ローマ人の物語(35) の商品レビュー
●ディオクレティアヌス帝の四頭政のため。ローマ帝国の兵力は倍増してしまった。 ●彼の改革のため、行政官僚の数も増えてしまった。「税金を納める人よりも集める人の方が多くなった」と言われるほど。 ●元首政とは異なり、ディオクレティアヌス帝は、先に国家があり、その国家に必要な経費を税と...
●ディオクレティアヌス帝の四頭政のため。ローマ帝国の兵力は倍増してしまった。 ●彼の改革のため、行政官僚の数も増えてしまった。「税金を納める人よりも集める人の方が多くなった」と言われるほど。 ●元首政とは異なり、ディオクレティアヌス帝は、先に国家があり、その国家に必要な経費を税として、納税者に課される。180度の考え方の転換である。 ●パックス・ロマーナを実現していた元首政の時代は、ローマ帝国は税金を広く浅く徴収していた。 ●カラカラ帝の属州民へのローマ市民権の付与によって、安定的な直接税である属州税を取ることができなくなり、ローマ帝国は税収が不安定になった。
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帝政ではあってもローマ市民と元老院、そして軍隊の顔色を伺う必要があった元首政から、ついに皇帝という名前から想像される権力を持つ絶対君主制に移行する紀元後293年。 ディオクレティアヌスが帝国を東西に分け、それぞれに正帝と副帝を置いて統治する四頭制を導入したことからローマ分裂の契機...
帝政ではあってもローマ市民と元老院、そして軍隊の顔色を伺う必要があった元首政から、ついに皇帝という名前から想像される権力を持つ絶対君主制に移行する紀元後293年。 ディオクレティアヌスが帝国を東西に分け、それぞれに正帝と副帝を置いて統治する四頭制を導入したことからローマ分裂の契機は始まる。しかしそれは各地で活発となる侵略行為から身を守る必要性に迫られてのことであった。 防衛のためとはいえ攻勢に出なければ継続的な安全は確保し得ず、攻勢のためにはさらなる兵力が必要となる。勝ったとしても領土を拡張可能なほどの余力はなく、ただただ負担のみが重く積み重なる。 もはや広く浅く安定していた税制ではまかないきれず、増税開始。絶対君主制は軍拡と増税で荒れる世論を制するためのものでもあった。 ローマ最後となる凱旋式も、勝利と征服の証ではなく、この防御線の堅持を祝うために開催された。 必要性のために崩壊しつつあるローマとはいえ、ローマ史上最大の三千人が収容可能な大浴場と付属する体育館、図書館、映画館、音楽会場を建設できるほどの経済力・技術力・組織力は健在であった。 それすら持たない蛮族に襲撃されるまで、あと100年。
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ここにきて、頑張っているローマ帝国、キリスト教との関係が面白く感じて来た。ディオクレティアヌス帝、やれることはやったと思うし、去り際も潔い。最後の最後、来週に続く!みたいな終わり方がたまらない。どうなっちゃうんだ、ローマ帝国。
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20年ぶり?に読みました。 このシリーズ好きで、読み返したいんだけど。 長すぎるんですよね。 それ故1巻はいったい何回読んだことやら。 今回はあえて、最終巻から読み進めてみます。
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やっと強い皇帝が出てきた。 頼もしいがすでにローマは、以前のローマではなかったのが残念。 ディオクレティアヌスのテトラルキア
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ローマ時代の終末期の始まり、ディオクレティアヌス帝の巻。元首政を捨て絶対君主制で国を保とうとする帝は四頭政やキリスト教の迫害により帝国の死期を少しでも伸ばそうと贖う。膨れ上がる国のいく末をディオクレティアヌスは感じていたのではないか。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
蛮族を退けることはかろうじてできたものの、税収は減り、軍事費はかさみ、貨幣の悪貨化は止まらない。 これぞローマと言うべきインフラの整備すら、手を付けられずに放置されたまま。 ローマもここまで落ちたか、と思わざるを得ない。 しかし人材がないわけではなかった。 軍人出身の皇帝がつぎつぎに暗殺され、首を挿げ替えられた中、軍属ではあったものの軍人ではなかったと思われるディオクレティアヌスが皇位に立つ。 これといって手柄を立ててもいない彼が、なぜ軍の推挙で皇帝になれたのか。 それは、軍という組織を維持するのに優れた手腕を持っていたからだと著者は言う。 同時多発的に侵入しては、略奪行為を繰り返す蛮族に、たった一人の皇帝では手が回らないと判断したディオクレティアヌスは、もう一人皇帝を立て、それぞれが責任をもって治安を維持することにしたのだ。 そしてそれが成功すると、さらに皇帝を増やして4人体制とする。 なかなか権力を分散する方向に舵を切る人は少ないと思うが、軍事的にはそれで十分対応できた。 しかし4人の皇帝にそれぞれ下部組織が付くわけで、これを維持するのは経済的にとても苦しいことになる。 国が上り調子の時、例えばネロやカリギュラのような皇帝が出ても、国の在りように影響がなかったのとは反対に、国が衰退していくときは、有能な人が出てきたとしても、流れを止めることはできないのだなとつくづく思う。 最後の一文、珍しく引きが強い。 ”ところが、第二次「四頭政」がスタートした紀元三〇五年のわずか一年と二ヵ月後に、誰一人予想していなかったことが起こったのであった。” 何?何? 何が起こったの? めっちゃ気になるじゃないの。
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軍人皇帝時代が終わり、絶対君主制の時代に。 その最初の皇帝はディオクレティアヌス。ローマに境を接する各地から蛮族の侵攻を防ぐため、ディオクレティアヌスが考案したのは、ローマを分割し、各地域の担当を決め、その各々が持ち場を守ること。そのため、ローマは東西に分かれ、さらに東西の正帝の...
軍人皇帝時代が終わり、絶対君主制の時代に。 その最初の皇帝はディオクレティアヌス。ローマに境を接する各地から蛮族の侵攻を防ぐため、ディオクレティアヌスが考案したのは、ローマを分割し、各地域の担当を決め、その各々が持ち場を守ること。そのため、ローマは東西に分かれ、さらに東西の正帝の下に副帝を置く、四頭政が開始。 それにより、蛮族の侵攻を食い止めることに成功。ただ、その代償として、軍人や官僚の増加とそれに伴う増税が発生する。 四頭政を次代に引き継ぎ、皇帝を引退するディオクレティアヌスだが、四頭政の不安定な面が表面化し、政局は不安定になっていく。
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紀元284年から305年下り坂にあるローマ帝国皇帝の地位にいたのは、ディオクレティアヌスでした。彼は信頼する友人のマクシミアヌスをその2年後に皇帝に推挙し、東西をそれぞれ治めることとしました。さらに293年、二人は東西を分担する人物を任命し、帝国は4人で分担する体制になりました。...
紀元284年から305年下り坂にあるローマ帝国皇帝の地位にいたのは、ディオクレティアヌスでした。彼は信頼する友人のマクシミアヌスをその2年後に皇帝に推挙し、東西をそれぞれ治めることとしました。さらに293年、二人は東西を分担する人物を任命し、帝国は4人で分担する体制になりました。4頭政と呼ばれる政治体制は、防衛システムとしては機能し、以前のどん底の危機から脱したのでした。皇帝の地位が脅かされる、以前の不安定な治世を経験したディオクレティアヌスは、統治の安定を考えた故なのか、絶対君主政の第一歩を踏み出します。帝国は4頭政により担当が細分化し、軍も官僚も縦割りで巨大化するという弊害も招きました。そして、絶対的な権威をも求めた結果、キリスト教徒の弾圧が始まるのでした。ディオクレティアヌスは305年、後継者を決めた後にマクシミアヌスとともに潔く退位します。4頭政の安定を信じていたということなのでしょうか…
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この巻では、いよいよローマ帝国の崩壊を食い止める一手。 前書までは、仕方なく東西に分けてそれそれに「正帝」と「副帝」を置く「四頭政」に移行する話。
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