1Q84 BOOK 3(後編) の商品レビュー
以前読んだ時には(10年以上前)さっぱりわからなかったこの小説、今回は素直に楽しんて読めました。 宗教2世のことが描いてあると思ったいう文章を見かけて読んでみたのですが、まさにその通りでした。さらには、いろいろな社会問題が散りばめられていてすごいと思いました。 細かくみていくと豊...
以前読んだ時には(10年以上前)さっぱりわからなかったこの小説、今回は素直に楽しんて読めました。 宗教2世のことが描いてあると思ったいう文章を見かけて読んでみたのですが、まさにその通りでした。さらには、いろいろな社会問題が散りばめられていてすごいと思いました。 細かくみていくと豊富な楽しみがはさみこまれていました。
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(青豆)(天吾) すべり台にて再会を果たす 首都高の非常階段を登ると、元の一つの月の世界に そのままホテルにて念願の行為を果たす 戻ったのは本当に元の世界なのか? どんな世界であろうと、青豆と天吾で様々な困難を乗り越えることを決意 (牛河) 月が二つあることに気づく 知りすぎたためにタマルに殺される 空気さなぎとなる
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村上春樹の小説を初めて読み終えたけど、天吾も青豆も別々の建物の303号室に偶然住んでいて、今わたしも303号室に住んでるので、この本をまず手に取って正解だった気が(勝手に)した リトル・ピープルは謎のままだったけど、天吾と青豆に希望のある結末が訪れて読後感は爽快だった! ところで、女性の胸の形と大きさの話が最後の最後まで出てくるのは何? せっかくハルキワールドに浸ってるのにやめてください(;_;) This was my first time finishing a Haruki Murakami novel, and since both Tengo and Aomame happened to live in Room 303 of separate buildings—and I’m living in Room 303 right now—I couldn’t help but feel (on my own whim) that picking up this book first was the right choice! :) The Little People remained a mystery to the end, but Tengo and Aomame got a hopeful resolution, leaving me with a refreshing aftertaste! By the way, what’s up with the talk of women’s breast shapes and sizes popping up right until the very last page? I was finally immersed in the Haruki world, so please stop!
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1Q84の世界から手を取り合って元の世界に戻っていく青豆と天吾。 高揚感と幸福感ともに物語が締めくくられる。 が、それは本当に「元の世界」なのか。 タマルに「処理」されてしまった牛河の遺体に、新たな「空気さなぎ」が作られる。 青豆のお腹にいる新しい命は天吾の子と青豆は信じ切って...
1Q84の世界から手を取り合って元の世界に戻っていく青豆と天吾。 高揚感と幸福感ともに物語が締めくくられる。 が、それは本当に「元の世界」なのか。 タマルに「処理」されてしまった牛河の遺体に、新たな「空気さなぎ」が作られる。 青豆のお腹にいる新しい命は天吾の子と青豆は信じ切っているが、それは新たな「ドウタ」であり、青豆が「マザ」となる別の「1Q84」に似た世界なのではないか。 あれほど際立った存在感のあったふかえりは、物語からも「さきがけ」からも、役割を終えた人間として、あっさりと姿を消してしまう。 亡くなる数か月前から昏睡状態になっていた天吾の「父」(そういえば、この物語では「父」が二人死ぬ)は、ときどき覚醒して何か通信しているようだったと看護師の証言があった。 これは、青豆や牛河の部屋の扉をたたき続けたNHKの集金人が彼だったのではないかと読みたくなってくるが。 (どうでもいいことだが、この集金人の造形は、現実のNHKの集金業務をしている人からすると心外だろうなあ…) 「お前は何者でもない」という言葉を残して父が死ぬことで、天吾は天吾で青豆以外との世界との関係を失っていくようにも見える。 青豆、天吾、そして生まれてくる子は、リトルピープルの世界の「聖家族」なのだろうか。
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長かった。 この作品は苦手。描写が露骨だし暴力的だし、登場人物みんな不幸すぎる。 世界の枠組みは好きだけど、それに至る方法、描写が嫌いすぎる。 私たちが気づかないうちに、世界がレールを切り替えて別世界に入り込んでしまっているのかもしれない。本筋からズレるが、私が毎日世界のレールを...
長かった。 この作品は苦手。描写が露骨だし暴力的だし、登場人物みんな不幸すぎる。 世界の枠組みは好きだけど、それに至る方法、描写が嫌いすぎる。 私たちが気づかないうちに、世界がレールを切り替えて別世界に入り込んでしまっているのかもしれない。本筋からズレるが、私が毎日世界のレールを切り替えているつもりで生きていきたい。 村上春樹は世界を作るのが上手いのはすごいと思う。私も世界を作ってみたい。 天吾くんが村上春樹作品の中で一番まともな気がした。一番天吾くんが好きだと言ったら、村上春樹読む男の人は天吾くんとは似ても似つかない人しかいないから、男の人はそれに共感できないと思うよ、って言われた。確かに天吾くんが本好きなのは意外だもんね、 そういえば青豆さんの途中でコメディ全振りみたいになったところはどうしたんだろう。それで釣り合い取れると思ったんだろうか。 というか、この本は最後見直して書き直したりしたのだろうか。明らかに一筆書き感がすごい。 しばらく村上春樹はお休みしようかな。羊をめぐる冒険、買っちゃったんだよなあ。1Q84、挫折しそうになったけど、最後まで読み切ったの頑張ったと思う。
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感想を書くには時間が経ちすぎている気もするが、、 青豆の話が読みたい時期と天吾の話が読みたい時期がまばらに来る感じが海辺のカフカと似ている ふかえりの美しさの描写はダンス・ダンス・ダンスのユキと似ていて好き さきがけの存在が突然シリアスな雰囲気を醸し出していて良い
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あっけない最後 でもとても楽しく読むことができたので◎ 幹線道路の非常階段を探す、 高架下の工事現場のようなところをキョロキョロみてしまう妙な癖がついてしまった
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村上春樹の作品を最新作から遡って過去作品まで、代表的なものは抜かさずに読んできたけれど、この本はなかでも幻想的で起承転結がある作品だった。 フィクションっていうのかな、、、良い悪い、面白い面白くないは別として、こんなにファンタジー味が強いのは今作が初めてだったかも。 私的村上...
村上春樹の作品を最新作から遡って過去作品まで、代表的なものは抜かさずに読んできたけれど、この本はなかでも幻想的で起承転結がある作品だった。 フィクションっていうのかな、、、良い悪い、面白い面白くないは別として、こんなにファンタジー味が強いのは今作が初めてだったかも。 私的村上春樹の良さって、彼の確固たる世界観なんだけど、だからとのキャラにも似たような言い回しとかあってもむしろ大歓迎なんだけど、今回に限っては「いやーその台詞はこの状況で言うかな」「この心理状態になるか…?」という、物語で勝負したからこその抵抗があった。 なんていうんだろ、もちろん既存の散りばめられた名言や美しい文体とかはそのままなんだけど、物語としての流れがある分そこに逆流としての抵抗が生じたというか。 だからあんまり好きになれなかったなー あとはやっぱり女性主人公の性描写が共感できなさすぎて、例えばノルウェイの森みたいに、あくまでも男目線での理想像を描くとかなら良いんだけど、物語として女主人公目線でがっつりああだとなんか、うーん、、ってなったな。ふかえりの役割とか特に。 まあ、総じて村上春樹節は効いててボリューミーでした。6冊は長かったけど、、笑
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天吾はその光の中に足を踏み入れ、ほっと一息つくことができた。 そこにはもう死者の気配はなかった。 それは生きている人々のための世界だった。 たとえ、それがどれほど不確実で不完全な代物であれ。 この一節が、読後もずっと胸の奥に残っている。 物語の中でふたりがようやくたどり着いたのは、 1Q84でも1984でもない――おそらく“第3の世界”。 完全ではないけれど、ふたりが出会うために必要だった場所。 その世界が良い場所なのかはわからない。 けれど、たぶん、どちらの世界にも留まっていたら、 天吾と青豆は巡り会えなかった。 「不完全で不確実で、それでも光のある、生きている人のための世界」。 そう思うと、ほんの少し、心が安らぐ。 この物語を読み終えたあと、私は何度も夜空を見上げて、 月が一つだけ浮かんでいることを確かめた。 あちらではなく、たぶんここが私の世界。 不完全で、不確実で、それでも。 生きている人のための世界。
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かなり前巻から時間がかかってしまった。 正確に2週間ほど読み終えるまでに時間を要した。 前巻では、世界の秩序やルールは無作為に且つ無慈悲に僕たちに襲いかかる。 それは自分がルールの蚊帳の外にいるというある種現代人じみたデタッチメント的思考である。 自分はルールの外にいるつもりだ...
かなり前巻から時間がかかってしまった。 正確に2週間ほど読み終えるまでに時間を要した。 前巻では、世界の秩序やルールは無作為に且つ無慈悲に僕たちに襲いかかる。 それは自分がルールの蚊帳の外にいるというある種現代人じみたデタッチメント的思考である。 自分はルールの外にいるつもりだが、ルールから逃れることは出来ずそれが牙を向いた時にそれを自覚する。当人はゴーストライターや殺人を犯しておりよりルールと結びついた人間でありながら。 しかし、よく良く考得てみると、生まれた時から彼らはルールの中にいるのだ。 家庭であるとか学校であるとか、はたまた公園である。 そんな混在する個人のルールに自分自身が染まっていることに気づき、それを解きに行くのが5巻である。 天吾は父親を紐解き、母親の存在を受け入れ(それは解釈である)父と和解する。 青豆は自分の中に祈りやそれに近い何かが存在しており、それは家族で信仰していたある者をさす神という言葉ではなく、自分の中にただ存在している神である。 しかし、それらは解釈に過ぎない。 牛河が自分が醜い存在であると、自分を自分のルールで縛っている。 それは過去の幸せを家族の幸せを否定してしまうほどに彼を絞り取りそして腐らせてしまう。 まるで油を敷かずにフライパンで炒めるように。 それ自身の油はそれを上手く炒め上品に味付けする。 そんなふうに誰もが、外部、内部、個人のルールに則って生きている。 だからこそ、自分でルールを獲得しようと試みるのが本巻である。 新たに生まれた生命体(2人の子供)はその世界の無秩序なルールに晒されそうになる。 信仰団体さきがけに搾取されそうになる。 だからこそ彼らは自力で世界を変えるしかないのである。 個人や何かを縛り矯正してしまうそれは個人の血のにじむ精神力でしか変化させることが出来ないのだ。 天吾はそれを解釈し、青豆は夢想した。 それぞれがそれぞれの形で何かを見出し変子を求めたのである。 それが出来ないものは死んでしまう。 青豆の旧友、ポリスの友達、タマルが世話を任された人形造りの背が低い偏狭な男、そして牛河。 彼らはみなルールに溺れていきそして何かを見出し解釈を受け入れそして朽ちていったのである。 だからこそ、それに抗い…つまりは絶対に出会うことの出来なかった彼らは出会うことが出来た、彼らは世界を少し形作ることが出来たのだ。 そこにどんなルールが待っているかは知らないが。 そんなことを描いた本作であった。 いや、1ヶ月と半月がかかった。読み終わるのに。 楽しい日々だった。解釈、というか見方が固定されていく実感がありある種、この道を辿ってきただけのように思える。 解釈をする事こそが、つまり自分にとって融通の聞く解釈をして体系性を流し込むことこそが読書のように思えた作品であった。 村上春樹は、わかった気になっているということは何も分かっていないということと、言う。 それは正しく今の私の状況を指すのだろう。 与えられた100ではなく、与えられた50と生み出した50によって物語を作った実感がある。 素晴らしい小説である。 ちなみに、空気サナギ、リトルピープル。 彼らは何者なのか。あるいは何を表す現象なのか。 メタファーなのか。 私は死者が生まれた時に生まれる新たなルールであるとも、思う。 老羊が死に、教祖が死に、父が死に、牛河が死んだ時にサナギは生まれる。 そしてそれはリトルピープルが紡ぐ。 恐らく、いやあるいはそれは、何かのルールによって翻弄された人間が生み出した新たなルールなのだろう。 戦争が生み出した悲しみが戦争を産むように。 きっと死に至らしめる何かは別の形で今の我々に個人に引き継がれてしまっているのだと思う。 それはまだ分からないが。 だからこそ、そんな個人が語るルールや体系的な何かを無秩序に生み出し、それを肥大化した世界をリトルピープル、つまりは我々の中にいる何か個人的な秩序が世界にそれを広げて言っているのかもしれない。 いや、本当に分からないが。
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