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河北新報のいちばん長い日 の商品レビュー

4.2

24件のお客様レビュー

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2024/05/18

 あれから3回目の「311」が訪れ、4年目が始まっています。それと前後して、印象的な本が何冊か文庫に落ちてきていたので、再読がてら何回かに分けて。個人的にハードカバーから文庫に来る際一番嬉しく思うのが“+α”の要素があることです。特にノンフィクション系は後日談的な加筆がなされてる...

 あれから3回目の「311」が訪れ、4年目が始まっています。それと前後して、印象的な本が何冊か文庫に落ちてきていたので、再読がてら何回かに分けて。個人的にハードカバーから文庫に来る際一番嬉しく思うのが“+α”の要素があることです。特にノンフィクション系は後日談的な加筆がなされてることも多く、こちらもそんな“オマケ”がありました。  東北に根差した地元新聞・河北新報の、震災の日々を綴ったルポルタージュ、ハードカバー版と図書館で出会ったのですが、当時、何かに急き立てられるように読み進めたのを覚えています。  徹頭徹尾「被災者に寄り添う新聞」であることを貫きながら、様々な視点での多重的な現地の取材状況が丹念に、当事者としての視点からも積み重ねられていて、重く心に響いてきます。  焼け跡が存在しない“焼野原”  何も無いところから立ち上る“生の臭気”  空撮カメラマンの“後悔”  福島配属であった記者の“懊悩”  一つ一つの“出来事”が全て、圧倒的な現実として、迫ってきます。決して正解を一つに集約することのできない“現実”として。情報を伝えるという事、事実を伝えるという事は、ジャーナリズムの本質なのだと、そんなことをあらためて。  “われわれは皆被災者だ。誰かを責めることはするな。”  ただ単に記事を書くだけが新聞の仕事ではない、情報を可能な限りに正確に伝えることが公益なのだ、と。そして、30年前の教訓を伝えきれなかったのではないかとの忸怩たる思いと、次の30年後に備えるために伝えていくとの、との覚悟の模索が、痛いくらいに伝わってきました。  ん、伝えていく使命と責任は報道機関だけに背負わせていいものではないのだろうと、「自助、共助、公助」との言葉を思い出しながら、考えさせられた、そんな一冊です。

Posted byブクログ

2014/03/23

近年、新聞社をとりまく環境はとかく厳しい。ジャーナリズムが劣化したとの声が聞かれ、じっさい、販売部数の減少には歯止めがかかっていない。しかし、いざとなったときに頼れるのは、やはり新聞なのではないか。本作を読んで、その想いをいっそう強くした。まず、新聞社自身が被災者なのである。被災...

近年、新聞社をとりまく環境はとかく厳しい。ジャーナリズムが劣化したとの声が聞かれ、じっさい、販売部数の減少には歯止めがかかっていない。しかし、いざとなったときに頼れるのは、やはり新聞なのではないか。本作を読んで、その想いをいっそう強くした。まず、新聞社自身が被災者なのである。被災者の心に真に響いてくる紙面をつくることができるのは、被災した当事者をおいてほかにいないであろう。しかし、そのような新聞を製作することは、非常に困難な作業でもある。本作で語られるエピソードの数数は、これまであまり想像したことがなかったが、なるほどたしかに大変なことばかりである。たとえば、東日本大震災においては、広範囲・長期間にわたってライフラインが寸断されている。それは新聞社にとってももちろん例外ではなく、予備電源こそ持ち合わせているが、近年の原稿製作における基本トゥールであるパソコンすら、満足に使うことはできない。さらに、記者たちの食事をどうするかという問題もある。そのようなことには考えが到らなかったので、驚きであったが、こういうことまで想定しておかなければ、緊急時の報道はなかなかうまくゆかないということだろう。原発の報道など、震災時に批判を浴びた報道も多かったが、その裏側では血の滲むような努力が続けられており、じっさい私自身も、情報が錯綜するなか、新聞で秩序だった情報が入手できたことは非常にありがたかった。製作者には、改めて頭の下がる思いがする。今後新聞の未来がどういったものになるのかまったく見当がつかないが、本作で描かれたような熱い情熱をもった記者たちの存在だけは、いつまでもありつづけてほしいと願う。

Posted byブクログ

2014/03/18

「河北」という名称に、そんな信念がこもっていたとは。 震災下の未曾有の状況で、休むことなく取材活動を行い新聞を発行し続ける誇りと葛藤。 ヘリでの取材中に救助を求める被災者を発見したものの、何もできない無力感に苛まれる記者たち。 先日読んだ石巻日日新聞の本では、休むことなく「...

「河北」という名称に、そんな信念がこもっていたとは。 震災下の未曾有の状況で、休むことなく取材活動を行い新聞を発行し続ける誇りと葛藤。 ヘリでの取材中に救助を求める被災者を発見したものの、何もできない無力感に苛まれる記者たち。 先日読んだ石巻日日新聞の本では、休むことなく「印刷した」新聞の発行を続けている河北新報(だったと思う)をうらやむシーンがあったが、その裏では途方もない苦労と人々の強い協力体制があったことがわかる。 また、地域密着の地方紙であるという矜持も。 新聞というメディアの底力を改めて認識した次第です。

Posted byブクログ

2014/03/11

いまだ被災地のや被災者の心に深い爪あとを残し続ける東日本大震災。本書は地元紙であるは河北新報社が『その日』からどのようにして新聞を作成し、輸送し、読者のもとに新聞を配達したのか?そのクロニクルです。 この本は甚大な被害を日本にもたらした東日本大震災。地元紙である河北新報がいかに...

いまだ被災地のや被災者の心に深い爪あとを残し続ける東日本大震災。本書は地元紙であるは河北新報社が『その日』からどのようにして新聞を作成し、輸送し、読者のもとに新聞を配達したのか?そのクロニクルです。 この本は甚大な被害を日本にもたらした東日本大震災。地元紙である河北新報がいかにして震災のさなか、取材をし、被災している人たちへ新聞を届けたか、という彼らの手による手記であります。 いまだに復興が進まないさまに苛立ちを覚えることと、あの惨禍の中で新聞社の社員としての機能を果たそうとする記者や、倒壊したシステムを復興するスタッフ。出来上がった新聞を、瓦礫が散乱してしてまともに走れない道路の状態である中、販売店に新聞を届けたトラックの運転手。さらには地震やその後に発生した津波で店主が殉職したり、もしくは販売店そのものが流されてなくなっていたりというこれまた尋常ではない状況の中、全社、さらにはグループ企業一丸となって、新聞を発行するという気概が文章の中からにじみ出てくるかのようでした。 しかし、この本を読み進めて、自分の地元、郷土に対する愛着のなさ、というのも浮き彫りになってきて、被災した方には本当に心から哀悼の意を捧げますが、いざ自分の身にこのような災害が降りかかってきて、それでも 『ここにいたい、これからもこの場所で自分は生きていくんだ』 もしくは 『何が何でもここの復興に全力を尽くすんだ』 という気持ちになれるか?という問いを自らの裡に語りかけても自信を持って 『いうまでもない、もちろんだ!』 と言えない自分がいるんだな、ということがわかりました。 だからこそ、東北の各地で被災した方々の 『それでも自分たちはここで生きていくんだ』 とある種の『覚悟』をもって生きる彼らの姿を雑誌や新聞、テレビやインターネットの動画サイトで見るにつけ、こういうものは残念ながら自分にはないものなんだということを思い知らされるとともに、 『地元紙として被災者に寄り添っていく』 という河北新聞社の取材に対する姿勢と、それを後方支援で支えたスタッフ。読者へ新聞を届けるんだという職業意識の高さには非常に胸を打たれました。 おそらく、自分だったら確実に他のところに逃げているでしょう。それこそ、何もかもなげうって。そして二度と後ろは振り返ることはないのであろうと思います。たぶん、この文章は見る人によっては反感を覚えたりするでしょう。僕もこれに関しては反発を受けることを覚悟の上でしたためておりますがそれが自分の本音の部分であるのであえてこれを公にすることにします。 ですが、今だから、今だからこそ彼らの記録は胸にとどめておきたいと切に思っております。それは僕の偽らざる本音です。

Posted byブクログ