善悪の彼岸 の商品レビュー
●2026年4月7日、ピーターティールの「ゼロトゥワン」読書中。この本が引用されてた。 30ページ: 「狂気は個人にあっては稀有なものである。だが集団、党派、国家、時代においては通例である」
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遠近法により、哲学や道徳の絶対価値を批判し、秩序や善悪の判断を捨て、解釈だけがある新しい哲学について論じた本 光文社古典新訳文庫 ニーチェ 善悪の彼岸 「真理を女性と考える」という軽妙な序文から始まるが、「哲学の暴力」「悪循環の神」「家畜の群れとしての人間」「道具とし...
遠近法により、哲学や道徳の絶対価値を批判し、秩序や善悪の判断を捨て、解釈だけがある新しい哲学について論じた本 光文社古典新訳文庫 ニーチェ 善悪の彼岸 「真理を女性と考える」という軽妙な序文から始まるが、「哲学の暴力」「悪循環の神」「家畜の群れとしての人間」「道具としての人間」「多くの人と同じ意見をもつ悪趣味」など ニヒリズムな言葉の数々に驚く 道徳を哲学の初期段階と位置付け、道徳を復讐、欺瞞、強制と結びつけるような過激な表現が多い 「生そのものは本質において、他者や弱者をわがものとして、傷つけ制圧することである」
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・すべての深い思想家は、誤解されるよりも理解されることを恐れるものだ。誤解されて苦しむのは、彼の虚栄心だけだろう。しかし理解されて苦しむのは彼の心であり、共感の情である。共感の情はつねにこう語るのだ。「ああ、君たちはなぜわたしのように苦しい思いをしたがるのだ?」
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長いあいだ深淵を覗きこんでいると、深淵もまた君を覗きこむのだ。(中山元訳) 【かんぴょう巻き】 【エリアB:どこかで聞いたフレーズのオリジナル(元ネタ)を読んでみませんか】 ●図書館で借りられます。貸出中の場合は予約できます。下記URLからどうぞ。 https://librar...
長いあいだ深淵を覗きこんでいると、深淵もまた君を覗きこむのだ。(中山元訳) 【かんぴょう巻き】 【エリアB:どこかで聞いたフレーズのオリジナル(元ネタ)を読んでみませんか】 ●図書館で借りられます。貸出中の場合は予約できます。下記URLからどうぞ。 https://library.auhw.ac.jp/CARIN/CARINOPACLINK.HTM?IS=9784334751807
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「ニーチェの考える新しき哲学とは、真理を暴きだすのではなく誘惑する哲学、キリスト教の道徳のくびきの魔力を明らかにして、そこから解放される道を示す哲学、すべてのものの見方のうちに潜む先入観を暴きだしながら、遠近法(パースペクティブ)の自覚へと誘う哲学である。」 先人の思考を次々と突...
「ニーチェの考える新しき哲学とは、真理を暴きだすのではなく誘惑する哲学、キリスト教の道徳のくびきの魔力を明らかにして、そこから解放される道を示す哲学、すべてのものの見方のうちに潜む先入観を暴きだしながら、遠近法(パースペクティブ)の自覚へと誘う哲学である。」 先人の思考を次々と突き破っていく本。批判して、「この思想のここがおかしい!」と言ってどんどん次へ進んでいく。つまりニーチェは何が言いたいんだ?と私は思ってしまい、解説を見ると上文があった。この本も列記とした哲学書なのだと知った。 まだ一篇しか読んでないが、読み進めるのが大変かつ実践的な内容ではないので積読にする。
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永劫回帰、超人、ルサンチマンなどの概念を生み出したことでも知られるニーチェだが、 なぜニーチェが、どうゆう理由で、それらの概念、価値を創り出したのか? それを良しとしたのか? この本ではそれらのワードはまだ出てきてはいないが、その結論に至るまでの思考の変遷をニーチェと共に追体験す...
永劫回帰、超人、ルサンチマンなどの概念を生み出したことでも知られるニーチェだが、 なぜニーチェが、どうゆう理由で、それらの概念、価値を創り出したのか? それを良しとしたのか? この本ではそれらのワードはまだ出てきてはいないが、その結論に至るまでの思考の変遷をニーチェと共に追体験することが可能な本だ。 結論が正しいかどうかの議論とは別に、 その結論に至るまでの道筋に対峙していくことができる。時代を超えて。 それが古典の醍醐味である。 善悪の彼岸というタイトルのこの著書は、 過去から作り上げられてきた良し悪しという価値基準をぶち壊しにかかるニーチェの精神の奮闘を共に味わうだけでなく、参加することができる。 それほどに読者に何かを叩きつけてくる激しさをもった書。 まったくもって新しい。
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ツァラトゥストラを分かりやすく書き直したというだけあって曙光よりだいぶ理解できた。と思う。すごくまじめに読んだら面白かった!ニーチェ先生が私たちのレベルまで降りてきてくださっているという感じ。 まず支配者の道徳と奴隷の道徳があって、奴隷=一般人はキリスト教程度で満足していればよいけど、支配者、新しき哲学者は奴隷も何もかも利用して高次の課題にあたり、新たな道徳価値を創造する。そういう人々が必要なんだ、ということ。 精神は自分の周りを同化し、征服し、わがものにすることで成長しようとする、これが生の本能、力への意思。キリスト教的道徳のもので、この本能は悪として否定され、支配者になるべき人を傷つけてきた。無条件に真理に高い価値を認め、認識できるものと断定していた今までの哲学は間違いだった。 新しき哲学者は、下賤な人間に学びながらも、孤独で、独立不羈でなくてはならない。苦悩の中で自由な精神を高め、力への意思を行使する。人間の「どこへ?」と、「何のために?」を定めるために。 これは祖先からこの仕事に取り組み、訓育されていて高貴で強い精神の者のみ許される。 すがすがしいほどの選民思想!あと女性蔑視的発言!真理は女性だから仕方ないのか!私は間違いなく奴隷なのだがここまで徹底してるともう全然嫌な感じしない。感嘆があるのみ。 人間にはランクがあるということは全く間違いではないと思うが、ここまで臆面もなく主張できるのはすごい。 「そこに驢馬が登場した 美しく、いとも逞しき驢馬が」のところと、突然「自殺を考えることは、きわめて優れた慰めの手段である」と言い出してメンヘラになるところは笑った。
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権力が横暴を極め、富裕層はひたすら自らの富を蓄積することだけを求めているような時代。ルサンチマンではなく、もっと強靭な個の思想を持つことが求められているような時代だからこそ、ニーチェは読み直されなければならないと、内なる声が教える。
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「ツァラトゥストラ」よりは、その意味するところが明瞭だった。哲学批判や、生の本質が平等ではないなど、鋭い指摘があった。訳は読みやすかった。女性については、なぜここまで保守的なのだろうか。
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ニーチェ以前の哲学を批判し、あるべき哲学者像を呈示した書。哲学の理論とはその創始者の自己認識であり、道徳的な意図を持って成長したものだと言う。道徳には主人の道徳と奴隷の道徳との2種ある。以前の哲学者が依った道徳は後者であった。真理への意志とは力の意志なのだから前者に依って哲学すべし、というのがニーチェの主張である。後者の道徳の欺瞞性は我々も無意識的にでも勘付いているはずだ。例えば例えば「いい人、なんだけどね・・・。」などと評する時だ。その台詞にはニーチェが指摘した善と愚の接近がある。なお、本書は寄り道が多い。稲妻に撃たれるようなものもあれば、女性やユダヤ人に対する読むに耐えないものまで。そんな訳でか、道徳についての詳細は『道徳の系譜』に譲られる。
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