街道をゆく 新装版(24) の商品レビュー
▼近江です。滋賀県です。最近では個人的には「成瀬シリーズ」の滋賀県です。 司馬遼太郎さんの作品が好きな方々には先刻ご承知、司馬さんは近江が大好きです。明るくて経済性があって合理的な感じですからね。 ▼近江の旅は、芭蕉などの「俳句旅行記」と伴走。全然そういうの、読み手のこち...
▼近江です。滋賀県です。最近では個人的には「成瀬シリーズ」の滋賀県です。 司馬遼太郎さんの作品が好きな方々には先刻ご承知、司馬さんは近江が大好きです。明るくて経済性があって合理的な感じですからね。 ▼近江の旅は、芭蕉などの「俳句旅行記」と伴走。全然そういうの、読み手のこちらは無教養なんですが、大変楽しく読めます。 ちなみに、司馬さんの旅の時期は1983年だそうで、2026年現在から見ると、40年以上前。40年以上前の旅行記が今でも楽しめるというのが司馬さんの凄みです。 「寝物語の里」から俳諧旅行記。そして 「なぜ種子島にやってきた火縄銃は、近江の国友村が生産のメッカになったのか??」 ▼近江編の後半は、「琵琶湖」。信長の安土城への思いから、琵琶湖へと話が展開していくのはお見事。琵琶湖の開発、恐らくは1970年代から、日本列島改造論、田中角栄、ゼネコン狂騒の時代のおかげで、琵琶湖が破壊されていく。そのことへの、警鐘。 このあたりは2026年現在はどうなんでしょうね。一般に東京都心などの河川含めて、80年代よりは今のほうがはるかに回復していると思いますが。 ▼奈良編が実は狙いでこの巻を読みました。司馬さんの解説する「奈良時代」が読めるかなあ、と思って。 奈良時代そのものには取り組んでいませんでしたが、奈良飛鳥時代の背骨とでもいうべき、「仏教伝来~奈良仏教とは」というお話で、大変に面白かったです。 興福寺がそんなに巨大だったということも無学で知りませんでしたし、 「奈良時代の仏教は、葬式はしなかった。もともと仏教にとって、葬式などの死と対峙する業務は、後付け。本来はそんなことしなかった」 これまた無学無知で、目からウロコでした。 「東大寺のお坊さんが亡くなると、東大寺でお葬式はしない(笑)。東大寺のお坊さんたちの葬儀を請け負う寺が別にある」 へえええええ。
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ここまではどだい無理としても、土地に対する感性があると旅はより楽しくなること必至。 まだまだ学ぶことは多し、とりあえず古都を堪能しますか。
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種子島鉄砲は鋳鉄でなく鍛鉄だから実用品ができた 葦(あし)と よし は琵琶湖の専門家に言わせると違う 寺の原義は建物としての役所 鴻臚寺 外国人宿泊所
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筆者が「近江散歩」した昭和59年は、国土開発が猛威を振るっていたようで、琵琶湖の干拓などで国土が変わっていく様子を嘆いている。 当時滋賀県知事だったの武村正義氏の下で、合成洗剤に含まれるリンによる琵琶湖富栄養化の影響を取り除くために、洗剤に含まれるリンの使用を禁止した条例している...
筆者が「近江散歩」した昭和59年は、国土開発が猛威を振るっていたようで、琵琶湖の干拓などで国土が変わっていく様子を嘆いている。 当時滋賀県知事だったの武村正義氏の下で、合成洗剤に含まれるリンによる琵琶湖富栄養化の影響を取り除くために、洗剤に含まれるリンの使用を禁止した条例している。「肥料争奪戦の時代」で書かれてのと同じことが、かつての日本で起きていた。
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近江散歩と奈良散歩の二つが収められている。 私自身は奈良にあまり行っていないので、奈良散歩に心惹かれた。奈良はまるで唐の都・長安が残っているかのようだということが説得力のある文章で伝わってくる。 そして、どなたかも書いていたが、心に残ったのは次の一節。 死者に戒名をつけるなどどい...
近江散歩と奈良散歩の二つが収められている。 私自身は奈良にあまり行っていないので、奈良散歩に心惹かれた。奈良はまるで唐の都・長安が残っているかのようだということが説得力のある文章で伝わってくる。 そして、どなたかも書いていたが、心に残ったのは次の一節。 死者に戒名をつけるなどどいう奇習がはじまったのはほんの近世になってからである。インド仏教にも中国仏教にもそんな形式も思想もない。江戸期になって一般化したが、おそらく寺院経営のためのもので、仏教とは無縁のものといっていい。 (文庫の旧版の、P 318) よくぞ言ってくれたといった感じで、小気味いい。 別の巻では、茶道の家元制度についても手厳しく批判していた。 司馬遼太郎の健全な批判精神は、もっと評価されても良いように思う。今、ここまで断言する評論家、作家がいるだろうか。
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「死者に戒名をつけるなどという奇習ががはじまったのはほんの近世になってからである。インド仏教にも中国仏教にもそんな形式も思想もない。江戸期になって一般化したが、おそらく寺院経営のためのもので、仏教とは無縁のものといっていい。戒名がさほどの歴史性もなく、仏教の教義にも関係がないとい...
「死者に戒名をつけるなどという奇習ががはじまったのはほんの近世になってからである。インド仏教にも中国仏教にもそんな形式も思想もない。江戸期になって一般化したが、おそらく寺院経営のためのもので、仏教とは無縁のものといっていい。戒名がさほどの歴史性もなく、仏教の教義にも関係がないというのは、わが国最古の過去帳をもつ修二会がそれを証明している。(『街道を行く 24〈新装版〉近江散歩、奈良散歩』p.357)
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スペインポルトガルから帰ってきた司馬さんが次に向かったのは、連載スタートの地である近江。連載も2週目に入ったことを感じます。前回の近江は琵琶湖の西、今回は東と違いはあるのですが。 後半の奈良は東大寺を中心に。二月堂のあたりに行くと私程度でも色々と思うところがありますので、景色に促...
スペインポルトガルから帰ってきた司馬さんが次に向かったのは、連載スタートの地である近江。連載も2週目に入ったことを感じます。前回の近江は琵琶湖の西、今回は東と違いはあるのですが。 後半の奈良は東大寺を中心に。二月堂のあたりに行くと私程度でも色々と思うところがありますので、景色に促されて思索が深まるという点はあるように思えます。あと修二会は去年NHKなどで撮影したのを見ているのもあり、情景を思い出しながら読むことが出来ました。
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今度、この本を持って滋賀、奈良に行こう! BSプレミアムで、『新街道をゆく』が始まりました。1回目は第1巻『湖西のみち』第24巻『近江散歩』です。
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近江散歩は滋賀東部を題材に国土開発の功罪を語り、奈良散歩は多武峰や興福寺周辺を題材に古代から連面と続く世界を語る。 姉川の戦いの描写や、興福寺の修二会の世界などなど、魅せられる章がたくさんある。 司馬遼太郎作品を初めて読んだけど、知識の豊富さ、創造力の豊富さ、交友の広さ、どれ...
近江散歩は滋賀東部を題材に国土開発の功罪を語り、奈良散歩は多武峰や興福寺周辺を題材に古代から連面と続く世界を語る。 姉川の戦いの描写や、興福寺の修二会の世界などなど、魅せられる章がたくさんある。 司馬遼太郎作品を初めて読んだけど、知識の豊富さ、創造力の豊富さ、交友の広さ、どれも突き抜けててたまげる。 そういう視点で見たこと無かった、ということが多くて面白い。 ざっと眺めたときの雑多な感じや、急に場面展開したり話が脇道にそれるのもご愛敬といったところだろうか。一冊の本にまとまった状態じゃなくて、連載当時に読みたかったかも。
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奈良というまちの良さを理解するためには、 歴史的な想像力が必要であると知った。 とある機会に奈良を訪れることになり、 ちょうど時間を持て余していたので少し観光していくことに。 しかし、どこを見ても似たような寺や古墳だらけで、 何が素晴らしいのかわからない。 博物館に行くと...
奈良というまちの良さを理解するためには、 歴史的な想像力が必要であると知った。 とある機会に奈良を訪れることになり、 ちょうど時間を持て余していたので少し観光していくことに。 しかし、どこを見ても似たような寺や古墳だらけで、 何が素晴らしいのかわからない。 博物館に行くと幾つもの国宝や重要文化財が目の前に現れる。 でも、それがどうして「宝」であり「文化財」なのかが理解できない。 私はとても悔しかった。 そんなとき、ふらっと書店によって手にしたのが本書。 日本を代表する歴史小説家の目には、 奈良のまちがどのように映っているのかが知りたかった。 それから4日ほど奈良に滞在した。 代表的な奈良の名所を訪れ、時にはなんでもない普通の道を歩いたりもした。 しかし、そんなところですら、知らず歩いていると深い水堀に囲まれた巨大古墳に出くわすのである。 著者の歴史的な「記憶」をたどり、今ある奈良を散歩する本書。 「次は近江に行こうかな…」 などと、帰路の電車に揺られながら思うわけである。
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