食べない人たち の商品レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
以前テレビで、青汁だけしか飲まずに生きている人を見たことがあった。 その時は「絶対嘘だ!!」と思っていた。 しかし、ここに3人も同じような人がいて、ほかにも本の中で紹介されていると、もしかしたら本当なのかも、と思うようになった。 不食とは、断食と違い、修行でやるものではなく自分の意志で食べないことの心地よさを味わいながらするもので、おなかがすいたら食べていいし友人との付き合いとして食べるのもかまわないとのこと。 最初から不食ではなく少食を繰り返していきつく先が不食であり、自分の心地よいところを見つけるものらしい。 私は10年くらい前、バイクで通勤中にうさぎが飛び出し、前輪に激突され転倒、ろっ骨を5本折ったことがある。 ろっ骨は、上からコルセットをまいて固定するだけで他に治療はしない。 なので、仕事にも翌日から行った(もちろんバイクでは行かない!!)。 しかし、事務所では、みんなが面白いのか笑かそうとしてきて、笑うとめちゃめちゃ痛い。 食事をしても胃が膨らんで広がるので痛みが出る。 コルセットをまいているので、締め付けられておなかはすかない。 なので、思い切ってお昼は食べないことにした。 朝はもともと食べてなかったので、一日1食の生活に。 数か月で10キロ体重が落ち、周りからはずいぶん心配された。 しかし、体調はめちゃくちゃ良かった。 なので、回復後もずっとその生活を続けている。 もちろん、食事に呼ばれればお昼も食べるし、おなかがすけば食べることもある。 つまり、この本に書かれていることは私にとってそれほど特別ではなかった。 食べるとめちゃめちゃ眠くなるし、年をとればとるほど消化することに負担がかかるのか、食べた後きついこともよくある。 糖質による血糖値スパイクで眠くなるとの説もあるが、糖質抜きでタンパク質メインでもやはり私は眠くなる。 学生の頃、栄養学を専攻していたので、昔取った何とかで、今でもそれなりに栄養学については知っているつもりだが、しかし、学校で習ったことや一般的に言われていることと、実際自分が感じることには大きな差があることが多い。 それから、食べるのは「暇」だから、または不安などがあるとストレスがかかっておなかがすくからというのは、本当にその通りだと思う。 何かを必死でやっているときは、おなかがすくのかもしれないけどちっとも気にならない。 しかし、不思議なことに、暇になるとおなかがすいてもいないのに何か食べようかという気になることがある。もう少し言えば、おなかが一杯でもちょっとしたストレスを感じると何か口にしたくなることがある。 体には負担がかかるとわかっているのに・・・ でもこれからは、やめられそうだ。 食べることだけでなく、考え方についても書かれている。 シンクロニシティや「今」を生きることなど、本自体が少し前に発刊されたものなので、少し感覚的なズレがあるが、これも何かの縁なのかもしれない。 不食まではいけないけれど、体がどうしたいと言っているのか、もっと耳を傾けるようにしようと思う。
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全く何も食べずに生きられる人は 「食べなくても大丈夫」という思い込みが強いのだと思う。 もし私も何かしらの事情で食べられなくなった際には、そう思い込むようしよう。
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不食と聞くと胡散臭く感じるが、ここに出てくる人たちは肩に力が入って、不食自慢をしてるのではないようである。不食とは、慣れ。今流行りのスピリチュアルな生き方の別のアプローチであるように思えた。また宇宙人の過去世の話、失われた惑星マルデク、緑色の皮膚?の話も出てきたのも、以外であった...
不食と聞くと胡散臭く感じるが、ここに出てくる人たちは肩に力が入って、不食自慢をしてるのではないようである。不食とは、慣れ。今流行りのスピリチュアルな生き方の別のアプローチであるように思えた。また宇宙人の過去世の話、失われた惑星マルデク、緑色の皮膚?の話も出てきたのも、以外であった。断食で有名な、甲田医師の話も出てきて意外なつながりも面白かった。最近読んだ中では、オススメ
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自粛生活で圧倒的に食べる量、 時間ともに増えた。 食べる量が増えると その後身体が重くなる感じはある。 一方で、食べる量が減った友人達は みんな食べなくてもいけると話していた。 これが不食への道、身体を慣らしていっている 段階なんだろうと思う。 しかし、栄養学的観点では不思議すぎ...
自粛生活で圧倒的に食べる量、 時間ともに増えた。 食べる量が増えると その後身体が重くなる感じはある。 一方で、食べる量が減った友人達は みんな食べなくてもいけると話していた。 これが不食への道、身体を慣らしていっている 段階なんだろうと思う。 しかし、栄養学的観点では不思議すぎて!!
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著者が東大理学部卒弁護士で信頼してしまう。 「どうやって私は自分の矛盾を解決したのでしょうか。その答えは『問題を問題視しない』ということにつきます。」 物質的な食物からエネルギーを供給するより、不食によって純粋で混じりけのないエネルギーであるプラーナを摂取した方が精神的にも肉体的...
著者が東大理学部卒弁護士で信頼してしまう。 「どうやって私は自分の矛盾を解決したのでしょうか。その答えは『問題を問題視しない』ということにつきます。」 物質的な食物からエネルギーを供給するより、不食によって純粋で混じりけのないエネルギーであるプラーナを摂取した方が精神的にも肉体的にもらくな生活ができる。プラーナは愛であり、精神的な飢餓もおさまる。愛で生かされているんだ、と実感出来ることが良いこと。 不食は未来の心配をせずに今を楽しんでいる状態 不食をマスターする過程で最も重要なのは、退屈さを克服すること 気功法:呼吸と体操で宇宙のエネルギーである気を体内に取り入れ、体力と気力を充実させる →集中力もつく(この時点で不食でない) スピリチュアルにどっぷりつかるのも生き方のひとつとしてありなのかもしれない 彼女の放つ圧倒的な愛のエネルギーに満足して、空腹感がなくなったかのようだった 神の食べ物であるプラーナで生きていく 少食をめざす。不食への近道は一日一食にある 体が慣れていく感覚に従う 食べることが目的でない
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「人は食べなければ飢えて死ぬ」という潜在意識から解放されることが不食であり、餓死とは恐怖が引き起こすものだという話や、不足分のエネルギーは大気からのプラーナだとする(そうでなければ説明が付かない)という話の真偽は分からない。 ただ、少食や微食の実践を始めた身としては、食べること...
「人は食べなければ飢えて死ぬ」という潜在意識から解放されることが不食であり、餓死とは恐怖が引き起こすものだという話や、不足分のエネルギーは大気からのプラーナだとする(そうでなければ説明が付かない)という話の真偽は分からない。 ただ、少食や微食の実践を始めた身としては、食べることは疲れることで、少食が本当の幸福に至る一つの方法であるとする話は体感的に分かる話でもある。実際に食べ物への執着が薄れていくと、物事への執着も薄れていく(だからこそ昔から宗教的な行事に少食や断食が用いられていた)。人は食べ物だけに飢えるのではなく、人より金が欲しい、高い地位が欲しい、有名になりたい、といった欲望にも飢えているわけで、不食の究極の目的はこの飢えから自由になることだとする話は、哲学として興味深い。
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食べなきゃ餓死するという既成概念の崩壊! 既成概念が外れたらより一層人は自由になれる。 人類は進化に向かってるのかもと思える。 生きるためじゃなく、楽しみのためにだけ食べれるようになったらいいな。
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必ずしも人は食べなくても生きていける。。。 衝撃の1冊 食に対する意識が変わり、世の中を見る目も変わります。
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昔からアレルギーで悩んできた私にとって、食べることは体の負担になるということがとても納得できました。 スピリチュアルな方面からも不食に興味があったので、とても面白かったです。
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食事をしないと時間とお金に余裕ができて、睡眠も少なくてすむし、健康になるって考え方や実践する人がいることは理解しました。 でも「押し付けない」「理解できない人はそれで良い」というスタンスでもやっぱり彼らからは自意識的な選民思想を感じるし、特に森さんって方の話はどうでも良いかな…...
食事をしないと時間とお金に余裕ができて、睡眠も少なくてすむし、健康になるって考え方や実践する人がいることは理解しました。 でも「押し付けない」「理解できない人はそれで良い」というスタンスでもやっぱり彼らからは自意識的な選民思想を感じるし、特に森さんって方の話はどうでも良いかな…と思いました。 次は人は見た目がなんちゃら…って本を読んでみようかな。 みなさん、目がコワかったです。
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