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ある明治人の記録 改版 の商品レビュー

4.5

23件のお客様レビュー

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2025/11/11
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

古い文体でだいぶ読みにくいが良書。下記に適宜、付箋を貼った個所を記そうと思う。 二部構成になっていたので、二部の感想をここで。柴翁に日記の原稿を見せてもらった本書の著者の記述。昭和の人らしく、先の大戦への自虐的反省が時代を感じた。付箋を貼るような箇所はなく、著者の思い出と歴史観の記述。 第一部は星五つ。感動もあった。第二部は星三つ。本書の-部分。 下記には付箋を貼った個所の要約: 26-27:柴五郎翁の晩年(先の大戦中の本書執筆のころ)には、すでに会津戦争の嘘がまかり通っていたらしく、心を痛めている。曰く、会津は武士階級のみの戦闘であったなどは事実とだいぶ違い、自由意志による農民町民の応募兵が数千人規模でいた、との事。それだけ藩が慕われていた。 51:会津戦争のさなか、御山という場所には、敵味方を問わず負傷者を見る病院が開設されていた。会津側か、新政府側か、それとも他藩か個人か、どの勢力の病院かは記載なし。 56:敗軍の将兵として会津から江戸(東京)に護送されるさなか、他藩の武士とすれ違う時、彼らは目礼をするか一切興味なしといったふうで接した。武士としてのたしなみと感じたとの事。 76:下北半島に配流され、貧農生活をしている時の父の言葉。「会津のあだ撃つまでは、ここも戦場なるぞ」と心得た、とのこと。 86:薩長の下郎どもに一矢報いる、との執念で日々の仕事、縄を編む仕事に没頭した。 129:縁あって草創期の陸軍幼年学校に入学。そのさなか、西南の役が勃発。学友に薩摩のものもいて帰郷するしないで騒動。多くの者、帰郷。柴五郎も戦闘配備に回され、歴史が動く時の証言者としての記述をしている。 137:草創期の幼年学校は色々と不備や不公平があった。それに黙っておらず、生徒らはいまでいうところの学生争議のようなことを大いにしたもよう。然しながら晩年の著者は、それでも出世には影響なく、みな出世していたと述べる。 第二部は柴五郎から記録を受け取ることになる、石光氏の記録。 146:昭和17年のまだ緒戦のころ、柴翁は「この戦争は負けだよ」と見抜いていた。石光氏がいくら状況を説明して、勝てると述べても、柴翁は負けると分かっていたとの事。

Posted byブクログ

2025/10/25

「男子にとりて回天の世に生まるること甲斐あることなれど」 明治維新により、武士の時代が終わり、会津藩出身の柴五郎が、どのような苦難を経て、身を立てるにいたったか、詳細に書かれた作品。 上級武士の生まれであるにも関わらず、維新後は生き続けることさえままならない苦難の連続。「明日の...

「男子にとりて回天の世に生まるること甲斐あることなれど」 明治維新により、武士の時代が終わり、会津藩出身の柴五郎が、どのような苦難を経て、身を立てるにいたったか、詳細に書かれた作品。 上級武士の生まれであるにも関わらず、維新後は生き続けることさえままならない苦難の連続。「明日の死を待ちて今日を生くらるはかえって楽ならん」と思うほどの苦難の中、会津藩や自刀した祖母 母 妹 兄嫁の雪辱を晴らすためにも死ぬことは許されず、武士としての誇りを汚されることもあったけれど、その精神と身体の丈夫さと、一心に勉学に励むことで、陸軍大将にまでなった偉人。 武士道精神や、当時の日本人が持っていた気質も興味深い。 また、会津の民が、薩長を歓迎などしていなかったこともよく分かった。歴史は書き換えられてしまうんだなぁ。 柴五郎翁のお写真を見ると、目の力がすごい。

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2025/10/03

江戸から明治という、現代からすれば教科書の世界に生きた、しかも官軍側ではなく会津側の武士の子の記録。 涙なしに読めないと帯にあるが嘘はない。 通常薩長による明治維新から西南戦争までを英雄たちの話のように語るがそれは勝者の糊塗された歴史であり、その過程で敗者となり祖母、母、姉妹全...

江戸から明治という、現代からすれば教科書の世界に生きた、しかも官軍側ではなく会津側の武士の子の記録。 涙なしに読めないと帯にあるが嘘はない。 通常薩長による明治維新から西南戦争までを英雄たちの話のように語るがそれは勝者の糊塗された歴史であり、その過程で敗者となり祖母、母、姉妹全て自刃しながらも、生き延びる姿が想像を超える苦難。 のちに義和団の乱の指揮をとり、陸軍大将にまで昇る柴五郎という人の内面がとても興味深い。 明治人の特性なのか、武士道の名残なのか、多くは語らず人の道を外れることはしない。 もちろん薩長への復讐たるはあるが、その恩讐を超えて生きる姿に感銘を受けた。

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2025/10/03

本書は薩長藩閥政府が華やかに維新を飾り立てた歴史から、全く抹殺された暗黒の一節である。それは生き残った会津人柴五郎、上級武士の5男として生まれ、少年期から陸軍大将まで昇りつめた生涯の遺書となった。10歳の時、会津戦争で祖母、母、姉妹は会津城で自刃し、落城後に江戸に俘虜として収容さ...

本書は薩長藩閥政府が華やかに維新を飾り立てた歴史から、全く抹殺された暗黒の一節である。それは生き残った会津人柴五郎、上級武士の5男として生まれ、少年期から陸軍大将まで昇りつめた生涯の遺書となった。10歳の時、会津戦争で祖母、母、姉妹は会津城で自刃し、落城後に江戸に俘虜として収容され、その後2年間、氷点下20度を超える下北半島の火山灰地に移封、飢餓生活を余儀なくされ、脱走、下僕、流浪の果てに兄の伝で青森県庁で給仕、15歳から軍隊に、31歳で清国、42歳で北京駐在武官で総指揮官として活躍、陸軍大将、台湾軍司令官などを歴任、軍事参議官を最後に65歳で退役、87歳で没。新政府では薩長の「軽い者」が権力の座につき専横、巨額の俸給など浪費に明け暮れた激動の時代と解説、それにしても会津藩出身者(主に少年と農民)への処罰は正に「飢餓させるための移封」(下北半島の極寒の厳しさと農作物が育たない火山灰地帯)であり怨みを持ったからこそ飢えにも寒さにも耐え生き延びた強靭な精神は想像を絶する。印象ある言葉は「薩長の下郎どもが何かをなすかを見届けよ、もし辱めを受けくれば、江戸にても何処にても斬り死か、腹掻っ捌いて会津魂を見せてくれようぞ」 「軽い者」脳のない輩たちが権力を持つ世界はどの国も、どの時代も同じだ、と痛感する。

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2025/09/22

明治維新前後からの、会津藩の辛苦を、被害者でありその場で遭遇・直面した柴五郎の経験から知る。 歴史は勝者のための、当時の今の政治体制のためのものだと改めて認識する。 藩の若輩の暴走によって起こった明治維新。旧藩主や重臣たちは、彼らを危惧し、漸進改革を考えていた。軽輩は、統治して...

明治維新前後からの、会津藩の辛苦を、被害者でありその場で遭遇・直面した柴五郎の経験から知る。 歴史は勝者のための、当時の今の政治体制のためのものだと改めて認識する。 藩の若輩の暴走によって起こった明治維新。旧藩主や重臣たちは、彼らを危惧し、漸進改革を考えていた。軽輩は、統治してきたものとは考え方が違うが、本人たちはそれに気付かず、自分たちが正義と思い込む。謙虚さや誠実さを感じない。 会津藩が藩として流刑のように下北半島に移封されてたことは初めて知ったことであり、その他にも薩長土肥藩の占有や立場の違いなど、直面した人の目と耳を通じて、初めて知ることばかり。 能力無き者が軍に多くなり、中国通を退けたことによって、収拾できないほどに拡大した先の大戦。 謙虚に、先を見通し、構想を練る。 誠実に。 今も当時と同じではないだろうか。

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2024/06/21

小学校高学年になって「日本史」を学び、その最後の方に「明治維新」や「尊皇攘夷」等を習う。そして、幕末の偉人達の話をあたかも物語のヒーローの話を聞くかのように学ぶ。あとは、NHKの大河ドラマが色合いを与え、そして「あなたの日本史の理解は正しいですよ」と太鼓判を押してくれる。これで、...

小学校高学年になって「日本史」を学び、その最後の方に「明治維新」や「尊皇攘夷」等を習う。そして、幕末の偉人達の話をあたかも物語のヒーローの話を聞くかのように学ぶ。あとは、NHKの大河ドラマが色合いを与え、そして「あなたの日本史の理解は正しいですよ」と太鼓判を押してくれる。これで、典型的な日本人が出来上がる。だが、本当にそうなのだろうか? この本は、ある意味そんな典型的な日本人の曇った眼を覚まさせてくれる一冊である。 「明治維新」とは、兎に角よいイメージのワードであるが、実は立派なクーデターである。薩長土肥の田舎下級武士と農民上りの武士もどきが、それまで天下を収めていた江戸幕府を滅ぼしたクーデターだ。そして、江戸幕府の中心にいた人物達は、逆襲を恐れた新政府が生かさず殺さず状態に留め、そのツケを何も悪いことをしていない会津藩の人達に払わせた。それが、このクーデターの真実である。それが、手に取るようにわかる。そのやり方が、やはり田舎の農民上りや下級武士らしい。しょせんは、臆病者なのである。 そんな連中に地獄のような思いをさせられた会津藩の人達はさぞ悔しく、無念であったことと推察する。それが筆者の言葉から十二分に伝わってくる。それが、悲しい。 また、もうひとつわかったことは、やはり「正しい生き方をした人間が幸福になり、悪いことをした人には天罰が下る」とういうことは、誠に残念ながら人間の単なる妄想であるということ。筆者の姉妹や母親等、何も悪いことはしていない。しかし、理不尽にも自刃する道を選ばざるを得なくなった。これが人間社会。人の世であるということ。その時、その後、薩長土肥の人間達は、美味しい思いをしたのだろうなと思うと、これがたまらない。 色々考えさせられる本である。

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2024/04/17

いくたびか筆とれども、胸塞がり涙さきだちて綴るにたえず、むなしく年を過して齢すでに八十路を越えたり。 柴五郎翁遺書冒頭の一文です ハードSFの名作のあとにこれ、我ながら振り幅がエグいw 柴五郎とは 戊辰戦争で朝敵とされ新政府軍と戦い敗れた会津藩の生き残りであり、藩主松平容大と...

いくたびか筆とれども、胸塞がり涙さきだちて綴るにたえず、むなしく年を過して齢すでに八十路を越えたり。 柴五郎翁遺書冒頭の一文です ハードSFの名作のあとにこれ、我ながら振り幅がエグいw 柴五郎とは 戊辰戦争で朝敵とされ新政府軍と戦い敗れた会津藩の生き残りであり、藩主松平容大と共に斗南藩(現在の青森県むつ市周辺)へと移住 寒冷地で極貧の生活を耐え抜き、陸軍大将にまで上り詰めた人物 清国駐留時の義和団の乱に於いて防衛戦の実質的な指揮をとり、その有能さと人柄から欧米各国からも尊敬された そんな翁の戊辰戦争から士官学校までの半生を「遺書」という形で自ら綴ったものを編者が分かりやすく整えたのが本作です まさに明治維新を会津の側、裏側から見た歴史的にも価値のある記録と言えます 明治を生き抜いた人が書いた文章ですので、冒頭の様にはっきり言って読みにくいんですが、なぜか非常に引き込まれました うーん、読んでるうちにあんまり気にならなくなってるんよね 日本人の血というやつか?違うか この明治維新の会津視点って多分初めて読んだと思うんですが、やっぱり新鮮でした 歴史を振り返るときは勝者からの視点だけでは足りないよねって感じました かなりひどいことしてます、薩長 そして西南戦争で西郷隆盛が自害し、時を置かず大久保利通が暗殺されると「芋征伐仰せ出されたりと聞く、めでたし、めでたし」と喜んだというから、やはり恨み骨髄だったんでしょうな 歴史というのは時々の為政者つまり勝者によって都合良く記されていくというのは歴史の必然でもあるのだなぁとあらためて感じた一冊でした

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2024/03/10

幕末のことはほとんど知らないし、そこまで興味もない。なんのきっかけでこの本を知ったのかも忘れた。ただ、壮絶な環境を生き抜いた人の記録という点に興味を持った。 自分自身いろいろ辛いことがあるが、他の人に比べれば、自分はまだまだ甘いのだろうと思っていた。実際読んで、さぞ大変だったろ...

幕末のことはほとんど知らないし、そこまで興味もない。なんのきっかけでこの本を知ったのかも忘れた。ただ、壮絶な環境を生き抜いた人の記録という点に興味を持った。 自分自身いろいろ辛いことがあるが、他の人に比べれば、自分はまだまだ甘いのだろうと思っていた。実際読んで、さぞ大変だったろうと想像する。そんな言葉さえぬるいかもしれないが。家族が自害する、飢えと寒さに耐え犬肉さえ食べる、武士の子でありながら様々な人に下僕同然に仕える。その屈辱感は、計り知れない。それでも懸命に生き抜く。いつかは春が来る、生きて薩長に一矢報いると言い聞かせて。 これだけの強さが自分にあるかどうか自信はない。振り返れば、自分には必死さがないのかもしれない。今日食べるものに困るとか、寒さを凌ぐことに苦労するとか、そういう差し迫った危機に直面していない。だから弱い、甘い。苦労が足りない。と同時に恵まれてもいる。今あるものに感謝し、苦労をいとわず生きることが大切だと感じた。

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2024/01/12

明治前後の過酷な環境のもと、10歳にも満たない少年が様々に感じた絶望や理不尽や苦労、その中でも生き抜け!との父母の思いに挫けず生きた柴五郎さんの声が聞こえる本。

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2022/06/09

この本を読みながら、次の二つのことを思い出した。1つは、国による暴力装置の独占。もう1つは、教育は社会移動の装置ということ。 国による暴力装置の独占は、近代国家のあり方の基本だか、明治維新の時代は、暴力階層が過剰だったのではないかということである。武士階級は、江戸時代には、朱子...

この本を読みながら、次の二つのことを思い出した。1つは、国による暴力装置の独占。もう1つは、教育は社会移動の装置ということ。 国による暴力装置の独占は、近代国家のあり方の基本だか、明治維新の時代は、暴力階層が過剰だったのではないかということである。武士階級は、江戸時代には、朱子学によって、何とか抑えられていたが、そこから解放されてしまい、暴力過多の状態が生まれ、それが、この本で語られる会津撲滅、西南戦争にも繋がったのかもしれないということ(意図したかどうかは別にして)。 どん底に追いやられた柴五郎少年は、開設されたばかりの陸軍幼年学校に入り、そこから、立身出世を遂げる。まさに、恵まれない階層の、しかも、賊軍出身の少年が、教育を獲得することで、社会移動を実現する。明治日本には、このような社会移動装置としての教育が機能していたということ。ただ、この機能があまりにも上手く機能したことで、社会階層を固定化する装置になってしまったのが、今の状況なのかなということを感じた。  

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