つぶさにミルフィーユ の商品レビュー
読みそびれていた本書。森さんが入院した時の話がやっと読めた。『月夜のサラサーテ』『なにものにもこだわらない』などでも触れられていた通り。ご無事でなにより。
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なんとか読み終えた…。 可愛らしい表紙と裏腹に、論理的で批判的な文章がギャップ。普段読む本が女性作家の小説ばかりなので、たまには違うジャンルのものをと思い、男性作家のエッセイを選んだ(モチベ上げのため可愛い表紙のものを)。 けど見開き2頁×100のエッセイ、ちょっと読みづらい!...
なんとか読み終えた…。 可愛らしい表紙と裏腹に、論理的で批判的な文章がギャップ。普段読む本が女性作家の小説ばかりなので、たまには違うジャンルのものをと思い、男性作家のエッセイを選んだ(モチベ上げのため可愛い表紙のものを)。 けど見開き2頁×100のエッセイ、ちょっと読みづらい!というか2頁ではひとつのことを掘り下げるにも限度があるし、何か大きな展開があるわけでも(もちろん)なく…おまけにやっぱり文体が馴染みないもので、ゴリゴリ理系の話で頭が痛くなる場面もしばしば。 ただ、自分と違う発想を知る、いつもと違うジャンルに触れるという意味では100点満点以上の意味があった気がする。 このエッセイのなかにも「嫌なもの、面白くないものからも、学ぶことは多い。」という話があって本当にそのとおり!と思った。読んでいて少々イラッとする話もあって、それはそれで面白いので付箋を貼っておいた。計6個ほど。
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まえがき より 本を読む価値というのは、つまり、本を読んでいるその経験、その時間にある。その本に書かれている情報なのではない。だから、読んで忘れてしまっても良い。忘れるには、一度覚えなければならない。覚えて忘れることは、なにも覚えないことよりもずっと価値がある。 本を読む価値...
まえがき より 本を読む価値というのは、つまり、本を読んでいるその経験、その時間にある。その本に書かれている情報なのではない。だから、読んで忘れてしまっても良い。忘れるには、一度覚えなければならない。覚えて忘れることは、なにも覚えないことよりもずっと価値がある。 本を読む価値について考えたこともなかった。 この文も忘れてしまうだろうけど、ずっと心のどこかにいる素敵な文だと思った。 この文に出会えただけでも価値がある。
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クリームシリーズ、第六弾。いくつか気になる項目はあったけれど、ひとつ挙げるとするならば…「ラノベの定義」かしら。 何となーくはわかるけれど、こう文章化してくれると明確になっていいね(^^) 説明の仕方がパーフェクトでした!笑
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今回も森イズム(本人はそんなものないと仰るかもしれないが)全開で、読んでいて心が洗われる。自分と近い考え方、今まで全く考えたこともない事。人生のヒントが散りばめられた一冊。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
日本人というのは、こういった気持ちの共有を重んじている。 3 最後に「今後も目が離せない」など、余計なことを書きたがる。より この言葉のどこが力を持っているかというと、「森博嗣」でもなく、「びっくり」でもない。その間にある「も」なのだ。 14「○○もびっくり」と聞いても、ほとんど誰もびっくりしない。より 以前にも書いたことだが、ものを創作する人は二種類に大別される。作る対象を決めてから材料を探す人と、材料をさきに集めてそこから作るものを発想する人である。 28 材料のストックがある幸せを、僕は大事にしている。より 国内(日本にはいなさそうですが)で一番好きな作家のエッセイ集。第6集。解説、吉本ばななさんのショートエッセイは三回連載とのこと。 最近書店で見かけた他作家の文庫本の帯に『共感度No.1』と書かれていて「?」となる。エッセイ自体は2017のものですが、ここまで来ると病的なものを感じなくもない。 出版する計画はみっちり立てる割に、28の創作者の話で言うと、発想型の極地にいるような作者。作る対象への愛ではなく、インスピレーションを与えてくれるものへの愛。類稀な量産力には恐れ入りますが、質を含めてコンスタントにそれを維持していることに発想型の凄みを感じます。それとは別にインプットの精度が異常なほど高いようにも感じます。以前何かのエッセイで、自分の作品の感想で『残るものがない』的なことを言われたことを書かれていました(もちろん特に悲観もせず淡々と同意されていました)。いかに作っているもの、そのものへの愛が美化され、消費する側が『良い』と感じるものが凝り固まっているのか、少し腑に落ちた部分もありました。
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人生には様々な選択肢がある。一つの道を選べば、別の道を経験することはできない。不愉快な思いをすれば、その選択が間違っていた、あちらの方が良かったと後悔することになる。後から進路を変えることも可能なのに、なぜかもう遅いと諦めてしまう傾向を人は持っていて、ただ不満だけをコレクションす...
人生には様々な選択肢がある。一つの道を選べば、別の道を経験することはできない。不愉快な思いをすれば、その選択が間違っていた、あちらの方が良かったと後悔することになる。後から進路を変えることも可能なのに、なぜかもう遅いと諦めてしまう傾向を人は持っていて、ただ不満だけをコレクションする。 幸せというのは小さなものを見つけて拾い上げるもの。探していれば、どこにでも落ちている。探さなければ見つからない。見つからないから自分は不幸せだと思い込む人が多い。後悔というのは過去にまで遡って不幸せを探しているようなもの。誰でも一本道。落ちているものに大差はない。拾い上げる目と手が違っているだけ。 こんなことをさらりと言ってのけ、さらには、自由気ままに書いているし、傑作を書こうとも思っていない。血沸き肉躍る活劇でもなければ、抱腹絶倒のドタバタでもない。何がセールスポイントなのか分からない本ばかり。もしかしたらそういうものが珍しいから売れるのかもしれない、などと毎度のことながら飄々ととぼけている。歯噛みしながらも一行一行じんわり嚙み締めながら読まされた。
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エッセイ。シリーズ7作目。 いつもの。 いつもよりは日記っぽいものが多かった印象。 満員電車は自分も嫌いです。
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一昨年のことだけど、入院していたと知ったときには驚いた。今はお元気そうで何よりだし、これからどんどん新刊が少なくなっても今までに貰ったものは財産だし、大事にしなくてはいけないな。
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覚えて忘れることは、なにも覚えないことよりもずっと価値がある。それは、生まれて死ぬという生命の価値と等価だろう。 揶揄されているのか賞賛されているのかはわからない データの有無だけを問題にするのは馬鹿げている。 魅力があるように装飾された都会の虚構 突然訪れる不幸もあるし、予想外...
覚えて忘れることは、なにも覚えないことよりもずっと価値がある。それは、生まれて死ぬという生命の価値と等価だろう。 揶揄されているのか賞賛されているのかはわからない データの有無だけを問題にするのは馬鹿げている。 魅力があるように装飾された都会の虚構 突然訪れる不幸もあるし、予想外の幸せもある。 マイナさを武器にして、作家になったけど、マイナさが際立つのは、それに見向きもしない大勢が存在するおかげである。 田舎ほど土着意識は高い 万物は流転するのだ 一言コミュニケーションを取ってくれたら防げたトラブルなのに そこまで、考えて、黙っているのであるから、知能犯といえる。 雀が号泣する程度には売れるようになった 諧謔を弄する=ウィットやユーモアに富んだ あなたにとってその道に価値があったと感じるのは、単なるノスタルジィであり、客観的なノウハウとはいえない。 自分と同じ捉え方をして欲しいというのはエゴであるばかりか、不利益を導く。違うものの見方をする人間の方が、お互いにとって有益なのである。 この「損をしたくない」精神が、大勢が群れを成す動機の一つとなる。つまり、みんなと一緒でいれば、「自分だけ」損することがないはず、という安心感を生むのである。 大きな得は、事前の小さな損から生まれるものだ。その場その場の損得ではなく、トータルの収支を見越して生きることが、人間だけにできる、人間らしい生き方だろう。 オリジナル栞を入れた理由は、古本売買への対策。 背に腹はかえられない 妥協の選択に過ぎない 歪曲して報道するよりはましだ 死んだ情報を間に受けていると、生きている人間を見誤ることになる。 血湧き肉躍る活劇 抱腹絶倒のドタバタでもない 暗中模索作家 ここへ来て良かった、という肯定こそ、幸せの手法である。 スポーツというのは、勝つこと、競争することが主たる動機となる。否、人間がやる気を出すのは、悉くこれではないだろうか。相手を打ち負かす、自分が上に立つ、そのために日常の生活ではほとんど必要のない力を発揮することができる。努力をし、忍耐し、挫折しない強さは、つまりは争いから生じるのか。負けることを、死ぬことに近い感覚として捉えれば、これこそ死に物狂いになれるシンプルな条件といえるだろう。 泡沫ほうまつ
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