昭和陸軍の軌跡 の商品レビュー
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昭和陸軍の内部でどのような政争があったかである。そのために中国の地図や戦争の実態については詳細はなく、ただ淡々と事実のみ描かれている。陸軍内で、薩長の流れから、それ以外が主流になり、さらに統制派と皇道派の争いから始まり、統制派からの開戦やそこでの反対派の追い落としなど、陸軍が一枚板ではないことを示している。 内容的にはかなり専門的であり、大将の写真はあるものの、学部の学生が読むのは辛いかもしれない。
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「昭和陸軍の軌跡」 https://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51810975.html
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満州事変以降、組織として政治化していく陸軍を「昭和陸軍」と定義し、永田鉄山を中心にした陸軍官僚の動きを追いながら太平洋戦争へ至る過程を明らかにしていく。永田鉄山は皇道派と統制派の対立の中で暗殺されたが、彼の構想は後継者たる武藤、田中らに引き継がれて昭和陸軍の動向を規定していた。 ...
満州事変以降、組織として政治化していく陸軍を「昭和陸軍」と定義し、永田鉄山を中心にした陸軍官僚の動きを追いながら太平洋戦争へ至る過程を明らかにしていく。永田鉄山は皇道派と統制派の対立の中で暗殺されたが、彼の構想は後継者たる武藤、田中らに引き継がれて昭和陸軍の動向を規定していた。 以下気になった記述のメモ 60ページ 満州事変は関東軍に陸軍中央が引っ張られたイメージだが、中央の一夕会系中堅幕僚は関東軍に呼応して陸軍首脳を動かしていたのが実態。 91ページ 対ソ戦略をめぐり一夕会は対立。速やかにソ連侵攻を目指すべきと考える小畑(皇道派)、ソ連侵攻前に未だ調整すべきことが多いので早急な侵攻は控えるべきと考える永田(統制派)。 201ページ 日中戦争は世界戦争に備えて資源を確保するために起こしたもの。日中戦争解決のために太平洋戦争に突入したわけではない。 218ページ 南方から資源を輸入しようとしても、対価となる工業製品を生産し輸出する国力は日本にはない。大東亜共栄圏といいつも、一方的な略奪経済とならざるをえないことを陸軍中央は認識していた。 267ページ 南部仏印進駐に対するアメリカの対日石油全面禁輸は、日本の更なる南方進出の抑制と同時に北方での本格的な対ソ攻撃を阻止するためのものだった。禁輸により資源に余裕が失われた日本は必要性の低い対ソ攻撃を断念するとの見通しに基づく。これにより、ソ連がドイツに敗北し、ドイツのイギリス侵攻を本格化することを防ぐ。アメリカにとって大英帝国の崩壊は安全保障上絶対に回避しなければならなかった。
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永田、石原、武藤、田中の統制派幕僚の戦略構想を軸に、対米開戦へと向かう陸軍の動きを追っている。 巷のイメージのように単なる無定見、好戦的に開戦に突き進んだというよりも、より複雑な経緯を辿って破局を辿っていったことがよくわかる。 彼らは何が見え、何が見えていなかったのか、考えていき...
永田、石原、武藤、田中の統制派幕僚の戦略構想を軸に、対米開戦へと向かう陸軍の動きを追っている。 巷のイメージのように単なる無定見、好戦的に開戦に突き進んだというよりも、より複雑な経緯を辿って破局を辿っていったことがよくわかる。 彼らは何が見え、何が見えていなかったのか、考えていきたい。
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皇道派・統制派の勃興から太平洋戦争の開戦の判断に至るまで.参謀本部なりの現状分析や判断,葛藤が興味深い.
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陸軍は一貫して対ソを考えて行動しているな、という感想でした。それを周囲の政治家や海軍が忖度したり誤解したり、協同したり。全体的に日本がズルズル引きずり回されてしまったのか。
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タイトルのとおり、戦前の陸軍を中心にしながら、どうして日本は対米開戦を決意するに至ったかを満州事変のあたりから説明する本。 その際に、陸軍の大きな戦略構想を担った永田鉄山、石原莞爾、東條英機、武藤章、田中新一などを中心に、その戦略思想の流れ、共通認識と対立点などを通史的に説明し...
タイトルのとおり、戦前の陸軍を中心にしながら、どうして日本は対米開戦を決意するに至ったかを満州事変のあたりから説明する本。 その際に、陸軍の大きな戦略構想を担った永田鉄山、石原莞爾、東條英機、武藤章、田中新一などを中心に、その戦略思想の流れ、共通認識と対立点などを通史的に説明している。 この辺のながれは、すでにある程度理解していたつもりなのだが、あらためて陸軍にフォーカスして読んでみると、思想と思考の多様性がわかってくる。 また、これまで誤解していた点もいくつかわかった。 歴史に「もし」はないというが、日米開戦につながっていく必然性とともに、日米開戦が多くの偶然のなかにあり、いくつかの「もし」があったら、それは十分に避けれたものでもある気がしてくきた。
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良書だと思う。 多くの方が、指摘する繰り返し、時間軸逆行もそほど気にはならない。 人間の営みの本質の多くは変わってなく、やはり歴史を学ぶことの意義を感じさせる。 本書の流れを企業の内部抗争と見立てて読んでもまた、現代の先進国と開発途上国との軋轢と読んでも十分応用が可能であろう。...
良書だと思う。 多くの方が、指摘する繰り返し、時間軸逆行もそほど気にはならない。 人間の営みの本質の多くは変わってなく、やはり歴史を学ぶことの意義を感じさせる。 本書の流れを企業の内部抗争と見立てて読んでもまた、現代の先進国と開発途上国との軋轢と読んでも十分応用が可能であろう。 自らの主張をぶつけるだけで決定することの責任を徹底的に回避する大物たちの小物ぶり。裁定者不在(国家間であれば国を超越する機関の不在)か裁定できないシステム(閣議不一致→総辞職)に問題があっただろう。 以降人物別に思うこと 本書は永田を中心軸に語られるが、永田の分析にはそれなりのロジックを感じるが、そこから紡ぎだした永田の結論、行動は是なのか? ・長州閥の排除をしながら自身が派閥を作ることに 疑問を持たないのか?? ・世界戦争を誘発されるの想定から国家総力戦遂行 のための準備は軍人の思想の範疇としても 短絡的では? 石原については多く語られていない。日中戦争泥沼化を予測しその反対の施策を打とうと考えながらある意味身を自ら?引いたのかの理由が不明?中央からの左遷後の石原の行動にも興味が沸く。 武藤と田中の対立はある意味近い「夢」を見ながらそこへたどり着く「道」の相違なのだろう。日中戦争泥沼化は石原が予測しとめにかかったが強硬な姿勢をとった武藤。そして対ソ戦では、田中に対し石原のロジックで否定は、、、やはり人は経験からしか学べないのか?? 武藤は、東条に対し「万人が納得するまで手段を手段を尽くして戦争となれば国民も奮起する」と進言するが、自身は田中に対して自説を納得させる手段は尽くしたのか?? 総力戦の予測からの資源確保、その手段として「満州国」「大東亜」という構想が誤った「解」であったのであろう、他の「解」を示した指導者はいなかったのか?そもそもそも他の「解」はあったのだろうか?? 他の「解」を見出せないならまたどこかで、同じ不幸を目にする気がしてならない。
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2013.3記。 第一次世界大戦のさなか、のちの陸軍軍務局長永田鉄山は、在ドイツの駐在武官としてその災禍を目の当たりにし、いずれ再度の大戦は不可避であり、そうなれば資源小国の日本に勝機はないという強い危機感を抱いていた。本書の根幹は、「次の大戦に向けた『総力戦の備え』としての資...
2013.3記。 第一次世界大戦のさなか、のちの陸軍軍務局長永田鉄山は、在ドイツの駐在武官としてその災禍を目の当たりにし、いずれ再度の大戦は不可避であり、そうなれば資源小国の日本に勝機はないという強い危機感を抱いていた。本書の根幹は、「次の大戦に向けた『総力戦の備え』としての資源をどう確保するか(それは軍事的勢力圏の版図決定に他ならないのだが)」についての議論と言える。 最初は「満州の確保」から始まる。その後「満州+米英との貿易堅持」と、いやそれでは米英と組めなかったら終わってしまう、「満州+華北(中国の一部)」まで必要、との二軸が論争となる(1930年代の仮想敵国はソ連だった)。無数の不確定要素に囲まれながら、例えば戦車だけとっても「米国1,000両、ソ連500、日本わずか40」(1932年段階、P.73)という信じがたいほどの国力差の中、意思決定に当たって何を重視し何を考慮外としたのか、学ぶ点は多かった。 将棋の感想戦で決着のついた棋譜を追う時のように、我々はその時々の陸軍の判断が最終的に悲惨な結末に至ることを知っている。が、国際連盟が設立され、「あれほどの大戦はもうないだろう」と日本人の多くが思っていた1920年代に、「起きてからでは遅い」と備えの必要を説いたことまで丸ごと否定するのはフェアではない。かといって、もちろん「あのときはあのときなりに言い分があった」というだけで済まされることでもない・・・。
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2011年刊。戦前昭和時に日本の政治をリードした陸軍の政治的意思につき、永田鉄山→石原莞爾→武藤章→田中新一の主張を軸として解読する。おそらく書簡等から引用したのだろうが、出典が明確ではない点が気にかかる。が、内容は多面的かつ詳細で非常に興味深く、一読の価値は極めて高いと思う。本書から受ける印象だが、時に正しい認識を持つ人物がいた(例 ①中国の実力・ナショナリズムを踏まえ、日中戦争の推移を正しく予見した石原、②独ソ戦の推移を正しく認識した武藤、③日米交渉での米国の意図を正しく把握した田中)のは間違いない。 しかし、全体としては、①ドイツの国力分析の不備(特に田中の罪は重い)、②中国におけるゲリラ戦分析の不備(この点は武藤の罪は重い)は否めない。独ソ戦の一因が、ソ連の供給する軍事物資の停滞と石油不足にあり、ドイツがソ連の援助に戦争遂行を依拠していた点を看過した事実は取り返しのつかないミスと思える。また、日清戦争時の臥薪嘗胆の境地を忘れ、隔たってしまった彼らの心性も納得しがたいものが残る。
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