語りきれないこと の商品レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
臨床哲学。 それは机上の論理でも理論でもなくて、現場の知恵の哲学的な総体のことだ。 そう私は理解した。 研究・理論と現場との懸け橋。 そういった頭と体の使い方ができる人間になりたいと思った。 私にも語り直しが必要だ。
Posted by
>ガブリエル・マルセルが、「もし人がことばを持たなかったら、じぶんを襲っている感情が喜びなのか悲しみなのか恥ずかしさなのか、そういう区別がつかない」と言っています。悲しみと喜びは正反対のものですが、大泣きした後に涙も涸れて虚脱感・無感覚、アパシーみたいな感じに襲われたときと、試験...
>ガブリエル・マルセルが、「もし人がことばを持たなかったら、じぶんを襲っている感情が喜びなのか悲しみなのか恥ずかしさなのか、そういう区別がつかない」と言っています。悲しみと喜びは正反対のものですが、大泣きした後に涙も涸れて虚脱感・無感覚、アパシーみたいな感じに襲われたときと、試験に受かって大笑いして、大喜びした後、気持ちが白けていって空虚な感覚だけが残ったとき。両極端な空虚の感覚、悲しみの果ての感覚と喜びの果ての感覚とは、ほとんど区別がつかない。 >感情というのは確かに言葉で編まれていて、言葉がなかったら、感情はすべて不定形で区別がつかない。言葉を覚えることで、じぶんがいまいったいどういう感情でいるかを知っていく。語りがきめ細やかになって、より正確なものになるためには、言葉をより繊細に使いわけていかなければならない。心の繊維としての言葉をどれだけ手に入れ、見つけていくかは、とても大事なことです。
Posted by
東日本大震災から1年。映像的な振り返りはまだ見ることができない自分ですが、書物は少し読めるようになりました。この本は、震災後の1年をフェアにまとめ、何が足りないのか、何ができるのかを語りかけてくれました。自分のことをよく知っていくこと、いろいろとあらわになった問題を考え続けていく...
東日本大震災から1年。映像的な振り返りはまだ見ることができない自分ですが、書物は少し読めるようになりました。この本は、震災後の1年をフェアにまとめ、何が足りないのか、何ができるのかを語りかけてくれました。自分のことをよく知っていくこと、いろいろとあらわになった問題を考え続けていくこと、新しい社会のカタチについて考えていくこと、これらをメッセージとして受け取りました。それは奇しくも、僕がこの2年間考えていたことで、勇気づけられました。
Posted by
鷲田さんは、哲学者。 東日本大震災後の1年を振り返って、臨床的な立場で、被災者への思いを語っている。 とても繊細な言葉がつづられていて、一部を切り出して、コメントするのが適切ではないが、全体を通して、被災地、被災民によりそって丁寧に対話を続ける姿勢がはっきりしていて好感...
鷲田さんは、哲学者。 東日本大震災後の1年を振り返って、臨床的な立場で、被災者への思いを語っている。 とても繊細な言葉がつづられていて、一部を切り出して、コメントするのが適切ではないが、全体を通して、被災地、被災民によりそって丁寧に対話を続ける姿勢がはっきりしていて好感が持てるし、自分が無意識に不作法な発言をしていないか、反省させられる。 著者の文章を読みながら考えたこと。 (1)鷲田さんはトランスサイエンスということばを使っているが、全体の科学の進歩の状況、社会経済情勢などをきちんと目配りする能力が、鷲田さんは科学者に求められていると書いている。 むしろ、そういう能力が国家公務員に必要ではないか。みんな、大学で勉強した専門に閉じこもっていないか。それから日々成長しようとしているか、日々視野を拡大しようとしているか、自分を含め、役人に対して問い続けたい。 (2)様々な分野の間でのコミュニケーションの能力が問われている。特に、専門家と住民、専門家と役人、役人と住民、それぞれがわかり合い、尊敬しあって、自由にそしてじっくり話ができる環境をつくらないといけない。そして、コミュニケーションを通じて、なんらかの合意形成をつくっていく技法をちゃんとみにつけないといけない。 (3)原発のこととかイメージしているのだが、大変だけど、やはり政策の判断を逃げずに一人一人の国民がしないといけない。まず、自分が専門家がやっているから大丈夫と思わないで、まてよ、といって勉強しなければいけない。 哲学者の本なので、ここがすごいという情報量があるわけではないが、読んでいる人間に頭の整理を求めるところがすごいなと思う。
Posted by
- 1
- 2