絶望図書館 立ち直れそうもないとき、心に寄り添ってくれる12の物語 の商品レビュー
絶望というほどにどうしようもない感情とは違う気もする。ただ、人間のうまく整理できない気持ちがそれぞれの短編で描かれているのが面白いと思った。 2018/3/25
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多分半分くらいは面白く読めるけど 半分は ??うーん気分じゃないなと思うかも でも 読んだ人ほぼすべてがそう感じるでしょう だって 絶望って人それぞれだから! 12編のなかに 心の琴線にふれる物語が 見つかるかもしれません 見つけると ちょっと楽になります
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【収録作品】第一閲覧室「おとうさんがいっぱい」三田村信行作 佐々木マキ画/「最悪の接触」筒井康隆/「車中のバナナ」山田太一/第二閲覧室「瞳の奥の殺人」ウィリアム・アイリッシュ/「漁師と魔神との物語」 『千夜一夜物語』より 佐藤正彰訳/「鞄」安部公房/「虫の話」李清俊(イ・チョンジ...
【収録作品】第一閲覧室「おとうさんがいっぱい」三田村信行作 佐々木マキ画/「最悪の接触」筒井康隆/「車中のバナナ」山田太一/第二閲覧室「瞳の奥の殺人」ウィリアム・アイリッシュ/「漁師と魔神との物語」 『千夜一夜物語』より 佐藤正彰訳/「鞄」安部公房/「虫の話」李清俊(イ・チョンジュン) 斎藤真理子新訳/第三閲覧室「心中」川端康成/「すてきな他人(ヒト)」シャーリイ・ジャクスン 品川亮新訳/「何ごとも前ぶれなしには起こらない」キャサリン・マンスフィールド 品川亮新訳/第四閲覧室「ぼくは帰ってきた」フランツ・カフカ 頭木弘樹新訳/「ハッスルピノコ」 『ブラック・ジャック』より 手塚治虫/閉架書庫 番外篇/入れられなかった幻の絶望短編
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話題になっていたので図書館で借りてみた。 今、第一閲覧室 だが… おとうさんが増えまくったり 支離滅裂な異星人だったり、で楽しめてない これから第二閲覧室へ やっと読み終わった… 楽しめたのは瞳の奥の殺人 後は…難しい、と言うか奥が深いと言うか 絶望してる時には読みたくない(笑)けど カフカのを読んでみたくなりました☻
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これは素敵なアンソロジー。 □第一閲覧室「人がこわい」 ■[人に受け入れてもらえない絶望に]児童文学棚 『おとうさんがいっぱい』 三田村信行 作 佐々木マキ 画 1975年…………(父母の行動がちっとも保護者的でないので、異変以前からの家族の歪み、が思われる。)……(父を選択する儀式を外注しなければならないほどに、家族は機能していない。あみだくじは放棄の象徴。)……(選ぶ側から選ばれる側へ)(※三田村信行っていえば「ものまね鳥を撃つな」や「風の城」!)★ ■[どう頑張っても話が通じない人がいるという絶望に]SF棚(スラップスティック)『最悪の接触(ワースト・コンタクト)』 筒井康隆 1984年……おれは地球人代表としてマグ・マグ人のケララと一週間…… ■[たちまち「なごやか」になれる人々が怖いという絶望に]エッセイ棚 『車中のバナナ』 山田太一 1984年?……電車の4人席ですすめられたバナナを自分だけ断った。集団圧力への違和表明、戦時中の隣組を連想。 □第二閲覧室「運命が受け入れられない」 ■[起きてほしくないことが起きるのを止められない絶望に]ミステリー棚(サスペンス)『瞳の奥の殺人』ウィリアム・アイリッシュ[品川亮 新訳](原題:Eyes That Watch You, 1952年)……(「幻の女」が代表作で、別名義コーネル・ウールリッチ、別の訳では「じっと見ている目」というタイトル、似た着想の作品の映画化がヒッチコック「裏窓」。)全身麻痺で口もきけない老婆。不倫相手と嫁が息子を殺す相談をしているのを聞いてしまう……★ ■[ずっと誰も助けてくれないという絶望に]口承文学棚 『漁師と魔神との物語(『千一夜物語』より)』 [佐藤正彰 訳]……魔神は壺に押し込められ海の底に封印されて、最初は救い出してくれた者の願いをかなえようと思っていたが…… ■[人生の選択肢が限られているという絶望に]現代文学棚 『鞄』 安部公房 1984年……新聞の求人広告を見てきたという青年…… ■[恨みの晴らしようがないという絶望に]韓国文学棚 『虫の話』 李清俊(イ・チョンジュン)[斎藤真理子 新訳](原題:벌레 이야기, 1985年?)……私の息子アラムが行方不明になった。妻はなんとしてでも見つけるという祈りと希望で生きていた。死体が発見された。隣人のキムさんがキリスト教を持って話に来た……これはきつい。熱い妻と、淡々とした観察者としての私。なんで虫の話なのだろう。 □第三閲覧室「家族に耐えられない」 ■[離れても離れられない家族の絶望に]日本文学棚 『心中』 川端康成 1926年……離れていても家族の音が気に障る。★ ■[夫婦であることが呪わしいという絶望に]アメリカ文学棚(奇妙な味)『すてきな他人』 シャーリイ・ジャクスン[品川亮 新訳](原題:The Beautiful Stranger, 1968年?)……マーガレットは息子とリトルジョンを連れて、夫のジョンが出張から帰るのを迎える。が、他人だ……★ ■[家族に耐えられないという絶望に]イギリス文学棚(意識の流れ)『何ごとも前ぶれなしには起こらない』 キャサリン・マンスフィールド[品川亮 新訳](原題:A Married Man's Story, 1923年)……夜の憩いの時間。私、妻、子供を寝かせて……これは恐ろしい小説。夫婦関係と父母子関係がどうつながるのかわからず破綻している、が、極めて「正直に」家族の凄まじい不気味さに迫っている。★ □第四閲覧室「よるべなくてせつない」 ■[家に帰ることの難しさという絶望に]ドイツ文学棚(小さな文学) 『ぼくは帰ってきた』 フランツ・カフカ[頭木弘樹 新訳](原題:Heimkehr, 1920年)……家の前で立ち止まってしまった。家の中には秘密が。僕にも秘密が。★ ■[居場所がどこにもないという絶望に]マンガ棚 『ハッスルピノコ(『ブラック・ジャック』より)』 手塚治虫 1976年……ピノコ、19歳なのに戸籍上は1歳で。入試で集中すると神経が参る。幼稚園でもなじめず。その気持ちがわかるブラックジャック。落胆する姿の美しさ。 □閉架書庫 番外編 入れられなかった幻の絶望短編 頭木弘樹
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作家としては知っていたり知らなかったりだけど、作品としてはすべて未読で読みごたえあり。バラエティーに富んでいておもしろいアンソロジーでした。今後起こり得る絶望への備えになるかどうかは不明だけど。 アンソロジーっていいねと改めて。扉を開けるごとに違う景色が広がる。知らなかった作家を...
作家としては知っていたり知らなかったりだけど、作品としてはすべて未読で読みごたえあり。バラエティーに富んでいておもしろいアンソロジーでした。今後起こり得る絶望への備えになるかどうかは不明だけど。 アンソロジーっていいねと改めて。扉を開けるごとに違う景色が広がる。知らなかった作家を知るきっかけになる。他作品を読んでみたくなる。既知の作家の作品も読んでみたくなる。ああ、筒井康隆さん久々に読んでみたくなりました。
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他のブクログユーザーさんがレビューを書いてくださりこの本の存在を知りました。 『絶望名人カフカの人生論』の編訳者の頭木広樹さんが『絶望したときその心に寄り添ってくれるような物語』を集めたアンソロジー。 絶望の種類によって章が分かれていて「人がこわい」「運命が受け入れられない」「家族に耐えられない」「よるべなくてせつない」の4章、古今東西の12編の短編が収められている。 どれも誰もが覚えのある「絶望」だと思う。 ただ、「絶望」って人によって姿形が違うと思うので、誰にでもフィットする気がしない。 私には「寄り添ってくれる」ほどの近しい関係になれるような物語はなかったけど、読んでる間は軽い胃痛を忘れるほどには面白かった(笑) 三田村信行さんの『おとうさんがいっぱい』 大昔、オカルト本読んで、ドッペルゲンガーが一番怖かったことを思い出した。ラストはちょっと涙目。 筒井康隆さんの『最悪の接触』 恐怖と可笑しみ、でもやっぱり恐怖。 なに考えてンだかまるっきり分からない‘他者’と一緒に暮らしたら? 皮肉っぽいなー。ラスト一行に笑った。 山田太一さんの『車中のバナナ』 短いエッセイだが心に残る。 このエッセイの言っていることが分からない人にはならないようにしたい。 川端康成さんの『心中』 うわーすごい、たった三ページでこれだけの世界が書けるとは!ショートショートの神様、星新一さんも「何べん生まれ変わったってこれだけは書けない」と書かれていたとか。 最後に収められているのは手塚治虫さんの漫画『ブラックジャック/ハッスルピノコ』 懐かしのブラックジャック、ピノコが切な辛い。 あと気になっていたシャーリイ・ジャクスンも読めて良かった。 最後にカフカの言葉が載せられている。 本には、悲しんでいる人を助けるつもりなんかちっともないとしても、本を読んでいる間はぼくは本にしっかりすがりついていられる。
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・頭木弘樹編「絶望図書館 立ち直れそうもないとき、心に寄り添ってくれる12の物語」(ちくま文庫)は 書名通りの書である。巻頭の「絶望図書館 ご利用案内」に、「絶望して、まだ当分、立ち直れそうもないとき、その長い『絶望の期間』をいかにして過ごす か?(原文改行)そういうときに、ぜひ館内に入って来てみていただきたい」(8頁)とある。「絶望したときの気持ちは、誰にもわかってもらえないもの。 (原文改行)でも、文学だけは、わかってくれることがあります。」(同前)本書はそんな時のためのアンソロジーだといふ。さうなのだらう、さうかもしれないと思ふ。洋の東西を問はずに選んだ「絶望」に関はる12の物語、その作品を選んだ理由も書かれてゐるが、必ずしも納得できないものもある。絶望といつたところで様々である。個々の人生、そんなに単純なものではない。本書が本当に絶望した「心に寄り添ってくれる」のかどうか。 ・とはいふものの、「第一閲覧室『人がこわい』」の第1作三田村信行「おとうさんがいっぱい」はおもしろい。平仮名のタイトルから分かるやうに、これは児童文学である。「人に受け入れてもらえないつらさ」(12頁)で選ばれた。父親が3人になつてしまふ物語である。それは全国的にであつたから、政府も対策 を講じて、本当の父親は誰かといふ問題にまで口を出す。いや、口を出さざるをえなくなる。調査委員会の調査官がそれぞれの家に赴き、そこで「父親」全員に自己の主張を述べさせ、家族がそれをきいて父親を決めるのである。要するに「父親」の自己申告によつて家族が己が父親を決定するのである。さうでもしないと決められない。そこで主人公は誰を選んだか。いや、選ばれる父より選び方が問題である。誰をどのやうに選んだか。さう、あみだくじで選んだのである。皆同じでは選びやうがない。しかし選ばねばならぬ。そこで籤である。外れた2人の「父親」は国の管理下に置かれる。一件落着ではあつても、その2人は息子に 「受け入れてもらえな」かつたことになる。それがつらいと書かれてゐないのが児童文学、結構あつけらかんとしてゐる。私は軽い不条理劇でも見るやうな気分で読んでゐた。よくできた物語である。最後は当然の帰結として、「〈トシマ・トシオ〉が、目のまえに立っていた。」(63頁)つまり、因果は巡るで息子が2人になり、選んだ人間が選ばれる側に廻るのである。「受け入れてもらえな」くなるかもしれない「つらさ」をトシオは感じるのか。児童文学の軽いタッチで物語は進むので、不条理劇の重さや違和感はない。だからこそその「つらさ」が出てくるのかどうか。編者の目論見にかなふ物語ではあらう。次が筒井康隆「最後の接触」、これもおもしろい。人間と異星人マグ・マグとの最初の接触の物語である。カルチャーショックなどといふ言葉では言ひ表せないほどの衝撃を受けた主人公は長い報告を出す。それがマグ・マグで読まれて「『人間がよく描けて』いた」(102頁)と評価された。人間のつきあへる相手ではないのにである。ここではマグ・マグ人と上司に「受け入れてもら」ふことができなかつたのであらう。例の饒舌にくるまれても、重い内容はやはり重い物語となつたといふことであらうか。「第二閲覧室『運命が受け入れられない』」には安部公房「鞄」がある。鞄に導かれる物語、鞄が持ち手の行き先を決めてしまふ物語である。「選ぶ道がなければ、迷うこともない。私は嫌になるほど自由だった。」(204頁)最後の逆説と皮肉が正に安部公房である。そんわけで、おもしろいが 「絶望」を知らぬ能天気には微妙なアンソロジーであつた。
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カバーに使われた写真をツイッターで見かけて、ガッチリ捉まれてしまいました。古今東西、児童文学から、SFにミステリーにetc.「絶望」の先に何か見つけられるかも? 面白いアンソロジーだった。
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帯文:”絶望して訪れる人に、きっとふさわしい物語が見つかる。” 目次:第一閲覧室「人がこわい」;おとうさんがいっぱい、最悪の接触…他、第二閲覧室「運命が受け入れられない」;瞳の奥の殺人、漁師と魔神との物語…他、第三閲覧室「家族に耐えられない」;心中、すてきな他人…他
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