晩年様式集 の商品レビュー
作者キャリア最期の小説作品。 自身を“長江古義人”と称する私小説シリーズであり、今まで作品に登場させてきた親族達から徹底批判を喰らうというメタ要素は変わらず。表題、内容から作者周りの関係の清算が行われていると感じ少し寂しい。 過去作未読者は完全に排除される上、再翻訳した様な独特...
作者キャリア最期の小説作品。 自身を“長江古義人”と称する私小説シリーズであり、今まで作品に登場させてきた親族達から徹底批判を喰らうというメタ要素は変わらず。表題、内容から作者周りの関係の清算が行われていると感じ少し寂しい。 過去作未読者は完全に排除される上、再翻訳した様な独特の文体はより難読性を上げているが、これまでオーケンを読んできて良かったと思える作品だった。
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大江健三郎さんが亡くなり、彼の本を一生懸命読んできた俺として、この時だから何か読みたいと思って読んだ。 大江健三郎さんを読んだのは久々だったけど、よく感じてた読みづらさ、わかりにくさは俺にとって相変わらず、章(節?)ごとに二回読みながら、没頭(?)できた。 最後は詩で終わる 詩が...
大江健三郎さんが亡くなり、彼の本を一生懸命読んできた俺として、この時だから何か読みたいと思って読んだ。 大江健三郎さんを読んだのは久々だったけど、よく感じてた読みづらさ、わかりにくさは俺にとって相変わらず、章(節?)ごとに二回読みながら、没頭(?)できた。 最後は詩で終わる 詩が出てくるとわからないからいつも飛ばしてしまうけど、今回は彼がいなくなったという脳の認識が感情を動かしたのか、詩がとても良かった
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大江の後期をいくつか読んできて、一番面白かった。変なエロとか暴力(殺人)がないのがいい。『水死』も最後にどちらも唐突に出てくるし。とはいうものの、そこはかとない"不穏"は一番かも。いままで作中で声を上げられなかった、書かれた女性陣からの反撃や若い世代との考え方...
大江の後期をいくつか読んできて、一番面白かった。変なエロとか暴力(殺人)がないのがいい。『水死』も最後にどちらも唐突に出てくるし。とはいうものの、そこはかとない"不穏"は一番かも。いままで作中で声を上げられなかった、書かれた女性陣からの反撃や若い世代との考え方の違い。違和のあるままにヘンにまとめようとせず、最後は祈りに似た詩で終わる。いつもは正確な文章がところどころで破綻してたり、ずっと硬い散文を書いてきたのにその最後の作品の締めくくりが詩だったり、、これは新しい境地なのか単なる衰えなのか。興味深い。
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「赤革のトランク」に入っていた古い手紙類などは ほとんど資料的価値のないもので 長江古義人は結局 父の不可解な死にまつわる謎を解くことができなかった そんなわけで、長江には父についての核心的な思い出がない ただし、父に代わって彼の人格形成に深い影響を与えた人物は2人いた ひとりは...
「赤革のトランク」に入っていた古い手紙類などは ほとんど資料的価値のないもので 長江古義人は結局 父の不可解な死にまつわる謎を解くことができなかった そんなわけで、長江には父についての核心的な思い出がない ただし、父に代わって彼の人格形成に深い影響を与えた人物は2人いた ひとりは松山の高校に入ったとき出会った親友で のちには義兄ともなった映画監督の塙吾良 もう一人は、戦後「森」に帰ってきた本家筋のギー兄さんである ところが前作「水死」では 老齢を迎えた長江じしんが、おそらくは人生初といっていいだろう 父親としての試練を前に立ちすくむこととなった それは、長男アカリの善意による「イタズラ書き」に端を発した 父への反抗と、家庭内不和である 劇団関係の仕事に乗じ、四国の森にアカリとの共同生活を営むうち 問題はなんとなくウヤムヤになってしまったが きちんとした結論があって落ち着いたわけではなかった 女たちのあいだにくすぶったそのわだかまりが 近親者のみに配布するプライベートな雑誌づくりというアイデアを 思い立たせたのだろう それはまず、小説の題材として扱われてきた家族たちからの 異議申し立てを形にするという意図ではじまる アメリカに拠点を置くギー・ジュニアや 塙吾良の若い「女友達」だったシマ浦さんも加えて 雑誌は号数を重ねていくが それにつれ読者の前で明らかになっていくのは それぞれに不可解な死に方をした塙吾良とギー兄さんのことが 実はまったくわかっていないまま 根拠の乏しい思い込みで納得しようとする長江の姿だった それはひょっとすると 読者へのわかりやすさを言い訳に …それで必ずしも読者の理解を得られたとは言い切れないにせよ… 事実を簡略化、あるいは ねじ曲げてきた姿勢と通じる安易さそのものかもしれないし もっと言えば自分自身の核心から目を背けている証拠かもしれなかった
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難しい。複雑な事情を複雑なまま表現していようとしているんじゃないかと感じた。はちゃめちゃな文体だ。そしてそれは、確かに読者をいい具合にも刺激させる。
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試みが成功しているかはともかく、相当意欲的な作品だ。群像での連載時に最初の数回のテンションに、これは!と思ったけど、ギー・ジュニア登場以降について行けなくなり一旦断念。文庫化で読み直したけど、そこの印象は変わらずも何とか読破。しかし、途中でそのようなブレに対して作中の登場人物(真...
試みが成功しているかはともかく、相当意欲的な作品だ。群像での連載時に最初の数回のテンションに、これは!と思ったけど、ギー・ジュニア登場以降について行けなくなり一旦断念。文庫化で読み直したけど、そこの印象は変わらずも何とか読破。しかし、途中でそのようなブレに対して作中の登場人物(真木)が同様の批評をしていたのにはちょっと笑った。 自らのテキストをメタ的に批評する手法、社会状況を個人の体験と重ねて消化しようとする手法。前作では長年の宿題としていた父の死に対し、今回はまた伊丹十三、また後期作品の核であるギー兄さんの死に向き合う。自らの老年の危機、それと直結するアカリ、家族の危機、また、長年のテーマである核へも対峙せざる得なくなるという状況。凡百の作家であればお茶を濁すものを、この作家はとにかく正面切って向き合おうとだけはする。あまりにもテーマが多岐に渡り、商業作品として必ずしも消化し切れていない嫌いは確かにあるが、そのようなスタイルを示す、それで書いてみるということこそがこの作家の本領なのだ。(一点、どうしても残念なのはタイトル。そもそもの着想からいけばしょうがないが、この作家の無二のタイトルセンスを味わいたかった) 老齢の極み(度々失礼)にあって、このように作家として誠実に生きる彼を映し出す作品を我々は読まなければいけないと思う。個々の作品の出来のみがその本を読むかどうかの判断基準にならない、継続的な歴史を持った作家というのは本当に少ないのだ。もっともっとみんな大江を読むべき。今のうちに!
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圧倒的な危機の中に見出した希望。著者「最後の小説」 作家自身を思わせる主人公の長江古義人は、3・11後の動揺が続くなか「晩年様式集」と題する文章を書き始める。未曾有の社会的危機と自らの老いへの苦悩に、誠実に向き合う、著者最新にして「最後の小説」。
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