書きあぐねている人のための小説入門 の商品レビュー
テクニックが書かれた本ではなく、小説に対する向き合い方や考え方が中心。 なので、技術を期待している人にはおすすめ出来ない。 参考になる点もあれば、そういう考えもあるね、だったり、別にそうは思わんが、といったものもあり、全体として肯定的、否定的に見えたのが半々といったところ。 面...
テクニックが書かれた本ではなく、小説に対する向き合い方や考え方が中心。 なので、技術を期待している人にはおすすめ出来ない。 参考になる点もあれば、そういう考えもあるね、だったり、別にそうは思わんが、といったものもあり、全体として肯定的、否定的に見えたのが半々といったところ。 面白いところとして、結果ではなく過程、細部に重きを置く考えが新鮮で一番印象深い。小説としての面白さが道中あればストーリーは不要といった考えで、確かに振り返ったときの読書体験としての良さは、そっちなのかもしれないと思った。村上春樹を思い出す。 残念なところとして、個人的な印象だが少々、古臭い感じがした。末尾のページを見ると2003年に刊行されているようだが、もっと古く感じた。昭和の頑固なおっさんから説教されるような、そういう煩わしさみたいなものを感じた。
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書きあぐねているわけではなく、別に小説を書こうともしていない会社員だが、ここで書かれていることは、小説に限らない表現全般、あるいは「表現」とは言わない仕事にも当てはまるような気がしていて、時々本棚から引っ張り出して再読してしまいます。 「…『自分にとって』と言うときの『自分』が、...
書きあぐねているわけではなく、別に小説を書こうともしていない会社員だが、ここで書かれていることは、小説に限らない表現全般、あるいは「表現」とは言わない仕事にも当てはまるような気がしていて、時々本棚から引っ張り出して再読してしまいます。 「…『自分にとって』と言うときの『自分』が、小説を書くためのいちばんの障害なのだという風に考えてみてほしい。ここで、『自分にとって』と言った人の『自分』とは、一つの作品を書く前と書き終わった後で変わっていない『自分』のことでしかな」い。(P.196)「…一度書き終わった作品にこだわらず、同じモチーフにもこだわらずに『次へ』『次へ』と行ってみる過程できっとわかるはずだ。小説(小説家)にとって、『自分』や『自分の作品』、『自分のアイデア、イメージ』は、意外なことに、”躓きの石”なのだ。」(P.196-7) 度々説明に登場する「プレーンソング」も再読したくなります。
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小説家を書くとき、私は登場人物とそれらの人間関係、そして場を決めたら、あとはテーマなど考えずに書き出す 手近な人物のほうが、リアリティがあり、個性がある 登場人物はできるだけ多く出す 小説は流れで書く 結末をまず決めて、それに向かって話を作っていく 技術なんて何冊も小説を読んでいれば誰でもそこそこ身につくもの 自分の書いたものをせっかく書いたんだだからという気持ちでかわいがらず、切る必要があったら切る
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小説ってこんなこと書いてもいいんだって安心させてくれる大好きな指南書。 自分が書いてる小説ってこんなのでいいのかな、もっと学ぶべきことがあるんじゃないか?なんて小説を書いてたら、あるいは思いついたその日からどうなんだと書きあぐねてる人に読んで欲しいタイトルと内容に惹かれて買いまし...
小説ってこんなこと書いてもいいんだって安心させてくれる大好きな指南書。 自分が書いてる小説ってこんなのでいいのかな、もっと学ぶべきことがあるんじゃないか?なんて小説を書いてたら、あるいは思いついたその日からどうなんだと書きあぐねてる人に読んで欲しいタイトルと内容に惹かれて買いましたが、正解でした。 やっぱり小説って楽しいですよ!
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弟子の高橋くんからいただいた。 保坂和志の本は『季節の記憶』を読んだことがある。当時住んでいた下北沢でできたばかりのヴィレッジヴァンガードですごい山積みで売られていて、絶対に読んで欲しいという力強いポップがあって思わず買った。そんな記憶が鮮明に残っているのだけど、内容はさっぱり思い出せない。 創作に関する本はたいてい面白くて、この本も面白かった。具体的なメソッドよりも、より大事な心構えについてたっぷり書かれている。「小説とは一体何か、常に問いかけろ」というような内容で、それは漫画でも言えることだ。しかし、そんなことは全く気にしたことがない。気にしていたらここまでやってこれなかったかもしれない。重要だけど危険な問いかけだ。今後も気にしない方がいいような気もする。 小説も前からちょっと書いてみてもいるのだけど、小説に取り組む際には少し気にしてみたい。この本の時点までの作品について創作ノートがかなりの分量で収録されている。記憶にほぼ残っていない『季節の記憶』以外は読んだことがないため、あま り意味がなかったかもしれないけど、言及されている作品を読んでみたくなる。
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図書館本。ちょっと自分には合わなかった…。入門というか、作者の考えをエッセイのようにまとめたものというかんじでした。
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けっこうズバッとやりがちなことを否定してくれてて面白かった。 まだ著作を読んだことないんで、読んだ上で創作ノートも読みたい。
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書くためにどこに意識を向けなければならないか、どこを考えなければならないか、どこを考え抜かなければならないか、がわかり、そこを乗り越えられれば、あとは書くだけ、なんだなということがわかった。 あと、書けない時の多くの言い訳をことごとく潰されてしまった感じで、立つ瀬がないというか...
書くためにどこに意識を向けなければならないか、どこを考えなければならないか、どこを考え抜かなければならないか、がわかり、そこを乗り越えられれば、あとは書くだけ、なんだなということがわかった。 あと、書けない時の多くの言い訳をことごとく潰されてしまった感じで、立つ瀬がないというか、退路は断たれてしまったので、書くことに向かうか、書くことを諦めるか、その二択の極めてシンプルな事になってしまった。個人的には。
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久々に、最初から最後まで苦痛なく読めた一冊。 どちらかというとストーリーに重きを置いて小説を読み書きしてしまう身としては、ストーリーにおいて同様のことをすれば、それもきちんと小説では?と思わなくもない。 他人であるからにして当然に考え方の相違はあるもので、でもそれをおいても、納得...
久々に、最初から最後まで苦痛なく読めた一冊。 どちらかというとストーリーに重きを置いて小説を読み書きしてしまう身としては、ストーリーにおいて同様のことをすれば、それもきちんと小説では?と思わなくもない。 他人であるからにして当然に考え方の相違はあるもので、でもそれをおいても、納得してしまう小説感だった。
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久しぶりに保坂和志を読んでやはり著者の小説観は素晴らしいと実感。小説を読むとは読んでいる体験のことであって、ああこういうタイプの小説ねとか、期待した感情(感動とか、怒りとか、)を得るために読むものではないということ。 小説家とは小説やフィクションというコードがあってそれに沿って...
久しぶりに保坂和志を読んでやはり著者の小説観は素晴らしいと実感。小説を読むとは読んでいる体験のことであって、ああこういうタイプの小説ねとか、期待した感情(感動とか、怒りとか、)を得るために読むものではないということ。 小説家とは小説やフィクションというコードがあってそれに沿って書く人のことではない。だから例えば著者の小説で描かれる猫は単に猫であり、何かを象徴・表象するために書かれているわけではない。また大人の男女が2人いたらそこにセックスが描かれないと小説っぽくないというのもコードだ。さらに単に会話文を続ければ小説になるものでもない。これは著者が引用するトルストイのアンナ・カレーリナの文章を読むと単純な日常の会話が臨場感をもって浮かび上がるように描かれているところなど、ああ小説によってもたらされる体験とはこういうものだよな、と思わずにはいられない。 本書内で著者が何度か書くようにいわゆる上手い文章は小説らしいのだけれど、それはあくまでも小説のコードに従って書いているだけで、小説を読むという行為の結果として読者の価値観に変更はもたらせられないだろう。そのような小説からいかに脱却するか、それが現代において小説家になるということなのではないか。 まあ、そうではない小説観を持つ人がいることは否定はしないけれど、私は著者の小説観を支持したいと思う。
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