戦前日本のポピュリズム の商品レビュー
戦前日本の政治動向を、マスメディア、特に新聞の影響力を軸に描き出す。日比谷焼き討ち事件の時から、新聞記者がその騒動の直接的な担い手であったことに驚く。その後の各時局における記事の書きぶりも自在に紹介され、普通選挙時代に展開された新聞の扇動的な役割を活写している。戦前ポピュリズムの...
戦前日本の政治動向を、マスメディア、特に新聞の影響力を軸に描き出す。日比谷焼き討ち事件の時から、新聞記者がその騒動の直接的な担い手であったことに驚く。その後の各時局における記事の書きぶりも自在に紹介され、普通選挙時代に展開された新聞の扇動的な役割を活写している。戦前ポピュリズムの具体的な展開を見るにつけ、現代と重なる部分の多さに薄ら寒さを感じる。今まさに読まれるべき本だと思う。
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「議会・世論を考えたからこそ(トラウトマン)和平工作は潰れ、強硬な声明が出され、戦争は拡大していったのだった」 良書
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日本のファシズムは、ドイツやイタリアと比べると、あまり全体主義的ではなく(いろいろな意見・利害対立があって、バラバラで、「全体」になってない)、下からの運動というより、天皇の権威を利用した上からの統制という具合に理解しているのだが、それでもやはりファシズム的であるのは、大衆からの...
日本のファシズムは、ドイツやイタリアと比べると、あまり全体主義的ではなく(いろいろな意見・利害対立があって、バラバラで、「全体」になってない)、下からの運動というより、天皇の権威を利用した上からの統制という具合に理解しているのだが、それでもやはりファシズム的であるのは、大衆からの支持があったから。 そして大衆の支持は、マスコミによる影響が大きいのだろうという予測のもとに、この本を読んでみた。 大きくは、こうした事前の予測とは異なるわけではなかったのだが、それでも具体的にメディアがどういう論調の記事を書いたのか、そして、それに大衆がどういうふうに反応したのかを読むと、あらためて戦前の日本がどういう国だったのかが伝わってきて、驚きがある。 ここには、現在の常識では考えられない愚かさがあるとともに、現在でも相変わらずな構造も多く見受けられる。 やはり、日本型のファシズムは、それを支える世論があり、指導者は、最初は大衆の意見とは異なっても、それが国益であるのならば、嫌われてもやるべきことをやる人がいたわけだが、だんだん、(選挙権をもった)大衆の好みにうまく乗っかるのが上手な人が中心になるわけだ。 そういう意味では、日本のファシズムの源泉は、やはり大衆の好みというところにあって、その好みが第2次世界大戦に向かって、日本が突き進んでいく原動力になったのだ。 戦後において、日本型のファシズムは、陸軍のせいにされることが多く、国民は騙されていたというふうな理解がある気がするのだが、こうして歴史の流れをポピュリズムという観点でみるとその理解は陸軍をスケープゴートにして、自らを正当化する心理であったのだろうと思われる。 2.26に関する記述があまりなかったり、日米開戦に先行する中国における戦争とそれに対するメディアや大衆の反応などもも少なめで、もうちょっと知りたいところもあったが、新書という分量のなかでは、十分な内容かな?
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選挙権の範囲は広がって、政治指導者は選挙民の顔を伺うようになり、小村寿太郎のような政治家は出にくくなった。政治家だけにその責任を負わせるのは非対称だ。では有権者はどうだったのかまで触れないと完全な分析、研究とは言えない。
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日露戦争後の日比谷焼き打ち事件に端を発した劇場型大衆動員政治は、その後日本を戦争へと導く大きな要因になった。当時の新聞やラジオなどのマスメディアが世論に与えた影響が非常に大きいことが分かる。
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日本の大衆は、日比谷焼き討ち事件から始まった。日露戦争の講和条約ポーツマス条約に反対する国民大会。 徳富蘇峰の国民新聞だけが、講和条約に賛成した。 日比谷焼き討ち事件は、討幕派から226事件までの中間的な思想事件。 排日移民法排撃運動ではアメリカ大使館の前で切腹。 初の普通...
日本の大衆は、日比谷焼き討ち事件から始まった。日露戦争の講和条約ポーツマス条約に反対する国民大会。 徳富蘇峰の国民新聞だけが、講和条約に賛成した。 日比谷焼き討ち事件は、討幕派から226事件までの中間的な思想事件。 排日移民法排撃運動ではアメリカ大使館の前で切腹。 初の普通選挙では2大政党時代が訪れた。政策より大衆人気が勝利する。 ロンドン海軍軍縮条約では国際協調主義の世論が、わずか3年後の国際連盟脱退では、松岡全権を大歓迎した。新聞の誘導が原因。 515事件は、国民の減刑運動によって海軍による刑は軽いものとなった。 満州国はフランスでは、不戦条約などに違反していないという論もあった。アメリカの一部にもあった。 リットン報告は、日本にも配慮した者であった。 国際連盟には制裁がないのだから、無視してそのままいつづければよかった=頬かぶり論。 ポーツマス条約では、国民の意向に逆らっても断固たる決断があったが、国際連盟脱退では、日本国中が大衆世論に埋め尽くされていた。 1937年近衛内閣が成立。空前の人気。進歩的な青年公家。 第二次近衛内閣のときに、ドイツの一時的な成功に幻惑され、枢軸の道へ走った。 バスに乗り遅れるな=政党は解党し、大政翼賛会へ合流。
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図書館本。日比谷焼き打ち事件かはじまる日本のポピュリズム。昔は新聞が主要なメディアだった。メディアの果たす役割は重要だ。
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ちょっと長い。 つまみ読みになってしまった。 日本のこれまでの民主主義は、マスコミの報道によって出来上がったもの、と紹介されていると受け止めた。 ポピュリズムと民主的手続きとメディア。 もう少し考えてみようと思う。
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なぜ普通選挙制と二大政党制はポピュリズム=劇場型大衆動員政治に陥り、日米開戦という不幸な結末へと至ったのか。現代への教訓とは
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戦前の新聞が国民を煽りすぎた反省からか、戦後の朝日・毎日は変わってしまった。その穴埋めをするのが産経・読売か。 大政翼賛会の設立原因が意外だった。軍に対抗するためだとは、、、
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