京の花街「輪違屋」物語 の商品レビュー
島原で生まれ育った著者による貴重な話。このようないわば表の歴史書に残らない内々の記録は希少で価値のあるものだ。 「正直なところ、しんどい部分もある」とあり、近いうちに輪違屋の灯りを見に行かなくてはと思った。残念ながら、もちろん外からだけれども。 価値観や家族構造など社会の変化によ...
島原で生まれ育った著者による貴重な話。このようないわば表の歴史書に残らない内々の記録は希少で価値のあるものだ。 「正直なところ、しんどい部分もある」とあり、近いうちに輪違屋の灯りを見に行かなくてはと思った。残念ながら、もちろん外からだけれども。 価値観や家族構造など社会の変化により、花街の衰退は免れないということが伝わってきた。 島原太夫が五位の位を持つというところをもっと知りたい。いつ頃から?殿上に上がることはあったのか?太夫を御所に呼んだ天皇はいたのか?などなど。 美人を○○小町と言うように、芸事に優れた人を○○太夫と言ったのが始まりかな?と思っていた。傘や籠など資料はもう残っていないだろう。残念だ。
Posted by
15年前の話だから今もまた変わってる部分が多いんだろうけど、この当時は禿が近所の子たちのバイトだった事に苦笑 よく分からんけど、無法地帯とまではいかんものの治外法権な部分があったりするのかな 常照寺の吉野太夫供養に行ってみたい
Posted by
清水寺を作ったのは誰だがご存知だろうか。 坂上田村麻呂という人らしい。初代の征夷大将軍で平安時代に北方征伐に抜擢された 最強の武将だそうだ。 歴史にはつい人に話したくなる要素が満載である。 優れた文化についても歴史的背景を伴ったものが多いのは自明の理である。 日本文化には、長...
清水寺を作ったのは誰だがご存知だろうか。 坂上田村麻呂という人らしい。初代の征夷大将軍で平安時代に北方征伐に抜擢された 最強の武将だそうだ。 歴史にはつい人に話したくなる要素が満載である。 優れた文化についても歴史的背景を伴ったものが多いのは自明の理である。 日本文化には、長らく愛されてきたものが多数あるが、最近花街に関する書籍にハマっている。理由は、元マイクロソフト社長の成毛眞さんの影響によるところが大きい。 成毛眞といえば、知る人ぞ知る読書家だが、彼の趣味がお座敷遊びであることは、 意外と有名な事実である。 私はといえば、お座敷遊びをするような余裕はないので、書籍で楽しむことが関の山 だ。東京に関するものと京都に関するものを読み比べているのだが、 本書は京都の中でも島原にただ一つだけ現存する輪違屋の主人による著作である。 元々京都の花街は六大花街と呼ばれていた。 上七軒、祇園甲部、祇園東、先斗町、宮川町、島原の六つである。 それが、少し遠方にあったこともあり廃れた島原が外れ、現在の五大花街と呼ばれるようになった。 花街に関する情報が満載なので、詳細は本書を読んでいただきたいが、 本書は文化とは何かを考えるいいテキストとなる。 文化の魅力には「人に話したくなる」要素を含んでいることだと思う。 たとえば、上七軒は団子を横に串刺した紋章を使っているのだが、それは秀吉が上七軒の茶屋に立ち寄った際に食べた団子が旨かったことで商いの特権を許したことに由来しているという。 人に話したくなる要素満載の文化には多くの場合、歴史的背景があるというのは 冒頭に述べたとおりである。 誰でも知っていることを話しても、煙たがられてしまうことが多い。その手の情報はgoogle先生がすべて教えてくれるからだ。 誰も知らない知識をいかに仕入れていくか。 どんな仕事においても独自性が問われるこれからの世の中において、ちょっぴりアクセスしにくく魅力的な情報を探りあてるセンスと行動力がもっと問われていくことは間違いないだろう。
Posted by
浅田次郎の一連の新撰組関連書籍を読んで、その一環としてこれも読んでみた。現役の主人が実態を綴ってるってことで、週刊誌的読み物としての楽しみは味わえました。
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
現代にまだこの文化が残っていることが とてつもない財産であると感じる。 京と江戸の文化の違いや差というものも非常に感じた。 差と言えば、禿の手配が大変であるとか 本気で将来太夫になりたくて住み込んで稽古を始めるのではなくて 高額アルバイト感覚というのもまた、悪い意味で現代らしい。 ところどころで頷けない書き方も個人的にはあったが 全体的に興味深かった。 ところで、輪違屋さんを見に行ったことがあるのだが 確かに『観覧謝絶』の札がかかっていた。 ちょっと心寂しい気持ちがしたのは事実だ。 だが、ここに書かれてあるように、京都のそのような 『一見さんお断り』という気質は、他の土地の人から見ると冷たく感じるかもしれないが 来てくれるな、という意味ではなく、きちんとしたおもてなしができないから 申し訳ないので、という意味というのは素敵だなと思った。 誤解されていることが多いのではないだろうか。 いつまでも長く遺していただきたい文化だと思う。
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
[ 内容 ] 京都・島原といえば、かつて興隆をきわめた、日本でいちばん古い廓。 その地でたった一軒、現在でも営業を続けるお茶屋が輪違屋である。 芸・教養・容姿のすべてにおいて極上の妓女、太夫を抱え、脈々と三百年の伝統を受け継いでいる。 本書では、輪違屋十代目当主が、幼き日々の思い出、太夫の歴史と文化、お座敷の話、跡継ぎとしての日常と想いを、京ことばを交えてつづる。 あでやかでみやびな粋の世界―これまでは語られなかった古都の姿が、ここにある。 [ 目次 ] 第1話 輪違屋に生まれて―跡取り息子の日々 第2話 最古の花街島原、最後の置屋輪違屋 第3話 極上の妓女・太夫 第4話 京都の花街 第5話 お座敷にあそぶ 第6話 きょうの輪違屋十代目―廓の情緒 [ POP ] [ おすすめ度 ] ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度 ☆☆☆☆☆☆☆ 文章 ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性 ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性 ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度 共感度(空振り三振・一部・参った!) 読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ) [ 関連図書 ] [ 参考となる書評 ]
Posted by
京都の島原で今も営業中のお茶屋「和違屋(わちがいや)」の十代目当主が ゆったりとした口調で(文章と言うより話し言葉を聞いているようでした) 島原の歴史や太夫さんの話を語ってくれます。 吉原の花魁の「ありんす言葉」が地元がわからないようにするためのものだという ことは存じておりま...
京都の島原で今も営業中のお茶屋「和違屋(わちがいや)」の十代目当主が ゆったりとした口調で(文章と言うより話し言葉を聞いているようでした) 島原の歴史や太夫さんの話を語ってくれます。 吉原の花魁の「ありんす言葉」が地元がわからないようにするためのものだという ことは存じておりましたが、島原の太夫産の言葉は上京の武家言葉がルーツで 「なます言葉」と呼ばれるそうです。 「飲みなまんし」「居なまんす、しなまんす」などなど。 京都観光で島原の方に行く機会に恵まれたら、一読しておくと面白く観光出来るかもしれません。
Posted by
- 1
