虐げられた人びと の商品レビュー
ドストエフスキー版ラブコメと勝手に解釈。 こんなポップなのも書くんだと意外な一面を見た感じ。 まぁポップとは言っても後の大作群と比べてだが。 一見、はたから見ると呆れると言うか、現代で繰り広げられたら 勝手にやってくれといったナターシャとアリョーシャの恋だが、 ところがどっこい...
ドストエフスキー版ラブコメと勝手に解釈。 こんなポップなのも書くんだと意外な一面を見た感じ。 まぁポップとは言っても後の大作群と比べてだが。 一見、はたから見ると呆れると言うか、現代で繰り広げられたら 勝手にやってくれといったナターシャとアリョーシャの恋だが、 ところがどっこい、これはただの味付けであって悲劇はその奥にある。 大まかな流れ、作品を支えているのはもちろん二人の恋物語。 しかしそこには、イフメーネフとワルコフスキー公爵の長年にわたる因縁。 そしてワーニャが出逢うスミス老人の孫娘ネリーが物語の鍵を握る。 虐げられた人々とはうまく言ったもので、 ここでいう虐げられた人々と言うのは アリョーシャに振り回されるナターシャでも 勿論ワルコフスキーにハメられたイフメーネフでもなく、 母親の遺言をその最期まで貫き通したネリーその人なのではないだろうか。 この物語の一番の悲劇の象徴なのがネリーなのである。 決して誰かが救われるとかそういった内容でもなく、 決して悪は最後は淘汰されるといった内容でもない。 一人の少女がただ悲劇を背負って生まれ、その悲劇を全うして終わる。 その中で、ただ踊らされている悲恋と謳われるもう一つの物語。 ただただ、本当に悲しいお話なのである。 それでもこの少女の悲劇を以て、救われた何かがあると信じたい。
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一つの長大なメロドラマである。小説を読むことの――ここしばらく味わっていたのとは別の種類の――楽しさを、思い起こさせてくれた。これまで読んできたようなロシア文学に特有の退屈さ・冗長さ(地主階級や小役人による殆ど無内容としか思えぬ埒の開かないお喋りの如き)は些かも感じられず、物語が...
一つの長大なメロドラマである。小説を読むことの――ここしばらく味わっていたのとは別の種類の――楽しさを、思い起こさせてくれた。これまで読んできたようなロシア文学に特有の退屈さ・冗長さ(地主階級や小役人による殆ど無内容としか思えぬ埒の開かないお喋りの如き)は些かも感じられず、物語が実に力動的に展開する。或る意味で、娯楽小説といえる部分もあるかもしれない(冒頭に於ける老人の死に始まり、少女ネリーの死によって物語は閉じらるが、この少女の物語が小説にミステリ的な趣さえ与えている)。 アリョーシャは、徹底的に主体性が無く意志薄弱な男として描かれている。更に、彼は自分の思っていることを相手に話さないではいられない。こうした、外面(仮面)と区別される内面がない=自我の分裂がない=裏表がない=幼児的でさえある彼の性質が、ナターシャやカーチャの母性的な愛情を惹きつけるのか・・・? 一方、マスロボーエフの役回り――俗物的でありながら虐げる側には立たない――は、「解説」にある通り、確かに興味深い。 そして狡猾な俗物たるワルコフスキー。彼はニヒリズムを通過してしまった人間の一つの雛型であろう。理想や美徳に一切の価値を見出さず、それを信奉する者を徹底して貶め、自らの富・権力・快楽を i.e. 即物的な価値を徹底的に追求するべく、仮面を被り悪を為す――しかも悪に対して確信的な自覚を持って。ここにはニーチェやフロイトの先駆けを見出し得る。 "すべての人間の美徳の根元にはきわめて深いエゴイズムがある・・・。" "なぜならば道徳というやつは、本質的には快適さと同じことであって、つまり、快適な生活のためにのみ発明されたものだからです。" "世界のすべてが滅びようとも、われわれだけは決して滅びない。世界が存在し始めたとき以来、われわれはずっと存在し続けてきたのです。・・・つまり自然そのものがわれわれを保護してくれるんです・・・。" 僕自身は、ニヒリズム後の人間には、「露悪的即物主義」の他にも可能性が在り得るのではないかと思っている。がしかし、ともかくも我々人間はついにニヒリズムを経験してしまっている訳で、時計の針は戻らない。よって、ドストエフスキーがニヒリズムの中の人間を描いたとするならば、彼の作品が今後永遠に読まれ続けるのも、宜なるかな。哲学がニーチェ以前に戻れないように、文学もドストエフスキー以前には帰れないのだろう。 最後に、ナターシャとワーニャの幸福が暗示されているところが、嬉しい。
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面白いが、多作品に比べるとまとまりが今一つに感じる。 途中の作者の吐露は結局どこに着地させればいいのか。
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登場人物が友達に似てるって事で読んだ、確かに似ていた。 人々が虐げられてたんだけど、途中で変に陽気になってた。 ロシアクオリティ?
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初期ドストエフスキーによる代表的長編。白痴や悪霊といった代表作に備われる背景思想は存在しないが、今まで読んだドストエフスキー作品の中でも最も重厚感のある作品だった。サンクトペテルブルグを舞台に織り成される極限の人間描写…作品背景における無思想だからこそ一つ一つの人間描写が極限なま...
初期ドストエフスキーによる代表的長編。白痴や悪霊といった代表作に備われる背景思想は存在しないが、今まで読んだドストエフスキー作品の中でも最も重厚感のある作品だった。サンクトペテルブルグを舞台に織り成される極限の人間描写…作品背景における無思想だからこそ一つ一つの人間描写が極限なまでに精密にリアルに描かれている。 純粋にドストエフスキーの筆力を堪能するなら間違いなくこの一書だろう。
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うーん、先に他の傑作を読んでいたせいか、どうも退屈というか、凡庸というか、そういう感は否めなかったような気がする。 個人的にはヒューマニズムってあんまり好きじゃない。 ある哲学者が「ドストエフスキーは哲学的にあまり掘り下げたものでもないから、今では読む気がしない」というような...
うーん、先に他の傑作を読んでいたせいか、どうも退屈というか、凡庸というか、そういう感は否めなかったような気がする。 個人的にはヒューマニズムってあんまり好きじゃない。 ある哲学者が「ドストエフスキーは哲学的にあまり掘り下げたものでもないから、今では読む気がしない」というようなことを述べていたが、そういう部分は如実に感じた。 この作品は思想という面ではあっさりしたものなのだが、作中の哲学批判なんかは自分も普通すぎて面白くも何ともなかった。 ドストエフスキー的・ロシア的なものを平均化して分冊せずに1冊にまとめたような作品だとは思った。 当時は相当受けが良かったそうだが、それには納得。 ただ今読むと悪い意味でのまとまっている感は確実にある。
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「虐げる」側に回って醜く生きるより、彼らのように誇り高く生きたい.。神様は常に虐げられる側の人々を愛するとわかっていても、報われない現実に心が痛みます。ドストエフスキー初期の長編小説です。
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大江健三郎『キルプの軍団』の主人公、オーちゃんが読んでたので僕も読んでみました。オーちゃんの言うように、ディケンズと違って暗いです。でもオーちゃんの父が言うように、なんとなくすがすがしいというか、希望があるというか、そのへんうろ覚えですが、暗いだけの小説ではないのでした!
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ネリーがあまりに素直で良い娘すぎた!!ワーニャとネリーって、手塚治虫の『ブラック・ジャック』で言うところのBJとピノコみたいな感じじゃない?(かんわゆ〜★)ワルコフスキー公爵のジャイアニズムというか俺様至上主義に笑った。「すべては私のためにあり、全世界は私のために創られた。」 よ...
ネリーがあまりに素直で良い娘すぎた!!ワーニャとネリーって、手塚治虫の『ブラック・ジャック』で言うところのBJとピノコみたいな感じじゃない?(かんわゆ〜★)ワルコフスキー公爵のジャイアニズムというか俺様至上主義に笑った。「すべては私のためにあり、全世界は私のために創られた。」 よくこんなセリフ吐けるよなー。そしてマスロボーエフ脇役っぽいのに何気に一番物語の真相を握っているから凄いよね…
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ドストエフスキーも一冊くらい読んどかなきゃねってことで。こういうの、もっと深く読み込めるようになりたい。
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