苦しいけれど、離れられない 共依存・からめとる愛 の商品レビュー
共依存のことがよくわかった はじめの方は言葉がわからなかったり、わかりやすくないなーと思って眠かったけど 徐々に冬ソナや本や映画を題材にあげて説明したり、実際の状況で示してくれるとどんどん理解が深まった アルコール依存症の奥さんを持つ夫がイキイキしていることなど、気持ち悪いな...
共依存のことがよくわかった はじめの方は言葉がわからなかったり、わかりやすくないなーと思って眠かったけど 徐々に冬ソナや本や映画を題材にあげて説明したり、実際の状況で示してくれるとどんどん理解が深まった アルコール依存症の奥さんを持つ夫がイキイキしていることなど、気持ち悪いなぁと思いながら情景が浮かぶ気がした 強いものにするのが、依存で 弱いものに対してするのが共依存(支配) という認識が私の中ではストンと落ちた DVは共依存ではなく、犯罪とはっきり書かれているのもよかった 共依存と言う書き方になると、弱い立場(やられている方)にいる(ように見える)方も、支配依存している側になるということ
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dispower=パワーの収奪 enabler=酒を飲むことを助長する人 という概念を初めて知った。 共依存がアルコール依存症男性を支える妻という文脈から発生し現在の共依存という概念に落ち着いた流れがよく分かった。従来女性に唯一許された支配の方法がケアだったという出発点は悲しい。...
dispower=パワーの収奪 enabler=酒を飲むことを助長する人 という概念を初めて知った。 共依存がアルコール依存症男性を支える妻という文脈から発生し現在の共依存という概念に落ち着いた流れがよく分かった。従来女性に唯一許された支配の方法がケアだったという出発点は悲しい。 何より具体例が凄まじい
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著者が読んだ様々なフィクションの作品と、今までカウンセリングを介して出会った人たちとの記憶が混ざり合い、ずーっともの語りを聞いているような不思議な読書体験だった。 かなり陰鬱な話もあるのだが、それでもあたたかな暖炉のある部屋で聞いているような感じ。 あと、やはり物語には力が...
著者が読んだ様々なフィクションの作品と、今までカウンセリングを介して出会った人たちとの記憶が混ざり合い、ずーっともの語りを聞いているような不思議な読書体験だった。 かなり陰鬱な話もあるのだが、それでもあたたかな暖炉のある部屋で聞いているような感じ。 あと、やはり物語には力がある。フィクションであれ当事者の言葉であれ。
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知人から借りて。 共依存とは、2人の人間が相互に縋っている(水平な関係)状態ではなく、立場を利用した支配・被支配(垂直な関係)であることを明確にしている。 「共依存」という、アメリカから輸入されたこの言葉の歴史――例えば「アルコール依存症の夫」の妻が、暴力などに悩まされても「夫...
知人から借りて。 共依存とは、2人の人間が相互に縋っている(水平な関係)状態ではなく、立場を利用した支配・被支配(垂直な関係)であることを明確にしている。 「共依存」という、アメリカから輸入されたこの言葉の歴史――例えば「アルコール依存症の夫」の妻が、暴力などに悩まされても「夫は私無しでは生きていけない」と言って離れない傾向を指した事が始まりとされる。 しかしその傾向――共依存が性別を問わず起こる。 そこに手段の男女差はあれど、共通する意識がある(アルコール依存症の夫は妻への暴力・DV、アルコール依存症の妻は無力化し夫に世話をしてもらう)。 それは社会的に『献身的な愛』とみなされるが、一方が力で支配したり、無力化することで支配されたりしている力関係があることを指摘。 それを2000年代(ゼロ年代)のドラマや映画における人間関係を例に挙げて解説。『嫌われ松子の一生』『冬のソナタ』『男はつらいよ』など。 そして場合によっては、親子、母子間に負の連鎖として受け継がれてしまうことも取り上げる。 それがAC(アダルトチルドレン)であり、ひいてはヤンキーやキレる子供たちなどのルーツではなかろうか…… この本には、この支配からの具体的な脱出方法については記されていない。 その足掛りになりそうなものは、キャリル・マクブライド『毒になる母親』(http://booklog.jp/item/1/4864101191)を参照。 『毒になる母親』には、後半にあったアダルトチルドレンのかなりタチの悪いケース…母親が親の任を放棄し、子供にそれをリアルに押し付けたものに似た事例をも垣間見る。 アルコールや諸々の依存症に関してはデイミアン・トンプソン『依存症ビジネス――「廃人」製造社会の真実』(http://booklog.jp/item/1/4478022925)を参照。 依存症は病気ではなく習慣であり、依存症が生まれる要因として、入手しやすさ(手っ取り早く多幸感が得られる、身近にある、安価である)があることと共依存はどうしても関連がある。 そのロジックから考えると、「共依存」の発生原因――家族という身近さ、親近感=入手しやすさ故という事か? ギー・コルノー『愛することに「臆病な人」の教科書』(http://booklog.jp/item/1/4062641038)では、性的な児童虐待が起こりうる原因に、力関係だけでなく遺伝的な親近性が高いゆえに「理解してもらえる」という勝手な解釈から起こりうるとも指摘していた。 「依存症」も「共依存」医学的な用語ではない。 だが、個人に留まらず社会的な負の連鎖を垣間見る言葉として、興味深いとも思う。
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いつの間にか私も知ってた「共依存」っていう言葉。アルコールや、ギャンブル依存症、ひきこもりやDV、薬物中毒、摂食障害など問題を抱えた当事者の近親者の事を指す言葉だってなんとなくわかったつもりでいた。この本には、様々な事例、山田詠美の小説、寅さんや冬ソナまで引っ張り出して共依存を説...
いつの間にか私も知ってた「共依存」っていう言葉。アルコールや、ギャンブル依存症、ひきこもりやDV、薬物中毒、摂食障害など問題を抱えた当事者の近親者の事を指す言葉だってなんとなくわかったつもりでいた。この本には、様々な事例、山田詠美の小説、寅さんや冬ソナまで引っ張り出して共依存を説明。日本に昔から根ざした夫婦の力関係、ジェンダー問題も含めて、興味深い。カウンセリングにかかるほどの問題を抱えてなくても、ありふれた夫婦、親子の関係性の中にも共依存の種はあるもんだなと、ドキッとする。素人にもわかりやすい。
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両親の関係、親子の関係。 どちらも共依存だと、はっきりよくわかりました。 最後に「偽装された関係」・・・母と娘の関係の逆転。という部分、まったくその通りです。
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この本の内容は、いろいろ書いてあるが、つまり「共依存は非対称な権力関係から生まれる支配である」ということについて書かれている。時にそれは身の毛もよだつ、恐ろしく、狡猾で、なおかつ無意識である支配であり、また時にそれは、涙が出そうになるくらいささやかな、唯一の復讐であったりする。 共依存になるには2つの方法があるという。片方が強くなるか、片方が弱くなるか、である。これは別に、強いほうが弱いほうを支配する、という意味ではない。例えばある母親は、娘のことを「ママ」と呼ぶ。「ママがいないと、何もできない」と。母親と父親の間に愛はなく、娘は弱っている母親の愚痴を聞いたり、母親の身辺整理を行う。そうやって母親にとって娘は「代替不可能な存在」として仕立て上げられていく。娘は当時(2009年)50歳を過ぎ、結婚もしているが、今でも母親の身辺整理をする生活を送っているという。結婚相手は母親が決め、彼女の子供3人は彼女のことを「ママ」とは呼ばないという。その呼称はおばあちゃんがお母さんのことを呼ぶときの特権だということを、理解しているという。 また逆に片方が強くなっていくことによって、弱い相手を支配するパターンも、もちろん存在する。ある男性と女性が結婚した。最初は仲良く暮らしていたが、だんだんと男性が女性の意思決定を全て行うようになっていく。宮台真司的に言うパターナリズムである。「お前は俺がいなきゃダメなんだから」、「大丈夫大丈夫、俺がやるから」と。そういう中で彼女はだんだんと自分に対する尊厳が無くなっていき、相手に依存していくようになる。本文の中の女性は、それによってアルコール依存症になる。アルコール依存症になっている間は、夫の支配から逃れられるからだという。しかし夫は妻を見捨てず、気をかけ続ける。そしてその様子を周りの人や、アルコール依存症の夫で困っている奥様方の集まりで話す。それによって周りから賞賛を得る。"いい旦那さんだ"と。"自分は弱い相手を支える存在"として偉くなったような気分になる。 ただ一番強く描かれていたと感じたのは、経済的な基盤が無い女性と、アルコール依存症の旦那の共依存関係である。旦那さんはアルコール依存症で、奥さんにDVを加える。女性はそれに耐える。時に子供のため、時に旦那さんのために。"私がいなきゃあの人は死んでしまう"という意思の元、奥さんは耐え続ける。旦那さんは、自分がアルコール依存症になっていることを奥さんのせいにする。旦那は"もう自分なんか死んだほうがいい"と言ったり、家具を壊したりする中で、奥さんから「やめて!」、「死なないで!」という言葉(ケア)を引き出そうとする。奥さんがこのケアを旦那さんに与え続ける限り、旦那さんはアルコール依存症をやめない。最後の一線に奥さんからの救いの言葉があるというセーフティーネットがあることを知っているからだ。つまりこれは、一見旦那さんが奥さんを支配しているように見えて、実は奥さんが旦那さんを支配している共依存になるという。しかし、この状態は奥さんが悪いわけではなく、悪いのは夫であり、奥さんはそういう方法しか、道がなかったのだ。こういう状態であるとき、誰も奥さんを責めることはできない、と著者は言う。 このような、非対象性な関係から権力関係が生まれ、それが支配関係に発展していく。この対処方について、著者はあまり言及していないように見えた。きっと、ケースごとにそれぞれ全く状況が違うからだと思う。このほかにも壮絶なケースが、実話、小説を通して多く紹介されていた。こういった状況な人が実際にいるということ、また、自分自身も自分と周りの人たちとの関係性に敏感になっていないと、簡単にこういう関係を作り出してしまうということを、過去にこういう関係作り出してしまったことを思い出しながら、再確認し、言語化した。また最後に著者はこう言っている。"依存は悪ではない。鍵を握るのは依存させる人だ"と。周りの人に依存できる部分は依存し、また同じく相手も自分に依存すること事態は悪くない。そうではなく、ダメなのは、自身が代替不可能なかけがえの無い存在となり、その権力を使って相手を支配することだ。 こういった関係性が実際に存在することを認知し、こういう状態になったときに早めに気づくこと、もしくは周りに相談できる人がいることが大事だと感じた。
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共依存とは⇒アルコール依存症などの夫に対して「夫は私のケアがないと生きていけない」「夫を生かしているのはこの私」とケアする相手を支配する行為。そのケアが却って相手の依存度を悪化させる。 映画「ジョゼと虎と魚たち」の解釈が非常に面白い。切ないはずの結末がなぜか独特の爽快感を感じさ...
共依存とは⇒アルコール依存症などの夫に対して「夫は私のケアがないと生きていけない」「夫を生かしているのはこの私」とケアする相手を支配する行為。そのケアが却って相手の依存度を悪化させる。 映画「ジョゼと虎と魚たち」の解釈が非常に面白い。切ないはずの結末がなぜか独特の爽快感を感じさせるのは、主人公の二人が依存しあって息苦しくなる未来よりも、別れることによって自立した生き方を選んだからだろう。
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専門的な部分もあり、一度読んだだけでは理解できない。 ただ、共依存が単純な被抑圧ではなく、ケアという手段によって、相手を巧妙に支配する支配の多重構造であるということは、読んでみるまで考えもしなかった。 結局、それでお互い補いあっているのであれば、すべてが悪だとはいえない。 そ...
専門的な部分もあり、一度読んだだけでは理解できない。 ただ、共依存が単純な被抑圧ではなく、ケアという手段によって、相手を巧妙に支配する支配の多重構造であるということは、読んでみるまで考えもしなかった。 結局、それでお互い補いあっているのであれば、すべてが悪だとはいえない。 そうであるなら、どこからが悪となり、悪となった場合にどのように解決に導けばいいのかというところをもう少し知りたかった。 そんなこと簡単には言えないというのもわかるが。 本人たちは良くても、結局そのしわ寄せが、罪のない子どもに行くというのを聞けばどうしようもなくやるせない気持ちになる。 ただ、親たちが無自覚である限り、子どもを救うことも難しい。 この葛藤はいかんともしがたい。
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信田さんは、名前をみかければ必ず手に取ることにしています。 共依存、名前は知っているし、意味も大体わかっている言葉だけど、その「大体わかっている」ことが誤解をうんでいることを知りました。 「共依存」と名付けることで、被害者を加害者扱いする場合もあるのには納得。 また、妻のアルコー...
信田さんは、名前をみかければ必ず手に取ることにしています。 共依存、名前は知っているし、意味も大体わかっている言葉だけど、その「大体わかっている」ことが誤解をうんでいることを知りました。 「共依存」と名付けることで、被害者を加害者扱いする場合もあるのには納得。 また、妻のアルコール依存症を甲斐甲斐しくケアする夫に対する記述には、驚くとともに激しく頷いてしまいました。
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