下山の思想 の商品レビュー
新橋駅SL広場の古本市で目が合って購入した本。「下山の思想」。まず、タイトルが良い。激渋。世界経済の発展や時代性についてを、登山と下山に擬えて語られたエッセイ。60歳近く上の方が、2011年に書いた本。飲み屋街の立ち呑み屋。カウンターで隣の老人がくだを巻く様を想像しながら読んだの...
新橋駅SL広場の古本市で目が合って購入した本。「下山の思想」。まず、タイトルが良い。激渋。世界経済の発展や時代性についてを、登山と下山に擬えて語られたエッセイ。60歳近く上の方が、2011年に書いた本。飲み屋街の立ち呑み屋。カウンターで隣の老人がくだを巻く様を想像しながら読んだのだが、不思議なくらいとっても読みやすかった。思ったよりも書き口が軽妙でよかった。おまけに唾も飛んでこないし、入れ歯臭くもないし。 テーマや目的こそ違うが、これは「和製DIE WITH ZERO」なのではないか?と思った。
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前半と後半では趣きが違う書。後半は話が飛びすぎ、話が古過ぎで、ある程度の年齢でないと、読めないと思う。私は読めなかった。
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ひとが歴史にひかれるのは、そこにノスタルジーをおぼえるから。郷愁を自信をもって楽しもう。 自然の風景にその美しさに感じるものも限りなくノスタルジーに近い。 私も下山の途中である。
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本書が出版されたのは2011年。東日本大震災が起きた年です。あの頃すでに「下山の思想」を語っていたのです。あれから11年、私たちはコロナという新たな脅威と格闘しています。未だに先が見通せないし。2022年はさらに第三次世界大戦が現実味を帯びてきてしまっています。「下山の思想」など...
本書が出版されたのは2011年。東日本大震災が起きた年です。あの頃すでに「下山の思想」を語っていたのです。あれから11年、私たちはコロナという新たな脅威と格闘しています。未だに先が見通せないし。2022年はさらに第三次世界大戦が現実味を帯びてきてしまっています。「下山の思想」などと悠長なことを言っている場合ではなく、「崩壊」とか「滅亡」という言葉のほうが脳裏にチラついてしまうのです。 作者の五木寛之は1932年生まれ。奇しくも先日亡くなった石原慎太郎とは同年同月同日の生まれのようです。ちなみに大江健三郎は3つ下の1935年生まれ。谷川俊太郎は1つ上。戦後日本を支えてきた人たちも多くが鬼籍に入られてしまいましたが、まだまだ現役で活躍している人もいる。 五木寛之というと私は小説よりも「大河の一滴」「人生の目的」を書いたエッセイストとして身近に感じています。この本もそうですが、人生に迷ったとき、彼の言葉が生きる指針を与えてくれるのです。 今年、父が脳梗塞で倒れ、自宅療養しています。母や自分のことは分かるようですが、それまで日常的にしていたことのほとんどができなくなってしまいました。やがては家族の顔も忘れてしまうことでしょう。私自身も昨年は、それまでに経験したことのない痔の手術をしたし、仕事を休職し、高血圧の薬も飲み始めました。体に老いを感じ始めたときに、この本と出会いました。この先の生き方を考えていきたいところです。
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第二次大戦での敗戦によって国土が焼野原となった状態から、国民一丸となった見事な成長によって世界第二の経済大国となる奇跡を起こした日本。これを登山に例えると、苦労して頂上に登り詰めた幸福感に浸っているという状態なのだが、その後に続いた「失われた20年」によって低迷している今こそ実り...
第二次大戦での敗戦によって国土が焼野原となった状態から、国民一丸となった見事な成長によって世界第二の経済大国となる奇跡を起こした日本。これを登山に例えると、苦労して頂上に登り詰めた幸福感に浸っているという状態なのだが、その後に続いた「失われた20年」によって低迷している今こそ実りのある「下山」に備えるべきと訴えるのは、13歳で入植先の平壌で終戦を迎え、引揚者として過酷な体験をした作家の五木寛之氏。 2011年に起こった東日本大震災を「第二の敗戦」として受け止め、日本人はもう経済的な繁栄に頼らない「精神的幸福」を求めるべきと啓蒙する。 登った山は必ず降りねばならないように、人生という名の登山にも「価値ある下山」こそが重要であると説いている。
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この作品は、2011年の東日本大震災後に書かれたもの。 五木さんは1932年生まれなので、この作品を書かれた時の五木さんの年齢は、79歳位。 55頁に、「明治期の作家たちは、みな鬱をかかえて生きてきた。不機嫌な時代といわれるゆえんである」と書かれている。 そして、56頁に、明治...
この作品は、2011年の東日本大震災後に書かれたもの。 五木さんは1932年生まれなので、この作品を書かれた時の五木さんの年齢は、79歳位。 55頁に、「明治期の作家たちは、みな鬱をかかえて生きてきた。不機嫌な時代といわれるゆえんである」と書かれている。 そして、56頁に、明治期の流行語の一つに、「暗愁(あんしゅう)」があったと、書かれている。 今では、「暗愁」などという言葉を使うことはないし、私も初めて聞いた。 が、漱石も、鷗外も、荷風も、この語を用いてみずからのなんともいえない鬱屈した感情を託したという。 「暗愁」を検索していて見つけたことだが、やはり、五木さんが、ある講演で次のように語ったらしい。 鬱を、現象的に表現すれば、確かに、気分が落ち込み、萎えるということになりますが、その裏側には、じっとエネルギーを貯め、反転成長を期するために、人知れず力を蓄えるというプラスの意義があることを、かつての人間は知っていました。 鬱というのは、いずれは回復するもので、鬱状態にあるのは、充電中ということなのか。 これは、鬱状態の私にとっては、嬉しすぎる発見! 167~168頁。 今様のことが書かれている。 今様とは、、平安末期~鎌倉時代初期にかけて、大流行した歌謡。 後白河法皇が編者である『梁塵秘抄』は、今様集だが、その中に、 遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動(ゆる)がるれ。 がある。 219頁には、タンゴのことが書かれている。 アルゼンチンタンゴとコンチネンタルタンゴ。 どう違うが調べると、コンチネンタル・タンゴとは、アルゼンチン・タンゴに対して、ヨーロッパで作られたタンゴを指すための和製英語、だとか。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
五木寛之の本はたぶん何冊か読んだことがあるが、本書は成熟した日本社会がこれからは人口減少、少子高齢化によって「下山」の段階にあると説いていた。確かに、日本は高度経済成長期のような、世界第2位の経済大国の時代を過ぎ去ったように思える。教育やIT、企業経営、政治など様々な分野で遅れをきたしているというニュースも良く見る。これからは中国やインドなど途上国と呼ばれた国がどんどん経済成長を強めていくと思う。海外の大学生は本当に話していてすごい優秀と思うし、日本人よりも勉強していると思う。これから日本が下山していく時代でどのように社会を形作る必要があるのか考えていきたい。
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【いちぶん】 登山と下山とを同じように登山の本質と見なすのは当然のことである。そしていま、下山のほうに登山よりさらに大きな関心が深まる時代にはいったように思われる。 (p.31)
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最初の20ページほどで内容の8割は説明されていた。後半以降は古き良き時代を懐かしむだけの内容。買わずに図書館で借りて正解。
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生まれて初めて一冊の本を最初から最後まで読んだのは、18歳のときに読んだ五木寛之の『生きるヒント』だったように記憶している。そして五木寛之の本を読むのはこれで二冊目。パブリック・エンゲージメントについてのミーティングで参加者から紹介されたのがきっかけ。BOOKOFF西宮北口店で1...
生まれて初めて一冊の本を最初から最後まで読んだのは、18歳のときに読んだ五木寛之の『生きるヒント』だったように記憶している。そして五木寛之の本を読むのはこれで二冊目。パブリック・エンゲージメントについてのミーティングで参加者から紹介されたのがきっかけ。BOOKOFF西宮北口店で105円で購入。
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