失われた時を求めて(3) の商品レビュー
スワンは、オデットに恋心を抱き頻繁に逢うようになる。 やがて、スワンは、オデットの言動に疑いを持ち、強い嫉妬に駆られる。 だが、幸福な時は短い。 スワンの中にもう一つの疑念が生まれ、追うほどに彼の前にオデットの新たな相貌が現れる。 この辺りのプルーストのメスさばきは、氷のようだ。...
スワンは、オデットに恋心を抱き頻繁に逢うようになる。 やがて、スワンは、オデットの言動に疑いを持ち、強い嫉妬に駆られる。 だが、幸福な時は短い。 スワンの中にもう一つの疑念が生まれ、追うほどに彼の前にオデットの新たな相貌が現れる。 この辺りのプルーストのメスさばきは、氷のようだ。/ スワンの孤独な横顔に惹かれる。 彼は、田舎娘を貴婦人と見間違うドン・キホーテのようだ。 彼がオデットの中に見ていたボッティチェリのチッポラは、跡形もなく打ち砕かれる。 やがて、スワンにも結晶解体の時が訪れる。/ 彼はまた、自らの意見を昂然と口にするがゆえに、ヴェルデュラン夫人の不興を買い、サロンから追われる。 だが、住み慣れた社交界も、彼にとっては、もはや異邦の地なのだ。/ 『しかし、スワンのことが気にくわないと発言したヴェルデュラン氏はそのとき、自分の意見を表明しただけではなく、妻の考えも見抜いていたのだ。 —中略— だが、もっと深い理由がほかにあった。スワンのうちには他人が入っていけない固有の空間があることに夫妻はすぐに気がついたのである、そこではスワンは相変わらず、口に出さないまでも、内心では、たとえばサガン大公夫人は粗野ではないし、コタールのジョークは面白くないと言い続けていることに。 そして、 —中略— そんなスワンに教義を押しつけたり、全面的に改宗させたりするのが不可能だということにー —中略ー されど異端抛棄の誓いをスワンから引き出すことはできない。それを夫妻は理解していた。』(第二部「スワンの恋」) 空気を読まないスワンには、孤立への道しか残されていない。/ 『スワンの想念は初めて、かのヴァントゥイユー同じように大いに苦しんだに違いない、卓越した能力に恵まれた未知の同志へと向かってゆき、深甚なる同情と愛情が澎湃として湧き上がるのを感じた。彼はどんな人生を送ったのだろう。どんな苦悩の底からこの神のごとき力、限りない創造力を汲み取ったのだろうか。 ー中略— 小楽節が模倣し、再創造しようとしたのは、内面の悲しみが放つ魅力だった。』/ 『吉田秀和がいみじくも指摘しているように、(略)プルーストを読むとは、畢竟、私たち自身の経験や過去を読み直すことでもある。』(「読書ガイド」)/ 確かに、プルーストを読んでいると、自分の人生のいろいろな場面が走馬灯のように甦ってくる。 怖ろしいほどに。 この物語が何回もの再読に耐える所以だろう。
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第二篇の上巻は光文社で。 今まで自分にぴったりの訳を追い求めてちくま文庫、岩波文庫、集英社文庫…と色々読んできたけれどやっぱり古典新訳に関してはさすが安心と信頼の光文社、読みやすかった。 個人的な読みやすさ指標としては、 集英社>光文社>岩波>>>&...
第二篇の上巻は光文社で。 今まで自分にぴったりの訳を追い求めてちくま文庫、岩波文庫、集英社文庫…と色々読んできたけれどやっぱり古典新訳に関してはさすが安心と信頼の光文社、読みやすかった。 個人的な読みやすさ指標としては、 集英社>光文社>岩波>>>>ちくまという感じかな。(左に行くほど読みやすい) そんなことは置いといて、相変わらず主人公のジルベルト愛が溢れてたなあ。 と同時にちょいちょい挟まれる芸術への批評も読んでいて面白かった。
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スワンも語り手である私もすごく一方的な自分勝手な片思いしてる印象を受けたけど、スワンのがまだなんとなく読んでて楽しかった。どっちもなよなよしてたけど。それに語り手はジルベルトのことを好きなはずなのにオデットに魅了されすぎじゃない。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
語り手の初恋、スワンの娘・ジルベルトとの恋についてあれこれと語り手が考えを巡らせるが、ジルベルト自身の印象は薄く、スワン一家、特に第一部のタイトル「スワン夫人のまわりで」が最初から最後まで通底している印象の第3巻。 ジルベルトは語り手の中のこうあってほしいと思う理想のジルベルトが描かれ、スワン夫人(オデット)については、服装、趣味、会話が事細かに描かれている。 話の筋としては単純なのに、その情景も空気も心情も丸ごと作品に閉じ込められている。 流麗な文体の中に語り手の若さが出ていて(憧れの作家に会いその風貌に落胆したり、相続した壺を売って「毎日ジルベルトに花を贈ることができる」とウキウキする)クスっとしたり、うろたえたりしました。恋は怖い。 スワン夫人と女性たちのサロンでの会話もぞわぞわします。上流階級に生きるというのは心が休まらなさそう。 注釈が丁寧で助かっています。これがなかったら私には手の届かない作品です(;´∀`) 巻末の「読書ガイド」のユゼフ・チャプスキ『精神の荒廃に抗するプルースト』やココット(高級娼婦)の詳細な説明、馴化園(ジャルダン・ダクリマタシヨン)の説明も興味深いものでした。
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恋についてプルーストの触れ方は私にとって異質で興味深い。ジルベルト、アルベルチーヌの2人への思いが違ってみえる。恋をなくしても、悲愴ではない。プルーストの紡ぎだす連綿とした、章立てしてない文は読みにくくもあるが、「私」の語りは慣れてくると心地いい。 私も若いころ「乙女たち」とひと...
恋についてプルーストの触れ方は私にとって異質で興味深い。ジルベルト、アルベルチーヌの2人への思いが違ってみえる。恋をなくしても、悲愴ではない。プルーストの紡ぎだす連綿とした、章立てしてない文は読みにくくもあるが、「私」の語りは慣れてくると心地いい。 私も若いころ「乙女たち」とひとときを会話したり、散歩して過ごしたかった。 また絵画、訳者撮影の建築物、ネットへの参照など、とても親切で多くの注は読書をより深く楽しめた。
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読み始めは、「かなり読みやすくなってきたかも♪」と思ったのに結局すごい時間かかってしまった…社交界のなんちゃらとか当時の文化とかこの本を楽しむポイントはたくさんあるんだろうけど、スワンの恋からの流れで、やっぱり恋って病気なんだなぁ(´・_・`)と思う一冊でした…
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「源氏物語」と「失われた時を求めて」は誰の翻訳でもこれくらい面白い本は無いから、次々に目を晒すのだが、いずれも翻訳によってその文学世界が完全に異なってしまうので、面白いというより恐ろしい。だから本当の読書とは、やはり原書・原文に直接当たるべきなのだろう。 実際に今までにそうして...
「源氏物語」と「失われた時を求めて」は誰の翻訳でもこれくらい面白い本は無いから、次々に目を晒すのだが、いずれも翻訳によってその文学世界が完全に異なってしまうので、面白いというより恐ろしい。だから本当の読書とは、やはり原書・原文に直接当たるべきなのだろう。 実際に今までにそうしてみたこともあったが、源氏よりもよく頭に入ったのはプルーストで、この重層的複合文てんこもりの牛のよだれのような羊腸の小径を辞書を頼りにおぼつかなく分け入る辛気臭い作業は、しかし微分積分的読解の快楽というものを与えてくれたのである。 かというて文庫本で10数冊に及ぶこの膨大な著作をそのまま読み切る自信はまるでないから、次々に出版される翻訳につい手が伸びるのであるが、最初に触れたように翻訳のテーストはこんにゃく同様十人十色であるから、いろいろ読み比べて自分の感覚に合致したものと仲良く付き合えばよろしいかな、と思うのである。 光文社から出ている高遠訳は今回がはじめてであるが、語学的に正確であろうと努めるあまり、井上訳で成功していたプルーストの独特の文学的香気がまったく感じられない点に不満を覚えた。こういう文章なら別にプルーストでなく、ジッドでもアナトール・フランスでもおんなじことではなかろうか。 全体のトーンとしては岩波の吉川訳に似た現代文の平明さを基調にしているのだが、訳者としては完全にその調子になり切っては困ると考えたのか、ときおり「されど」といういささか古めかしい接続詞を節目節目で投入する。 「されど」は私も嫌いではない言葉であるが、3ページに1回の割合でそれが繰り返されては迷惑千万。さながら平成のビジネスレターに明治の候文が闖入してくるような違和感が付きまとい、今度はいつ出てくるのだろうと比叡山のお化けの出現に身構えてしまうようになり、とても主人公とオデットの娘ジルベルトの恋物語の透徹した心理分析に身を委ねるどころの騒ぎではなかった。 今宵また我が家のチャイムを鳴らすのはおそらく風の又三郎ならむ 蝶人
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ジルベルトへの恋とスワン婦人へのあこがれ。かつてのスワンの恋、まだ会わぬアルベルチーヌ。あらゆるモチーフがヴァントゥイユのソナタと響きあう…とにかく見事な小説。
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ただひたすらに細部を追い求めて行くと豊かな世界が広がる。ナボコフの言う『小説の細部』を堪能するにはうってつけの1冊。 現在、2社から刊行中なので、岩波版と古典新訳文庫版を交互に楽しめるのも嬉しい。
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