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国家神道と日本人 の商品レビュー

3.8

17件のお客様レビュー

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2024/08/24

神道というと、本書でもとりわけ5章で述べられているように、祈願の成就のために向かう各種神社の管理をし、日本の神への祈祷祭祀を行っている人たち、またその関連信仰体系という印象を持っていた。 それだけに、神道には政治として神道を利用した国家神道、庶民における土着の自然崇拝・祖先崇拝、...

神道というと、本書でもとりわけ5章で述べられているように、祈願の成就のために向かう各種神社の管理をし、日本の神への祈祷祭祀を行っている人たち、またその関連信仰体系という印象を持っていた。 それだけに、神道には政治として神道を利用した国家神道、庶民における土着の自然崇拝・祖先崇拝、そしてそれらの間に位置するともいえる神社神道があり複雑な世界を構成していることは目から鱗で興味深い内容だった。 これまで理屈を知らず認識が不明瞭になっていた皇室、神社の立ち位置であったり、教育勅語での洗脳の如き教育などの点の知識が具体的な流れを持って繋がり、腑に落ちる部分が多くあった。 帝国主義の時代において、なぜ日本が戦争に突き進んでいったのか、その精神性を理解する上で本書の知識は欠かせないものと思う。 列強の圧力から開国を迫られ、大政奉還、明治維新へと進んで行った中で、日本の中枢や知識人は欧米の強さの理由と近代化への道筋を見つけて早急に進化する必要があった。 そんな歴史背景と、武士に根付いていた儒教の考え方、とりわけ考や仁を元に生み出された一つの方法が、神道と皇室崇敬を元にして国家を団結するというアイデア。 しかし結果的に民衆を抑えきれなくなって軍国主義へと進んでしまう大きな失敗は、政治としての皇室や神道という捉え方をエリートが生み出し、以て国民を操作するのに対して、国民には神話的な神聖性を植え付け、日常に信仰を沁みつけたこと、即ち本音と建て前のような二重性、言い換えれば支配・被支配関係を知識・思想の面で明確に分けてしまったことにあると思う。 民衆が政治や国家関係に口を出すのは非効率であることは確かである。それぞれがそれぞれの目の前の持ち分に集中して働くことには意義がある。 一方で、ベースとしての知見、考える力は国民全体で持っておくべきだろう。現代の義務教育の意義は大きい。 戦前までの支配層・被支配層という二重性を繋げていたのは、儒教的な、強引な上下関係だった。「君主には従う、目上の者には従う」というもの。理由などないに等しい。 これでは信頼は生まれない。全体がある程度の知的水準を持ち、情報の透明性を持つことこそ、信頼に足る関係性を形作るものだと私は信じている。物事を理解できる度合は人によって異なるが、正しい情報にアクセスできる平等性であったり政治の透明性であったり言論の自由といったものは、国家として一体性を持つには、神話を用いるよりよっぽど有効に思う。 まだ私は日本史の知識が弱いので、肉付けを厚くして理解を深めていきたい。

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2024/07/04
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※このレビューにはネタバレを含みます

国家神道の成りたちや、その成立によって明治期の新興宗教や江戸からの土着信仰に止まらず仏教キリスト教までもが国家の管理に納まらなければ事実上の弾圧を受けていた事実は改めて近代日本の闇の始まり、と印象をもった。戦後のGHQにより国家神道の解体が行われたが、明治期から行われていた天皇による皇室祭祀はそのまま現在まで残っている。 明治から取り入れられた皇室祭祀やのちに廃止された神社庁による全国神社の管理によって天皇が全国の神社を訪問する、ということがあり、今も神社に行くと天皇陛下が来た旨の張り紙や旗が立っている理由がわかって興味深い。 伊勢神宮については国家神道の頂点としたり、神社合祀や廃仏毀釈など近代国家の関与で残念な結果になってしまったことなども詳細に書かれている。 戦後の神社本庁についても今の神社本庁の在り方を納得させる記述が面白いのだけれど、事実を知って うわ… と暗い気持ちになる一冊。天理教や大本教にも触れている。岩波の本は文体が固く、疲れる。

Posted byブクログ

2024/02/02

初詣に行った時に感じたこと これだけの人が神社を訪れているが、果たしてこの行為は何を指していて、いつから始まったのだろうか その疑問の答えを確かめるべくこの本を手に取った 国家神道と宗教の二重構造という観点が、無宗教と言われる日本を体現していると感じた

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2020/04/08

神道司令後、国家機関としての地位を失った神社神道ではあるが、神社本庁の活動を追っていくと、国家と天皇を主要主題として掲げている事がみえ、天皇崇敬の強化を目指していることが分かる。 国家神道は大別して形成期(祭政一致)、確立期(大教宣布の詔)、浸透期(教育勅語)、ファシズム期が...

神道司令後、国家機関としての地位を失った神社神道ではあるが、神社本庁の活動を追っていくと、国家と天皇を主要主題として掲げている事がみえ、天皇崇敬の強化を目指していることが分かる。 国家神道は大別して形成期(祭政一致)、確立期(大教宣布の詔)、浸透期(教育勅語)、ファシズム期があるが、徐々に段階を上げて、江戸末期のバラバラたった国民を天皇や国体思想を用いて統御するはずが、時間を掛けて育った下からの圧力が強くなり、コントロールし切れず戦争へ突入していく。 この歴史を踏まえると皇室祭祀は未だ続いているし、神社本庁の本義も第二次世界大戦下と変わっていない、下火にはなっているが、絶えず涵養されている国体思想、天皇崇拝というのは危険じゃないかと筆者は述べている。筆者の言う通り、先の大戦を省みるならば、天皇崇拝を標榜する神社神道及び、天皇制は完全に解体されるべきであったと思った。

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2018/11/26

国家神道について書かれたもの。詳細な分析を基に学術的に書かれており、特に出展が明確に示され説得力がある。国家神道の経緯についてよく理解できた。ただし、著者は国家神道のあり方に反対しており、随所に国家神道を推し進めた政府に反対するような言い回しがあり客観性に欠け違和感を感じた。最期...

国家神道について書かれたもの。詳細な分析を基に学術的に書かれており、特に出展が明確に示され説得力がある。国家神道の経緯についてよく理解できた。ただし、著者は国家神道のあり方に反対しており、随所に国家神道を推し進めた政府に反対するような言い回しがあり客観性に欠け違和感を感じた。最期に「空虚な中心」と書いているが、著者は実は空虚ではないとし国家神道の復活を危惧しているが、私は国家神道を失ったからこそ現在の日本が空虚になってしまったと感じるのだが。

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2017/01/19
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

2010年刊。著者は東京大学文学部宗教学科教授。◆著者の基本的スタンスは①天皇祭祀は明治以降に新たに創出された面が顕著、②国家神道は創出された天皇祭祀を一つの中核とする、③意図的か、GHQは皇室祭祀を神道指令から除外する一方、現存する天皇祭祀を多くの国民は自覚していない、④天皇祭祀を国家神道や宗教から除外・超越させようとする意図・企ては実態に合わず成功しているとはいえない、と要約できそう。◇しかし、個人的には本書のような内容ですら興味を惹かないとの感。食わず嫌いはいけないと思っているのだが…。 せめて、古人類学が用いる手法のようなものを借用して、神道の依拠する伝統とやらを説明されれば、些かなりとも興味を覚えるかもしれないが…。あと、国家神道を浸透させるのに教育制度(特に初等教育制度)が役立ち、それが、ひいては下からの国家神道隆盛に至ったこと、それが戦前昭和であった点も備忘録として。

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2014/11/16

明治維新以降、国家神道がどのように広まり、 現在も息づいているかを解説する一冊。 記載がやや難解で主張を読み解くのに苦労したが、 そもそも国家神道が全て政府の意図通りに 最初から展開されていたわけではない点を考えれば、 やむを得ないとも言える。 いずれにしても詳細な理解のためには...

明治維新以降、国家神道がどのように広まり、 現在も息づいているかを解説する一冊。 記載がやや難解で主張を読み解くのに苦労したが、 そもそも国家神道が全て政府の意図通りに 最初から展開されていたわけではない点を考えれば、 やむを得ないとも言える。 いずれにしても詳細な理解のためには さらなる勉強が必要だと感じた。

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2014/02/24

  2010年の3月、初めて伊勢神宮に行ったときのこと。宿で電動付き自転車を借りて、まず外宮(豊受大神宮)に参拝したのだが・・・・。軽い気持ちで入口? に近い砂利が敷き詰められたところを自転車で進んでいると・・・・、近くの詰所にいた警備員らしき男が飛んできて、自転車で入ってはなら...

  2010年の3月、初めて伊勢神宮に行ったときのこと。宿で電動付き自転車を借りて、まず外宮(豊受大神宮)に参拝したのだが・・・・。軽い気持ちで入口? に近い砂利が敷き詰められたところを自転車で進んでいると・・・・、近くの詰所にいた警備員らしき男が飛んできて、自転車で入ってはならんと云われたのにびっくり。境内との境もはっきりしていなかったし、もともとが神社なんてお寺などと同様に自由に立ち入りできるといった感覚でいたから本当に驚いたわけだ。しかもその云い方が普通でなく、いかにも高飛車で高圧的だったのにも驚いたのだが。こちらとて生の人間なわけで、いきなりの怒声に腹も立ったし、何様だこいつは、などとも思ったりしたものだ。もちろん、外宮でもその後に参拝した内宮でも、それなりに敬意を表して参拝したのだが、その時のことは強く記憶に残っていて、あれはいったいどういうことだったのかと・・・・。   これまで国家神道というものを十分理解していたわけでなく、今回この「国家神道と日本人」を読んで、少し合点がゆくところがあった。天皇及び皇祖天照大神を祀る伊勢神宮を頂点にした、かつての国家神道。そして現在でも伊勢神宮は神社本庁の頂点に立つという位置づけにあるということ。昨年の式年遷宮の仰々しさは記憶に新しいが、それはKing of 神社の証しということでもあるのだろう。神職の人達だけでなく、そこで働く人々が強く高い意識をもっていることは疑うべくもないと思える。そういう意味で、かの警備員はその人格の問題はあるにせよ、強い誇りがあったゆえのことなのだろう。   一方で、そもそも祭政教一致の国家神道というのは、明治の維新政府がそれまでの幕藩体制の下で続いてきたばらばらな民族としての意識を統一し、天皇を中心にして国民意識のベクトル合せを狙ったものと云え、あくまで政治意図に基づくものであったはず。もっとも、昭和になって軍部に悪用されたのは事実であるが。   それが戦後に政教分離され国家神道が解体? されたにもかかわらず、未だに国家神道が色濃く残っている印象を禁じえないのはなぜなのか。靖国神社は官国幣社として伊勢神宮に次ぐ極めて重要な位置に置かれていたのは歴史が示す通りだが、日本の要人が今なお、靖国神社への参拝にこだわり特別な思いを抱くのはなぜなのか。ほとんど戦後生まれの人達なのに。戦没者の慰霊・鎮魂という意味は勿論十分に理解できるものの、しかしそれであれば、靖国神社という国家神道を担ってきた神社とは一線を画して戦没者慰霊碑を作るべきではないのか。   最近の靖国問題ほど、日本人が抱く、歴史観、天皇観、国家観、民族観などの想いが人によってさまざまであることを認識させられることはない。しかし日本が神の子孫である万世一系の天皇が治める神の国であるとか、それゆえに他の国より優れた民族であるとかいうことは決してありえない。世界の中で生きてゆくためには、誇りは持ちつつも唯我独尊であってはならないのは当然のこと。国としてどうするべきなのか、最近の風潮は少し違うように思えるのだが・・・・。

Posted byブクログ

2012/08/31

国家神道と諸宗教の二重構造のもとでの「政教分離」と「祭政一致」の共存 国家神道は「皇室祭祀」「神社神道」「国体論」の総合 明治維新期から指導層には「祭政一致」「祭政教一致」の方針が共有されていた 国民教化の行く先を指導層が読み違ったことによる下からのナショナリズムの盛り上がり、軍...

国家神道と諸宗教の二重構造のもとでの「政教分離」と「祭政一致」の共存 国家神道は「皇室祭祀」「神社神道」「国体論」の総合 明治維新期から指導層には「祭政一致」「祭政教一致」の方針が共有されていた 国民教化の行く先を指導層が読み違ったことによる下からのナショナリズムの盛り上がり、軍部の暴走 皇室祭祀が温存されたことによって、国家神道はいまだ解体されていない ・・・ 明治初期から一つの方針が共有・維持されてきた、というのがいまいち納得いかない。論文を読むべきか。 教育の重要性が感じられる部分が多々あるんだけれど、戦後に関しては教育には触れられないのだな、と。 国学・神道学説などが江戸時代どうしてどうやって展開したのか、に関心がうつってきた

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2012/06/10

宗教を区分する便利なものとして、教祖が存在する「創唱宗教」と、より土着的な性質を持つ「自然宗教」の二つがあるが、「国家神道」というのはそのどちらにもうまく当てはまらない。ならば、その「国家神道」とは実のところ何なのか。今までの神道論に批判を加えつつも論じた著作。 宗教学の使う概...

宗教を区分する便利なものとして、教祖が存在する「創唱宗教」と、より土着的な性質を持つ「自然宗教」の二つがあるが、「国家神道」というのはそのどちらにもうまく当てはまらない。ならば、その「国家神道」とは実のところ何なのか。今までの神道論に批判を加えつつも論じた著作。 宗教学の使う概念というのは舶来モノであることが多く、必然日本人の宗教性を論じるときに不足を感じることが多い。本書の国家神道論は日本人の宗教性を考える上で、その不足感を補う力を有していると思う。少なくとも、変遷する国家神道の性質が頭のなかである程度整理されたことは間違いない。

Posted byブクログ