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大大阪の時代を歩く の商品レビュー

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2021/01/16

『#大大阪の時代を歩く』 ほぼ日書評 Day315 「大大阪」で「だいおおさか」と読む。大正から戦後にかけて、周辺自治体を大阪市に編入することで日本一の人口(東京を越えて)を有することとなった時代の大阪案内記だ。 ごく一部のエリアを除いて土地勘が全くないので、今の◯◯のあた...

『#大大阪の時代を歩く』 ほぼ日書評 Day315 「大大阪」で「だいおおさか」と読む。大正から戦後にかけて、周辺自治体を大阪市に編入することで日本一の人口(東京を越えて)を有することとなった時代の大阪案内記だ。 ごく一部のエリアを除いて土地勘が全くないので、今の◯◯のあたりに…と言われてもピンと来ない部分が多いのだが、歴史的なエピソードはいろいろ面白い。 大阪瓦斯設立の頃、ガスで調理したものは腐りやすいという俗説があった。今も、この手の俗説色々あるねえ。 開業当時の地下鉄御堂筋線のホームは、実際には1両のみの編成に関わらず8両ほども止まれる長さがあった。当時の市長、関一は"50年もすれば、この長さでも足りなくなる"と、東京地下鉄の無計画さに比べて。 ロンドンバスならぬ大阪市電も二階建てがあった! 吉本興業設立秘話等。

Posted byブクログ