ダイアローグ の商品レビュー
息子へ) この本も、研修で紹介された本だが、 かなり哲学的で難解な本だった。 研修で学んだ内容に通じるところだけ、おぼろげに理解したが、研修を受ける前であれば、100%何を言わんとしているのか分からなかったと思う。 ここに表現するのも、とても難しいのだが、要点だけ残しておこ...
息子へ) この本も、研修で紹介された本だが、 かなり哲学的で難解な本だった。 研修で学んだ内容に通じるところだけ、おぼろげに理解したが、研修を受ける前であれば、100%何を言わんとしているのか分からなかったと思う。 ここに表現するのも、とても難しいのだが、要点だけ残しておこう。 タイトルのダイアローグ(対話)に関することの前に、 「思考」について、触れておく。 体を動かしたとき、その体を動かしていることを、当然、認知できるが、思考しているとき、それを思考していることを、人は認知していない。自分が思考した思考の中身を認知すべきだと、筆者は言う。 今、自分が思考したのは、過去のトラウマから、そう思考したのか? 教育を受けたからなのか? 親からの遺伝なのか? 生まれた国に国民性なのか? 今、怒りを感じた自分は、怒っているのか? そこに示されている意味は、真実なのか?自分の思考なのか? いろいろ思考について思考するとおもしろい。 おもしろいのか?気持ち悪いのか? 次にダイアローグについて。 対話とはコミュニケーションではないと定義づける。 また、リベートのような論理で相手を打ち負かすでもない。 先ほどの、自分の思考に気づくプロセス、思考を別のステップの思考に昇華するには、対話が必要なのだと。 自分のことを自分では気づけないのだ。 このような意味のある対話をするには、対話するメンバーが同じ意識である必要がある。それを実現した場合、各人の思考の寄せ集めやまとめではない別次元の「何か」が生まれると。 ここで書いたことを、振り返って理解できるか分からない。ただ、本書に書いてあることは、この文章よりも難解だ。 覚悟して読め!!! お父さんの本の買い方) 大田区図書館 読め、もしくは、読むな)読みたければ読め 君が・・・歳のころに) 考えることって、と考えたときに。
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実務家が書いた壁打ちの本を読んだので、次は学者が書いたものを読んでみた。デヴィット・ボームという物理学者が対話について書いた本。対話に必要なことは、巧みな話術ではなく、相手と干渉しあう性質のものであると事前に理解しておくこと。つまり、自分の意見を押し通すのではなく相手の意見を受け...
実務家が書いた壁打ちの本を読んだので、次は学者が書いたものを読んでみた。デヴィット・ボームという物理学者が対話について書いた本。対話に必要なことは、巧みな話術ではなく、相手と干渉しあう性質のものであると事前に理解しておくこと。つまり、自分の意見を押し通すのではなく相手の意見を受け入れる準備をしておくことである。必要なのは「意味=文化」の共有であり、そこから新しい価値を生み出すこと。ゆえに、何かに束縛、固執するのではなく、自由でなければならないし、創造的でなければならない。全体的な真実はないことを理解し推しはかる鋭敏さがなければならない。お互いが解決しなければならない「問題」の語源は「前に投げる、前に進む」と同義であるという。また、「参加する」の語源には、「分かち合う」という意味もある。初版は2007年だが、分断が進んでいると言われている今こそ、リーダーたちには読んでほしい。
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メモ→ https://x.com/nobushiromasaki/status/1827295105335881770?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw
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・対話とは、共通理解を探し出す行為 ・古い脳が主に活動しているのは現在に関してであり、本質についてではない。新しい脳は主に本質に関する活動をしている。 ・参加型思考と具体的思考
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人とのやり取りになやんでる方 対話とは相手を説得するのではなく、共通理解を探し出す行為 詳しくはこちら https://takeoido.hatenablog.jp/entry/2023/06/17/200000
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230415021 なぜ人は対立するのか。対話とは共通理解を探し出す行為だと理解できれば、議論とは違うということを認識できれば、分かるのだろう。 サステナブルという言葉を目にすることが多い現代において、対話の重要性は増している。
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約2ヶ月かけた読書会で読了。以前ABDでも読んでるので2度目。 「対話的なもの」を大切にするなら一度は読みたい本だがわかりやすい本ではないし、後から一冊にまとめた本なので体系的でもない。それこそ本書を題材に「対話とは何か」を対話するところからがスタートな気もする。 対話的な手...
約2ヶ月かけた読書会で読了。以前ABDでも読んでるので2度目。 「対話的なもの」を大切にするなら一度は読みたい本だがわかりやすい本ではないし、後から一冊にまとめた本なので体系的でもない。それこそ本書を題材に「対話とは何か」を対話するところからがスタートな気もする。 対話的な手法を活用しつつ二回読んでもなかなか難しい本書ですが、特に後半で語られる「参加」や「思考」「意識」「感情」など抽象的に話が広がったり深まったりした部分を他の方との対話の中で考えるヒントをつかめた気がする。「保留」の重要性や「(思考の)プロセス」、相互性の重視などは(國分功一郎先生の『中動態の世界』で語られていた)中動態的な態度や考え方に通じる部分もあるように電撃的に直感して、ひさしぶりに思考を深めたい方向を強く感じた。まだうまく言語化できないけど、また色んな本を参考にしつつ考えていきたい。
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例え話が極端に少ない、もしくは分かりづらいものが多く、抽象度の高い難解な本であろうと思います。 今回、私はペア読書という3,4人で1ヶ月かけ、1日10ページ程度に区切って、読んで、その箇所の感想や質問をしながら、少しずつ読み進めるという方法で読みました。まさにその場は、ダイアロ...
例え話が極端に少ない、もしくは分かりづらいものが多く、抽象度の高い難解な本であろうと思います。 今回、私はペア読書という3,4人で1ヶ月かけ、1日10ページ程度に区切って、読んで、その箇所の感想や質問をしながら、少しずつ読み進めるという方法で読みました。まさにその場は、ダイアローグという形で、難読書ながらも共通理解を得ようとした試みでした。その記録を少し残したいと思います。 コミュニケーションの語源は何かを共通のものにすること。対話は言語を通じて、共通認識を作り上げる行為。 現在の社会では、あらゆる対立、議論、説得に基づくコミュニケーションがなされ、共通のものが作られずインコヒーレントな状態を作り出し、あらゆる地球上の問題の原因となっている。そのカウンターとして、共通理解を作り出す対話が重要である。 著者によると、思考とはその人の描写(思考の前提となる、人生経験、知識、価値観、信条など)から提示(意見や感想など)を作り上げる行為。冒頭イスラエルであった対話集会の話のように、提示で対立が生じた場合は、恐怖、不安、怒り、暴力のような感情は一旦保留し、相手の描写側にアプローチすることが大切。 個人的には、社会システムの変化や技術の進歩により、マズローの5段階欲求の低次から高次側への遷移が起きてきた。低次側では生きのびることが目的である一方、高次ではどう生きるかが大切になる。その中で、あらゆる価値観や生き方が必要とされ、それらの間で対立が生じやすく、インコヒーレントな状態になっていると著者は指摘していると感じた。個人は全体の一部であることを想起し、著者の提案する対話を実践していく必要があると思いました。 また、後半に載っている自己受容感覚の喪失した女性の話やイヌイットのアザラシのような数少ないメタファーはどれも印象深かったです。
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タイトルから期待していた内容と違くて、あまりすっと入ってくる本ではなかった。 要するに、個人は集団からの影響を受けながら自分の想定、つまりバイアスや思い込みを持っている。それを自覚していることがまずは大事なのではないか。その上で、目的のない対話をすることによって、共有される意味の流れを見つけ出す。 それが「断片化」されている社会をつなぎ合わし、機能させるために重要だ。 ということを伝えたい本何なのかなぁと思った。 日本的な感覚として『空気の研究』という本を思い出した。
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デヴィッド・ボームは、アインシュタインと共に研究をしていた20世紀を代表する物理学者の一人ですが、そんな人が晩年に提唱したのが「On Dialogue」,「対話」でした。 * 彼のいう「対話」をまとめてみると、参加する人々の背景に小川のように存在する「意味」の流れを汲み取りな...
デヴィッド・ボームは、アインシュタインと共に研究をしていた20世紀を代表する物理学者の一人ですが、そんな人が晩年に提唱したのが「On Dialogue」,「対話」でした。 * 彼のいう「対話」をまとめてみると、参加する人々の背景に小川のように存在する「意味」の流れを汲み取りながら、「想定」(バイアスのようなもの)にとらわれずに、新たな意味をつくりあげる営み、という感じでしょうか。 * 私は大学生の頃からファシリテーターのような役割を経験してきましたが、2013年頃にこの本を読んでから、姿勢が変わったように思います。なんというか、本当に、話し合いの場に参加するときには「小川」をイメージすることから始めています。 * 7年以上経ったいま、読み直してみましたが、うなずきが止まらないというか。熟練のファシリテーターにとっては当然のことが滔々と書かれている本だと思いますが、何度読んでも色褪せない、原点回帰できる本だと思いました。 * 人々の行動や発言の背景には必ず、ボームのいう「想定」があると思います。人々が個別にもつ「想定」をぶつけ合い、それを認めさせようとする話し合いはディスカッションであり、それは対話とは明確に異なるものである、とボームはいいます。 * そうではなくて、対話にはそもそも、特定の目的や議題などは存在しない。お互いがもつ想定の意味(どうしてそう思うのか?)を導き出し、共有し、(小川の流れに意見を乗せていくように)その意味をつなぎ合わせながら、そのグループにおける新たな意味をつくりあげること。 * いわゆる「ブレインストーミング」と呼ばれる場で、おしゃべりな人がバババーっと喋ったことがそのままグループの意見になることや、付箋に書かれた意見を見た目だけで機械的に並び替えて「グルーピング」して「グループの意見がまとまりました」ということがたまにあります。 * というよりは、「どうしてそう思ったのか」「それについて、あなたはどう思うのか」を(もちろん、言葉による発言を強要するのではなく、その人に合う表現方法で)導き、つないでいく、という感じかなあ、と。 * 無目的、かつ言葉の意味を拾いながら雑談する場を大切にしたいものですね。
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