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地雷を踏んだらサヨウナラ の商品レビュー

4.1

72件のお客様レビュー

  1. 5つ

    24

  2. 4つ

    26

  3. 3つ

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2021/06/30

私がこの本で一番興味をひかれたのは、銃弾飛び交う中で撮影された緊張感あふれる写真ではない。カンボジアの風景のようにおおらかな泰造さんの独特の文章でもない。 では何が一番良かったかと言えば、時折挟み込まれる泰造さんと母親との手紙のやり取りだ。 母親の手紙を読むと、自由にふるまう泰造...

私がこの本で一番興味をひかれたのは、銃弾飛び交う中で撮影された緊張感あふれる写真ではない。カンボジアの風景のようにおおらかな泰造さんの独特の文章でもない。 では何が一番良かったかと言えば、時折挟み込まれる泰造さんと母親との手紙のやり取りだ。 母親の手紙を読むと、自由にふるまう泰造さんを好きなようにさせながらも、随所で息子の体を気遣い、グラフ雑誌で息子の写真(と思われる)を見つけては一喜一憂する姿に、なつかしい気持ちがこみあげてきた。 ああ、これが日本の母なのだ。海援隊が母に捧げるバラードで歌ったように、「バカ息子」と母から散々言われ続けながらも息子が最後に「ぼくに人生を教えてくれた/やさしいおふくろ」とつぶやくような、日本がかつて誇り得た母の姿だ。 これがなければ、私にとって泰造さんは、ちょっとやんちゃでスケベで、写真で名を成そうと気持ちがはやりがちな戦場カメラマンの1人にすぎなかっただろう。 それにしても、泰造さんをアンコールワットへ駆り立てたものは何なのだろう? この本の一章を占める「カンボジア従軍記」が書かれた1972年は、日本では「あさま山荘事件」があるなど、国内でも動いている“現場”はあったはずだ。だが泰造さんにとっての真の意味の“現場”は、日本では見い出せなかったのだろう。泰造さんが求めたものは、雨宮処凛さんがイラクや北朝鮮に求めたのと同じ“当事者性”というものなのだろうか? 私は泰造さんがカンボジアへ渡ったのは、この母親あっての必然だと考える。つまり、この素晴らしいお母さんのもとで育った泰造さんは、人生の根本を母親から確かに受け取り、そしてそれを実践するとともに母親を超えるべく、本能的に未知の世界へと飛び出したのだ。 世界を舞台に危険を顧みず確固たる目的意識で(中村哲さんのように)事績を残すのはもちろん素晴らしい。しかし泰造さんのように、ひとまずカメラだけを持ってがむしゃらに“何か”を求めて飛び込む姿にも、私は大きなシンパシーを感じる。 だがこの本はサクセスストーリーではない。しかしいくら批判好きの現代人も、ここまでされるともう批判する気も失せるわというくらい、私たちの想像の上をいく数々のエピソードが詰め込まれている。 ここでRCサクセションの「ぼくの好きな先生」に触れたい。いつも1人でたばこを吸っている美術の先生。誰がなんと言おうとも清志郎はそんな先生が大好きだった。けれども今の校内全面禁煙の常識から見ると、評価はがらりと変わってしまう。同じように泰造や彼のお母さんについても、今の常識なんか蹴り飛ばして読まなければ真の良さは見えない。 願わくば、今の窮屈な常識押しつけ社会に息苦しさを感じているすべての人が、泰造さんの破天荒さに大笑いし、そしてお母さんの素朴な優しさに触れて、自分自身の母子関係にはいろいろあったとしても、「母親っていいな」としみじみ思い直せるように。

Posted byブクログ

2020/11/30

一ノ瀬泰造(1947~1973年)氏は、佐賀県生まれ、日大芸術学部写真学科卒の、フリーの報道カメラマン。 1972年3月にベトナム戦争が飛び火して戦いが激化するカンボジアに入国し、以後ベトナム戦争、カンボジア内戦を取材、『アサヒグラフ』や『ワシントン・ポスト』などに多数の写真を発...

一ノ瀬泰造(1947~1973年)氏は、佐賀県生まれ、日大芸術学部写真学科卒の、フリーの報道カメラマン。 1972年3月にベトナム戦争が飛び火して戦いが激化するカンボジアに入国し、以後ベトナム戦争、カンボジア内戦を取材、『アサヒグラフ』や『ワシントン・ポスト』などに多数の写真を発表した。「安全へのダイブ」でUPIニュース写真月間最優秀賞を受賞。1973年11月、当時クメール・ルージュの支配下にあったアンコールワットに単身潜入し、消息を絶った。享年26歳。 本書は、一ノ瀬が残した多数の書簡などをまとめて1978年に出版され、1985年に文庫化されたものである。また、1999年には映画化され(主演:浅野忠信)、若者の間でブームとなった。 本書の題名は、アンコールワットに向かう直前に友人に宛てた手紙の、「旨く撮れたら、東京まで持って行きます。もし、うまく地雷を踏んだら“サヨウナラ”!」という絶筆から取られている。 私は(一般の会社員であるが)、従前より、世界の各地を取材する(フォト)ジャーナリストの活動に関心を持っており、(2018年に3年に亘るシリア武装勢力による拘束から解放された)安田純平、(2012年にシリアでの取材中に銃撃・殺害された)山本美香ほか、戦地・紛争地を取材した多数のジャーナリスト(長倉洋海、佐藤和孝、高橋真樹、橋本昇、川畑嘉文、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会など)の作品を読んできたし、そうしたジャーナリストの活動に対する世間の見る目が、現在とは異なっていた(と思われる)ベトナム戦争時の沢田教一についての本も読んでいる。 私はページをめくりながら、「なぜ、一ノ瀬泰造は殺される危険性が高いと言われていたアンコールワット潜入に最後まで拘ったのか?」をずっと考えていたのだが、一ノ瀬氏の残した手紙や日記は、温かいカンボジアの人びととの日常の交流の様子と、それとは正反対の、まるで映画のような(戦闘で死ななかったのが不思議なくらいの)戦場の様子がほとんどで、潜入の明確な理由についての記述は見当たらなかった。(写真が世界中のメディアに載ったり、賞を取って)有名になりたい、(クメール・ルージュに捕らえられても殺されることはないと)楽観視していた、(戦争の悲惨さを世界に知らしめたいという)使命感に燃えていた、等々は考えられるが、どれも正しいようで正しくないような気がする。。。二十代半ばの若者の「自らの行動により“何か”を成し遂げたい」という衝動とでも言うものだったのか。。。 因みに、本書の最後に収録されている、カンボジアで一ノ瀬氏と一時行動を共にしていたフォト・ジャーナリスト馬淵直城氏の手記の中にも同じ問いがあり、馬淵氏は、ロバート・キャパ賞への野心などにも触れつつ、「たとえそれが何であれ求めるものへと一歩でも近づきたいという思いに駆られたのではないか」と書いている。 (本書から何らかの示唆を得ることは簡単ではないが)カンボジア内戦を駆け抜けた、日本の戦場カメラマンの手記として一読の意味はあろう。 (2020年11月了)

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2020/06/04

今現在、アンコールワットの写真を撮るために必要なのはカンボジアのビザ約4000円、アンコール遺跡の入場券約3700円〜。あとはシェムリアップまでの航空券とホテル代。カメラにパスポート。それだけあれば誰でも雄大なアンコールワットの姿をカメラに収めることができる。 泰造さんがカンボジ...

今現在、アンコールワットの写真を撮るために必要なのはカンボジアのビザ約4000円、アンコール遺跡の入場券約3700円〜。あとはシェムリアップまでの航空券とホテル代。カメラにパスポート。それだけあれば誰でも雄大なアンコールワットの姿をカメラに収めることができる。 泰造さんがカンボジアで活動した1970年台前半、アンコールワットの写真を撮るというのは危険極まりない行為だった。後にカンボジアが経験する凄惨な歴史の元凶であるクメール・ルージュが支配していたからだ。そして彼自身、その犠牲者となってしまう。 何がそこまで彼を駆り立てたのだろう。金と名誉が欲しかったのかもしれないし、ただただ被写体としてのアンコールワットに惚れ込んでいただけなのかもしれない。本を通して受ける泰造さんのイメージは人一倍エネルギーに満ち溢れた人だ。まだ若く行き着くところも見えないパワーを、カンボジアという場所で試したかったのではないかとも思った。もちろん生々しい描写や写真も多々登場するけれど、一ノ瀬泰造という人にはとても親しみが感じられる。

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2018/01/13

「地雷を踏んだらサヨウナラ」一ノ瀬泰造著、講談社文庫、1985.03.15 324p ¥730 C0136 (2018.01.12読了)(2003.02.11購入)(2000.09.13/17刷) 【目次】 写真 硝煙の中で 開いたままのシャッター(序文)  開高健 書簡 カン...

「地雷を踏んだらサヨウナラ」一ノ瀬泰造著、講談社文庫、1985.03.15 324p ¥730 C0136 (2018.01.12読了)(2003.02.11購入)(2000.09.13/17刷) 【目次】 写真 硝煙の中で 開いたままのシャッター(序文)  開高健 書簡 カンボジア従軍記 写真 汚れた星条旗の下で 書簡 ベトナム最前線 写真 憎悪のはてに 書簡 アンコールワットをめざして 未発表原稿 カンボジア報告 ① 赤い水がよどんでいた(`73年9月) ② コンポンチャムの街が泣く(`73年9月) ③ ロックルーの結婚式(`73年11月) 写真 安息と死と 現場での一ノ瀬君  馬淵直城 文庫版へのあとがき  一ノ瀬清二・信子 ☆関連図書(既読) 「泥まみれの死 沢田教一ベトナム写真集」沢田サタ著、講談社文庫、1999.11.15 「ライカでグッドバイ」青木冨貴子著、文春文庫、1985.03.25 「シャッターチャンスはいちどだけ」石川文洋著、ポプラ社、1986.10. 「ベトナム問題入門」ベトナム研究誌・岡倉古志郎著、新日本新書、1967.. 「ベトナム戦記」開高健著、朝日文庫、1990.10.20 「輝ける闇」開高健著、新潮文庫、1982.10.25 「夏の闇」開高健著、新潮文庫、1983.05.25 「花終る闇」開高健著、新潮社、1990.03.30 「母は枯葉剤を浴びた」中村悟郎著、新潮文庫、1983.09.25 「女の国になったカンボジア」大石芳野著、講談社文庫、1984.10.15 「ベトナムは、いま」大石芳野著、講談社文庫、1985.04.15 「あの日、ベトナムに枯葉剤がふった」大石芳野著、くもん出版、1992.11.20 「サイゴンから来た妻と娘」近藤紘一著、文春文庫、1981.07.25 「バンコクの妻と娘」近藤紘一著、文春文庫、1985.01.25 「サイゴンのいちばん長い日」近藤紘一著、文春文庫、1985.04.25 「戦火と混迷の日々」近藤紘一著、文春文庫、1987.02.10 「「ベトナム以後」を歩く」小田実著、岩波新書、1984.01.20 内容紹介(amazon) 2000年正月映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」原作 「アンコールワットを撮りたい、できればクメール・ルージュと一緒に。地雷の位置もわからず、行き当たりドッカンで、最短距離を狙っています……」フリーの報道写真家として2年間、バングラデシュ、ベトナム、カンボジアの激動地帯を駆け抜け、26歳で倒れた青年の鮮やかな人生の軌跡と熱い魂の記録。 砲火に身を曝(さら)してシャッターを切るとき、無論、明日の未来はありませんが、こうして今、一分一秒を生きている実感は重く、充実しています。

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2015/06/14

24,25歳で戦場カメラマンとなった著者。大好きな写真を命がけで撮ることが最高に幸せ、と若くして散ったけども鮮烈な日々が綴られていた。こんなに熱くなれることが自分にもあれば良いなと思った。

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2014/11/22
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

[ 内容 ] 「アンコールワットを撮りたい、できればクメール・ルージュと一緒に。地雷の位置もわからず、行き当たりドッカンで、最短距離を狙っています……」 フリーの報道写真家として2年間、バングラデシュ、ベトナム、カンボジアの激動地帯を駆け抜け、26歳で倒れた青年の鮮やかな人生の軌跡と熱い魂の記録。 [ 目次 ] [ 問題提起 ] [ 結論 ] [ コメント ] [ 読了した日 ]

Posted byブクログ

2014/11/20

単身カンボジアのアンコールワットに向かい行方不明になった報道写真家・一ノ瀬泰造さん。26歳で消息を絶って9年後、彼は両親の手によってその死が確認された。本書は生前一ノ瀬さんが家族や恩師に宛てた手紙のやりとりで進行する書簡体で綴られた戦場ルポ。 一ノ瀬さんが亡くなって40年、本書...

単身カンボジアのアンコールワットに向かい行方不明になった報道写真家・一ノ瀬泰造さん。26歳で消息を絶って9年後、彼は両親の手によってその死が確認された。本書は生前一ノ瀬さんが家族や恩師に宛てた手紙のやりとりで進行する書簡体で綴られた戦場ルポ。 一ノ瀬さんが亡くなって40年、本書が刊行されて30年。彼の遺した写真からは、負傷で動けなくなった兵士や道路に放置された死体など、戦時中の物々しさや被害の大きさなど現地ならではの悲惨な現状が見えてくる。しかし中には兵士の笑顔やその家族の安堵の表情など人間味のある写真も多くあり、決して遠いどこか別の世界の話ではなく、あくまでも人対人の争い。その背後には家族や友人などその一人一人の人生があるのだと考えざるを得ない。 戦争を扱った本はその悲惨さにスポットが当たりやすいが、この本はあくまでも主役は一ノ瀬さんにある。ご自身の現地人との交流、その当時の若者らしく奔放に赤裸々に生きる姿は逞しくもあり、強い意志のもと自分の人生を太く短く謳歌した姿が浮かぶ。危険を覚悟し戦場へ赴くご本人とそれを忍びつつも日本の今を明るく伝える母親とのやり取りには色々な意味で心に来るものがあった。 私の初海外旅行はカンボジアだった。凄惨な戦場と化していたのが嘘のように、アンコールワットは綺麗に整備された観光地だった。この本を読んだ今、きっと以前とは全く違った視点で観ることが出来そうだと思うともう一度行きたいと強く思う。

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2014/09/18

人間臭くてカッコ悪いところもある戦場カメラマン。自分の国が戦地になるというのはどういうことか。自民が圧勝した今、みんな知るべきだ。勇敢なるジャーナリスト一ノ瀬泰造に敬意を表して。

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2014/02/27
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

エッセイというのか分からないけれど。 ひょうひょうとしているのに、楽しそうなのに、どこか読んでいて悲しい。 親御さんの気持ちが分かるからだろうか。当人の押さえきれない夢を感じるからだろうか。 その後のカンボジアを思うと、何を目指して戦っていたのか、とまた悲しくなる。 ポル・ポトを考えると、先生は…やっぱり。 皆どこへ行っちゃったんだろう。 今の世界を見せたい気がした。そうしたら、きっと伸びやかに世界の中へ駆けだしていくのだろう。その無邪気さを見たい気がした。

Posted byブクログ

2013/09/25

戦場での撮影の状況が伝わってくる。 印象に残った言葉が、「人の戦争」と「機械の戦争」カンボジアとベトナムでの戦争のあり方を表しているが、今の主たる戦争は本当に「機械の戦争」になっている。 人が人を殺す戦争が、圧倒的兵力で的を殺す戦争に変わっていく。そこに迷いも後悔もない。ある...

戦場での撮影の状況が伝わってくる。 印象に残った言葉が、「人の戦争」と「機械の戦争」カンボジアとベトナムでの戦争のあり方を表しているが、今の主たる戦争は本当に「機械の戦争」になっている。 人が人を殺す戦争が、圧倒的兵力で的を殺す戦争に変わっていく。そこに迷いも後悔もない。あるのかもしれないが、それを写すことは難しくなったことは確かだ。 残っている手記のまとめなので仕方ないが、繰り返しや重複が多いのが気になった。友人にあてた手紙に女を買った話を、母親へはその部分はカットして描くなど書き分けは整然の様子を伝えるようで興味深い。

Posted byブクログ