知への賛歌 の商品レビュー
学ぶために修道女になったフアナは学ぶことをやめないんだー!!詩を書いたり学ぶのやめろって言ってくるジジイにも反発!みたいな本。 フアナが言ってることはわかるけどちょっと難しかった!いかんせん聖書や神話、歴史知識が足りなすぎる。フアナが出してきた人物でわかったの数名で悲しい…当た...
学ぶために修道女になったフアナは学ぶことをやめないんだー!!詩を書いたり学ぶのやめろって言ってくるジジイにも反発!みたいな本。 フアナが言ってることはわかるけどちょっと難しかった!いかんせん聖書や神話、歴史知識が足りなすぎる。フアナが出してきた人物でわかったの数名で悲しい…当たり前のようにテイレシアス(オイディプス王にも出てきた盲目の預言者)とか出てくるから、かろうじて覚えてておぉ〜!となる…みたいな感じでした。読むにはレベルが足りてなかったね。 今でこそマシになった世の中でしょうが、当時このフアナの存在と主張に励まされた女性はたくさんいたのだろうなぁと思った。 そもそも字が読めなければフアナの主張も知ることが出来ないわけだけども。 フアナがもし今の時代にいたらどうだったのかちょっと気になりました。
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フアナの読者層はまず非常に限られていた。読み書きができる知識人は、男性なら上流階級や聖職者にほぼ限られ、女性では修道女や裕福な女性くらいしかいなかった。批判の声を上げていたのも、保守的な修道院関係者や宗教指導者たちだ。つまり、彼女の作品はごく狭い修道院や宗教コミュニティ内で主に読まれており、読者の中心は修道女たちだったと考えられる。そんな中で、世俗を断ったはずの修道女フアナが、自らの修道院をサロンのように使っていると批判された。ところがフアナは、その批判の焦点を「女が学問をすること」一点にすり替えた。そして正当性の主張を展開し、キリスト賛美や美辞麗句で自らの主張を権威づけ、修辞・比喩・引用を駆使し、知的で教養ある人物としての姿を表現したのである。17世紀の修道女がこれほど強気な文章を書くこと自体が驚きだ。さらに彼女は女性の教育の必要性についても訴えている。当時、女性にとって正しい生き方とされたのは結婚・子育て・家事、あるいは修道院での奉仕であり、学問や創作は逸脱行為と見なされやすかった。それをフアナはおかしいと断言し、歴史や聖女たちの例を引きながら意義を説く。その逞しさと知性には驚かされる。
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訳:旦敬介、原書名:LAS CARTASY UNA SELECCIÓN DE POEMAS DE SOR JUANA INÉS DE LA CRUZ(Sor Juana Inés de la Cruz)
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【本の内容】 詩こそが最高の文学だった17世紀末。 ソル・フアナはそんな時代に世界で最も愛された詩人だ。 美貌の修道女でありながら、恋愛や抑圧的な社会への抗議をテーマとした作品を残した。 彼女の思想を明快に表現した詩と2通の手紙を、詳細な解説とともにまとめたわが国初の試み。 [ 目次 ] 詩のアンソロジー 告解師への手紙 [ POP ] [ おすすめ度 ] ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度 ☆☆☆☆☆☆☆ 文章 ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性 ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性 ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度 共感度(空振り三振・一部・参った!) 読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ) [ 関連図書 ] [ 参考となる書評 ]
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フアナは凄い。メキシコで紙幣になっている。彼女は学問がしたい、本が読みたいために戦略的に修道女になった。 救済されたい、と願う。 誰にも不可能ごとを成し遂げる義務はない。 いくつかの学問分野を獲得するために休みなく複数のことを勉強し、そのいずれにも特別に傾倒することなく全てに等し...
フアナは凄い。メキシコで紙幣になっている。彼女は学問がしたい、本が読みたいために戦略的に修道女になった。 救済されたい、と願う。 誰にも不可能ごとを成し遂げる義務はない。 いくつかの学問分野を獲得するために休みなく複数のことを勉強し、そのいずれにも特別に傾倒することなく全てに等しく心を注ぐ。
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なるほど、と思える面と、思えない面が倒錯して、混乱させられる。でも、それは答えの出ない問いに対する彼女自身の思想の発露だと想うのでそれはそれで凄く素晴らしいと感じた。修道女やカトリックの背景について詳細には知らないが、それらしくなささが出ている気はする。(もともと修道女は「このよ...
なるほど、と思える面と、思えない面が倒錯して、混乱させられる。でも、それは答えの出ない問いに対する彼女自身の思想の発露だと想うのでそれはそれで凄く素晴らしいと感じた。修道女やカトリックの背景について詳細には知らないが、それらしくなささが出ている気はする。(もともと修道女は「このような性質」をもっているのか否かについてはわからない)当然、立場上理想とされることと、彼女自身曲げられない信念があって、その折り合いをつけながら、どうやって文学という道を生きたのか。私はここに葛藤を見出し、その葛藤は結果論として美しいと思う。責任転嫁・自己正当化が出ていて、人間らしいと言えば、そうで、ここまで明らかに表明されているのは非常に面白いと思う。「毒舌じゃなく、素直なんです」みたいな、そんな日本人の柔かな丸い感覚とは異なる、角々しい三角或いは四角なイメージ。
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