土を喰う日々 の商品レビュー
山菜など、素朴で自然…
山菜など、素朴で自然な食物でつくる料理を写真を交えて紹介しています。どれも美味しそう。
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食との関係の理想の形…
食との関係の理想の形をこの本に見ます。食物に対する素朴な感謝、畏敬の念が感じられる十二ヶ月の料理はとても美しい。飽食を恥じる一冊です。
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『雁の寺』、『飢餓海峡』、『金閣炎上』などの社会の現実を重厚に描く小説でよく知られている著者は、数多くのエッセイも残していますが、それらのエッセイの中でもこの本は少し異質で、十二ヶ月の章立てで構成され、執筆時、軽井沢に居を構えていた著者の生活を描いたものです。雪に覆われる冬には秋...
『雁の寺』、『飢餓海峡』、『金閣炎上』などの社会の現実を重厚に描く小説でよく知られている著者は、数多くのエッセイも残していますが、それらのエッセイの中でもこの本は少し異質で、十二ヶ月の章立てで構成され、執筆時、軽井沢に居を構えていた著者の生活を描いたものです。雪に覆われる冬には秋に貯蔵した芋などの穀物、春になれば山菜・筍、夏には茄子・大根、年の瀬には栗・根菜など、手に入る食材と、自らの「料理の心」に従って作られた料理が、鮮やかに描き出されているのです。◆この本で特に学ぶべきは、作者が若き日に京都の禅寺で学んだ食材に対する慈しみの心です。食材に上下の差などないと考える、その根底にあるのが、禅の教えを元にした以下の考え方です。「どうして、一体粗末なものをいやがる法があるのか。粗末なものでもなまけることなく、上等になるように努力すればいいではないか。ゆめゆめ品物のよしわるしにとらわれて心をうごかしてはならぬ。物によって心をかえ、人によってことばを改めるのは、道心あるもののすることではない。」食についてのみならず、生きるということにも通じる考え方だと思います。◆著者のように好んで田舎に住み、手に入る食材を自らの信念に従って料理し、それを食すというのは誰にでもできる生き方ではありません。しかし、食材を慈しみ、別け隔てなく接する心は学ぶべきものだと思います。「生きる」ことの根底にある『食』について、またひいては「生きる」ことそのものについて、考える上で、一読に値する一冊です。〈T〉 紫雲国語塾通信〈紫のゆかり〉2012年6月号掲載
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こういう暮らしを良いなあと感じるけど、それは要は何を良いと思ってるのか ほんの数十年で気候も暮らしのあり方も変わった、数十年前もそれより前からずっと変わってきた、 あるタイミングの生活を、特段良いなあと感じるのは、懐かしさ以外に何か?とか思う 時代性がこの生活が素敵である本質では...
こういう暮らしを良いなあと感じるけど、それは要は何を良いと思ってるのか ほんの数十年で気候も暮らしのあり方も変わった、数十年前もそれより前からずっと変わってきた、 あるタイミングの生活を、特段良いなあと感じるのは、懐かしさ以外に何か?とか思う 時代性がこの生活が素敵である本質ではないけど 芋、梅干し、大根、山椒
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旬の食材を使って料理を作りたくなりました。 丁寧な暮らしってこういうことなんでしょうね。 我が家の家庭菜園のミニトマトや枝豆の収穫がより楽しみになりました。
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東京の梟書茶房で選んだ本。 食材を大切に扱う、無駄にしない精神は本当に大切だと感じた。特に食材それぞれの特徴を活かした調理、或いはその食材そのものの野性味を味わっていきたい。 そう思っているところに、かち栗をスーパーで見かけて(40%オフ)即購入。 甘味は添加物で付け足された...
東京の梟書茶房で選んだ本。 食材を大切に扱う、無駄にしない精神は本当に大切だと感じた。特に食材それぞれの特徴を活かした調理、或いはその食材そのものの野性味を味わっていきたい。 そう思っているところに、かち栗をスーパーで見かけて(40%オフ)即購入。 甘味は添加物で付け足されたものではなく、栗そのものの微妙な甘みがあった。正直、ものすごく好きという味な訳ではなかったけど、心做しかありがたさのようなものを特に感じた。(本の影響が強そうではあるが、、) 買った経緯とかち栗との出会い含め、とても良い本でした。
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土の匂い、手触りが伝わってくるような文章。四季の食材を実体験を通してじっくりと描いてくれる。とにかく野菜が食べたくなる。
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幼い頃に京都の禅寺で精進料理の作り方を教えられた著者の暮らしと料理のエッセイ。 貧乏寺だったと表現される少年時代はそこにある物で食事を作るしかなく、工夫を重ね作り上げた料理は文章からでも美味しさが伝わってきます。 今のように何でもかんでも手に入ることはもちろんなく、逆に今の時代の...
幼い頃に京都の禅寺で精進料理の作り方を教えられた著者の暮らしと料理のエッセイ。 貧乏寺だったと表現される少年時代はそこにある物で食事を作るしかなく、工夫を重ね作り上げた料理は文章からでも美味しさが伝わってきます。 今のように何でもかんでも手に入ることはもちろんなく、逆に今の時代の方が豊かではないと感じてしまうほど、ありきたりな世の中になってしまったかもなと考えさせられました。 追い詰められることもなく、責められることもなく、それではモチベーションや意欲は正直保ちにくく本人の意思に委ねられ過ぎている気がします。どの時代が良いとか関係なく今生きているので色々と頑張らなきゃと思いました。 作中に何度も出てくる『典座教訓』も今度購読してみます。
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自然の恵みをいただいて、調理をして食べるということ。頭でわかっていても日々の忙しさに、調理することと食べることそのものが雑になりがちだけど、丁寧に向き合おうと思わせてくれる本。定期的に読みたい。
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水上勉氏は、少年自宅に禅寺に預けられ、そこにて修行体験をする。16歳からは、京都の等持院にて老師の隠侍、すなわち食事、洗濯、掃除などをおこない、数々の教えと共に精進料理について学ぶ事となった。 スーパーやネット販売などなく、何もない台所から絞り出し、料理をするのが、精進料理。旬な...
水上勉氏は、少年自宅に禅寺に預けられ、そこにて修行体験をする。16歳からは、京都の等持院にて老師の隠侍、すなわち食事、洗濯、掃除などをおこない、数々の教えと共に精進料理について学ぶ事となった。 スーパーやネット販売などなく、何もない台所から絞り出し、料理をするのが、精進料理。旬なもの、畑から出ていりものを食べるのであり、畑と相談して決める、つまり土を喰うのである。 土から出てきたものには、平等の価値があり、根っこでも、無駄にはしない。 何もないら台所から、客の心を忖度し、料理をすることは、修行であり、哲学でもあるのだ。 季節の精進料理が紹介されており、教え、教訓的なものもあり、読んでいて楽しい。
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