昨日までの世界(下) の商品レビュー
人類600万年の歴史からすると、定住して農耕を始めたのは僅か約1万年前に過ぎない。人類がそのほとんどの時間(約599万年!)をすごした狩猟採集時代、すなわち「昨日までの世界」。 この「昨日までの世界」について、戦争、子育て、危険への対処、言語、宗教、健康などに焦点を当て、現代社会...
人類600万年の歴史からすると、定住して農耕を始めたのは僅か約1万年前に過ぎない。人類がそのほとんどの時間(約599万年!)をすごした狩猟採集時代、すなわち「昨日までの世界」。 この「昨日までの世界」について、戦争、子育て、危険への対処、言語、宗教、健康などに焦点を当て、現代社会に示唆を与えるものについて考察している。 著者が研究の第一線で活躍していた頃は、まだ世界の各地 (アフリカ、南米アマゾン、アラスカ、パプアニューギニア等)で狩猟採集生活を営んでいる人々がいた。特に私が驚いたのは、1960年代あたりはパプアニューギニアで約100万人が狩猟採集生活を営んでいたということ。著者は主にこれらの人々を対象に「昨日までの世界」について考察している。 印象的なのは、「積極的なパラノイア」。著者の友人であるパプアニューギニア人は、大きな木の下では眠らない。何故なら突然大木が折れて下敷きになるかもしれないから。こうした姿勢は、現代でも自動車運転やアルコールの摂取、風呂場での転倒に気を付けることなどに応用できる。用心すべきことについて用心することは、いくら用心してもそれが誇大になることはないという教訓を得ることができるという。次に健康。1980年代に行われた国際的な疫学調査では、ブラジルのアマゾンに住むヤノマミ族(世界で最も塩分摂取量が少ない集団だそうである)は平均の最高血圧が96、最低血圧61という驚くべきものであったという。果物、ナッツ類、低脂肪の肉、生野菜などを取り入れた食事は、やはり健康の増進に寄与するという。 現代社会は、こうした「昨日までの世界」にあったものを失ってしまった一方で、これまでになかった安全や公衆衛生による長寿などの恩恵も受けているという。人類の歩みの遠大さに、改めて思いを致すことができる一冊。
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下巻では、伝統的社会における危険の考え方、生活する上で避けては通れない、思想における宗教や言語、病気などの健康が語られる。 危険については確かに社会が違えば危険も違う。我々は交通事故を軽視しているのだろうか。あるいはマスコミの煽る非日常の危険ばかりを気にしているのだろうか。 宗教...
下巻では、伝統的社会における危険の考え方、生活する上で避けては通れない、思想における宗教や言語、病気などの健康が語られる。 危険については確かに社会が違えば危険も違う。我々は交通事故を軽視しているのだろうか。あるいはマスコミの煽る非日常の危険ばかりを気にしているのだろうか。 宗教や言語は少数派は淘汰されるのだろうが、歴史的価値としては残す活動をすべきと感じた。 健康はまさに飢餓に対する遺伝子の皮肉。便利になれば何かを失う。 伝統的社会から学べる事はたくさんある。建設的パラノイア、これは気にしていきたい。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
下巻読み終わりました。 個人的には、下巻の方が上巻より面白かった。 危険な事への対応と宗教や健康について、小規模社会と現代の西洋社会の違いについて説明しています。 面白かったのは危険に対する建設的パラノイアと健康について。 建設的パラノイアとは、ニューギニア人が、さほど危険では無い事について、被害妄想なくらいに心配するという行動から付けた作者の造語です。 作者がニューギニア人と森に出かけ、野宿をするとき、大木の下で寝ようかと持ちかけたところ、木が倒れて死ぬかもしれないので、絶対に嫌だ、と断られたという。ニューギニア人は一年に100日、40年で4000日くらい野営をする。たとえ、1000回に1回しか起こらない事でも、彼らの生活からすると10年以内に死んでしまう確率になってしまう。なので、細心の注意を払うことは理にかなっている、ということだ。 普段、私たちはスピードを出している車のすぐ脇を歩いていたりする。でも、さほど危険を感じていないことが多い。このケースでの事故の確率が10000分の1でも、一生で10000回くらい車の脇を通ることがあれば、1回は事故になる計算になる。であれば、そうした状況では細心の注意を払うことが理にかなっているのだ。 もう一つ、印象に残ったのは健康に対すること。西洋化する前のニューギニアの人たちは現代病として悪名高い高血圧や糖尿病の人が極端に少なかったのだ。当時のニューギニア人は現代の西洋社会での生活とは異なり、塩分も糖分も少ししか摂取していなく、朝から晩まで生活のために身体を動かす生活をしていた。私たちの身体は現代においても、このような暮らしに適したつくりになっているようだ。だから、急激に西洋化した発展途上国であった国の人々(インドとか)が、現代病に罹る割合はひどく大きくなっているらしい。 これは、衝撃的でした。そういうことか、と妙に納得しました。全部が全部、本当の事なのかは分からないので、鵜呑みにしてはいけないのかもしれませんが。 生活を改めるきっかけとなりました。
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先史時代の社会を知ることで現代の社会を知る。個人的な参考になる話しも多かった。 「なのである」を多用する和訳に違和感を感じた
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伝統的社会(昨日までの世界)から今日の我々が学ぶべきことが、筆者の経験とさまざまな学問分野の成果を融合させ、数多くの事例を持って語られる。その説得力に驚かされる。
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「昨日までの世界—文明の源流と人類の未来(下)」(ジャレド・ダイアモンド:倉骨 彰 訳)を読んだ。ただ単に『伝統的社会—昨日までの世界』を美化するのではなく、今日の社会の抱える諸問題を解決するために学ぶべきところだけを学ぶべきであるという至極真っ当な趣旨でござった。読みやすいな。...
「昨日までの世界—文明の源流と人類の未来(下)」(ジャレド・ダイアモンド:倉骨 彰 訳)を読んだ。ただ単に『伝統的社会—昨日までの世界』を美化するのではなく、今日の社会の抱える諸問題を解決するために学ぶべきところだけを学ぶべきであるという至極真っ当な趣旨でござった。読みやすいな。 私のつい『昨日までの世界』にはPCもケータイも無く当然メールもLINEも無くて、通信手段といえば手紙か固定電話だけという状況だったので、女の子の家に電話するときには(誰が出るのかわからないものだからで)たまらなく緊張したものである。
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下巻では、危機の対応、宗教、言語、健康について伝統社会から現代社会への教訓を述べている。下巻で特に違和感を感じたのは、彼にとって、現代社会=アメリカ社会を前提としていることであった。言語については多言語での教育を説いているが、大体数の日本人には不可能だし、健康についても、栄養過多...
下巻では、危機の対応、宗教、言語、健康について伝統社会から現代社会への教訓を述べている。下巻で特に違和感を感じたのは、彼にとって、現代社会=アメリカ社会を前提としていることであった。言語については多言語での教育を説いているが、大体数の日本人には不可能だし、健康についても、栄養過多を問題にしているが、多くの日本人にはさぼど深刻なように思えなかった。他にも高齢者の尊重や乳幼児教育もあまり納得できず、個人的経験を無理に敷衍しているようで、論が雑に感じた。
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201703/ 小作農たちの戦略は「全部の卵をひとつのかごに入れてはならない」という、リスク回避の教訓に沿った戦略ともいえる/ 時間平均の投資収益が低くなろうとも、年間収益が生活維持に必要なレベルをつねに上回るような投資をしなければならない/ 人間の脳は、自然選択による進化...
201703/ 小作農たちの戦略は「全部の卵をひとつのかごに入れてはならない」という、リスク回避の教訓に沿った戦略ともいえる/ 時間平均の投資収益が低くなろうとも、年間収益が生活維持に必要なレベルをつねに上回るような投資をしなければならない/ 人間の脳は、自然選択による進化の結果、些細な手がかりから最大限の情報を引き出せるように進化し、推論の誤謬が頻繁に起こりうることが不可避だとしても、その情報を言語を介して正確に伝えることができるようになっているのである。/ 詩篇を唱えるという行為は、自分が無力であるという不安に心を奪われて何かばかげたことをしでかし、自分をさらなる危険にさらすというリスクを減じることができている。その意味において、詩篇を唱えた人に現実に利益をもたらしたのである。人間というものは、実際に恐怖を感じる場面に直面したときに自身の不安を自分でコントロールできなければ、軽率な行動に走りかねず、それにより、問題をなおいっそう増幅してしまいかねない。これは、自分でコントロールできない危険な状況に直面したことがある人であれば、だれもが身に覚えのあることである/
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「銃・病原菌・鉄」で著名な生物学者が、研究のために定期的に訪れるニューギニアでの生活をもとに、伝統的社会と工業化社会との広範囲かつ詳細な比較を通して、現代社会が抱える課題と解決策を提示した大作。 著者は、我々が常識として受け容れている文化や生活様式が、実は人類の長い歴史から...
「銃・病原菌・鉄」で著名な生物学者が、研究のために定期的に訪れるニューギニアでの生活をもとに、伝統的社会と工業化社会との広範囲かつ詳細な比較を通して、現代社会が抱える課題と解決策を提示した大作。 著者は、我々が常識として受け容れている文化や生活様式が、実は人類の長い歴史からすれば「つい最近」作られたものであり、 人類が圧倒的に長い時間を過ごしてきた「昨日までの世界」における人間関係、紛争解決、リスク回避、宗教、子育て、高齢者対策の中に、「今日の世界」が物質的豊かさと引き換えに抱えた新たな社会問題を解決するためのヒントがあると主張する。 ともすれば産業化が遅れた「未開の地」として片付けられがちな伝統的社会に光を当てつつ、それらを手放しで賞賛するような単なる懐古主義に終わらない点は、著者の非常に幅広く学際的な研究領域によるところが大きいと思われる。やや冗長な表現も多いが、時空を超えて視野を広げることができるスケールの大きな作品。
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