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歌よみに与ふる書 の商品レビュー

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15件のお客様レビュー

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  3. 3つ

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2025/05/24

メモ ひとまず、「歌よみに与ふる書」が書簡文体で、『日本』という雑誌に掲載されたことと、浅学無粋な当代歌人への宣戦布告的な調子はわかった。どうやら雑誌社社長の陸羯南に宛てたらしいが、毎回のように自分への反論を望むところを見ると、実際は反論の重ね合いのように二人で議論していたのか...

メモ ひとまず、「歌よみに与ふる書」が書簡文体で、『日本』という雑誌に掲載されたことと、浅学無粋な当代歌人への宣戦布告的な調子はわかった。どうやら雑誌社社長の陸羯南に宛てたらしいが、毎回のように自分への反論を望むところを見ると、実際は反論の重ね合いのように二人で議論していたのかもしれない。これが聖典化したのだから不思議なものだと思った。

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2022/03/13

まだ読み畢っていないが、勉強になる。斎藤茂吉の『万葉秀歌』を読んでいても今ひとつ何がいいたいのかわらかず、その師匠である正岡子規の本を読めばわかるかと思って買ってみたが、買ってよかった(斎藤茂吉の言いたいことがわかったとは言っていない)。 全体が候文で書かれていて、とっつき難いの...

まだ読み畢っていないが、勉強になる。斎藤茂吉の『万葉秀歌』を読んでいても今ひとつ何がいいたいのかわらかず、その師匠である正岡子規の本を読めばわかるかと思って買ってみたが、買ってよかった(斎藤茂吉の言いたいことがわかったとは言っていない)。 全体が候文で書かれていて、とっつき難いのかと思いきや、「候」をとって了えば正直現代文とかわらない(それは言い過ぎか)。というか、正岡子規自身もふざけて候文書いているのではないかと思うくらい、文章自体は至極平易でわかりやすい。斎藤茂吉の本のようになんとなくのフィーリングばかりで説明されるのではなく、かなり論理的で、実例もあってわかりやすい。

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2020/09/25
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

歌よみに与ふる書 (和書)2009年09月19日 22:43 1983 岩波書店 正岡 子規 正岡子規に興味を覚え、岩波文庫で何冊か読んでいます。短歌より俳句の方が取っ付きやすいと思っていたけど、この本を読んで瞠目させられることが多くとても良かったです。「子規歌集」も読んでみたくなりました。

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2018/10/18

仰る通りすぎて逆に不安になるくらい。 ただまあ子規が善き歌とする基準はかなり範囲が狭いかなとは思う。和歌は万葉集以後もはやマウンティングツールそのものになった訳だし、ラップバトルや大喜利的な楽しみ方をされてきた事を考えれば和歌の文学的評価のみでけちょんけちょんに言うこともないけど...

仰る通りすぎて逆に不安になるくらい。 ただまあ子規が善き歌とする基準はかなり範囲が狭いかなとは思う。和歌は万葉集以後もはやマウンティングツールそのものになった訳だし、ラップバトルや大喜利的な楽しみ方をされてきた事を考えれば和歌の文学的評価のみでけちょんけちょんに言うこともないけどなという苦笑はある。 しかし、たとえば歌詠みがそのラップバトルや大喜利の歌をもって日本文学の頂点だとか言って威張っていたとしたらそれは滑稽だし、矢鱈と形式に拘っていてはもはや発展しないと言うのも正しい。そして実際、かくのごとし。 何はともあれ、曙覧の歌をみんなで愛でようよ。

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2016/03/25

大変有意義で楽しく読める書だった。 ’’近来和歌は一向に振ひ不申候’’ と、いきなりその時代の歌詠みに対する皮肉からスタートしている。 更には、 ’’貫之は下手な歌よみにて『古今集』はくだらぬ集に有之候’’ と、気持ちがよいほどに貫之と古今集をこきおろしている。 正に、子...

大変有意義で楽しく読める書だった。 ’’近来和歌は一向に振ひ不申候’’ と、いきなりその時代の歌詠みに対する皮肉からスタートしている。 更には、 ’’貫之は下手な歌よみにて『古今集』はくだらぬ集に有之候’’ と、気持ちがよいほどに貫之と古今集をこきおろしている。 正に、子規の文学に対する考え方がみてとれる内容が書かれていると感じる。 本書を読むと、正岡子規がそれ以降の日本文学に与えた影響が少しばかりではあるが、分かるのではないだろうか。 本当に素直に詠んだ歌というもの、そうであれば万葉のような古いものでも、新しいものでも素晴らしく、既成の概念にとらわれない斬新で、近現代文学のスタートの一つの論考ともいえる。 確かに万葉は力強さあり、素朴さあり、素直さあり、華美でなく技巧的なものも多くはないと思える。反面古今以降は虚飾性が強く、美しいものを美しい言葉で詠むといった華美に走っているというようなことも何となく感じるだろう。 大変面白く読めるので、おすすめだ。

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2016/03/06

古今集を頂点とする短歌の価値観に異を唱え、新しい短歌のあり方を提唱する。名歌と呼ばれる作品をさんざんこきおろしていて、半分ジョークみたいで笑えてくる。だけど、正岡子規さん大まじめに短歌のあるべき姿を唱えていて、それがまたアンバランスで面白い。

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2015/05/17

彼の歌論に賛否両論があることは知っている。しかし、自分は正岡子規から短歌・俳句の楽しみ方を学んだ。前提知識のない素人が見ても、ぱっと情景が浮かぶような歌こそ良い歌である。このやや乱暴だけど非常にシンプルな価値尺度は、入り口に掲げておく看板として相応しいと自分は思う。内容とは関係な...

彼の歌論に賛否両論があることは知っている。しかし、自分は正岡子規から短歌・俳句の楽しみ方を学んだ。前提知識のない素人が見ても、ぱっと情景が浮かぶような歌こそ良い歌である。このやや乱暴だけど非常にシンプルな価値尺度は、入り口に掲げておく看板として相応しいと自分は思う。内容とは関係ないが、一点だけ。職業柄「候文(そうろうぶん)」を読むことが多いのだが、これほどまでに分かりやすく、痛快な候文にお目にかかったことはない。「文明の器械は多く不風流なる者にて歌に入りがたく候へども、もしこれを詠まんとならば他に趣味ある者を配合するの外無之候(中略)殺風景なる者は遠望する方よろしく候。菜の花の向ふに汽車が見ゆるとか、夏草の野末を汽車が走るとかするが如きも、殺風景を消す一手段かと存候。」候文の枠を少しはみ出しているのだが、候文の持つ響きの美しさやリズムはキープする。マニアックに言えば、そんなところも鑑賞ポイントだ。

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2012/06/23

なんてエネルギーに満ちた文章だろう。一気呵成とはこういうことか。なにを言っても、生半可な思いでは太刀打ちできない。今こうして書いているものだって、子規の肉声(と称してもいいだろう)の何分の一も伝えられはしない。 この文章の中に常に先だって存在しているのは、非常なる「我」、前面に...

なんてエネルギーに満ちた文章だろう。一気呵成とはこういうことか。なにを言っても、生半可な思いでは太刀打ちできない。今こうして書いているものだって、子規の肉声(と称してもいいだろう)の何分の一も伝えられはしない。 この文章の中に常に先だって存在しているのは、非常なる「我」、前面に立ち出でたる「我」である。語る主体なしに書かれるものなどないはずだが、文章に語り手の名を付した途端、思想と人間とが紐づけられて生じる責任に、人は尻込みしてしまう。その思想がradicalであるだけ、失うものを考えれば言いにくい。 子規にはあまりにも明確な使命感があった。自分が書くのだ、自分が美しいと思ったものをこそくだらない様式に左右されず真実選び取って表すのだ、その風土を根付かせるため、土台をいま自分が作るのだ、という。 そうして書かれた文章に満ちる力は、子規の持てる分から切り売りされてきたものではない。書けば書くほど、不思議にこんこんと力が湧いてくるかのようだ。すがすがしい、気持ちよい、痛快、どう言葉を並べてもまだ足りないように感じる。魅力的であることには間違いない。 信念というものがどれほど人を、その作り出すものを、強くするか。パワーに圧倒されながらも、背中を押してもらえる本だ。 −−− 和歌は三十一文字だから、論ずるときにかならず全部を引用することになる。前後のコンテクスト云々の問題が生じない。ただし詞書きとの関連。このことについてもう少し考えたい。

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2012/05/02
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

歌よみに与ふる書 「仰の如く近来和歌は一向に振ひ不申候。」 再び歌よみに与ふる書 「貫之は下手な歌よみにて「古今集」はくだらぬ集に有之候。」 三たび歌よみに与ふる書 「前略。歌よみの如く馬鹿な、のんきなものは、またと無之候。」 最初の一文だけ読んでいっても、抱腹絶倒。 解説を土屋文明が書いている。とても勉強になります。 関連文献を拝読したら、また読みます。

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2012/02/18

古今以来短歌はマンネリと決めつけ万葉実朝をよしとする明快な論旨。駄目なものは駄目とメッタ切りで愉快に笑える部分多々あり。

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