失われた時を求めて(2) の商品レビュー
14分の2を読み終えた。スワン氏による、一方的な恋の様子が大変面白かった。 BzのLove Phamtonの歌詞「ほしい気持ちが成長すしすぎて 愛することを忘れて 万能の君の幻を僕の中に作っていた」の通りの恋の様子だった。 つまり、スワン氏が恋していたのは目の前にいる相手ではなく...
14分の2を読み終えた。スワン氏による、一方的な恋の様子が大変面白かった。 BzのLove Phamtonの歌詞「ほしい気持ちが成長すしすぎて 愛することを忘れて 万能の君の幻を僕の中に作っていた」の通りの恋の様子だった。 つまり、スワン氏が恋していたのは目の前にいる相手ではなく、スワン自身が自分の中に作り出した完璧な理想像だったのである。極めて主観的な恋愛模様。
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スワンの心の動きにおいては、ルネ・ジラールのいう模倣の欲望がよく現れていた。オデットに芸術作品的な魅力を見出したとき、いわばスワンだけのオリジナルの魅力を彼女に見ていたため、彼女にまつわる様々な噂話も大して耳に入らなかったのだろう。 しかし、フォルシュヴィル伯爵に代表されるように、とにかくオデットの周りには男の影が絶えない。スワンに対する態度も冷淡になっていき、共に過ごす時間が短くなる。スワンは模倣の欲望に囚われる。オデットを欲しがる男の数に比例する形で、一緒にいる時間が短くなるのに反比例して、彼女への執着を深めていくのである。それを解決したのも、やはり時間である。自身の失恋を認識し、オデットとの距離を置くことで頭を冷やしたスワンは、オデットを好みの女でもないのに!と認めることができた。 訳者解説によると、このスワンの恋は失われた時を求めてという小説全体における、主人公の恋愛が辿る軌跡の雛形になっているという。『私』は如何にしてジルベルトとの恋路を進むのか、そしてアルベルチーヌという女性にどのような想いを抱き、どんな結末を迎えるのか。全14巻の道のりは遠いが、なんとか走り抜けたい。
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読んでいる間はずっとパリの雰囲気に浸っていられる。一度訪れたことはあるが、もう30年も前なのでろくすっぽ覚えていないが。 しかし、「パリ」という名前だけで、その土地にかかる天蓋のように覆っている歴史の匂いや質感が感じられる気もする。 夢想と実態、理想と現実、空想と実在など心的産...
読んでいる間はずっとパリの雰囲気に浸っていられる。一度訪れたことはあるが、もう30年も前なのでろくすっぽ覚えていないが。 しかし、「パリ」という名前だけで、その土地にかかる天蓋のように覆っている歴史の匂いや質感が感じられる気もする。 夢想と実態、理想と現実、空想と実在など心的産物と物的物体のような対比は明確なようでそうでもないかもしれない。 それは、「おもいがかなう」という時、我々は、いかにあまたの誤謬に包まれているかということに気づく。 双方は対立しているというよりは、一体であり無関係でもあり、その濃度はグラデーションであったり、まだらになってるんだろうと思う。
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「失われた時を求めて」初回通読チクルスの2巻目。まだまだ先は長いが、できるだけ毎日、少しずつ読み進めている。 この第2巻は、全巻を通して「スワンは」と、唯一、三人称で展開する。時間軸としては「私」の物語より前の時代、「私」が恋するジルベルトの父、スワンの恋をめぐる物語が大部を占める。旧貴族やブルジョワ層でのサロンのだらだらとした会話が行われる中、スワンの一途というか軟弱というか、まあ恋する男のあるある話も含め、ココット(粋筋、高級娼婦)であるオデットへの恋慕が延々と描かれる。内部・外部事情による葛藤のなか、この恋は終局破綻するかと思うけど、そこはプルースト空間というか、10年程度の間が空いた次の時間軸では、夫婦になり、娘のジルベルトがいて、「私」の幼き恋愛相手の話に転換するというのは、まさにびっくり仰天で面白いなと思った。 この超越たる世界文学の雄、引続きだらだら読んでいく時間を楽しみたい。
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第2部「スワンの恋」では、スワンの中で恋が生まれ、育ち、やがて死にゆく様が精緻な心理描写で描かれる。 僕は、特に、彼の中で嫉妬が生まれ、オデットの嘘を餌にして、それが大きく育っていく様子を描いた部分に強く惹かれた。 この物語を読み進むうちに、吉本隆明の「言語にとって美とはなにか...
第2部「スワンの恋」では、スワンの中で恋が生まれ、育ち、やがて死にゆく様が精緻な心理描写で描かれる。 僕は、特に、彼の中で嫉妬が生まれ、オデットの嘘を餌にして、それが大きく育っていく様子を描いた部分に強く惹かれた。 この物語を読み進むうちに、吉本隆明の「言語にとって美とはなにか」という問いの答えが分かったような気がした。 何故だか分からないが、ヴェルデュラン家の夜会での会話から、奇妙にもナタリー・サロートが「黄金の果実」などで描いた「地下のマグマ」を想起してしまった。 アンチ・ロマンとも、ヌーヴォー・ロマンとも呼ばれたサロートであってみれば、僕の抱いたこんな印象を黙って受け入れてくれるはずもないが、僕の持っているものといえば、この誤読しか無いので如何ともしがたい。 『ある日スワンは、人を訪ねる予定があって午後の中ほどに外出していたが、会うつもりの人が留守だったので、オデットの家に寄ってみようと想いついた。 こんな昼間に訪ねたことは一度もなかったが、この時刻ならオデットがいつも家にいて、お茶の時間になるまで昼寝をするか手紙を書いているのを知っていたので、ちょっと会うぐらいなら邪魔にならないと考えたのである。 門衛は、オデットは在宅だと言った。 そこで呼び鈴を鳴らすと、物音がして歩く音が聞こえたような気がしたものの、玄関は開かなかった。 スワンは不安になり、いらいらと館の反対側が面する小さな通りにまわり、オデットの寝室の窓の前に立った。 が、カーテンが閉まっていて、なにも見えない。 スワンは力いっぱい窓ガラスを叩いて名前を呼んだが、だれも開けてくれない。』(第1篇スワン家のほうへ II スワンの恋) なお、巻末に置かれた場面索引は、作品を後で振り返るのにとても便利だった。 フォルカー・シュレンドルフ監督の「スワンの恋」も観たが、色々と引っかかる点が多かった。 まず第一に、スワンがオデットの衣服の胸元に挿されたカトレアを直すシーンで、スワンが「胸元の蘭を直してもいいですか?」というのにやや違和感を感じた。 これ以外の箇所では、いずれも「カトレア」と呼び、その言葉が二人の間で情事の符牒にすらなっているのに、なぜここだけ「蘭」と訳したのか、僕には分からなかった。 後の方で、このシーンを回想する場面があるが、そこでは、「カトレア」と訳されていた。 もう一つ疑問なのは、スワンがオデットの監視役を頼んでいる友人のシャルリュス男爵に、「オデットと寝たのか?」と尋ねるシーンだ。 スワンは、シャルリュスが男色家であることを、とうに知っているはずだからだ。 さらに、スワンがオデットの同性との交渉の情報を得ようと立ち寄った娼館での濡れ場シーンだ。 原作には無い、それどころか『スワンはその手の女とはほとんど没交渉だったから』(130ページ)と書かれてさえいるのに、敢えてこのシーンを入れる必要があったのか、僕には疑問だ。 総じて、この映画は、像による魅惑よりも、像が与えられてしまうことによって想像力に科される桎梏を強く感じさせた。 次は、ラウル・ルイスの「見出された時」をもう一度観てみたい。 彼は、この問題にどう対処しているだろうか?
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(2024/02/14 4h) とにかくページを繰って読み進めるぞ!という意気で1巻2巻と読んでいる。 この第2巻は第1巻よりも目に留まる文章が多く、読みやすさを感じた。 美しい情景描写や共感できる恋愛の仕方など。 引き続き訳者解説が秀逸で、読んでいて混乱してしまっても最後に...
(2024/02/14 4h) とにかくページを繰って読み進めるぞ!という意気で1巻2巻と読んでいる。 この第2巻は第1巻よりも目に留まる文章が多く、読みやすさを感じた。 美しい情景描写や共感できる恋愛の仕方など。 引き続き訳者解説が秀逸で、読んでいて混乱してしまっても最後に見事に内容がまとめてあるので、安心。 読み進める気持ちを維持するのに大きく力を買ってくれているとおもう。
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「『いやはや、自分の人生を何年も台なしにしてしまった。死のうとまで思いつめ、かつてないほどの大恋愛をしてしまった。気にも入らなければ、俺の好みでもない女だというのに!』」p.422
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失われた時を求めて 2巻。 1巻はこちら。 https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4003751094 1巻の語り手が生まれる前の、中年ユダヤ人スワン氏のお話。『わたし』が誰かから聞いた話として語っているんだが、それにしても状況...
失われた時を求めて 2巻。 1巻はこちら。 https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4003751094 1巻の語り手が生まれる前の、中年ユダヤ人スワン氏のお話。『わたし』が誰かから聞いた話として語っているんだが、それにしても状況やら心情やら詳しすぎる 笑 【第2部 スワンの恋】 読む前は、1巻1巻の「スワン家の方へ」「スワンの恋」という題名から、主人公のロマンチックは思い出を想像していたので、スワンというのが中年ユダヤ人というので考えていたのと違ったかも 笑 語り手が生まれる前の話なのに、たまに「わたしは」として語り手の考えも出てくる。 2巻の舞台はパリで、このスワン氏の恋の相手は、オデットという名前のパリの粋筋(高級娼婦?)の女。 スワンとオデットと言われたら美しいものを考えるのだが、実のところは上流社会のサロンでの人間関係物語。誰と付き合うかの見定め、恋も人間関係も仕事も駆け引き、影響力確認のために誰かを貶めることもある。 サロンの中心はヴェルデュラン夫人とその夫。サロンメンバーは、上流社会入りしようとするがイマイチ駄洒落が面白くない医者のコタールと夫に尽くすその妻、気が弱くいじめられるサニエット(いじめもサロンのルールみたい(^_^;))、オデットの愛人の一人フォルシュヴィル伯爵。興味深いのが、同性愛者のシャルリュス男爵。オデットと一緒にいるため愛人かと言われるが、スワン氏からは同性愛者だから安心だと思われて、むしろオデットのお目付け役を頼まれたりしている。本人もきっと洒落もんなんだろうなあ。 この巻は、スワン氏の心の動きが詳細に記載されている。 オデットは高級娼婦のため、他にも男がいるが、スワン氏は彼女にお金を送っている。冷めてもサロンでバカにされても送るのか、そういうもんなのか。 スワン氏の心を捉えるのはヴァントゥイユという(1巻にも出てきた)作曲家が作ったソナタだ。 1巻でも感覚を味や音で表現していたが、2巻では音楽の感じ方や絵画を見た感想で表現されている。 スワン氏がオデットに恋を感じる場面と、冷めたなって感じる場面で聞くのはヴァントゥイユのソナタ。ソナタを聴きながらスワン氏が感じた気持ちの移り変わりが結構長い場面で語られてゆく。 そしてスワン氏が絵画にも詳しいので、色々な絵画を言葉で表現されているのだが、それがその時のスワン氏の心情と合っているようだ。 【第3部 土地の名、名】 他人(スワン氏)の話から、語り手の考えに戻ってきた。 ヴェネツィア、フィレンツェなど、行ったことのない土地の名前について色々考える。 「行かない旅行の空想」は、先日読んだサヴォアの作家グザヴィエ・ド・メーストル「部屋をめぐる旅」を連想した。(メーストルの著書のほうが先です) https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4864882312#comment そして語り手の過去回想に戻る。 1巻の舞台コンブレーより数年後の話。語り手一家はパリに戻ってきている。語り手がシャンゼリゼ公園に行った時に、ジルベルトという娘に会う。これは1巻でも出てきたスワン氏とオデットの娘だ。 …「スワンの恋」で散々スワン氏の心情、しかも冷めるまでを書いていたのに、その後結婚したのか! 最初は公園で見かけるだけのジルベルトの名前を聞いた時に、人間と名前の関係や、名前が自分の傍を通り過ぎる感じがしたんだとか、音を聞くことにより人間の認識にどう作用するかが文章で表されているのが面白いなと思った。
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スワン。。応援したいというより諦めろと何度言いたくなったことか。 もっと若い時に読んでたらよかった、と思ってしまったけど、感性や想像力の低下は年齢の問題じゃなくて暮らし方のせいか。
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スワンを通して、これ以上ないほど感性的に恋愛が広く深く描かれている。舞台や背景は異なれども、私の読んだ中では高揚や泥沼も含めて恋愛の諸相を明かした最高傑作である。 その後の固有名詞をめぐる洞察、主人公の小さな恋人、過去への愛惜と読みどころ満載だ。
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