天皇の歴史 江戸時代の天皇(6) の商品レビュー
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足利が武家のために立てた北朝の末裔、皇位が南北朝に別れたため朝廷の勢いが減じた流れで、武家社会という変革、そして戦国時代という荒波のせいでついに絶えかけた天皇・朝廷、江戸時代の天皇はこれを復古せんと時の権力者と利用・対立を繰り返すなかで政治的力を復活してきた 後水野・霊元天皇時代は文化・学問を通じた権威の再構築を目指す、政治的には無力化された天皇が、学問・和歌・朝儀の奨励により、ソフトパワーとして存在感を高めていく、禁中並公家中諸法度で「天子諸芸能のこと、第一御学問なり」と位置づけられた伝統を、積極的に活用した戦略が幕末の権威づけに役立った 剛腕光格天皇の積極的な役割が目立つ、個人的に「中興の祖」認定(笑)応仁の乱以降荒廃した御所の復古再建や、天明の大飢饉時に幕府から救い米を放出させるなど、民衆救済を通じた「君主」としての実践がカッコいい 閑院宮家(現皇室の直系)からの即位という傍系ながら、朝廷の権威を権力寄りに引き上げた生き生きとした描写が読み応えがある 文久年間が天皇家に激震をもたらした、朝幕の複雑な依存・駆け引き関係が複雑だが抗えぬ急流を思わせる、単なる抑圧ではなく、幕府が朝廷の権威を利用しつつ統制しようとする一方、天皇側が幕府の安定や経済支援をてこに「皇国」意識や朝儀再興を進めた緊張感あるバランスゲーム、勝者はどっちやろね 単なる「復活の流れ」だけでなく、文化・民衆・朝幕関係の多層性と長期的な皇統意識の蓄積が強調される一冊
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260年という長い江戸時代、歴史の裏舞台とされた天皇と朝廷にもいろいろな動きがあったのだ。後陽成、後水尾は徳川家康・秀忠・家光との権力闘争を繰り広げた。禁中並公家諸法度による幕府の統制により、天皇、そして134家の堂上家(公家)は学問、管弦、その他雑芸、詩、能書に励むことを義務付...
260年という長い江戸時代、歴史の裏舞台とされた天皇と朝廷にもいろいろな動きがあったのだ。後陽成、後水尾は徳川家康・秀忠・家光との権力闘争を繰り広げた。禁中並公家諸法度による幕府の統制により、天皇、そして134家の堂上家(公家)は学問、管弦、その他雑芸、詩、能書に励むことを義務付けられた。その中での天皇はそれらの公家への統制を行う闘い。江戸中期は中御門、桜町、桃園、後桃園と続く天皇夭折により、皇統断絶の危機があり、閑院宮からの光格天皇の即位(1779年)があったことは今の危機を思い起こさせる。江戸時代を通じて天皇の権威が高まっていくその動きが良く分かった。寛政期の老中・松平定信が天皇は神国の主であり、幕臣も天皇の配下である将、軍は天皇から政務を委任されていると認識していたことは興味深いところである。江戸時代に徐々に天皇の権威が高まっていた証左だと感じた。新居白石、荻生徂徠が官位制度が天皇との君臣関係を大名に想起させるので危険だと警告していたということも面白い。光格から現在に至る天皇家の伝統が出来上がったことを感じた。明正、後桜町の2人の女性天皇については肖像画がないことに象徴されるようにその特殊性、天皇としての神事・儀礼を務める上での限界があったことも、今後の女性天皇を考える上で、古代の女帝以上に参考になると思う。
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江戸時代の天皇なので儀式についての記述が多く、その点では少々退屈であった。しかしながら、その中でも天皇は制度として一貫して権威を保ち続け、幕末にそれが一気に爆発することとなる。その過程が非常に興味深い。
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