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太陽肛門 の商品レビュー

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6件のお客様レビュー

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2026/02/19

1回読んだだけじゃ分からないから何回でも読み返したい文章 解説もおもろかった 太陽直視についてのテーマが興味深い

Posted byブクログ

2025/10/13

谷川俊太郎の『なんでもおまんこ』に通ずるものがある。 何言ってるのかサッパリわからず、まるで古文を呼んでいるような感覚に陥る。解説ありきでようやくなんとなくニュアンスを掴めるが、掴んだところで感性豊かな壮大な妄想のように思えて、結局何を言っているのかわからないというところに帰着す...

谷川俊太郎の『なんでもおまんこ』に通ずるものがある。 何言ってるのかサッパリわからず、まるで古文を呼んでいるような感覚に陥る。解説ありきでようやくなんとなくニュアンスを掴めるが、掴んだところで感性豊かな壮大な妄想のように思えて、結局何を言っているのかわからないというところに帰着するというのを繰り返す。まるで惑星の公転と地球の自転のように。 肛門日光浴くらい元気が出るし、もはやお天道様が見ているという言葉が薄れるくらい太陽を目にしなくなった気もする。 読者フレンドリーな訳者解題が言いたいことを全部言ってくれていて、作者であるバタイユが友人にこの文章を読ませたところ精神病院に送り込まれたとあり、晩年、自身で「あの頃は病気でした。今は正常です。」(意訳)というようなことを語っていたそうだ。しかもこれを書いたのが30歳の時と言うのだから驚き。 元である『太陽肛門』が怪文書過ぎて、解題の方がページ数も長いし文章量も多いのにスラスラ読める。 全ページ合わせても60ページ弱なのであっという間に読み終えるので良い。

Posted byブクログ

2025/09/10

世界が純粋にパロディであるのは明白なことだ。 という一文目を読んで即購入した本。 「なるほどね」と「そうか…?」が交互に来る感じ、 エロスと鋭い洞察とくすっと笑えるユーモア、なのに湿っていなくてカラッとしている、けど言葉一つ一つが研がれていて隙があまり無い温度の低さ こうい...

世界が純粋にパロディであるのは明白なことだ。 という一文目を読んで即購入した本。 「なるほどね」と「そうか…?」が交互に来る感じ、 エロスと鋭い洞察とくすっと笑えるユーモア、なのに湿っていなくてカラッとしている、けど言葉一つ一つが研がれていて隙があまり無い温度の低さ こういう筆致が好きなんです〜 完全に私の大大好みの筆致ということでお気に入りの一冊

Posted byブクログ

2025/03/10

やっぱバタイユや。「世界が純粋にパロディであるのは明白なことだ。」「何ものも真ではない。すべては許されている。」事物の等価さとエロスの不可能性を見据えながらも、交わりを諦めなかったバタイユ。彼が男根主義者だとは思わない。解説が思ったよりも詳細でかなり良かった。父親の排泄処理。鷲の...

やっぱバタイユや。「世界が純粋にパロディであるのは明白なことだ。」「何ものも真ではない。すべては許されている。」事物の等価さとエロスの不可能性を見据えながらも、交わりを諦めなかったバタイユ。彼が男根主義者だとは思わない。解説が思ったよりも詳細でかなり良かった。父親の排泄処理。鷲の目。

Posted byブクログ

2022/01/31

筆者は頭が可笑しいが統合失調症のようなエロスから世界を理解し、太陽の光を男根としたり、事物をパロディー化しながら、世界を考察する著者の試みはかなり面白いと思う。

Posted byブクログ

2021/11/19

本を読む気力を取り戻したくて、60ページしかない(本編に至っては20ページのみ)この本を読もうと思った。まだ半分程度しか理解できてないので、評価は3にしておく。 20ページと言っても、文字は大きく、ページの下の方に酒井さんの訳注があるので、実質10ページほどの小作品だろう。論文...

本を読む気力を取り戻したくて、60ページしかない(本編に至っては20ページのみ)この本を読もうと思った。まだ半分程度しか理解できてないので、評価は3にしておく。 20ページと言っても、文字は大きく、ページの下の方に酒井さんの訳注があるので、実質10ページほどの小作品だろう。論文よりも詩に近く、その輪郭は曖昧だ。 バタイユが生きたフランスは近代化の真っ只中で、「役に立つ」ことに価値が置かれていた。一方で、幼い頃からバタイユの傍には、全盲で下半身不自由の、「役に立たない」父親が居続けた。当時こそそんな父親に嫌悪感を持っていたが、後に近代化の暗部を見て、「役に立たない」ことの意義を知るようになった、という流れは面白い。バタイユの著作に頻繁に登場する排泄物のイメージは、「役に立たない」もののメタファーだが、下半身不自由で垂れ流しだった父親から直接的に得たイメージでもある。 酒井さん解説の「広い視点に立てば、私たちここの存在は外部のものの通過点にすぎない。この通過点を通るの、外のものは別のものに成り変わる。早い話「暖かいウンチ」になる。このように別様に変化するのは、私たちが生きているからにほかならない。この「別のもの」は生命の証なのだ。外の世界と私たちの内部の生命の合作なのである」という一説が好きだ。私が惹かれるバタイユや、ニーチェ、ドゥルーズ、リンギスなどに共通するのは、「生命」もしくは「変身」「交接」について語っている点だと分かった。 バタイユは「AはBである(A=B)」のAとBが異種の場合、AがBのパロディということになり、AはBを愛し、合体したいという図になると解釈した。パロディとは、既存のものを笑いながら更新していく表現形式であるので、ここでは、パロディであるAが、笑い飛ばしたBをまた愛そうとする矛盾が生まれている。パロディのAによってBは既存のイメージから解放され、そのパロディを追い越す。そして、また新しいパロディを生み出していく。パロディに笑われ続けながらも、そのパロディを愛してやまない、そんなBの理不尽さに、Aは惚れ込む。それゆえ、Aは以前笑い飛ばしたBをまた愛する。 本作は、ベルクソンの『笑い』や、ニーチェのパロディ論に影響を受けているそうなので、一読したいと思う。

Posted byブクログ