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暴走する能力主義 の商品レビュー

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22件のお客様レビュー

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2026/06/05

普段から主に学術論文を読み、自身も学術論文を書いている人特有の、言葉の定義に対する強いこだわりと、なじみの薄い内容を随所に引用する傾向を強く感じた書籍だった。要するに「能力」というのはあまりに広範にわたるものなので定義が誠に難しい抽象的概念なのだ。だからそれを測定することも、測定...

普段から主に学術論文を読み、自身も学術論文を書いている人特有の、言葉の定義に対する強いこだわりと、なじみの薄い内容を随所に引用する傾向を強く感じた書籍だった。要するに「能力」というのはあまりに広範にわたるものなので定義が誠に難しい抽象的概念なのだ。だからそれを測定することも、測定結果をもとに人の優劣を語ることも不可能なのだ。だからメリトクラシーのベースとなる能力があいまいだということは、メリトクラシーも頼りない根拠に基づいているのだから曖昧なものなのだ。 『暴走する能力主義』というタイトルは、私のような素人に書籍を手に取らせるキャッチーなものではあるが、本の中身を集約したものではなかった。著者自身、暴走して制御不能なのは(能力主義ではなく)後期近代社会だ、と述べている。

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2026/02/01

能力は正確には測ることができず、そのために「能力がある」とされる状態は例えば=学歴(学校歴)等として社会的に構築される。ところがその社会的に構築された能力判定は必ずしも社会の求める能力と完全には一致せず、常に修正を迫られるようになる‥これが本書の中で後期近代のメリトクラシーの実情...

能力は正確には測ることができず、そのために「能力がある」とされる状態は例えば=学歴(学校歴)等として社会的に構築される。ところがその社会的に構築された能力判定は必ずしも社会の求める能力と完全には一致せず、常に修正を迫られるようになる‥これが本書の中で後期近代のメリトクラシーの実情として整理される姿である。 興味深かったのは3章で、社会学に多い「メリトクラシー幻想論」について「いつもチャンスが十分に開かれていないとの結論になる」と批判的に言及されるのだが、「大学に行く条件をいかに完全平等にできるか」に血道をあげている研究がメディアで紹介される度に個人的に感じていた疑問を言い当てており、この方向の議論をもっと読みたかったが、さすがにやりすぎると業界の中で「角が立つ」のだろうか。 読んで思うのは、現在の能力主義は再帰的にその基盤が問われる状況さえ超えて、アメリカのMAGAに象徴されるように憎悪の的にさえなっているのではないか、ということ。末尾で少しだけ反知性主義に触れているが、本書の刊行後、能力主義そのものへの懐疑が極まりつつある現在において、著者の処方箋を聞いてみたい気がする。

Posted byブクログ

2025/12/01

近年、ビジネスや学校教育の現場では、働く個人や学生に対して、コミュニケーション力や問題解決力といった「新しい能力」が求められている。これらの「新しい能力」は、社会的影響が大きいにもかかわらず非常に抽象的であり、また昔から求められてきた能力を言い換えただけのものも多い。本書では、そ...

近年、ビジネスや学校教育の現場では、働く個人や学生に対して、コミュニケーション力や問題解決力といった「新しい能力」が求められている。これらの「新しい能力」は、社会的影響が大きいにもかかわらず非常に抽象的であり、また昔から求められてきた能力を言い換えただけのものも多い。本書では、それらの能力が個人に真に求められているわけではなく、能力主義(メリトクラシー)という社会構造の再生産の一部に過ぎないことを、前近代、前期近代、後期近代という時間軸を通して明らかにしており、とても面白い。

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2025/11/07

能力主義に代わるものはまだない。 暫定的な社会の枠組みにすぎない。 不完全ながら、良い代替案が無いため暫定的に、今の世の中の常識に据えられている能力主義。 そういう意味では資本主義に似ている。 この本でも代替案は示せてはいない。 ただ、大事なのは能力主義を所与のもの、自然の摂...

能力主義に代わるものはまだない。 暫定的な社会の枠組みにすぎない。 不完全ながら、良い代替案が無いため暫定的に、今の世の中の常識に据えられている能力主義。 そういう意味では資本主義に似ている。 この本でも代替案は示せてはいない。 ただ、大事なのは能力主義を所与のもの、自然の摂理、現代社会の常識で完全無欠、不変なものとして認識するのではなく、常に相対化する視点を持っておくこと。 そう。知識は物事を相対化するためにある。 次はマイケル・サンデル読んでみよう。

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2025/10/22

この本は、個人が持ち、磨いたり評価したりできると信じられている「能力」という概念が、実はそれほど明確なものではないことを示している。 特に、近年新しい能力として注目されているコミュニケーション力や課題解決力は、それほど目新しい概念でなく、今も昔も変わりなく必要とされてきたもので...

この本は、個人が持ち、磨いたり評価したりできると信じられている「能力」という概念が、実はそれほど明確なものではないことを示している。 特に、近年新しい能力として注目されているコミュニケーション力や課題解決力は、それほど目新しい概念でなく、今も昔も変わりなく必要とされてきたものであると指摘する。 「メリトクラシーの再規性」 この本が焦点を当てるのは、能力そのものの新しさではなく、近年高まってきている「新しい能力を求めなければならない」という議論の論拠である。 その根拠は、複数の命題を証明する形で説明される。キーとなるコンセプトは、「メリトクラシーの再帰性」だ。 - メリトクラシーは、「能力主義+能力による支配」を意味する。 - メリトクラシーの再帰性とは「反省的に常に問い直され、批判される性質を初めから持っている」ことを指す。 この性質は、デモクラシー(民主主義)が自己修正機能を持っていることに似ている。 本書は、具体的な、「じゃあどうすればいい」という解決策は提示していない。しかし、新しい能力を身につけるための教育内容の改革などについて、一歩下がって深く考える視点を与えてくれる。

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2025/08/07

分断、分断ということが、実際のところはどうなのだろうか?ハイ・モダニティにおける貨幣経済や専門家システムが抽象度を上げ、ローカルコミュニティへの帰属を薄いものにしてきたというギデンズの主張も分かりやすく、「学力主義」もその抽象性からこの分断を生み出す要因の議論に含んでも良さそうだ...

分断、分断ということが、実際のところはどうなのだろうか?ハイ・モダニティにおける貨幣経済や専門家システムが抽象度を上げ、ローカルコミュニティへの帰属を薄いものにしてきたというギデンズの主張も分かりやすく、「学力主義」もその抽象性からこの分断を生み出す要因の議論に含んでも良さそうだが、そもそもそこまで人は孤立し、孤独を感じているのだろうか。  不登校や自死者の増加を分断による証左として挙げるのは少しムリがあるような気がしてきたな。 しかし熾烈な生存競争が、他者を敵として認識させるという力動を作り出すというのはある気がする。となると、分断という言葉は、その内的な敵視性が投影されている、すなわち分断されているような気がするというのにとどまっており、実際はそこまで分断されていない可能性もあり得るか。 あるのは「分断気分」なのかもしれない。

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2025/07/24

メモ→ https://x.com/nobushiromasaki/status/1948395777983746464?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw

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2024/08/21

最近の教育で求められる能力は、従来から求められていた能力にしか過ぎない。それらの能力は簡単には定義できないし、測定する難しさ存在する。

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2023/02/26

確かに、「これからの時代に必要な能力」みたいなものってめっちゃ抽象的でありふれてることが多いと納得してしまった。 考えてみると、プログラミング教育みたいなものも、プログラマーである自分からしてみてもなんでやってるのかよく分からないので、本で説明されている、再帰性の現れなのかもし...

確かに、「これからの時代に必要な能力」みたいなものってめっちゃ抽象的でありふれてることが多いと納得してしまった。 考えてみると、プログラミング教育みたいなものも、プログラマーである自分からしてみてもなんでやってるのかよく分からないので、本で説明されている、再帰性の現れなのかもしれないと思った。 近代という時間軸で説明が丁寧になされており、自分でも普段目にする、「新しい」何かや、世の中の自己啓発圧の起源がよく分かった。面白かった。

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2022/12/27

構造は非常にわかりやすく、①能力を厳密に測定することは難しい、②身分が属性によって規定されない、オープンな社会では何らか能力により身分の配分をせねばならず、社会的要請として暫定的な能力の尺度を決めねばならない、③上記により、測定される能力には常に反省すべき点が必ず含まれる(メリト...

構造は非常にわかりやすく、①能力を厳密に測定することは難しい、②身分が属性によって規定されない、オープンな社会では何らか能力により身分の配分をせねばならず、社会的要請として暫定的な能力の尺度を決めねばならない、③上記により、測定される能力には常に反省すべき点が必ず含まれる(メリトクラシーの再帰性)、④情報化社会の中で相対比較を壮大にできるようになったことで、自分の身分を決める能力の尺度の不正確性や相対の可視化により、能力不安に陥る、⑤これらが、より平等で能力を重視する社会では増幅していく。この構造はその通りだが、人権を根本原理とする、現代的な平等社会においては、正確だから決められない、では機能せず、社会的にキメの部分が必要なはずで、それが常に反省的に新しい能力を求める流れになったとして、新しくないからそれが問題、とは思えない。新しいことに価値があるわけではなく、社会や人がそれによって学習され、成果を出せるか、が重要であり、文脈依存性が高いとはいえ、基礎的なコンピテンシーの尺度は必要だと思う。

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