自死という生き方 の商品レビュー
巻末の『家族から』のところで息子が「父の自死について」語るなかで、読者からの一文をとりあげこれが、父の死についての願いですと綴っている。 その一文は 『自死という言葉に惑わされず、生き方を考える本、生きる為に必要な本として読んでもらいたい一冊』とあります。 「ゴールの見えな...
巻末の『家族から』のところで息子が「父の自死について」語るなかで、読者からの一文をとりあげこれが、父の死についての願いですと綴っている。 その一文は 『自死という言葉に惑わされず、生き方を考える本、生きる為に必要な本として読んでもらいたい一冊』とあります。 「ゴールの見えないマラソンは辛いだけだ。」 なんでもそうだ。そこに“充実“や“しあわせ”を感じようとしたら、限定された期間(決して短いほうがいいという意味ではない)が必要だ。終わりがあり、永遠でないということ、そして、それが自分が納得のできる関わり方ができる時を期限として自ら決めた時があれば、そこに向けられるエネルギーは凝縮する。 社会ましてや国家は絶対に「自死」を肯定することはできない。それを認めればその存在自体が疑われ、消えかねないからだ。 でも、「自死」を議論することは意義がある。 それは、人生というもののコントラストを強くするため(『死』の表側にある『生』をよりクリアにするためにも)。 長くなった人類の寿命は永い人類の歴史で見ればほんの僅かな瞬間の出来事で、それが社会のあり方、世のなかの風景を大きく変えている。(気候変動どころの話ではない)。 それをかつて存在していた(そしてけっして失われたわけではない)日本の武士道的精神をヒントに自らの人生を生きた須原一秀氏の書。 三島由紀夫、伊丹十三、ソクラテスらの自死を範にとりながら、オリジナルな『新葉隠』的な内容とし現代社会を生きる人たちに考えることを迫っている。 そう、まさに『死』の対極にある『生』を見つめさせているのだ。
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最初はふんふんと読んでいましたが、途中からちょっと気持ち悪くなりました。一人で死ぬ意味ばかりを考えているとこうなるのかなと思いました。生きる意味を考えての自死ならまだ納得できたかも
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「どのように死ぬか」ではなく、「どのように生きていくか」を論じている印象でした。 内容には自分自身の考え方に合う部分も多く、また、著者の時に辛辣な言葉遣いも面白く、一気に読み進められました。 あとがきにもあるように、確かに同じことを別の場所でも突然述べていることはありました。でも...
「どのように死ぬか」ではなく、「どのように生きていくか」を論じている印象でした。 内容には自分自身の考え方に合う部分も多く、また、著者の時に辛辣な言葉遣いも面白く、一気に読み進められました。 あとがきにもあるように、確かに同じことを別の場所でも突然述べていることはありました。でも著者が気にしていたそういう「推敲不足」こそが、著者の意見や思考に臨場感を遺している気がします。もし推敲を繰り返されてしまっていたら、どこか綺麗に整えすぎた感じになっていたかもしれないです。 もし内容に違和感を覚えた点を強いて挙げるならば、徳川家康の言葉について言及している部分くらいです。でもそれは、著者と僕の解釈の仕方が違うからに他ならないので、そこまで気にならなかったです。 気軽に人には勧めづらい本ではありますが、読んで良かったです。
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実に爽やかに読めました。 内容 解説 浅羽通明 この死者を見よ――『新葉隠』との対話 新葉隠 死の積極的受容と消極的受容 はしがき 1章 三島由紀夫、伊丹十三、ソクラテス、 それぞれの不可解 2章 なぜ彼らは死んだのか? ソクラテスの場合 三島由紀...
実に爽やかに読めました。 内容 解説 浅羽通明 この死者を見よ――『新葉隠』との対話 新葉隠 死の積極的受容と消極的受容 はしがき 1章 三島由紀夫、伊丹十三、ソクラテス、 それぞれの不可解 2章 なぜ彼らは死んだのか? ソクラテスの場合 三島由紀夫の場合 伊丹十三の場合 老衰も自然死も嫌だ――それぞれの苦境 3章「未練」と「苦痛」と「恐怖」 彼らは、「苦痛」、「死そのもの」、「死後」 への危惧ないし恐怖をどのように克服したか? 4章 死の能動的受容と受動的受容 五段階説 観念的知識と体感的知識 「二人称の死」と「三人称の死」 5章 自然死と事故死と人工死 自然死は悲惨――専門家の見解 虚無主義と厭世主義 受動的自然死派の人々 6章 武士道と老人道 ヤクザ、武士、老人、それぞれの苦境 人生は恋人 『葉隠』――日本人の聖典 7章 弊害について 自由は怖い 共同体 8章 キュブラー・ロス――キリスト教徒の苦境 9章 補助的考察 神秘、大いなる存在、魂、あの世、神、など 虚無主義にも厭世主義にも関係のない 「人生を肯定する自死」 10章 雑感と日常 雑感 日常生活 あとがき 最後に 父の自死について 須原純平 自分自身も、若い頃から、融通無碍にこの世を時間空間的に過ごしてきて、69歳なのですが、実に共感できる生き方だと思いました。 この本と佐伯啓思さんの「死と生」を読んだのですが、どちらも関西人で、私も関西人、とっても親和性があるのです。 それと、縄文時代、弥生時代を経てきた日本民族の死生観、人生観、そんなことを感じながら読めました。 ユダヤ・キリスト・イスラム世界に生を受けなかったことに感謝です(笑)。
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哲学的事業として自死を自ら実施した著者による本。肯定、否定それぞれ意見があるだうし、正しいか間違っているかなどは意味がない。生きているうちに誰もが読んだ方がいいと思うのだが、知人友人に勧めるには勇気が必要だし、誤解を招く可能性も大きい。
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「極み」と「老醜」がキーワードかと思うのですが、ALS患者のような十数年もの間寝たきりのヒトを見たことがないんだろうな・・・というのが正直な感想。 本の論評そのものが「死者を鞭打つ」ようで、誰も語らない。 批評を受けることができないことそのことが哲学者としてはふさわしくないのでは...
「極み」と「老醜」がキーワードかと思うのですが、ALS患者のような十数年もの間寝たきりのヒトを見たことがないんだろうな・・・というのが正直な感想。 本の論評そのものが「死者を鞭打つ」ようで、誰も語らない。 批評を受けることができないことそのことが哲学者としてはふさわしくないのでは。 三島由紀夫の自決と同じだろうか・・・。
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ブログにレビュー掲載 http://ameblo.jp/golden68/entry-10414158014.html
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