資本主義と自由 の商品レビュー
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フリードマンの思想を貫くのは、政府の裁量を徹底的に排除し、個人の選択と市場のルールを最優先する姿勢です。 1. 通貨制度と中央銀行のあり方 フリードマンは、1930年代の大恐慌を「市場の欠陥」ではなく、連邦準備制度(FRB)という「政府の失敗」によるものと結論づけました。 FRB不要論の背景 中央銀行がその時々の判断で金利や通貨量を操作する(裁量)ことが、かえって景気の不安定化を招くと批判しました。彼は、通貨供給量を機械的に毎年一定率で増やす「kパーセント・ルール」を提唱し、中央銀行を自動販売機のような存在にすべきだと考えました。 金本位制への批判 1960年代のブレトンウッズ体制を「偽物の金本位制」と呼びました。政府が金の価格を固定しながら、国内の景気対策のために通貨を増発するという矛盾(価格統制)が、必然的にシステムの崩壊(ニクソン・ショック)を招くと予言していました。 2. 自由貿易と産業保護の対立 フリードマンにとって、貿易の目的は「輸出」ではなく「輸入(消費)」による国民の豊かさでした。 関税の本質 関税は輸出企業への打撃ではなく、自国の消費者に対する「隠れた増税」であると断じました。安価な輸入品を排除して効率の悪い自国産業を延命させることは、国全体の生産性を下げ、政治的な利権を生むだけだと批判しました。 安全保障とのジレンマ 現代の視点では、製造業の衰退が安全保障のリスクとなっています。フリードマンは、もし特定の産業が国防に不可欠ならば、関税ではなく「国防予算からの直接補助」で行うべきだと主張しました。これにより、国民がそのコストを明確に把握し、政治的な恣意性を抑制できると考えたためです。 3. 教育制度と市場原理 公立学校による教育の独占を、自由を損なうものとして批判しました。 教育バウチャー制度 政府は学校を直接運営するのではなく、親に「教育クーポン」を配り、私立・公立を問わず自由に選ばせるべきだという提案です。これにより、学校間に「選ばれなければ予算がなくなる」という競争原理を導入し、質の向上を狙いました。 格差に関する論争 反対派は、優秀な生徒が私立に流れる「クリーム・スキミング」を懸念しますが、フリードマンは「現在の住む場所(不動産価格)によって教育格差が固定化されている制度こそが不平等だ」と反論しました。 結論:効率か、あるいは生存か フリードマンの理論は、徹底した経済合理性に基づいています。しかし、現代の世界は、彼が「非効率」として切り捨てた「政府の介入」や「産業保護」を、国家の生存(地政学リスク)のために受け入れざるを得ない局面を迎えています。 彼の警告は、私たちが安全や平等と引き換えに、どれだけの自由と経済的活力を失っているのかを常に問い直す鏡のような役割を果たしています。
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格差是正、資本主義の限界など、ふんわりと課題に感じていた点を友人に伝えたところ、自由主義の代表にあえて触れてみるのがいいのではとのことでお勧めされた。 結果としては、非常に面白く読むことができた。 彼自身は小さな政府を好み、個人の自由を保証すること。 市場の自由は結果的に政治的...
格差是正、資本主義の限界など、ふんわりと課題に感じていた点を友人に伝えたところ、自由主義の代表にあえて触れてみるのがいいのではとのことでお勧めされた。 結果としては、非常に面白く読むことができた。 彼自身は小さな政府を好み、個人の自由を保証すること。 市場の自由は結果的に政治的な自由を生む。という前提に立つ。 そして、格差是正についても今のベーシックインカムに類するものや、再教育、税制のシンプル化など50年代にここまでの内容に踏み込めていた彼の慧眼には驚きを隠せない。 個人的には、ピケティが説いた資本主義の限界へのアプローチを組み合わせることで十分に現代に適用されると思うので、彼のほかの著書も読んでみたい。
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個人的には今年読んだ中で一番の名著 自由とは何かから入り、当時(1962年)の経済政策の間違っている点などを分かりやすく解説している また、60年以上経っている現代にも多くが適用できることで、これほどまでに的を得た解説をすることに先見性が凄いと言わざるを得ない
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「資本主義と自由」 https://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51294647.html 「『資本主義と自由』はいつまでも新しい」 https://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51683125.html
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この人は何でそんなに能天気に競争の力を信じられるのだろう。百万歩譲って仮に競争に十分な調整機能があるとしよう。競争の結果として悪徳業者が淘汰されるには一定の時間と犠牲者が必要な訳だが、その間に悪徳業者に騙された人は「運が悪い」か「品質を見分けられない間抜け」だから諦めるしかない...
この人は何でそんなに能天気に競争の力を信じられるのだろう。百万歩譲って仮に競争に十分な調整機能があるとしよう。競争の結果として悪徳業者が淘汰されるには一定の時間と犠牲者が必要な訳だが、その間に悪徳業者に騙された人は「運が悪い」か「品質を見分けられない間抜け」だから諦めるしかないのか?医療なんて命に係わるのに。著者の視点からは弱者や敗者の存在が徹底的に排除されている。 この本が刊行されたのはブレトンウッズ体制下で今よりもずっと統制色の強い経済であった。それから70年近く経過し、ある意味著者の思い描いた世の中になってきているが、今では新自由主義のもつ負の側面が色々な所で露になっている。戦後復興期という非常に特殊な状況下では経済成長がそのネガティブな面を打ち消すこともできたが、成熟したゼロサム社会でこんな無茶苦茶なレッセフェールを野放しにしたら格差がとめどもなく拡大し、治安や社会道徳に重大な影響を与えるだろう。私はそんな世の中は嫌だ。誰もが安心して暮らせる社会にしたいと思う。 最後に解説を書いている高橋洋一。あんたらが目指すリフレ実現のために日銀に大量の国債やETFを買わせ、前代未聞の長期金利までも操作しておいて何が自由主義経済か。もし神の見えざる手がすべてを解決してくれるなら、デフレも放っておけばよかろう。こいつらのモットーは「今だけ、金だけ、自分だけ」。ご都合主義にも程がある。
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ハイエクの「自由の条件」と並ぶフリードマンによる新自由主義の古典的な著作。 新自由主義的な政策は、私にとっては仮想敵みたいなものなのだが、イメージだけで批判しても仕方がないので、一応、読んでおこうと思った。 原著は1962年だが、ベースとなっている講義は1955年ごろとのこと...
ハイエクの「自由の条件」と並ぶフリードマンによる新自由主義の古典的な著作。 新自由主義的な政策は、私にとっては仮想敵みたいなものなのだが、イメージだけで批判しても仕方がないので、一応、読んでおこうと思った。 原著は1962年だが、ベースとなっている講義は1955年ごろとのことということなのだが、今読んでも古びていない。どっちかというと批判的に読んでいるのだが、説得力は結構あって、ちょっと納得したところもいくつもあった。 どういう思想であれ、それを生み出した人の思考は、深い。単純に経済学者が、なんでもかんでもマーケットメカニズムに任せておけば大丈夫みたいなことを言っている訳では全くない。 フリードマンの思考は、哲学的には、リバタリアンという自由にもっとも価値をおく立場。経済活動だけでなく、さまざまな活動、思考などの、できるだけ人間が自由に選択できるようにしようとしている。なので、できるだけ政府の役割を最小限にしようというのが基本的なスタンス。 そこからスタートして、現在、政府、規制などなどが関与している活動をさまざまな分野において検証しながら、なんらかの政府の活動が可能なものとそうでないものを仕分けていく感じ。 その際のロジックの切れ味は鋭く、フリードマンの主張に賛成しないまでも、彼の土俵につい上がって、「いやそこまではできないだろう、このあたりじゃないか」みたいなことを考え始めている自分がいたりする。 今となっては、新自由主義の政策が破壊的な結果を生み出したかを知っているわけだが、それを単にお役御免にしてしまうのではなく、じっくりと彼の主張を吟味して、自問自答することが必要かな? とくに個人の自由より、集団での利益が重視され、事細かな管理、統制、規制に向かい個人の選択を制限する方向に進みがちな日本においては、フリードマン的な思考は大事なものをもっているかもしれないと思った。
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市場の原理に委ね、政府の介入余地を減らすことが、個人の自由度を高める。政府の施策は利益の偏りが生じる。少し難解でした。
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現代経済において必ずしもマッチしないところはあるが、この本の内容と考え方は理解しておいた方が良いだろう。
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シカゴ自由学派のフリードマンは、経済活動への政府の介入を最小限にとどめ、自由な経済活動を主張した、シカゴ経済学派の中心人物として高名です。 本書を読むと、個人的自由というものに対する透徹した考え方がひしひしと伝わってきます。例えば、次の一節。 「自由人は、国が自分に何をしてくれる...
シカゴ自由学派のフリードマンは、経済活動への政府の介入を最小限にとどめ、自由な経済活動を主張した、シカゴ経済学派の中心人物として高名です。 本書を読むと、個人的自由というものに対する透徹した考え方がひしひしと伝わってきます。例えば、次の一節。 「自由人は、国が自分に何をしてくれるのかを問わない。その代わり、自分の自由を守るために、政府という手段を使って何ができるか、を考える」 続けて彼は、こう言います。「権力はよからぬ意図を生みやすく、また磁石のように、悪しき意図を持つ輩を吸い寄せる」。フリードマンが、個人の自由意志に絶大な信頼を寄せていたことは、「偉大な業績を生み出したのは、個人の才能であり、大勢に逆らって貫き通された不屈の意志であり、そして個性や多様性に寛容な社会であった。」という表現からもよく分かります。 一方、企業の役割が株主価値の最大化以外にない、と言い切ってしまっていますが、今日企業に期待される経営におけるESGの重要性やSDGへの貢献への要求の高まりは、本書が執筆された1962年時点ではまだ予測不能な現象だったのでしょうか。 フリードマンの経済、政治の在り方に対する主張は、今日の米国のリバタリアニズムにも大きな影響を与えているような気がします。別の本の感想でも書きましたが、当人の孫がシーステッドという洋上自由都市を提唱しているというのは、一家に自由信奉の精神が脈々と受け継がれているからでしょう。
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本書が出版されたのは1962年。 本書第2章に、政府がやる理由がない政策が14列挙されている。 ●農産物の買取保証価格制度 ●輸入関税または輸出制限 ●農産物の作付面積制限や原油の生産割当てなどの産出規制 ●家賃統制 ●法定の最低賃金や価格上限 ●細部にわたる産業規制 ●連邦通...
本書が出版されたのは1962年。 本書第2章に、政府がやる理由がない政策が14列挙されている。 ●農産物の買取保証価格制度 ●輸入関税または輸出制限 ●農産物の作付面積制限や原油の生産割当てなどの産出規制 ●家賃統制 ●法定の最低賃金や価格上限 ●細部にわたる産業規制 ●連邦通信委員会によるラジオとテレビの規制 ●現行の社会保障制度、とくに老齢・退職年金制度 ●事業・職業免許制度 ●いわゆる公営住宅および住宅建設を奨励するための補助金制度 ●平時の徴兵制。 ●国立公園 ●営利目的での郵便事業の法的禁止 ●公有公営の有料道路
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