ジョゼフ・フーシェ の商品レビュー
ジョゼフ・フーシェという人物は、権力志向なのではなく「陰謀好き」という性格設定。だから権力を握ったからといって彼の政治的成果物は何もなく、ひたすら敵の弱みを掴んで引きずり落とすことに執心している。「変わり身の政治家」もそのように説明すれば確かに筋は通ります。 「評伝」としてはな...
ジョゼフ・フーシェという人物は、権力志向なのではなく「陰謀好き」という性格設定。だから権力を握ったからといって彼の政治的成果物は何もなく、ひたすら敵の弱みを掴んで引きずり落とすことに執心している。「変わり身の政治家」もそのように説明すれば確かに筋は通ります。 「評伝」としてはなかなか興味深いが、「小説」を期待するとかなり味気ないですね。ライバルであるロベスピエール、タレーラン、ナポレオンらがもっと生き生きと描写されていれば物語も盛り上がるのですが、まぁ作者はそういうことには興味ないんでしょう。
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フランス革命期の陰謀家ジョゼフ・フーシェの伝記です。 フランス革命といえば絢爛たるイメージがありましたが、主人公フーシェの舞台はあくまで革命史の裏街道。バスティーユ襲撃、国王ルイ16世の処刑、ロベスピエールの恐怖政治、ナポレオンが起こした数々の奇跡については、この作品はあまり紙...
フランス革命期の陰謀家ジョゼフ・フーシェの伝記です。 フランス革命といえば絢爛たるイメージがありましたが、主人公フーシェの舞台はあくまで革命史の裏街道。バスティーユ襲撃、国王ルイ16世の処刑、ロベスピエールの恐怖政治、ナポレオンが起こした数々の奇跡については、この作品はあまり紙幅をとっていません。 ジョゼフ・フーシェとはどんな男かと言えば、「サン・クルーの風見」と呼ばれた変節漢的政治家なのです。 彼には自らの政治的理想などないに等しく、多数派に属することを旨としています。そして体制が政治的難局に陥ると、彼はあらゆる党派に秋波を送り、いつだって自らの指導者の寝首をかいて、四半世紀にわたって政界の黒幕として生き抜いてきました。それだけだとフーシェは蛇のような卑劣漢のような印象を受けますが、近代的な警察(自らの権力を保持するための秘密警察でもありますが、明治日本の警察組織もフーシェ式を模倣しております)を組織した人物でもあります。その有能さのため、彼はあらゆる党派から憎悪と畏怖を抱かれつつも、船乗りの息子から公爵位にまで登りつめた稀有な人物なのです。 しかし、最期には、四半世紀前にルイ16世処刑を支持した〈最初〉の変節のため、フーシェは復古王政の王党派から怨まれ、国外追放の憂き目に合うのです。サブタイトルにある「政治的人間」、その悲喜劇性を象徴する伝記作品でした。 卑劣かつ陰湿ではあるものの、意思力に溢れた彼の生き方は、ある角度から見れば非常に魅力にあふれており、政治家の普遍的な一側面を後世に伝えるものだと思います。 ジョゼフ・フーシェ(Wikipedia) http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%A7
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政治に一度参加すれば、それ以降ずっと色が付きまとってくるような状況で、よくもまあ派閥をコロコロ変えて生き延びれたものだと感心した。 個人的にはロベスピエールと対決する場面と、ナポレオンとの掛け合いの場面が面白かった。
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寡聞にしてこれまでジョゼフ・フーシェと言う人物の事、知りませんでした。 この人物の事を既に知っておられる方も多いかとは思いますが、私の様に知らないと言う方の為に説明しますと、彼はフランス革命の時代、節操もなく所属する陣営をかえ、急激なアップダウンを繰り返しながら一時期はフランスの...
寡聞にしてこれまでジョゼフ・フーシェと言う人物の事、知りませんでした。 この人物の事を既に知っておられる方も多いかとは思いますが、私の様に知らないと言う方の為に説明しますと、彼はフランス革命の時代、節操もなく所属する陣営をかえ、急激なアップダウンを繰り返しながら一時期はフランスの頂点に立った人物です。 その変節ぶりはすさまじく、彼が最後に権力の地位から追い落とされた後、彼に反感を抱く人々から容赦の無い報復を浴びせられた事からも、彼が当時の人々からどの様に思われていたかが伺い知れる程。 本書は題名からも分かるようにこの人物の伝記本であり、原著は1929年に執筆されました。 その後、原著の著者のシュテファン・ツワイクは自身がユダヤ系故に、真珠湾攻撃から3ヶ月もたたない1942年2月23日、ドイツと日本の優勢に将来を絶望し自殺しました。 邦訳版の本書は1979年に初版が発行された後、続々と版を重ねており、私が読んだものですと1992年に発行された第19版となります。 隠れたロングセラーと言った所でしょうか。 ツワイクが情感を込めた文章で綴られる、以下のフーシェの生き様(簡単にまとめようとしましたが、彼の人生の激しさの為、結構長くなってしまい・・)は、月並みな表現ですが、読み始めると本当にグイグイと引き込まれ、あっさりと読了。 --------------------------------------------------------------------------------- 元々は庶民出身の僧侶兼教師だったが、フランス革命の際、革命政府の一員としてキリスト教を否定。 また、革命政府に反抗的だったリヨンでは弾圧の指揮をとり数週間で1600名を殺害。 その後、革命政府首班のロベスピエールとの死闘の末、彼の一味をギロチン送りにするが、結局、革命政府を追われる。 極貧の中、日々の糧を得る為、当時の有力者・バラーに密偵としてやとわれ、バラーが政権を握ると警務大臣として返り咲くが、政府が機能しないとみるとナポレオンのクーデターに協力して今度はナポレオン政府の警務大臣になる。 ナポレオンの100日天下が終わった後、フランスを手中に納めるも、革命でギロチン送りにされたかつてのフランス国王の実弟であるルイ18世に国を売り、ルイの王国で要職につく。 しかし、かつて革命政府の一員として国王の実兄を辱めて処刑した過去は消えず・・・ 最後は汚れ仕事を押し付けられ、使い捨てにされる。 そして、自らの過去に切り刻まれながら惨めな漂流生活を送り、死に至る。 --------------------------------------------------------------------------------- 本書を一文でまとめると、 どのような作家であれ、勧善懲悪なストーリーの小説を書こうとしたら、その小説が本書を越えることはない。 この様に断言して間違いがない一冊です。
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オーストリアの20世紀前半の伝記作家シュテファン・ツワイクによる、 フランス革命期の政治家ジョゼフ・フーシェの評伝です。 フーシェは、権力者がめまぐるしく変わる三部会召集からウィーン体制の成立までの激動の時代を、 陰謀や裏切りにより巧みに泳ぎきり、ナポレオンにさえ「ある種の恐怖...
オーストリアの20世紀前半の伝記作家シュテファン・ツワイクによる、 フランス革命期の政治家ジョゼフ・フーシェの評伝です。 フーシェは、権力者がめまぐるしく変わる三部会召集からウィーン体制の成立までの激動の時代を、 陰謀や裏切りにより巧みに泳ぎきり、ナポレオンにさえ「ある種の恐怖をいだかせた」人物です。 陰謀や裏切りというと、一見「悪玉」「感じが悪いやつ」のはずなんですが、なぜか読後感は爽快です。 それは、彼の身のこなしが徹底しているということもあるでしょうし、 同時代にロベスピエールやナポレオンといった、 自分の理想に向かってまい進する英雄が登場するために、 歴史を動かすには、フーシェのような現状をシニカルに分析し、 打算で行動する現実主義者も必要だということが際立つせいかもしれません。 10年以上前になりますが、 高校時代の世界史の先生がフランス革命の流れを一通り説明するのに、 フーシェの行動を引用しながらイキイキと話をされていました。 最後まで生き残った人物なので、フランス革命という時代を理解するにも最適な本だと思います。 昔の本ではありますが、訳がよいせいか、読みづらいということはまったくないです。 ただ、当時のヨーロッパ人にとっておそらく常識だったであろう単語(「ジャコバン」 「テルミドール」「アウステルリッツ」など)は、当然説明なしでどんどんでてきますので、 そのあたりの知識を入れてから読まれることをオススメします。
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岩波文庫を読み遂せたのは初めて。 いや『君主論』も持ってるんだが、挫折するよねー。 高校時代に世界史を捨てていた僕は、フーシェという歴史上の人物を知らなかったし ツワイク(ツヴァイク)という作家もよく知らなかった。 興味を持ったのは、与謝野馨が本作の愛読者だと聞いたから。与謝野...
岩波文庫を読み遂せたのは初めて。 いや『君主論』も持ってるんだが、挫折するよねー。 高校時代に世界史を捨てていた僕は、フーシェという歴史上の人物を知らなかったし ツワイク(ツヴァイク)という作家もよく知らなかった。 興味を持ったのは、与謝野馨が本作の愛読者だと聞いたから。与謝野馨なら僕でも知ってるし、好きでもある。 この200年前のフランスの政治家ジョゼフ・フーシェ、一言で表せば「悪い悪役」である。熱血で憎めないタイプでは断じてない。 冷血、狡猾、人の弱みを握ることに長け、主義主張を持たぬ風見鶏であり、権力欲は誰よりも強く、容姿は醜い。 大きな実績を残しながらも、英雄になれないどころか人々が忘れたがるタイプ。僕が知らなかったのも当然である! ツワイクが「はしがき」に述べるに「徹頭徹尾無道徳な男の伝記は、(中略)現代の明白な好みにそむくもの」であり 「われわれの時代は、今日英雄の伝記を欲しこれを愛好しているが、これは現代において、政治的分野における 独創的支配者の貧困のために、より高い範例を過去に求めんとしているから」である。 ツワイクが生きた時代は1世紀前。そのまた1世紀前がフーシェやナポレオンの時代である。 歴史は繰り返すじゃないけれど、ツワイクのいう「われわれの時代」と相も変わらず 僕たちの生きる現代も、英雄の虚像は不況を知らない。 それはそれで面白いし、勇気も貰うんだけども、ツワイクが描き出した「奸物の実像」はそれに劣らず面白い。 このフーシェ、政局を読むのが抜群にうまい。 革新左派が勝つかと思えば急進左翼に様変わり。国王ルイ16世の処刑やキリスト教の弾圧に容赦をしない。 保守反動が起これば昨日の友(ジャコバン派)の粛清にやっきになり、自分はフランス2位の大富豪となる。 そして、政敵との闘いやたらと強い。 ロベスピエールに粛清されそうになれば、反対に彼を断頭台に送るどんでん返しを成功させる。 ナポレオンに仕えながら、彼の権勢が危うくなれば、裏切り者の黒幕になり失脚に追い込む。 けれども重みはない。まるで政治というゲームで遊ぶかのように、権力の綱渡りを演じる。 現代日本にも左派から右派へ転向した大物はたくさんいるし、政策なき政局上手の政治家もたくさんいるだろう。 日本に限らず、「フーシェ的人物」はいつの時代にも存在し、政治の決定権を担う人間はえてしてこういう種に属する とツワイクは訴えたいらしい。 フーシェは彼らの代表者である。 フーシェの生きた時代、フランスでは革命とクーデターの連続で明日の政治情勢など見えぬ中 権力のイス取りゲームに少し遅れようものなら断頭台行きか、良くても左遷。 フーシェが挑んだのは、文字通り命がけのゲームであり、(浪人時代を挟みつつも)20年あまりも勝ちを重ねたのである。 教訓も美談も存在しない。政治は無意味だ滑稽だ。 そんな皮肉屋になりきることも難しいけれど。
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フーシェの名を初めて目にしたのは,司馬遼太郎の「翔ぶが如く」だった。明治政府が参考にしたという,近代フランスの警察制度の基礎をつくったのがナポレオンの警務長官フーシェだ。この人物を取り上げた伝記作家ツワイクの代表作を読んだ。 ツワイクは二十世紀前半に活躍したユダヤ系の作家。二...
フーシェの名を初めて目にしたのは,司馬遼太郎の「翔ぶが如く」だった。明治政府が参考にしたという,近代フランスの警察制度の基礎をつくったのがナポレオンの警務長官フーシェだ。この人物を取り上げた伝記作家ツワイクの代表作を読んだ。 ツワイクは二十世紀前半に活躍したユダヤ系の作家。二次大戦の不穏な空気の中,拠点としていたウィーンから亡命するが,ナチスドイツの膨脹のなか,世界に絶望して自死する。歴史上の人物を題材にする彼自身,まさに歴史のただ中にいた。遺された資料をもとに一人の人間に焦点をあて,鮮烈な人物像を描き出す。伝記の真骨頂が遺憾なく発揮された名著。翻訳もよい。 フーシェは,革命から王政復古まで激動の時代を生き抜き,断続的ではあるが長い間フランスの警察権力を握った。その秘訣は,彼の類い稀なる徹底した利己主義にある。決して特定の政見をもたず,常に多数派につき,変節漢,風見鶏,陰謀家,無節操と罵られようとも「無主義」という主義を生涯貫き通した。仕事ぶりは異常に勤勉,多くのスパイを使い秘密警察を組織して,重要な情報を一手に握る。当然,手持ちの情報を全て最高権力者になど伝えるなどという愚は犯さない。 商人の子として生まれて僧籍に入り,僧院で数学や物理を教えていた若き日の彼。革命の勃発で政治に目覚め,国民公会が開かれると,その議員に選出される。ここから彼の国政との関わりが始まる。その政治人生の初期,まだ彼がナポレオンと出会う前に,彼は二つの重大事をやってのける。国王殺しとリヨンの虐殺である。 ナントから激動のパリへ出た彼は,ルイ十六世の死刑に大きく干与した。彼は国王救命の演説草稿を用意しており,議会で発言する直前まで,そのとおり投票するつもりだったのだが,劇的な変節を遂げ死刑に投票する。理由は,票読みの結果,死刑が優勢になったというただそれだけである。彼を選んだナントの民衆は概ね保守的で,王の死など毫も望んでいなかった。判決は一票差で決まった。 その後のパリの情勢は,権力争いの激化で混迷をきわめる。パリに留まればどの派につくか決めなくてはならないが,状況はくるくる変わり,どの派に将来があるのか皆目わからない。そこでフーシェは革命滲透の任務を引き受け地方へ出向,ほとぼりが冷めるのを待つ。折りしもフランス第二の都市だったリヨンが,急進的な革命政府に反撥し,反乱をおこす。これはすぐに軍隊によって鎮圧され,後始末のため派遣されたのがフーシェだった。反革命分子を粛清し,町を破壊する。住民の十分の一を処刑するという目標を立て,断頭台ではまどろっこしいと大砲をもちだして並べた死刑囚を薙ぎ倒す。 このリヨンでの行き過ぎを咎められフーシェは喚問される。当時パリで恐怖政治を断行していたのがロベスピエール。フーシェとは旧知の間柄で,その妹とフーシェの恋物語などもあったのだが,そんなことで革命の闘志が妥協を許すはずもない。フーシェの命も風前の燈と思われた。しかし水面下の工作によって多くの議員にロベスピエール独裁への恐怖を吹聴,その結果テルミドール反動が実現。ロベスピエールは断頭台に消える。 その後のフーシェは,一時貧しい浪人生活を強いられるが,バラスに買われて総裁政府の警務長官として秘密警察の任にあたる。ブリュメールのクーデターには参加こそしなかったものの,事前にことを察知した彼は,成功・失敗どちらに転んでも自分は安泰となるよう抜け目なく手を打っていた。結果はナポレオンの権力掌握ということになるのだが,フーシェは引き続き警察事務をおこなう。 統領政府から帝政へと時は移ってもナポレオンはフーシェを必要とした。ぽっと出の皇帝には敵が多く,信用ならぬ奴とは思いつつ,フーシェの情報収集能力を捨てることはできなかった。このころフーシェと一二を争う有力大臣にタレーランがいた。貴族出身の外務大臣タレーランは,フーシェと好対照。育ちのいいタレーランは浪費家で享楽主義,家族を大事にし,虚飾を嫌悪する勤勉なフーシェとは相容れない。しかし,犬猿の仲のこの二人も「陰謀家」という根っこのところで共通点があった。ナポレオンも大変な大臣をもったものだが,正統性が疑わしい帝王としては仕方がなかった。 その後,タレーランとの反目と接近,ナポレオンとの確執などさまざまな出来事があって紆余曲折を経るが,百日天下の時点にもフーシェはナポレオンの大臣であった。ワーテルローでナポレオン敗退後,留守政府を切り盛りしていた彼は,ナポレオンを退位させ,臨時政府首班として初めて権力のトップに立つ。そして保身のため,ルイ十八世にフランスを売り渡す。見返りに外務大臣の役職を得るが,国王殺しとリヨンの虐殺が災いし,失脚。失意の余生を送る。
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読みながら、思わず、まわりを見渡してしまう本がある。こんな本を読んでいることを他人は気づかれたくないというような。 何度目かに読んだシュテファン・ツワイクの「ジョセフ・フーシェ」はそんな本だ。 革命、反動、ナポレオン、そして王政復古の時代にも等しく重要な地位を保ち続けた稀代の怪...
読みながら、思わず、まわりを見渡してしまう本がある。こんな本を読んでいることを他人は気づかれたくないというような。 何度目かに読んだシュテファン・ツワイクの「ジョセフ・フーシェ」はそんな本だ。 革命、反動、ナポレオン、そして王政復古の時代にも等しく重要な地位を保ち続けた稀代の怪物、史上最悪の変節漢である。その内面を大評伝作家のツワイクが縦横無尽に描いている。 評伝は、評伝作家の腕と対象人物の人生の豊穣さの共同作業だ。どれほど辣腕の作家の手にあっても、対象の人生に色彩がなければ、極上の評伝はできあがらない。 ジョセフ・フーシェは極上の葡萄と辣腕のワイン職人の見事な競演だ。 革命の中で頭角を現し、ロベスピエールと対決し、反動の時には、密偵として、悲惨の中を生き延び、ナポレオンの台頭の中で再度、権力を握り、その没落の中でも、地位を維持し、王政復古においても、主要な役割を果たした男。 限りなく無性格であり、「誰かある人に、あるいは何物かに、あとで取返しがつかないまでに完全に結びついてしまうということに対する嫌悪の情」を持つていたフーシェ。 「自分の実力は遊ばせておいて、その間じっと他人の過失をうかがっている。他人の情熱は燃えるだけ燃えあがらせておいて、自分はじっと待っている。そして相手の情熱がついに消耗しつくすか、あるいは抑制しきれずに欠点を暴露すると、その時はじめて彼は情容赦もなくつっかかってゆく。 いかなる威嚇もいかなる憤怒も、この魚のように冷たい男を戦慄さすことはできないであろう。ロベスピエールとナポレオン、この二人はともに轍にくだける水のように、この泰然たる平静さに粉砕されたのだ。前後百年にわたって、すべての人々の激情は消えていったが、情熱を持たぬただこの男一人が、冷ややかに傲然とかまえて生きぬいたのである。」 こういった保身の天才のような男が、決して、チェーザレ・ボルジアや、タレーランのような冷徹かつ貴族的な性格でなかった点もまた、この男の気になる点である。 この孤独な男は、家庭にあっては醜い妻に限りない愛情を注ぐ、優しい良人であり、父だったというのである。 こういった彼のプロフィールが、ビジネス社会、企業社会で戦う男たちの姿にかぶってくる。 「彼とてもつねに権力は持ちたい、それどころか最高の権力を持ちたいのだが、多くの人とは反対に、権力の意識だけで十分なので、権力の微章や服はいらないということ、これがジョゼフ・フーシェの権力の最後の秘密である。フーシェは度はずれなほど極端なまでに野心満々たるものがあるのだが、名声を求めているのではない。野心家ではあるが虚栄心は持たないのだ。正真正銘の微章が好きなのではない。(中略) 輝かしい栄誉も人気というあやしげな幸福も、よろこんで彼は他人にくれてやる。情熱を達観し、人々を左右し、表面上の世界の指導者を実際においてあやつり、自分のからだは賭けないで、あらゆるばくちのなかでも最高度の興奮を与えてくれる恐ろしい政治の博打をうつことで、彼は満足なのだ。」 人生そのものが、黒幕として生きるためのベストプラクティスのような、フーシェの人生が、唯一つの彼の弱さの中で崩壊していく様もあまりに人間的で哀しい。フランスが生き残るために必要な王政復古を成し遂げたという歴史的偉業を果たしながら、新体制の中に、つまらぬ地位を求めることで、歴史から常に軽蔑されるという人生を選び取ることになる。 まるで、企業人の出処進退のマニュアルのようなエピソードに満ちた、こんな本を読んでいることは、あまり他人に気づかれたくない。
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伝記にしてはずいぶん脚色されたような印象を受けたが、フーシェという人物がいかに狡猾で貪欲に勝利を求めていたかがよく分かった。 ナポレオンの下で警務大臣になってから権力を手にするまでの過程が面白い。
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レチフの「パリの夜」でフーシェの名前を知った。 それで、ちょうど伝記本もでているし、読んでみようと思った。
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