人はなぜ物語を求めるのか の商品レビュー
物語論の入口として大変わかりやすかった。ストーリー、ナラティブ、ディスコースの区別が自分なりに整理できたのは収穫。
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物語消費の話を想定していたが、そうではなくて人間の認知の話が主軸。認知、認識する上での因果関係の推定、それによるいわゆる「物語」の構築、依拠が発生するというような論旨。ソフトな文体で読みやすくありつつ、種々の文献を引いて印象論に終わっていないのが好感だが、認知という側面では物足り...
物語消費の話を想定していたが、そうではなくて人間の認知の話が主軸。認知、認識する上での因果関係の推定、それによるいわゆる「物語」の構築、依拠が発生するというような論旨。ソフトな文体で読みやすくありつつ、種々の文献を引いて印象論に終わっていないのが好感だが、認知という側面では物足りなさも感じるので、認知科学あたりの本を並行で読んでみると理解が深くなりそう。本書で引かれていた『生ける屍の結末』は読んでみたい。
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物語つながりで続けてこの本を手にしましたが、物語を通じてものごとを伝える不思議さや難しさを語る内容。何となくはわかった気がしますが、それ自体が物語の陥穽に落ちている感があります。
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物語は世界を認識する方法の一つでしかないのですが、強力なのでそれに囚われてしまいがち。僕の周囲ですと、ドルオタと自称する人はその傾向が強いです。本書を読んで物語の呪縛から解き放たれると、少し幸せになれるかもしれません。
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久しぶりの新書。 もしかしたら養老孟司さんの『バカの壁』以来か。 一体何年前だよっヾ(--;) 『人はなぜ物語を求めるのか』 新聞の書評欄で紹介されていてこのタイトルが気になり、書店を数件巡ったが置いておらずネット書店で購入。 最近、「なんか世の中って‘物語’だらけじゃないか」と思い、息苦しさを感じていたのでジャストタイミングだった。 自分の頭の中まで‘物語’だらけだもの。 本書を読んで思い返したのは軽い認知症の祖母のこと。 「あれをしてくれないから私のことなどどうとも思ってない」と言ったり、不都合や不具合があると自分勝手に家族を責めたりする。 私の不幸=家族のせい という強固な‘物語’が頭の中に鎮座しているのかな。 それで自分を苦しめているのかなと思った。 これも私自身が勝手に解釈した‘物語’に違いないけど。 中身は私にはちょっと難しいところもあり、時折「は?」と二度三度文章を読み返したりしながら読んだ。 でも『自分のぼんやりした考えを、豊富な文献と読みやすい文章で形にしてくれた!グッジョブ!』と思ったり、考えが私には思いもかけぬ方向に着地したりして読み物として楽しかった。 まあ『わかった』と『分かった気になる』と区別がつかない そうなので自分がどこまで分かったのかわからない。 他のひとからみれば「あいつ、わかってないなー」なのかも(* ̄∇ ̄*) それに千野さんのハナシに納得したのも『彼の提示する物語』と『私の思う物語』が合致しただけかもしれない。
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かねてより人はとにかく「物語性」のあるものが大好きで、そこに物語がなければ自身で作り出すほどに物語が好きだよなぁと思っていたため、タイトルに魅かれ読了。
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私達が生きる意味や理由づけ。 なぜ生きるのか。どうしたら良く生きられるのか。タイトル『人はなぜ物語を求めるのか』から単純に得られる答えだけでなく、「物語る動物」である人間、私がどうして生きるうえで、色々と思考や感情が動くことを説明している。因果関係を作ってみたり、すっきりする決...
私達が生きる意味や理由づけ。 なぜ生きるのか。どうしたら良く生きられるのか。タイトル『人はなぜ物語を求めるのか』から単純に得られる答えだけでなく、「物語る動物」である人間、私がどうして生きるうえで、色々と思考や感情が動くことを説明している。因果関係を作ってみたり、すっきりする決着を求めたり、目的や意味に振り回されたり、考えてみれば思い当たることばかり。物語に振り回されるのでなく、良く生きるために物語ろう。
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最初のころに新聞で、この本についての事を知ってから、ずっと気になりだした。 へたをすると、読まないうちから、題名だけで本の内容を想像してしまったところがある。 図書館で借りようかと調べてみると、貸し出し中ばかり。 先日、思い切って本屋さんで購入。 読みだしてみて、想像と違う部分も...
最初のころに新聞で、この本についての事を知ってから、ずっと気になりだした。 へたをすると、読まないうちから、題名だけで本の内容を想像してしまったところがある。 図書館で借りようかと調べてみると、貸し出し中ばかり。 先日、思い切って本屋さんで購入。 読みだしてみて、想像と違う部分も、あれば、新たな発見もある。 いろんな見かた、についても、考えさせる内容。 おもしろい。
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印象的な箇所のまとめ ・世界にたいする何故とその回答が物語の物語らしさを生む。 ・人は生きる意味を求める。生きている原因より意味(目的)を知りたがる。 ・人生に期待すると失望する。期待しなければ希望がもてる ・人生に期待するのでなく誰かの人生の期待に責任を持ってこたえる自覚を持つ。 ・物語の前後の因果関係は運命だと言える。物語とは運命を認識する方法。 ・自分達が現実たと思っていることの多くは、自分達が無自覚なまま構成させられてしまった物語である。 ・無根拠で不適切な一般論から脱する。 ・べき論、コントロール願望を捨てる。 ・感情行為直結説(こう感じているからこう行動する)から行為選択可能説(行為は自由に選べる)へ。 ・人は知らないことを自分の解釈の格子で埋めていく。 ・自分が知らないということを知る。 ・正しい私は報われるべきだ、評価されるべきだという被害者意識の物語は極めて無責任。他責的ストーリー。 ・人間はストーリーを不可避に合成してしまう。
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ストーリーは人間の認知に組み込まれたひとつのフォーマット(認知形式) 状態と出来事=地と図 筋に逆らってまで隣接連合によって叙述の密度を高めるものを「リアリズム」的な要素と考える(ロマン・ヤコブソン) 世界に対する「なぜ」という問と、それへの回答(原因や理由)とが、ストーリ...
ストーリーは人間の認知に組み込まれたひとつのフォーマット(認知形式) 状態と出来事=地と図 筋に逆らってまで隣接連合によって叙述の密度を高めるものを「リアリズム」的な要素と考える(ロマン・ヤコブソン) 世界に対する「なぜ」という問と、それへの回答(原因や理由)とが、ストーリーのストーリーらしい滑らかさを生むのです 因果関係が明示されると、なぜ物語としてなめらかな感じがするのか?それは、できごとが「わかる」気がするからです。どうやら僕たちは、できごとの因果関係を「わかりたい」らしいのです わけがわかると、ストーリーが滑らかに感じられ、「わかった」という感情が芽生える 人間は時間の中で前後関係にあるふたつのことがらを、因果関係で結びつけたがる習性を持っている(ヒューム「人間関係論」) 前後関係の誤謬をいわば体系的に濫用するのが「物語」(ロラン・バルト「物語の構造分析序説」) わかる、というのは秩序を生む心の働き。秩序が生まれると、心はわかった、という信号を出してくれる。つまり、わかったという感情。その信号が出ると、心に快感、落ち着きが生まれる。(「わかる」とはどういうことか 山鳥重) ストーリーは個別の問題(存在命題)ですが、それぞれの理由や「因果関係」が「わかった」気がするときは、その背後には実は一般論(普遍的な話題、全称命題)が存在している 一般論は「類」 説明付きのストーリー(プロット)は類の一例、「種」 一般論=人は、悲しみのあまりみずから死期を早めてしまうことがある ストーリー=あるとき、ある女王が悲しみのあまり死んだ 一般論とストーリーの関係は、「タイプ(人間一般に関すること」と「トークン(物語の登場人物である特定のこと)」の関係にある ことわざや格言は、「一般論」 読者が物語に求めるものは、ひとつはしかるべき論理一貫性、そしてもう一つは「なぜと問う」必要をなくしてくれる権威である 「自分が不愉快な状況にあるのは、☓☓だからだ」というストーリー的な説明が起こるのは、人間が「なぜ自分は不本意な状況にあるのか?」と問うて、その問に答えようとするから 人はAのあとにBが起こると、AのせいでBが起こったと思う傾向がある(前後即因果の誤謬) 前後関係だけでなく、因果関係が加わると、ストーリーが滑らかになる 人は個別の事例から一般論を帰納し、その一般論から演繹して新たな事例の原因・理由を説明したがる 不本意な状況に置かれると「なぜ私が?」という実在的な間が起こり、ストーリーがそれに無理やり答えようとする
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