢だ!人間の当てにならない感覚器や脳を、魅力的で表面的な価値そのままに受け取るんだから!』―『ハプワース16、1924年』 この最後に公に発表されたという作品は、確かに混乱した思いが錯綜し、主人公の視点もいくら早熟であっても七歳の少年の視点とは言い切れないくらいに大人びているし、徹底してサリンジャー本人の世間に対する批判めいた言葉が並んでいる。手紙にしては長過ぎるし、この手紙をタイプし直している状況も理由も判明せず、読み終えても肩透かしを食らったような気分がするのは避けられない。これは作品というよりも、もっと個人的なメッセージなのだろう。そんな文章の中にも死の兆しは色濃く影を落とし、主人公の裏側にいるサリンジャー本人もどこかで自身が夭折することを祈っているかのようでもある。 けれどもサリンジャーはジェームス・ディーンにはならなかった。その代わりに市井の人として生きる道を選んたのだという。とすればこの作品が作家にとっての通過儀礼であったのかも知れず、そう読めば、ここに三島由紀夫の壮絶な最後の言葉との類似性さえ見えてくる。「おまえら、聞け。静かにせい。静かにせい。話を聞け。男一匹が命をかけて諸君に訴えているんだぞ」 この本を読んだ人は誰しも「ライ麦畑でつかまえて」や「ナインストーリーズ」を再び読みたくなるに違いない。そしてそこに漂う死の気配を、美化せず真正面から意識しながら読むことになるのだ。
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